第32話 チュートリアル終了
「もしかして…………」
『…………』
「ヘルさん……ですか?」
有り得ないと思いつつも止めきれずに口を突いたその言葉。それに反応するかのように今まで希薄だった気配が強くなり、柔らかい光を放ち始める。光はどんどん強くなっていくにも関わらず、まったく眩しさを感じさせない。そして、一瞬視界が真っ白に染まりその光がおさまった時、そこには美しい女神の姿があった。
切れ長の目、高い鼻、腰まで広がる長い髪、豊満な胸、細い腰、完璧な造形とプロポーションは勿論のこと、放っているオーラ的なものも、まさに神々しいのひとことだった。
『…………お久しぶりです』
「はい、まさかこんなふうに再会できるとは思っていませんでしたけど、また会えて嬉しいです」
素直な私の言葉にヘルさんは小さく頷いてくれた。それだけのことだけど、前回別れの直前に『次に会えたら普通に話をしてもらえると嬉しい』と言ったことを覚えてくれていたのかもと思うと、それがとても嬉しい。
「あ! あの……神様だと知らなかったので勝手に名前を付けてしまってすみませんでした。これからなんとお呼びすれば」
『……私に名前はありませんでした』
「え?」
『私はこの世界において始まりの存在、六柱の神々ですら我が子。私に名を与えるような者は存在しません』
そう言えば、ウノス様たちは一度もヘルさんの名前を呼ぼうとはしなかった。名前を口にすることすら出来ないほど尊い存在だからだと思っていたけど、そうではなくてそもそも名もなき神だったのか。
「えっと、それではこれからは単に神様と呼べばいいですか?」
『コチ。名前というのは、そのものの存在を定義するものなのです。あなたがこの世界に来る前に私に名付けたヘルという名前……あなたはその名前をこの世界においても私への呼びかけで使用し、私はそれに応えてここに顕現しています』
あ、あれ? なんかとんでもないことをしでかした気が……
「えっと……つまりどういうことでしょうか」
『この世界で名もなき神であった私は、あなたによってヘルという名を与えられたということです。名を与えられたことで私は個としての性質が強く表れるようになり、こうしてあなたと普通の会話をすることができるようになりました』
……どうやら名前がなかったこの世界の至高神にして時空神様に私が名付をしてしまったらしい。しかも神様にヘルプのヘルさんとかそんな適当な名前を……やってしまった感が半端ない。
時空神様に名前がついたことで、なにがどう変わって、周囲にどのような影響を及ぼすのかがまったく分からないのがもの凄く不安だ…………でも。
「神様相手にこんな口のききかたをしていいのかどうか分からないですけど、こうしてヘルさんとお話しできるようになって、本当に嬉しいです」
『あなたと最後にかわした言葉は覚えています。あのとき私が最後に約束したことの中には、あなたの秘密を守ることのほかに、次に会えた時は普通に話をするということも含まれています。神である私が約束を違えることはありません』
「覚えててくれたんですね……」
『あなたのようなおかしな人は初めてでしたから』
「うぁ……」
神様にまでおかしな人と言われる私っていったい……
『……それではコチ。また会いましょう』
あ、消えていく最後の瞬間にほんの少しだけヘルさんが笑ってくれた気がする。キャラメイク時を合わせても初めてかも。というか、ヘルさん自身笑ったのが初めてなんじゃないかな、そんな気がする。もしそうだとしたら、ヘルさんの初めてをゲットした私はかなり運がいい。LUKさんグッジョブ!
<称号【ヘルの寵愛】を取得しました>
<【時魔法】を取得しました>
<【空間魔法】を取得しました>
<称号【時空神の名付親】を取得しました>
えっと、もしかしなくても加護の上が寵愛だよね。あんな美人さんに寵愛されるとかどんな役得? なんていう現実逃避は置いておいて……取得すら難しいはずの【時魔法】と【空間魔法】を貰ってしまった。さすがは時空神様。
でもさすがにこの称号はどうなんだ運営! いちプレイヤーが神の名付親とか絶対駄目だろう。ん? でも、称号が貰えるということは設定があるってことで、想定の範囲内なのか。
あぁ、もういいや。とりあえず神様関係の称号の効果を確認して、それから転職を考えなきゃ、メリアさんもだいぶん待たせちゃっているし……うん、メリアさんは驚きの表情を浮かべたまま硬直しているからもう少し待たせても大丈夫そうだ。
<始まりの街リイドで遭遇可能な全ての知性体と友誼を結びました>
なんだ? またアナウンスが……
<始まりの街リイドにおける【行動】の【制約】が解除されました>
は? 【会話】じゃなくて……【行動】? それってどういう……
「よう! コチ。とうとうやりやがったな」
「へ? なんで、ここへ」
神殿の入口から笑いながら手を上げて入ってきたのは、門から離れられないはずのアルレイド、アルだった。
「コチさん、また会えましたね」
「……レイさん」
イケメンなレイモンドさんが眩しい笑顔でアルの隣を歩く。
「あなたはちょっと頼りないから心配だったのですけどね」
「エステルさん」
その後ろから続く三角帽子をかぶったエステルさんはどこか嬉しそうだ。
「ガハハハハ! ようやく訓練場から出られた!」
「うにゃ! うるさいですよ、ギルマス。ここは神殿ですよ」
「……ガラ? ミラ?」
獣人の冒険者ギルドコンビは相変わらずにぎやかだ。
「コチどん、オラもいるだよ」
「ヒッヒッヒ……わしもおるでな」
「コンダイさんに、ゼン婆さんまで」
ゼン婆さんを軽々と右腕に座らせたコンダイさんがにかっと白い歯を見せている。
「わたしもぉ、きてますからね、コチさぁん」
「ファムリナさん」
大きなふたつのものをたぷんたぷんと揺らしながらファムリナさんが手を振っている。
「ふん」
「……親方」
鼻を鳴らして髭をしごいているのはドンガ親方。
「あたいもいるさね、あんちゃん」
「……おかみさん」
料理の師匠のラーサさんが前掛けで手を拭きながら入ってくる。
「ひゃあ、あ、わ、私もいます!」
「ニジンさん」
ばたばたと飛び込んできたのはニジンさん。そして、気が付くと神殿の椅子の上に赤い小鳥がとまり、足元には子犬もいる。
「ふふ、これは面白くなりそうだね」
「うわ、シェイドさん。いつの間に」
いつの間にか私のすぐ近くで黒い子猫を抱えた黒装束のシェイドさんがいた。
「おや、どうやら私が最後のようだ。コチ君、どうやら君もまだ混乱しているようだが、ひとまずはご苦労様。そして私たちの期待に応えてくれたことに感謝を、ありがとう」
「え? ウ、ウイコウさん?」
最後に神殿に入ってきたのは肩に亀を乗せたウイコウさん。その姿はみすぼらしい町人の服ではなく、軍服を思わせるようなパリッとした服装に変わっている。
「メリア、君もそろそろ正気に戻りたまえ。コチ君が規格外なのは、わかっていたことだろう」
「あ、はい。申し訳ありません。ま、まさか六柱神様に加えて、時空神様まで顕現されるとは思っていなかったものですから……そのうえ」
ウイコウさんの声で我に返ったのに、さっきまでの光景を思い出して再びフリーズしかけたメリアさんは慌てて首を振ると、恨めしそうな目を私に向けてくる。
うん、私は悪くない気がするけど、なんとなく後でメリアさんに謝っておこう。
「さて、コチ君。我々リイドの住人を代表して私から話をさせてもらうけどいいかな?」
「あ、はい。勿論です」
ウイコウさんはちょい悪親父のようないたずらな笑みを浮かべて私の前へ立つ。
「最初に断っておくが私たちは、これからするであろう君の選択を何ひとつ妨げることはしない。私たちがするのは、君が選ぶ選択肢をひとつ増やすだけ。そしてその選択はここまで頑張ってきた君にとっては、利益になるどころか不利益にしかならないような選択だと思う。なので私たちはむしろその他の選択をすることを推奨する」
ヘルさんが出てきたあたりから展開が予想外過ぎて、いまひとつ現状が理解し切れていないけど……とりあえず頷いておく。
「うん、では説明しよう」
◇ ◇ ◇
そして、ゲーム内時間のその日、私はひとつの選択をしチュートリアルを終えた。
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