第43話 イチノセ

「やっと着いた」


 リイドを出て草原をてくてく歩いてゲーム内時間で約6時間。第一の街イチノセの街壁を見上げながら思わず声を漏らす。


『時間がかかったのは自業自得だ』


 旅をするなら必要だろうと、おかみさんとニジンさんが協力して作ってくれた外套の内ポケットに甲羅ごとすっぽりと納まり、首を伸ばして頭を出しているアオが苦言を呈す。

 もともとチュートリアル後はイチノセまで転送してくれるという設定もあるのだが、私の場合は卒検があったので、早々にキャンセルしていた。もっとも私は最初から転送は使わないつもりだったのでそれは問題ない。ただ真面目に歩けば半分程度の時間で辿り着けたんだよね。


「いやいや、リイド周辺は薬草なんかも数が減っていたし、見つけたらやっぱり採取していかないと。ゼン婆さんからもいろんな薬草毒草を持ってきてくれって頼まれてるし」


 リイドの採掘ポイントと同じように、リイド周辺の採取ポイントもチュートリアルクエスト完了後から調整されてしまい、ごく少量の癒草と浄花草くらいしか採取できなくなってしまっていたので、調合や錬金に使う素材の調達を頼まれていた。まあゼン婆さんだけじゃなくておかみさんには出汁の素材を頼まれているし、ドンガさんには鉱石、ファムリナさんには木材や宝石……つまり生産に使う素材はほぼ全部依頼されている。

 本来なら素材は売却するか、生産職のプレイヤーに持ち込んで装備を作ってもらったりするんだろうけど……私に関してはリイドに持ち込むという一択だ。


『そうではない。周囲の魔物がまったく襲ってこないからといって採取に夢中になりすぎたからであろうと言っている』

「はは……おっしゃるとおりです」


 リイドからイチノセまでは草原が続いていて、出てくる魔物はグラスラビットのみ。そして、私がもっている【兎の圧制者】という称号のせいで兎の魔物の中で最弱であるグラスラビットは私を見るだけで一目散に逃げていく。

 ようは道中が暇だったうえに襲われる心配がないのでつい夢中になってしまった。といっても採取できたのはほとんど癒草だけどね。でも癒草は回復系のアイテムにはほぼ必須の薬草だからあればあるだけ使う。処理と加工と分量を【錬金術】も駆使したゼン婆さん秘伝の方法で調整すれば、ワンランク上の癒快草ゆかいそうの代わりにもなる優れものだ。

 グロルマンティコア戦で使っていたエクスポーションは、リイドだけだと材料が揃わないが、この製法を使って各素材のランクを底上げして、さらに繊細で正確な調合技術をミスなく使用したときにようやく作れる貴重品だったりする。


『まあ、我としては久しぶりに外の世界を見て回れるのだから構わぬが』

「そう言ってもらえると助かる。さ、じゃあ街に入ってみようか」

『うむ』


 イチノセの街の南門にあたる扉には一応門番が立っていたけど、南側は基本的にグラスラビットしかいないし、見通しもいいためか門番さんはひとりだけ。しかもかなり適当な感じ。

 街への出入りも特に手続きはないらしく素通りだった。PKとか、窃盗とか強盗とかの犯罪者も出入り自由なんだろうか? プレイヤー同士に限定すれば、PK設定のオンオフに関わらず街中では決闘PvP以外の暴力行為はシステム上出来ない設定だけど、あとで公式で調べておくかな。


 ということで、やる気のない門番の横を通り抜け内側に開きっぱなしの門を抜ける。


「おぉ……」


 門を抜けるとそこは、まさに異国情緒溢れる『街』だった。大通りに面したお店の数々、道行く多種多様な人種の人々、そしてなによりリイドではほとんどなかった音。

 商店の呼び込み、世間話をするおばちゃんの声、通りを歩く人たちの雑踏の音、荷馬車や荷車の車輪の音などが私を圧倒する。リイドではそもそも人口が少なかったし、皆が達人なので足音すら静かで雑多な音というものがほとんどなかったから、とても新鮮に聞こえる。


『相変わらず人間は騒がしいな』


 懐でアオが溜息交じりに呟くが、それほど嫌がっている感じはしない。人間の嫌な部分をよく知っているクロや、人間を弱い生き物だと思っているアカは人がたくさんいる場所はあまり好きではないらしい。今回アカが同行を辞退したのも多分それも理由のひとつだと思う。

 逆にアオやシロはそこまで人間に忌避感はなく、むしろ群れながら知恵と技術を駆使して逞しく生きる人間たちに少なからず好感を抱いている節もある。同じ四彩獣として一括りにされちゃっているけど、もともとはそれぞれ別の場所、別の時期に独立して活動していたんだから各自にちゃんと性格と個性がある。


「さて、まずはどこへ行こうか」


 イチノセの街は北と南を頂点にした正六角形の街壁に囲まれたそこそこ大きな街で、東西南北の門から街の中央噴水広場を抜けて十字に大通りが通っている。この通りがメインストリートで、門から中央の噴水までをそれぞれの門の方角で『北通り』『東通り』『南通り』『西通り』と名付けられている。ほとんどの商店はこの四つの通りに面しているので、通りには品物を求めて人が集まる。それでも、さすがに人混みをかき分けるほどではないので、多少の注意を払えば普通に歩くことはできる。 


「まずはポータルをアクティベートしておくか」


 南通りを北に向かって歩きながらまず最初の目的を決める。ポータルはVRMMOでは移動時間を短縮するために必須の施設? 機能? で、大地人からは転移門とも呼ばれているんだけど、これは一度触れておけば他のポータルから一瞬で転移ができるというなんとも便利な代物。ただし、転移距離に比例したお金を動力として自動で徴収されるという設定らしい。徴収された貨幣がどこにいくのかは分からないし、減った貨幣の分の流通は大丈夫なのかとかという疑問は残るが、その辺はゲームだから気にしない。

 そしてポータルには大事な役目がもうひとつ、それは死に戻りの際の復活リスポーン地点として設定ができるということ。探索範囲が広がって複数のポータルをアクティベートした場合は、任意のポータルを復活地点として定めることができる。

 つまり、移動先で見つけた場合は絶対に登録する必要があるのが、このポータルという訳だ。

 

 そのポータルを目指しながらすれ違う人たちを失礼にならないように観察する。リイドの人たち以外を見るのは初めてだからそれだけで結構楽しい。大地人、夢幻人、そしてそれぞれの獣人、エルフ、ドワーフ、人間たちが普段着だったり、鎧姿だったりの様々な恰好で、大路の両脇に立ち並ぶお店を覗いたり、屋台で売られるような串焼きを買って食べたりしながら道を歩いている。


「そういえばお腹が空いたな」


 美味しそうに串焼きを食べている冒険者らしきドワーフを見て空腹に気が付く。 チュートリアル中は食べなくても問題なかったけど、チュートリアルが終わると空腹を感じるようになるのを忘れていた。いつもどおり朝はおかみさんのところで食事をしたけど、それ以降は何も食べていない。今日はグロルマンティコアとも戦ったし、時間としてはそろそろ夕方。私もなにかを買って食べようか……


「あ……」

『危険感知? どうかしたのか』

「ああ、ごめんアオ。そうじゃなくて、よく考えたらいま無一文だったなぁって。なんとかならない?」

『……我にはどうにもできんな』


 呆れたような思念を飛ばしてくるアオに『ですよね』と応えつつ、きゅるると鳴るお腹を押さえる。そんなところまで細かく作りこまなくてもいいのに……。

 リイドではお金を使うことがなかったのにお金がないのは、チュートリアルクエストでもらったお金を全部使ってファムリナさんのお店で清水のマグを買ったから。うん、後悔はまったくない! 清水のマグで飲む水は美味しいしね。


「となると……これから依頼を受けると時間がかかるし……手持ちのもので達成できる依頼があれば達成するか、あとは買い取りをしてもらうか、だな」


 事前収集した情報では、冒険者ギルドはポータルが設置してある噴水広場沿いにあるらしいから、アクティベートしたら顔を出してみよう。

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