第81話 割り振り

お知らせ

 本編開始前にすみません。

 本作は第四回カクヨムコンにおいて『SF・現代ファンタジー』部門で特別賞を受賞することができました。詳細は未定ですが、書籍化されることになると思います。これもひとえにこの作品を読んでくださった皆様のおかげです。ありがとうございます。これからも頑張りますので、引き続き応援よろしくお願いします。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 イベント初日の夜は、六花のメンバーと協力しあうことを合意したところで終了。ご飯が不味いと嘆いていた六花のメンバーに食事を提供したら、やっぱり凄い喰い付きだった。この前の料理販売のときにある程度料理に関する知識は拡散したはずだけど、まだまだ完全に知れ渡ってはいなかったらしい。

 腹が満ちた六花のメンバーが広場に設置したテントに消えるのを確認したあと、こちらもリイドメンバーと四彩の身バレ対策を簡単に打ち合わせて(といってもメンバーが偽名を使う、四彩は表立って話さないという程度だが)就寝。結局、女性陣はログハウス内、男性陣は外で雑魚寝。テントを準備していない訳ではなかったけど、気温は適温で雨も降りそうもなかったので、焚火を囲んでまあいいやって感じだった。ま、私はシロとクロに挟まれて寝たのでぬくぬくのふわふわで快眠です。



「おはようございます、コチさん」

「おはようございます、チヅルさん。早起きですね」


 朝日と共に起きて食事の準備をしていた私に声を掛けてきたのは、六花のリーダーであるチヅルさんだった


「一応私が食事担当なのよ。私たちのパーティはリアルでも知り合いで、ゲーム開始前からパーティを組むのは決めていたの。だからチュートリアル後のスキル構成も事前に打ち合わせ済みで、各自で1つは生産系のスキルを取得するってことになっていたんだけど……」

「ああ、チヅルさんは【料理】スキル担当なのにスキルが取得できなかったんですね」

「ええ、まあでも他のメンバーもスキルは取得しても良い物が作れるほどじゃなかったから、それ自体はどっちもどっちでいいんだけど……さすがに食べ物が美味しくないとね」


 ああ、確かに。いいポーションが作れなくても、いい武器が作れなくても我慢できるし、最悪店売りのものを買えばいい。でも食べ物については店売りのものだって今ひとつだし、美食に慣れた日本人には結構厳しい。


「【料理】スキルの取得方法はもう公開されていますよ」

「え! うそ! いつ?」


 私は先日リナリスさんたちに説明したことと同じことをチヅルさんに説明すると、やはりリナリスさんたちと同じようにレシピとコマンドの罠に完全に嵌まっていたらしい。


「はあ、本当にいままでの苦労はいったい何だったのかしら……まあでもこれでメンバーの愚痴がひとつ減るわ。ありがとうコチさん」

「いえ、もう公開されている情報ですから」

「そんなことないわ。ここのところイベント日前後に有給を取るためにリアルの仕事を必死に片付けていたせいで、最近はまったく情報収集できていなかったから、教えてもらえなかったらイベント中のあと9日間、ずっと美味しくないご飯を食べることになるところだったもの」

「……なるほど、確かにその通りですね。それならお役に立ててよかったです。あ、そうだ。今のうちにリーダー同士で情報の共有をしておきませんか」

「え? あぁ、そうね。うちのメンバーに聞かせてもどうせ覚えないだろうし、私が聞いておいたほうがよさそうね」


 小さな溜息と共に肩を落とすチヅルさんに、心の中でお疲れ様ですと呟いてから私たちが昨日得た情報をチヅルさんに伝えていく。


 こちらからは、怪我をしているミスラさんの状態。私たちを召喚したカラムさんが私たちに何をして欲しかったのか。村から逃げ出して森に散っている村人のこと。ライとルイの兄妹のことと、モックさんのこと。そして、カラムさんがこの場所が襲われるかも知れないと匂わせていること。

 チヅルさんからは、ミスラさんに薬を作るために癒草などを探していたらしい昨日一日の採取状況について。それを聞く限り、やっぱりこの近くのものはカラムさんが取り尽してしまったということらしく、それなりに奥へ入らないと見つからなかったらしい。


「となると、今日は村人の捜索などの拠点外の行動をする班と、ポーションの作成と拠点作りをする班。ふたつの班に分かれるのがいいですね」

「あぁ……うん。確かにそれがいいと思うんだけど、戦闘はまだしも生産系はあんまり役に立てないと思う。調合はエレーナっていう狐獣人の魔法使いが担当で、木工はミルキー、鍛冶はキッカなんだけど、スキルがあってもうまくいかなくて。だから私たちに採取と探索を割り振ってくれた方がいいと思う」


 確かにチヅルさんの言う通りなら割り振りはそうした方がいい。だけど、村人の探索は時間との勝負だし、チヅルさんたちがうちのメンバーたちよりも効率的に探索ができるとは思えない。だとしたらこのイベントを最終日まで考えたうえで一番いいのは六花のメンバーが拠点で生産活動をしてくれることなんだけど。


「あの、もしかしてですけど調合とか鍛冶とかもレシピとメニューを使っていますか?」

「え? 勿論だけどなに……か……あ! ちょ、ちょっと待って! もしかしてそういうことなの!」

「あ、あの、ちょっと、近いです」


 私の問いに答えている間に、何かに思い至ったらしいチヅルさんが私に詰め寄ってくる。一応変なところを触らないようにチヅルさんの肩を押し返そうとするが……肩に触ることはできなかった。なんとも不思議な感覚だが、押している感触はあるのに手と肩の間にどうしても詰まらない2センチメートルほど空間がある。

あ、なるほど。これがハラスメント設定がオンになっている状態か。実際に見て触ったのは初めてだ。


「あ、ご、ごめんなさい。つい」

「いえ、でもチヅルさんが考えたことは多分正解です。料理だけじゃなくて、生産系の作業はスキルのアシストを受けつつ自分の手で一から作り上げると、スキルの成長率も完成度も高くなるみたいです」

「やられたわね、簡単に手に入るレシピはプレイヤーにミスリードさせるための餌だったのね」


 チヅルさんは悔しそうに頬を膨らませているが、気持ちはわからなくもない。幸い私はレシピの手に入らない場所で、優秀な師匠たちに鍛えられたおかげで普通に生産を楽しめた。だけど、レシピとメニューの罠にはまった人たちは、生産に真面目に取り組めば取り組むほど時間的にも資産的にも大きな犠牲を払っていたことになる。


「というわけで、午前中は六花の皆さんに私たちが生産スキルを教えるというのはどうでしょうか? そこでいろんなものが作れるようになれば、ポーション作成や拠点防衛をお任せしたいのですが」

「……生産スキルを指導してくれるのは有り難いのだけど、それって受け取り方によっては外の探索に私たちは力不足って言っているのよね」


 う~ん、やっぱりわかるか。そりゃあ、こんな初心者装備丸出しの私に言われても納得はできないだろうね。でも、この森の人たちを少しでもたくさん助けるためにはミラ、アカとアル、シロのコンビでの探索は必須。ただ、それを他のパーティに押し付けることはできない。


「いえ、探索に出たいなら出てもらっても大丈夫ですよ。私にそれを止める権利はありませんから」

「え? そうなの」

「はい。ただ、今日でひとまずの拠点化は終わると思いますから、明日以降だと私たちも探索に加わってしまって生産指導をしてあげられないかも知れません」


 柵の設置は木材の調達からになるが半日もあれば終わると思うし、ポーション作成も昨日六花の人たちが集めてきた素材を【調合】すれば今日明日の分くらいは足りるはずなので、明日には私たちも拠点の外へ採取や捜索に出られる予定だ。


「そういうことか……村の人の捜索に関して人手は足りるの?」

「モックさんに村人が避難していそうな場所を聞いていますし、幸い探索の得意なメンバーが何人かいますので問題ないと思います」


 ミラ、アカ、アル、シロなら戦闘力も探索力も十分。村人を守るのに手が足りなければクロを経由して知らせてもらえればまた転移で助けに行けばいい。


「そう、凄いわね。あと私たち、それぞれ習いたいスキルが違うけどそっちは大丈夫なの?」

「そうですね、鍛冶ならドワーフのドンさん、木工と彫金はエルフのファムさん、料理と調合、裁縫に関しては基本なら私が教えられると思います」


 チヅルさんはそれを聞いて驚きの表情を浮かべる。まあ、そうなるか。


「えっと、マナー違反かも知れないけど聞いていい? コチさんは生産メインのプレイをしているってことなのかしら?」

「……そう、ですね。作るのが好きなので」

 

 スキルと装備でそれなりに戦えなくもないが、どっちかといえば生産職よりの能力だから嘘ではない。


「なんか秘密がありそうだけど……あっと、いけない。こっちは無料で教えてもらう立場だし無遠慮に詮索するのは仁義に反するわね。いろいろ聞いてごめんなさい、コチさん。こちらからもお願いするわ、私たちにいろいろ教えてください」


 明らかに怪しいだろう私に一瞬だけ訝しげな表情を見せたチヅルさんだったが、思い直したように首を振ると笑顔で頭を下げる。どうやらチヅルさんは、昨日女戦士のキッカさんが言っていたように時折ゲーマーとしての顔が出てしまうらしい。ゲーム好きは本気でのめりこめばのめりこむほど、いろいろ知りたくなるものらしいからね。


「はい、私たちでよければ。では、皆さんが起きてくるまでにまず【料理】スキルの取得を目指しましょうか。道具はお持ちですか?」

「え、今から? って、あぁ……ごめんなさい、道具は持ってないの。どうせ作っても美味しくないし、半ば諦めてたから処分しちゃって。最悪料理メニューから切ったりもできたから」


 簡易キッチンの作業スペースをチヅルさんへと譲りながら聞くと、そんな回答が返ってくる。


「ああ、そうなんですね。じゃあ、このキッチンに備え付けのものを使ってください。私は自前のものがありますので」


 私が買った中級者用の簡易キッチンには、料理器具がセットになっているが私自身が使用している包丁セットなんかはリイドで親方と一緒に作った包丁で、使い心地はこちらの方が抜群に良かったので、一度しか使っていない。


「あ、ありがとう。じゃあ、借りるわね。最初は何から?」

「はい、まずは皮むきと、出汁を取ることからはじめましょうか」

「え? 野菜から出汁? そこまでするの」

「えっと……【料理】スキルが取りたいだけなら必要ないと思いますけど、ここでも美味しいものが食べたいなら覚えておいて損はないと思いますけど」


 素材のまま持ち込んだニンジンやジャガイモ、ピーマンらしきものをキッチンに置きながら、鍋に水を汲み、コンロに火をつける。


「そ、そうよね。昨日いただいたお料理も凄く美味しかったし、今まで美味しいもの食べさせてあげられなかったんだから、これからはなるべく美味しいものを食べさせてあげたいものね。わかったわ、コチさん! なんでもやるから、どんどん教えてください」

「はい、がんばりましょう」


 その後の千鶴さんは文句ひとつ言わずに頑張ったせいか、六花のメンバーが起きてくるころには【料理】スキルを覚えることができたらしい。なんとなくだけど、しっかりと下拵えをして手間暇をかけて料理すると【料理】スキルは取得しやすい気がする。


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