第66話 朝ちゅん

「突然黙り込んで、どうかしたの? コチ」


 会話の最中に麻痺したように動きを止めた私を不審に思ったエステルさんが、ちょっと心配そうに声をかけてくれる。ワールドアナウンスは大地人には聞こえないみたいなので、会話中とかに突然アナウンスが入ると一瞬固まってしまって困る。

 まあ、ワールドアナウンスは履歴が残るから通知をオフにすれば、メンテナンス系や警告系の強制的なお知らせ以外はリアルタイムで聞こえなく出来るけど、私は人のマーカーをオフにしていたりするので、こういうところにはゲームらしさを残そうとあえてオフにしていない。

 いつもならそんなに長いアナウンスは来ないので問題ないんだけど、今回は大型イベントの告知だったため、いろいろ説明があってちょっと長めのアナウンスだった。それでもアナウンス自体は基本の概要のみ、詳細は同時にメールで届いているのであとでじっくり確認しておく必要がある。

 


「いえ、急に天の声が聞こえたものですから」

「ああ、夢幻人だけが聞くことが出来る『異界の神からの神託』ね」

「はい」


 ワールドアナウンスは大地人にも事象としては認知されていて、『天の声』とか『異界の神からの神託』などと呼ばれている。普通に神託と言わないのは、この世界を司るヘルさんたち七柱の神々はワールドアナウンスに関わっていないから、ということらしい。ようは、『異界の神=運営』ということだ。


「またどうでもいいようなことだったかしら?」

「いえ……今回はちょっと大きなことになりそうです。パーティ単位で協力をお願いすることになるかも知れません」

「へぇ、面白いわね。詳細を知りたいところだけど夢幻人の神託ってなると、シェイドでも裏は取れないからコチの情報が頼りね。ということで、ウイコウにもあとで詳しく報告しておいた方がいいわよ」

「そうですね、わかりました。まだポータルも使ったことありませんし、食事が終わったら一度リイドに戻ります」

「そうね、そうしてちょうだい」


 このゲームを始めてから初めてのイベント。かなり楽しみなので、このままリイドに行ってウイコウさんに報告するのもありだけど……せっかくのおかみさんの新料理を食べずにいくわけにはいかない!


「くぅ! 大きなことか! 腕がなるぜ!」

「いやいやいや、なに普通に参加するつもりでいるの。パーティだと5人しか連れていけないんだから、アルを連れていくくらいならレイさんを連れていくでしょ。【回復魔法】だって使えるし」

「な! ちょ、待てよ! そりゃないだろうがコチ! 俺とお前の仲だろ? リイドで一番付き合いが長いのは俺じゃねぇか、な!」


 そりゃあ、あなたは門番でしたから誰よりも早く出会うのは当たり前ですけどね。


「ああ、うるさいうるさい! どっちにしろ人選はウイコウさんと相談して決めるから説得するならウイコウさんを説得して」

「お? 言ったなコチ。男に二言はなしだぜ、ウイコウが許可したら俺も行くからな」

「はいはい、ウイコウさんがいいって言ったらね」

「面白そうだからわたくしも行ってみたいですけど……話を聞いてみてからですわね」


 エステルさんも興味はあるみたいだけど、アルに言ったとおり一緒に行くメンバーは本当にウイコウさんと話して決める予定。ウイコウさんならイベントの詳細から適切な人選をアドバイスしてくれるはずだからね。


「ほら、そんなところで話し込んでないでこっちに来な! あたいの作った料理を食べてみておくれ」

「はい」(私)

「おう!」(アル)

「腹が減ったべ」(コンダイさん)

「私もぺこぺこです」(ニジンさん)

「あらあら、こんなに腹ペコがいたんじゃ真面目な話は無理ですわね」(エステルさん)


◇ ◇ ◇


 あの後、全員でテーブルについた私たちはおかみさんが作った絶品料理の数々を取り合うように食べ、お酒を飲みながら楽しくばか騒ぎをした。


 ……ところまでは覚えている。


「えっと……どういう状況でしょう、これ」


 目が覚めて、小鳥の囀りをミュージックに昨日と同じ天井を見上げたところまでは同じだった。ただ、違ったのは私の隣に金髪超絶美女が私の腕枕ですやすやと寝息を立てていたこと。これが、俗にいう『朝ちゅん』というやつか。


 っていうか、現実逃避していても仕方がない。どう見たって隣にいるのはエステルさんだ……うわ、まつげが長い……そんなところも無駄に色っぽい。しかも、いつもは鋭い印象を受ける切れ長な目も、眠っているときは逆にあどけなさを感じさせるというのがギャップ萌え。まぁ、エステルさんはそんなことはささいな違いだと思えるほどには相変わらずの絶対的美人さんなんだけどね。


 さて、こういう状況に至った経緯はまったくわからないが、幸か不幸か私もエステルさんも衣服は着ている。少なくとも勢いに任せてコト・・に及んだわけではないはず。となると、酔っぱらって寝てしまった私を誰が部屋に運んだのかが問題。


 それが、エステルさんならまだいい。運んでくれた後に私をからかうつもりでふざけて布団に潜り込んで、うっかり寝てしまったなんてことも考えられる。この場合はエステルさん自身の過失なので事後処理は比較的・・・容易。でも、エステルさんに限ってそんなことはないだろうな。


 問題なのは、これがアル辺り……というかアルが悪ふざけで私と一緒に寝落ちしたエステルさんをわざと一緒の布団に放り込んだ場合。確か私の記憶では私が眠る直前には既にエステルさんは寝ていたはずなので可能性としては高い。この場合、仮にアルの仕業だったとしても、誤解が解けるまでは私自身もエステルさんの怒りに巻き込まれる確率は濃厚だろう。



「……これはどういうことかしら、コチ」

「え?」


 は! として天井を見ていた視線を落とすと、エステルさんのおめめがぱっちりと開いて私を見上げていた。その顔は怒りのためか、羞恥のためか耳まで赤く染まり、小刻みに震えている。


 く、結局のところ冷静に状況を考えていると思っていた私自身もパニック状態で正気ではなかったのだろう。どう考えても最善は、エステルさんを起こさないようにこっそりとベッドを抜け出して部屋の外に出ることだった。


「えっと、私にもよくわからないです」


 少なくとも目覚めと同時に折檻が始まらない程度にはエステルさんも状況の不自然さを感じてくれているようなので、下手に誤魔化すのは悪手。正直ベースを心がける。


「そう……じゃあ、さっきから私の頭を撫でているこの手はなにかしら?」


 あう! エステルさんの絹糸のような髪が気持ち良すぎて無意識に頭をずっと撫でていたらしい。だが、もう正直にいくと決めた以上言い訳はしない!


「あ……その、エステルさんの髪の手触りが気持ちよくてつい……無意識です」

「えっ……そ、そう? そんなに気持ちいい、の?」

「は、はい。結構やみつきです。そ、それになんか無防備なエステルさんが新鮮でつい、愛おしくなってしまったというかなんというか」

「ちょ、な、なにを言い出すのよ突然!」

「あ、すみません! つい本音が」


 やばい、本音が漏れすぎた。さらに顔を赤くしたエステルさんが爆発するかと思ってちょっと身構えるが、予想に反してエステルさんは照れくさそうに私の胸にうずめるようにして顔を隠す。か、かわいい。


「な! あぅ……ま、ま、まあいいわ。それよりも一応確認するけど…………な、なにもなかったわよね」

「多分、としか……私もリビングで寝てしまったあとから、ついさっき目覚めるまでの記憶がないので」

「そう……つまりこの状況を仕組んだ犯人は別にいるということね」

「はい」


 そう呟きながら顔を上げたエステルさんからは、すでにデレ成分が抜けている。だが、私もこのやり口自体には怒りを感じている。状況としては嬉しくない訳ではなくむしろ嬉しいけど危険すぎる。


 その結果、ひとつの布団の中、男の腕枕で同衾する美女、そんな状況のふたりが放つにはいささか剣呑で物騒な空気が部屋に満ちる。脳内ではそんなこと話す前にこの体勢を解除しなくていいのかという思いがないではないが、役得と言えば役得なのでエステルさんが突っ込みを入れるまでは黙っておく所存。

 

 それに、楽しそうに鼻唄を歌いながら廊下を歩いて近づいてくる誰かを私の【索敵眼】が捉えている。かなり名残惜しいが、エステルさんにその旨をハンドサインで伝える。伝えないと後が怖いので。

 私のサインに物騒な笑顔で頷いたエステルさんは、ゆっくりと上体を起こすと周囲に数えきれないくらいの魔法を多重発動させていく。本来なら私も協力したいところだけど、私の魔法ではエステルさんの魔法の邪魔をしかねないので、とばっちりを受けないように、そっと部屋の隅に移動して大人しく見守る。


 廊下を近づいていくる気配は、部屋の扉の前で立ち止まる。そして、中の音に聞き耳を立てているのか、しばしの間のあとゆっくりとドアノブが動く。


「あ~! コチってばケダモノ~! 昨晩はお楽しみで……し、た……へ?」


『うっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 自業自得である。そもそも本当にお楽しみだったら、ノックもせずに扉を開けるとか、そのあとどうするつもりだったのかと厳しく問い詰めたい。

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