第44話 偽装

「うわ、通りも人が多かったけど、噴水広場はさらに凄いな」


 CCOはそれなりに人気ソフトだけど、VRMMOとしては後発だし、出荷数はそれなりに多かったから購入できないという人はほとんどいない。だから二カ月も経過した今なら、あえて第一の街にとどまっているようなプレイヤーはそんなにいないと思っていたんだけど。


「あら、みない顔ね、お兄さん」

「え?」


 噴水の周りを流れる人を見て考え込んでいた私に声をかけてきたのはウェーブのかかった茶色いロングヘアーで赤い紅をさし、胸元が大きく開いたワンピースを着た色っぽいお姉さんだった。見事な胸の谷間におもわず視線が向いてしまうが、初見の感想としては娼婦っぽいイメージを受けてしまい警戒心が先に立つ。


 このゲームは成人指定なので普通に娼婦や娼館も存在しているし、そういうお店で働く人たちを色眼鏡で見るつもりはない。この街にも娼館などがある区画が南東区の一画にあるから、陽が落ちかけている今、ここまで客引きに来ることも考えられる。でも、私自身はイケメンというほどではないし、見た目も初心者まるだしでお金があるようには見えないはずで、周囲には見るからにもっと上客だと思われる人もたくさんいる。自分で言うのはちょっと空しいけれど、この人くらい綺麗な人なら、あえて私に声をかける理由はない。


「初めてこの街にきましたので」

「あぁ、お兄さんも夢幻人さんなのね。ということは迷子なのかしら?」

「いえ、そういう訳では。ただ、思ったよりも人が多かったのでどうしたのかなと思っただけです」

「そうねぇ、ここは夢幻人さんたちの待ち合わせ場所として使われることが多いし、四つの角にはそれぞれ冒険者ギルド、商人ギルド、生産者総合ギルド、住民登録所があるからいつもこんなものよ」

「なるほど、そうなんですね」


 色っぽいお姉さんはすすっと近寄ってきて私との距離を自然に詰めてくると、大胆に胸を押し付けてくる。その感触はとてもゲーム内とは思えないほど素晴らしいものだけど、こんな人通りの多いところでそんなことをされると、周囲からヘイトを稼いでしまう。ちょっと惜しいけど、そろそろ離れてもらおう。


「いきなり悪目立ちしたくないので、その辺にしておいてくださいね。シェイドさん」

「あら、やっぱり見破られちゃう? 今の変装はリイドのときとは違って【看破】のレベルが少し高いくらいでは見破られない自信があるんだけど。なんでなのかしらね、ちょっと悔しいわ」


 どう見ても女性にしか見えない体と仕草でころころと笑いながら体を離したシェイドさんだが、この人は男に変装してもまったく違和感がないという変体(変態ではなく)だ。リイドでの修行中も、人を見る訓練という名目で頻繁に誰かに変装して接触してきていた。なんとなく感情を察する私の能力のせいか、最後までシェイドさんの変装が見破れなかったことは一度もない。でも、結局シェイドさんの性別を断定することはできなかったんだよね。

 女の変装をしているときは、さっきみたいにとってもいい感触のものをお持ちだし、男の変装をしているときは、胸板はしっかり男だった。胸板については、不本意ながらもちょっと触らせてもらったけどちゃんと筋肉だった、間違いない。

 その他にもいろいろ調べてみたんだけど、結局なにひとつ断定できるようなものはなく、もうそういう不思議な人なんだということで納得して考えるのを放棄した。なので、シェイドさんと話をするときは、現れたときの姿かたちに合わせた対応をすることにしている。


「イチノセにいたんですね、偶然ですか?」

「ふふ、あなたがこの街にくるタイミングを見計らって戻ってきたんだから、たまたまではないわよ」

「私に用事ですか? またユニークレイドを見つけてきたとかはやめてくださいよ」


 チュートリアル終了後にいきなりユニークレイドと戦わされるとか、いくらチートな仲間たちがいてもハードモードすぎる。とにかくいろいろすっ飛ばし過ぎだ。


「それはまたおいおいね。いまは世の中が思ったより変わっちゃっているから、基本的な情報を更新するのに忙しいわ。幸い昔作った組織がかろうじて残っていたから、そこを立て直したら動かせる駒も増えるけど」

「……それってやっぱり後ろ暗い組織ですか?」

「そうねぇ、もともとは組織的な情報屋って感じだったんだけど、いまは報酬次第でなんでもする暗殺ギルドのような感じかしら? たぶんちょっとずつ欲に負けた人間が増えていったのね」


 なるほど……情報が集まればそれを利用してお金儲けをしようとしたり、悪いことをしようとする人は出てくる。最初は清廉な組織だったとしても、そんな人間が徐々に増えていけば、いずれ組織全体が変質して腐っていくことになるってことか。


「人の欲っていうのは、やっかいなものね」


 私が考えていたことが分かったのか、シェイドさんが憂いを込めた声を漏らす。


「そうですね……でも人々の生活を楽にする、いろんな道具も人間の『もっと楽をしたい』という欲から生まれたものですから、一概に悪いとは言えないですよ」

「へぇ……そうね、確かにその通りだわ。欲はあってもそれをどう昇華するかは人それぞれ、欲すること自体は悪いことではないものね」

「で?」

「え? ……なにが?」


 あざといくらいに可愛らしくきょとんとするシェイドさん。どうしてこれで中身が女だと断言できないのだろう。


「はあ……私に用事があったんじゃないんですか」

「あぁ! そうだったわね。ちょっとあなたに渡したいものがあったのよ」


 ぽむ、と手を叩いたシェイドさんはなぜか胸の谷間に手を入れると、豊満な塊の間からなにかを取り出して私の手の平に置いた。……うん、ぬくもりがリアルにエロい。


「指輪……ですか?」

「例の組織の清掃中に幹部のひとりがいい物を持っていたから、あなたに必要かと思ってわざわざ持ってきてあげたのよ」


 リイド解放以降、情報収集のために常に飛び回っていて忙しいシェイドさんがわざわざ持ってきてくれた装備か。今の私に必要なものってなんだ? いまはお腹が減りすぎてて屋台で料理を買うお金が欲しいくらいしか思いつかないけど、とにかく鑑定してみるか。


『欺罔の指輪 INT+2 MND-1

【人物鑑定】に対して偽りの情報を表示する。ただし身体能力は偽れない』


 なるほど、つまり私の身体能力を表す数値は偽れないけど、職業や称号、それに記録と加護、そしてスキルを隠すことができるってことか。


「【人物鑑定】を取得している人はほとんどいないと思うし、詳細な情報まで鑑定できるような高レベルの人なんてさらに少ないでしょうけど、あなたのステータスはいろいろ面白いのだから気を付けるにこしたことはないでしょう」

「……面白いと言われるのは心外ですけど、確かにこれは嬉しい道具ですね。リイドが長かったので忘れてましたけど、私の場合は称号、記録、加護、スキル。どれを見られても困るものばっかりですから」


 貰った指輪を右手の中指に嵌めて、左手でタップするとステータス画面が開く。ここから設定をするらしい。

 レベル関係の数値はかなりスキルレベルが高くないと分からない情報だから無視して、あとは普通にチュートリアルを終了した感じで……こんな感じか。


名前:コチ

種族:人間 

職業:調教師テイマー

副職:なし

称号:なし

記録:なし

加護:【トレノスの加護】


HP: 250/250

MP: 250/250

STR:10

VIT:10

INT:10

MND:10

DEX:10

AGI:10

LUK:107

SPステータスポイント:20

スキル

(武)

【体術】

(魔)

【水魔法】【土魔法】

(生)

【採取】【調合】

(特)

【調教】

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