第83話 ものづくり指導1
争うミラととアルをどうしようかと考えていると、スッと前に出たウイコウさんが底冷えがするような殺気を一瞬だけ放出することで二人を黙らせ、追いやるように拠点から出発させてくれた。さすがウイコウさん。
二人の様子について昨日は映像にして映し出してもらっていたけど、今回は幻体からの映像は無しにしてもらって、何かあったときにだけクロにこっそり教えてもらうようにした。
クロは肩の上にいるから報告は耳元でささやいてもらえばいい。ちょっとくすぐったいけどね。
さて、こっちも始めましょうか。
「まずミルキーさんとレイチェルさんはこちらの木工セットと彫金セットを使って、ファムさんに指導を受けてください」
「了解っす! よろしく!」
「よろしくお願いします」
「はぁい、お任せください」
元気なハーフエルフ、ミルキーさんと理知的エルフのレイチェルさんがにっこりと微笑むファムリナさんのところへと向かう。ファムリナさんのガチ指導は結構しんどいと思うけど、予定では今日一日だけだしなんとか頑張って欲しい。
「キッカさんはこちらの鍛冶セットでドンさんとお願いします」
「ありがとう。面倒をかけるがよろしく頼む」
「おう、女だからって甘くはしねぇからな。しっかりついてこい」
女戦士のキッカさんは無骨キャラなのか言い回しはぶっきらぼうだが、リアルの生真面目さが滲み出ていてどこか誠実そうな感じを受ける。このタイプは親方との相性が良いはずなのでうまくやれるはず。
あとは……
「チヅルさんは、今朝教えたことを復習しながら食材の下拵えをお願いします。わからないことがあったらなんでも聞いてください」
「わかったわ、お肉の下処理については後でもう一度教えてもらえる?」
「はい、勿論です。食材はここに出しておきますね」
簡易キッチンにリイド産の野菜の数々と兎肉をはじめとした各種肉類を置いておく。
「エレーナさんとロロロさんは、最初は私が指導します。確認ですけど、お二人は【調合】と【裁縫】のスキルはお持ちですか?」
「……!」
「……持ってない、です」
エレーナさんはどや顔で胸を張るが、ロロロさんはしょんぼりと項垂れる。つまり、エレーナさんは【調合】スキルを持っていて、ロロロさんは【裁縫】スキルを持っていないということか。
でも、これはロロロさんがどうこうという問題ではなくて仕方がない。なぜならリイドで普通にチュートリアルクエストを進めても【料理】スキルや【裁縫】スキルを得られるクエストは発生しないからだ。
「大丈夫ですよロロロさん。スキルは練習すれば取得できるはずですから。道具は私が裁縫セットを持っているのでそれを使ってください」
「……はい」
ロロロさんがエレーナさんの後ろに隠れるようにして小さく返事をする。やや幼い外見のロロロさんにそんな態度を取られるとなんだか私の見た目が怖いのだろうかと心配になってしまう。チヅルさんが言うにはただ人見知りなだけということらしいけど。
「ただ、調合セットは私用に使いこんだ専用の物しか持っていないんですが、エレーナさんは自分の道具をお持ちですか?」
エレーナさんは狐耳をピコピコと動かした後、笑顔でこくりと頷いて親指を立てた。
エレーナさんもあまり口数が多くないとは聞いていたけど、彼女も人見知りなんだろうか。でもロロロさんはともかくエレーナさんは表情も豊かだし、意思の疎通もしっかりできているから人見知りという感じじゃないんだけど。
まあ、そういう設定で楽しんでロールプレイしているのかも知れないし、別の理由があるのかも知れないから、そのあたりの事情について出会ったばかりの私が突っ込んで聞いていくのは現実でもゲーム内でもマナー違反だろう。
「それでは始めましょう。まずエレーナさんは今までのやり方でポーションをひとつ調合してみてください。ロロロさんも裁縫セットに備え付けられている布や道具を使って今までのやり方で簡単なものの作成をお願いすると思いますので道具を確認しておいてくださいね」
頷く六花メンバー二人がそれぞれ作業準備に入る。
ただ、ロロロさんに関してはスキルもまだ未取得なので道具などの確認をしてもらっておいて、先にエレーナさんの調合から確認することにする。
エレーナさんはインベントリから自分の調合セットを取り出すと癒草と並べて自分の前に置く。道具は見た感じ私の見習い用よりも少しだけ良さげなので、多分イチノセで買える初級者用の調合道具セットだろう。
しかし、エレーナさんはその道具の数々に触れることはなかった。道具の上にメニュー画面を出して、いくつか画面をタップしただけ。
それだけで癒草が淡く光って、次の瞬間には小瓶に入ったポーションが完成していた。
「んん、なんというか……確かに完成は早いけど、道具に触りもしないのか。効果は……」
ポーション- -
対象のHPをほんの少し回復させる。品質が悪く運が悪いとバッドステータスが付く。とにかく不味い。
うわ……これは駄目だ。名前にマイナスがふたつも付いているし、回復もほとんどしない。さらに使うたびにバッドステータスの判定があるっぽい。多分、毒。
私ぐらいLUKが高ければ無視できるだろうけど、こんな危ないポーションでは戦闘中には絶対に使えないし、通常時だって使わない。これだったら何もせずに自然回復を待った方が安全だし確実だ。
確か店売りポーションが基本マイナスひとつで、割高なポーションになってようやくマイナスが取れる感じだったはず。この間の【料理】といい、この【調合】といい確かに生産スキルはハズレだと言われても仕方ない仕様だ。
まあ、この前の【料理】スキルの取得方法がもう少し広まれば、生産はスキルに加えて実際の手作業も大事だってことに皆が気付くはずだから、そうしたら一気にものづくり活動が盛んになると思うんだけど。
そうすれば今はほとんどいない生産職と呼ばれるようなプレイヤーも増えていくんじゃないかな。
「うわ! っと」
そんなことを考えていたら、ぴこぴこ動く狐耳の美人さんが私の顔を覗き込んできていた。六花のメンバーは皆さんそれぞれ魅力的なので嫌ではないが、びっくりはするのでやめてほしい……うっかりドキドキしちゃうと肩の上のクロの爪がなぜか食い込んできて痛いし、ほらまたHPが減っている。
「えっと……ご存知だと思いますけど、このポーションは品質が悪い上にバッドステータスが付く可能性があるみたいなので、今後は使わないようにしてください」
私がそう告げるとエレーナさんは驚いた表情を浮かべた。
ん? そんなにおかしいことは言ってないと思うんだけど。
「ではとりあえず細かいことはおいおいでいいので、最初はポーションを手作業で作る手順を教えます。より品質が上のものを作ろうとすると大変ですけど、普通のポーションを作るだけなら簡単ですから」
普通のライフポーションを作る手順はたったの三つ。
1.癒草を優しく洗う
2.癒草を少量の水を加えてすり潰す
3.すり潰したものを少しずつ水に溶かす
これだけでいい。【調合】スキル持ちがメニューのショートカットに頼らずにこの手順を丁寧にしっかり踏めば。
ポーション
対象のHPを少し回復させる。
「ちゃんと完成しましたね、おめでとうございます。でも同じ材料からハイポーション級以上のものを作ろうと思ったら、たくさんの工程と精密機械のような繊細な作業と運が必要になってきますので精進してくださいね」
癒草だけでハイポーションを作ろうと思ったら、葉と茎を別々に処理しなきゃいけない。しかも茎から葉を切り離すところから繊細な作業が必要になって、すり潰し方、水の加え方、掻き混ぜ方などなど……それぞれの工程でわずかなミスもできないような工程が続く。私もハイポーション以上を作れるようになったのは数か月の修行を経た後だったっけ。
表情豊かなエレーナさんは、今度はあんぐりと口を開けたまま放心しているけど、無事ポーションは作れたんだからひとまず良しとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます