第5話 門番アルレイド

「それにしてもちょっと夢中になりすぎた。いい加減に街へ入ろう」


 ゲームの中にはある期間限定でしか入れない場所っていうのは意外とたくさんあって、あとになってからあのときもっとあそこでこうしておけばよかった。なんて思う機会は結構多かったりする。だから私は、先に進む前にできそうなことは全部試してから進みたいタイプだ。

 もっともそれが功を奏すときもあるし、ゲーム的に裏目に出ることもあるからこの辺はあくまで個人の好み。特にVRMMOみたいに多くのプレイヤーが同時参加しているようなゲームだと限られたリソースの奪い合いみたいな部分があるから、試行錯誤しながらのんびりと先に進むスタイルは効率が悪いだろう。

 

 でも【CCO】自体は既に発売から二カ月以上経っているし、VRMMO初心者でもある私はトッププレイヤーになりたいなんて思っていない。それほど二カ月というアドバンテージは大きい。いずれトッププレイヤーたちが頭打ちになれば、少しくらいは近づくことができるかも知れないけど、まあ現実問題として無理だろう。だから私としては現実リアルとは違うこの世界を自分なりに楽しめればそれで充分。


 体感で二時間ほどの試行錯誤で賑やかになったステータスに心躍らせつつ、リイドの街の門へと近づくと、門のところに槍を持った長身の男性が立っていた。身長は190cm近いだろうか、綺麗な茶色の髪と透き通った蒼い瞳のイケメンだ。体は細身だがこれはあれだ。たぶん細マッチョとかいうムキムキじゃないのに鍛え上げられている、みたいなやつ。装備している粗末な革鎧と槍は安物感が満載で、いかにも始まりの街という感じだけど……でも、これだけイケメンで存在感のあるこの人がチュートリアルだけで会えなくなってしまうのはちょっと勿体ないんじゃないだろうか? 

 ちなみに男の人の頭の上には白いカーソルが表示されている。これはノンプレイヤーキャラクターNPCを表していて、普通のプレイヤーは緑で表示される。

 

「こんにちは」

「こんにちは、始まりの街リイドへようこそ」

「初めまして、私はコチと言います。しばらくこの街にお世話になります」

「私はこの街の門番をしているアルレイドだ。始まりの街リイドへようこそ」

「今日はいい天気ですね」

「始まりの街リイドへようこそ」

「……アルレイドさんはとてもイケメンですね」

「始まりの街リイドへようこそ」

「あの、最初はどちらへ行けばいいでしょうか?」

「まずは神殿へ向かうといい。始まりの街リイドへようこそ」

「彼女とか奥さんとかいたりしますか」

「始まりの街リイドへようこそ」


 ああ、なんだかとっても既視感デジャブ。一昔前のゲームのキャラクターが、こんな感じで決まった言葉しか返せなかったよね。

 でも、あれ? 確か【CCO】は人間と区別がつかないほどの反応をするNPCとの交流も売りだったはずなのに…………チュートリアルだから必要最低限のAIしか積んでいないってこと? それともチュートリアルで容姿レベルの高いキャラだけを見せておいて、チュートリアル後はこんな凄いキャラがリアルに動くんだよ~、みたいに期待感を持たせる手法とか?


 一応、キーとなる質問には簡単な回答が返ってくるけど……これだと街に配置されて決まったセリフをしゃべるだけのテレビゲームのキャラとさほど変わらない。なにより画面上で見るだけならまだしも、面と向かっているのになにを聞いても同じ表情で、同じ言葉を返されるというのは想像以上に怖い…………はずなんだけど。実はそんなに嫌な感じはしない。

 なんとなくだけど、この固い対応の裏に本当のアルレイドさんが滲み出ている感じがあるような気がする。ってなると、そこまで作りこまれているのに、受け答えが定型文のみっていうのは逆に不自然じゃないかなぁ。


「アレイドさんは槍を使って戦うんですか」

「始まりの街リイドへようこそ」

「門番の仕事は立ちっぱなしで大変ですね」

「始まりの街リイドへようこそ」

「いつもひとりで門番をされているのですか」

「始まりの街リイドへようこそ」

      ・

      ・

      ・

      ・

      ・

      ・

「へぇ、槍よりも剣のほうが得意なんですね」

「……始まりの街リイドへようこそ」

「じゃあ、弓とかも使えるんですか」

「………………始まりの街リイドへようこそ」

「凄い、さすがですね。あとで私にもいろいろ教えてくださいね」


 私の質問に対して、どんなことなら答えてくれるのかが気になっていろいろ話しかけているうちに、勘違いかもしれないけどなんとなくイエス・ノーくらいはわかるようになった気がする。それが嬉しくなってきて、ついつい周りからみたらホラーな感じの会話を続けてしまった。

 最初は街の中のことについて、次はこの周辺の地理、気候、周辺の街、国、世界情勢、さらにアルレイドさんが持っている装備について、そのつながりでアルレイドさんの得意な武器ついて。でも、ある時期からあらゆる質問に対して回答が返ってこなくなった。さらに定型文のレスポンスまでが遅くなってきて、もしかしたらあまりにもしつこく質問しすぎて壊してしまったのかと、ちょっと不安になっている。アルレイドさんの表情にも若干引きつりのようなものが見える気がするのはバグだろうか。

 

「じゃあ、次は生い立ちとかを聞いてもいいですか」

「………………………………」


 でもまあ、それならそれで。


 と、イケメン門番の生い立ちを聞いてみようと質問を再開したところで、いつもの言葉が返ってこないことに気が付く。


「あれ、アルレイドさん。どうかしましたか?」


 思わず聞き返した私の顔を、いまや明らかに呆れた表情を浮かべたアルレイドさんが見下ろしていた。


「……………………はぁ、わかった。俺の負けだ」

「いや、別に勝負をしているつもりはなかったんですけど」


 大きな溜息とともに肩を落としたアルレイドさんの顔には、さきほどまではまったく感じさせなかった疲労がはっきりと感じ取れた。


「おまえ……途中から明らかに心を折りにきていただろうが」

「いえ、とんでもない。私の主観では途中から会話が成立していたので、普通に世間話をしているつもりだったんですが」

「嘘つけ」


 それは心外だな。それなりに楽しく会話をしていたつもりだったのに。


「いいかコチ、この街の住人はな。異界より訪れる『夢幻人むげんびと』がこの世界で生きていくために必要な最低限の知識と力を与える役目を神々から与えられている」


 結構な長い時間をかけて会話していたせいか、アルレイドさんの口調は最初から打ち解けた感じになっている。


「はい、知っています」


 ちなみに夢幻人というのはプレイヤー全体を指した言葉。プレイヤーはログアウトをすると、次にログインするまでその場で眠り続け、戦闘などで死んでしまってもその場から消え、セーブポイントまで死に戻る。そんなふうに眠り続けたり、急に消えたりするプレイヤーにこの世界の人たちがつけた呼び名が夢幻人、もしくは夢人ゆめびとだ。逆にプレイヤーからみたNPCたちは、大地に足のついた人間『大地人だいちびと』と呼ぶらしい。


「だがそれはあくまで最低限だ。夢幻人の自由な成長を妨げないため、必要以上の干渉ができないようになっているんだ。あとは訳あって外界と時の流れが違うこの街に、夢幻人たちを長くとどめてしまわないように、俺たちの会話や行動には神々から制約がかかっていたんだ」


 なるほど。あくまでこの街はチュートリアル専用の街。やるべきことをさくっと事務的に済ませてチュートリアルを終えられるようにしてあったのか。確かに変に仲良くなっちゃうと、二度と会えないんだし去りにくくなる人もいるだろう。


「でも、アルレイドさん。どうやって制約を解除したんですか?」

「どうしてもこうしてもない! 詳しくは知らんが絶対におまえのせいだ、おまえの!」

「ええっ! 私のせいですか? 私はアルレイドさんと普通に会話していただけですよ」


 アルレイドさんは槍を持っていないほうの手で頭をがしがしと掻き毟る。

 あぁ! せっかくのイケメンヘアーが乱れてしまう。


「……いいか、俺も含めてこの街の住民は夢幻人が訪れたときだけ神々が与えた役割を演じているに過ぎない。夢幻人が力を得て旅立ったあとは、普通にこの街で生きているんだ」

「だとすると、あの演技はなかなか苦行ですね」

「おまえな……わかっているんならやめろよ」

「いや、見ていた限りでは演技には見えなかったので」

「……へぇ、なかなか鋭いな。確かにあれは演技じゃねぇ。夢幻人の視界に俺たちが入ると自動的にあの状態になる。俺たちの中には演技の下手な奴もいるし、話好きな奴もいてな。普通にやってたんじゃ絶対にボロが出る。それじゃ役目を果たせないからな」


 そりゃそうか、あのモブキャラプレイを演技でやり続けることができる人はなかなかいないよね。絶対に声や表情に感情が漏れる。


「アルレイドさんみたいに、ですね」

「……まあな。俺のことはもうアルでいいぜ。アルレイドと呼ばれんのはあまり好きじゃないんだ」

「わかりました」


 図星だったんだろう。アルは、うっと息を呑むと諦めたように溜息を漏らしてから笑顔を浮かべた。そのからっとした爽やかな笑顔は、もとがイケメン顔なこともあって男でもちょっと見惚れそうだ。


「それにアルは演技だけじゃなくて、見た目と口調のギャップも凄いから普通に夢幻人と接したらすぐに失敗するよね」

「だからこその制約なんだよ。普段から堅苦しいのは兄貴だけで十分だ」

「へえ、お兄さんがいるんだ」

「まあな、一応双子だ。兄貴もここで神官騎士をやっているからすぐに会うことになるだろうな」


 その言葉の内容とは裏腹に、口調はお兄さんに対する誇らしさが感じられる。門番と神官騎士、そんな違いを拗ねたり僻んだりしていないのがよくわかる。こういう人と仲良くなれたらきっと楽しいだろうな。


「アルと双子か。会えるのを楽しみにしておきます。でも、本当にどうして制約が解けちゃったんでしょうね。過去の夢幻人からそういった情報は出ていなかったと思うんですけど」


 と言いつつ、あまり情報を調べずに楽しもうと思っていたこともあって、私もそんなに詳しいわけじゃない。でも、これだけ劇的な変化があるならもっと話題になっていてもおかしくないと思うんだけど。


「そりゃ、そうだろう。いままで街の住民の制約が解除されたことなんて一度もなかったからな」

「え? じゃあ、アルが初ってこと」

「みっともない話だが、そういうこった。だが、これでお前がいる間は会話に制約がないからな。ちょっとせいせいしたぜ」


 アルが大きく伸びをしながら首を鳴らす。


「制約解除の条件とかはわかりますか?」

「いままで解除されたことはないって言ったろ。解除されることは想定されてないのかもな。ま、とりあえずお前はリイドの街で過ごしながら、この世界をどう生きていくかを考えればいい。それこそがこの街に与えられたお役目だからな」

「そうですね。じゃあ、ひとまず行ってきます」

「おう、なんかあればまた聞きに来いよ。今度は普通に話せるからな」

「そのときはよろしく頼みます」


<始まりの街リイドにおける【会話】の【制約】が解除されました>

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