第73話 保護
「ミラ! 案内できるか」
「任せといて! こっち!」
ミラの案内に従い全員で森の中をひた走る。そして二分も走れば今度は私たちにも。
「……ぃちゃん!」
「聞こえた! 女の子の声だ! ミラ! アル! 先行して絶対に死なせるな!」
「誰に言ってんの、余裕!」
「任しときな!」
一気に加速して私たちを置き去りにしたふたりを逸る気持ちを抑えながら全力で追う。残念ながらステータスの低い私、足が短い親方、胸に重りを抱えたファムリナさんはあまり足が速くない。ウイコウさんは多分速いと思うけど、あのふたりが先行したなら十分だろう。
ミラの走った方向と声の位置から大体の場所はわかるが、視界が悪い森の中。目的地を間違えないように【索敵眼】を発動してミラの気配を追う。すると、すでにミラたちは二百メートルくらい先で戦闘になっているようで移動はしていない。魔物の気配は三つ……ミラとアル以外に人の気配がふたつ。多分間に合ったと思うけど、怪我をしていたりする可能性もあるから私も早く行かないと。
木々の間を駆け抜けてようやく目的地に着くと、ミラとアルが三体の牛ほどもある蟷螂の魔物を相手にしていた。そのふたりの後ろでは抱き合って座り込んだふたりの子供がいる。
ミラとアル、ふたりの実力なら私たちが行く前に決着が付いているかとも思っていたんだけど、どうやら三体の魔物がうまく連携を取っているようで、ミラとアルがそれぞれの相手を倒すために前に出ようとすると、残った一体が背後の子供たちを狙おうとするらしく攻めきれないらしい。
「やっときやがった。後ろのガキどもを頼んだぜコチ、いい気になっているこいつらにお仕置きをしてやらねぇと」
「賛成、ちょっとイラッとしちゃった」
「わかりました。やっちゃってください」
しっかりと役目を果たし、守ることを優先してくれたので好きにやらせてあげよう。その前に鑑定はしておく。
スラッシュマンティスのレベル18。さっきよりかなり強くなっているうえに、やっぱり汚染されている……姿をよく見ると確かに目は黒いし、体もどことなく青黒い感じ。多分元々は、リアルの蟷螂みたいに緑色だった可能性もあるな。
「コチ君、男の子が怪我をしているようだ。治療を頼む」
「あ、はい。わかりました。こちらは私がやりますので皆さんは戦いの方をお願いします」
「坊主たちの守りは俺とファムがやる。お前は行け」
「そうですね、では私も一体もらいましょう」
親方に勧められウイコウさんも前にでる。ミラ、アル、そしてウイコウさんがそれぞれ1対1で戦うならあの程度の魔物はなんてことはない。私は治療に専念しよう。
「もう大丈夫です。怪我を見ますからね」
子供たちのところに駆け寄って声をかけるが反応が鈍い。慌てて傷を確認すると女の子を守るように抱き締めている男の子の背中が斜めに斬り裂かれている。おそらくスラッシュマンティスの攻撃から身を挺して女の子を庇ったのだろう。
「よくがんばった。すぐに楽になるからもう少し我慢して」
【
トレノス様に【回復魔法】を頂いたとき、既に上位魔法である【神聖魔法】を覚えていたのでいきなりカンストしてしまった【回復魔法】だけど、現状【神聖魔法】を使えるプレイヤーはほとんどいないはずなので、外で使うときには重宝している。
もっとも【神聖魔法】は回復にプラスした効果が付く分だけ回復量が抑えめの傾向があるので、私が使える単体回復スキルの中でいま一番回復量が多いのはこのミドルヒールだ。【神聖魔法】のレベルがもう少し上がれば完全回復が出来るレベルの魔法を覚えるらしいけど、まだもう少し先の話だし、いまのところはそこまで大きなダメージを受けることもないから必要性も低い。
「ぐ……う……はぁ」
私の手が放つ光が男の子の背中を柔らかく包みこんでいくと、傷ついていた背中がゆっくりと塞がり、ライフも回復していく。それに伴って、痛みで歪んでいた男の子の表情がやわらぎ、女の子を抱え込んでいた手も緩む。
「んはぁ! く、苦しいよ……お兄ちゃん」
女の子はどうやらよほど強く抱きしめられていたらしい。それほどまでにこの子は彼女を守ろうとしたのだろう。おそらく兄妹だと思うけど……リアルではいつも姉さんに守られてばかりだった
<スラッシュマンティスの鎌×3を入手しました
EP15を取得>
おっと、感傷に浸っている間に戦闘も終わったらしい。
「魔物は倒しましたし、傷も治しましたのでもう大丈夫ですよ」
「え?」
肩を軽く叩くと、男の子はこわごわと顔を上げて周囲を確認。魔物の姿がなくなっているのを自分の目で認識すると大きく息を吐いた。
「……助かったよ兄ちゃん。もう駄目かと思った、ありがとう。ほらルイもお礼を言いな」
「うん、助けてくれてありがとうございました」
そう言って頭を下げる女の子の頭には可愛らしい三角耳……よく見て見ればさっきまで伏せられていたのか男の子の方にも三角耳がある。どうやらふたりは獣人の兄妹だったらしい。
「いえ、無事でよかったです。えっと……確認しますけど、おふたりは大きな木のある村から逃げ出してきたということでいいですか?」
「ああ……突然村に魔物が襲ってきて……みんなで訳も分からないまま逃げ出したんだ。幸いだったのは襲ってきたのが昼間だったから襲撃に早く気が付けた。だからすぐにみんなで散り散りになって逃げたんだ。俺たちも両親と何人かの大人と一緒に逃げたんだけど……何度も魔物に追われてその度に……」
そこまで話した男の子が言葉に詰まる。おそらく一緒に逃げた大人たちは魔物に追いつかれそうになる都度、ひとり、またひとりと囮を買って出て子供たちを逃がそうとしたのだろう。
「お兄ちゃん……早く待ち合わせ場所にいこうよ。早くパパとママに会いたいよぉ」
ルイと呼ばれていた女の子が兄の服の裾を引っ張っている。
「待ち合わせ場所?」
目線で兄の方へ問いかけるが、男の子は苦し気に目を伏せる。それを見て分かってしまった。待ち合わせ場所で合流しようというのは大人たちが子供たちを……いや、ルイに逃げてもらうための方便だったということが。
「コチ君、いずれにしても長くここにいるのは子供たちにとっても危ない。待ち合わせ場所というのはおそらくカラム氏の小屋のことだろうから、私たちも一度戻ろうじゃないか」
「ウイコウさん?」
私の言葉を遮るようにウイコウさんが小さく頷く。
……うん、私に分かったものがウイコウさんに分からなかったはずはない。それでも今はそういうことにしておいた方が子供たちの安全を確保しやすいということか。
「わかりました、一度カラムさんのところに戻ります。ウイコウさんはルイちゃんを、親方は……えっと、この子をお願いします」
疲労しているだろう子供たちをウイコウさんと親方に背負ってもらおうとして、まだ男の子の名前を知らないことに気が付く。
「私はコチと言います。キミの名前を教えて貰えますか」
「ああ、俺の名前はライル……ライでいい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます