第6話 六度目の侵攻

「軍隊が来たぞ!今回は人間たちも本腰を入れてきたようだ」


 人間たちが、都市の兵隊を引き連れて来ているという情報が入った。洞窟外で狩をしていた怪物が気を利かせて、すぐさまトカゲ軍人の元へ知らせに来てくれた事は洞窟にとって幸運だった。


 その勢力は、一個大隊。兵数としては、およそ五百名の集団という。魔女曰く、釣り目の僧侶が都市の議会に働きかけて軍隊を動員し、その最終目標は、金鉱の奪取である、という。老婆はそれだけ告げると、リモスから情報料をもぎ取ってグロッソ洞窟から慌てて逃げ出した。


 この知らせと共に、洞窟内の怪物たちも完全に浮足立った。一体の力では人間に勝ちえても、相手は軍隊だ。人間が結集すると化け物のような力を発揮する事を、彼ら怪物たちは骨身に染みて知っている。早速、怪物たちは避難の準備を始め、その前に財産を手元に戻そうと、リモスの下へ殺到した。だが既に預かった金を、トカゲ軍人に言われるまま募兵のために投資していたリモスの手元には、既に金は無い。説得して、この場を鎮める必要性が彼にはあったのだ。彼は洞窟各所で幾度も熱弁をふるった。


「みなさんご安心を、軍教官殿が必ず人間の軍隊を撃退してくれる!それこそ前のように勇ましく鈍色の剣を振って!彼はこの洞窟の守護者だ!」


 人間の世界ほどは私有財産保護の風潮が強くなかった事が幸いしたのかもしれないが、そもそも基本的に賢くない怪物たちが相手だ。この程度のアジりで、今回の侵攻も乗り切ることができる、ととりあえず信じさせることに成功した。この演説はたちまち噂になり、トカゲ軍人は自尊心をくすぐられ喜び、片や洞窟長はリモスへの心象を決定的に悪化させた。


「フッ、あの粘液体め……」

「凡夫!あの粘液体め!」


 とはいえ、リモスにはこの騒動がこのまま終わるとは思えなかった。金庫を如何にして守ろうかと気を揉んでいると、ご機嫌でやって来たトカゲ軍人が助言してくれた。


「我輩思うに、一時的な強制債権という形にすれば格好はつく。常に多方面での戦争を強いられている魔王の都では良く行われているが、人間を撃退した後、返金の目途が立った時期に色を付けて返せばよかろうが」


 なかなか経済にも明るく、さすがは魔王の都直属の軍人だが、その仕組みを田舎者どもは理解できるだろうか。もはやインポスト氏は相談にも乗ってくれないから、リモスが判断を下さねばならず、結局、トカゲ軍人の言う通りに告知した。リモスの発言だけでは混乱収拾は難しかったろうが、魔王の都で行わえている洒落た手続きだと強調する事で、真実味を増す事ができたのか、グロッソ洞窟の債権者たちは人間を追い払えば金も儲かると前向いて考え、トカゲ軍人により協力的な姿勢を示すようになった。


 トカゲ軍人とリモスの協同はなかなかに良い結果をもたらしているが、双方が確信的に為した事では全くない。二人とも出たとこ勝負に賭ける悪い癖もあった。何時までも良い結果を招くとは限らないものだが、特に時間的余裕もない今回はこの体制で、人間たちを迎え撃つのである。


 対する今回の人間側の軍事目標は二つである。一つは財宝の獲得ひいては金鉱の制圧、そしてもう一つは、これは防衛側にとっては誤算だったが、トカゲ軍人の駆除である。これほど強力な怪物が都市付近に生息しているのでは問題が大きい、という事だったが、釣り目の僧侶はこの二点を持って、都市を説得したのである。魔女からの情報にはこれが欠けていたが、その大隊を指揮するのは、自身も都市住人である、幾度か侵攻してきたあの戦士「ハゲ」で、今回攻め寄せる人間たちの頭脳はこの男である。市民に働きかけたのもこの人物だ。


 ハゲは、裕福かつ名望ある都市住人でもある仲間の「釣り目」の僧侶を説得し議会を誘導する事に成功。根回しに多額の金銭を用いたが、それもグロッソの洞窟を征服する事で十分に回収が可能と見込んだのだ。


 軍勢は、一個大隊。

大隊は約五百名。

中隊毎では百名一中隊が五隊、

さらに小隊に分けると二十名一小隊が二十五隊、

となる。


 ハゲの指揮下で中隊を率いる一人に相棒の「黒髪」もおり、「釣り目」は軍監として従軍。つまりはいつもの侵入者パーティなのである。指揮官であるハゲはこれまでの経験から一定の情報を備えているので、勢いを持って戦端を突っ走った。まず、都市大隊は洞窟内部へ強襲突入し、入口付近を第一の基地とする。さらに、動揺する怪物側を尻目に強行進撃を続け、洞窟の水源であり左にリモスの採掘場と右に居住地を分ける地点に最前線基地を建設する事にも成功した。この戦果は勢いで達成されたが、これは戦士ハゲの気質を現しているとも言える。走り出せば速いのだ。


 怪物陣営からみると、水源を抑えられたのは痛い。洞窟に立て籠ろうにも、日常生活にも不便をきたすようではそれも覚束ない。居住区に住む怪物たちはおどろきとまどい、トカゲ軍人に救いを求めようとするが、怪物側の指揮官は、人間によって分断された洞窟の反対側にいるのだ。連絡を取るための決死隊が送り込まれたが、その都度迎撃され、怪物たちの多くは討ち死にを余儀なくされる。


 一方のトカゲ軍人とて分断されたのでは変わらないが、足手まといとなる怪物が居なければそれでも良い、と割り切っていたようだ。しばらく基地に籠り、人間側動向の静観に徹する。こうなると防衛側は統一した動きができないとはいえ、不利もなくなるのであった。


 攻め手のハゲは次の行動に移る。すなわち目標であるリモスの坑道の占拠である。リモスの金庫、すなわち宝箱を確保するため、黒髪が率いる先発中隊を送り出す。この中隊には開錠魔術師の「とんがり」も加わっており、前回の失敗を踏まえた金の収納作戦が行われた。


 今回実は、怪物を閉じ込めた金庫は無かったのだが、とんがりはトラップを警戒、宝箱を複数の兵で包囲しながら時間をかけ、着実に開錠していった。箱が開くと、金を前にした兵らの溜息と歓声が溢れる。それでも怪物側は攻めない。偶発的、散発的な戦闘は行われたが、未だトカゲ軍人も出てこない為、金の回収は順調に進んだ。


 その一連の動きを、リモスは物陰に隠れながら確認する。魔術師とんがりという位だから魔法や法術で開けているとリモスは予想していたが、そういった様子は見られなかった。この謎を解くためには、トカゲ軍人の言う通り、彼を捕縛するのが近道のようだ、と篤信したリモスは、今回、自らの金庫が片っ端から開けられるのを今は耐え、トカゲ軍人の基地へ帰還した。


 その間にも、次々と金が人間軍の前線基地に運ばれていく。ハゲはトカゲ軍人の攻勢が無い事を怪しんでいたが、目的の一つである金の回収を優先しつづける。兵たちは運ばれてくる金を前にげらげら笑いが止まらぬ。油断を招きやすいこの状況、やはりおかしいと感じた釣り目も、ハゲにご注進に及ぶ。


「ここはトカゲの怪物の動きを警戒するべきで、例えば金の搬出時に攻勢を仕掛けてくる可能性がある」


 これは当然考えられる事だったので、ハゲは対策を求めた。釣り目曰く、分断された居住区に住む怪物、特に地位の高いそれを捕虜にしておけば交渉材料になる、と言い放った。


 この実に卑劣な作戦に二つ返事で同意したハゲは、釣り目に二つの中隊を率いての居住区侵攻を依頼、作戦指揮者の釣り目の性格を反映して慎重に進められる。その辺の怪物を捕らえ、拷問を加えて高位の怪物の名を白状させた。誰もがインポスト氏の名を挙げ、これによって氏の名前は人間たちに広く知られるようになる。


 勘の鋭いインポスト氏はこれらの動きを早速察知し、敵が通過するまで息を潜めて、洞窟内を頻繁に移動して敵との接触を回避する、という目標を立て、それを果たした。捕らえられた怪物たちは口々にインポスト氏の名を叫び、速く現れて人間を一ひねりにしてくれ、と惨めな鳴き声を挙げたから、釣り目隊の兵らはまだ見ぬ鬼の怪物について想像力を逞しくする。それでも、情に動かされる事無く姿を隠し通す事に成功した氏について、後に事情を聞いたトカゲ軍人は、


「勇敢さは皆無でも、戦場における第六感は優れているのかもしれない」


とその臆病さを褒め称えた。こうして洞窟長を伏侍する十数名の見捨てられた怪物たちが連行されていった。


 さて、黒髪率いる中隊は、リモスの金庫を悉く開錠し、大量の金を前線基地まで運び込んだ。トカゲ軍人討伐に目を瞑れば、あとは洞窟を撤退するだけだが、ここまで全く姿を現さないトカゲ軍人の追撃を、やはり黒髪も予想し、対策をハゲに求めた。


 司令官ハゲは策を巡らせる。洞窟の入口に設置した基地に戻る前に、必ず敵襲があるだろうが、金塊を守りながらの撤退は不利になるから、事前に兵たちに金を持ち物として分け与え、都市に帰還した後に各自が持つ半分を給与として支払う、と約束した。これは言わば分配金の前払いと言ってよく、兵士たちの士気は大いに向上した。質の良い純金を預ける事で支払責任を果たし、安全な運搬は保証しない、というハゲの品性卑しいエセ太っ腹に、ほとんどの兵が騙されたと言って良い。金を手にしても、生きて洞窟を脱出できるかが問題で、司令官はその危険性を最後まで隠していたのだから。


 次いで、決して広いとは言えない洞窟を、小隊単位で出口まで移動させることにする。こうして、二十の小隊が慎重に出口を目指し始める。各小隊、捕虜としている怪物を盾として連れながらだ。しんがりはハゲの隊が務める。


 半分が通過する。それでも奇襲はない。最初に移動した小隊はすでに外の陽に触れ、金の確保を確信して、歓声を上げているようだった。その声を聴いて、


「心配が過ぎたのかな。どうやらこのまま行けそうだ」


と一息ついたハゲだが、黒髪や釣り目の危惧の通り、洞窟側も何もせず敵を帰すつもりはなかったのである。開錠名人とんがりが属する小隊が前線基地と入口の基地の中間付近を通過した時、ついにトカゲ軍人は行動を起こした。


 トカゲ軍人は入口に近いところに詰め所を造っていたが、敵襲前に洞窟の壁を崩して入り口を塞いでいた。その壁をぶち破って出た。


「人間諸君、お帰りになるにはまだ早い。お付き合い願おうか!」


 人間軍を分断する作戦を取ったのだ。一度敵を分断した側は、まさか自分たちが分断される側に回るとは中々考え至らないものだ。さらに、奇襲によって人間たちがおどろきとまどっている間に、鉄人形に命じて作らせていた大きな鉄板を運んでこさせ、これを重ね合わせて、前線基地側の通路を塞ぐ事に成功。臨時の障害物のため、完全にふさぐことはできないが、少ない数の怪物でも敵を撃退できる程度の役には立つ。そしてこの間に、トカゲ軍人は先に出口に近づいていた人間たちに次々と襲い掛かっていった。


「無抵抗、為されるが儘で本当に良いのか、人間諸君?全滅してしまうぞ!」


 先に戦った黒髪やハゲが危惧した通り、トカゲ軍人は一戦士としても別格の強さを持ち、都市の兵隊たちは、この戦いのために召集された兵とは言え戦い慣れていない上、既に金を手にして戦闘意欲が緩んでしまっていたため、戦闘に際して常に先手を取られ、もはや逃げる事しか考えられない。一方的な戦いとなり、次々とその屍を洞窟に晒していった。


 この時、一人、怪物側の捕虜になった人間がいた。開錠魔術師のとんがりである。この人物がなぜいとも簡単に鍵を開ける事が出来るのか、リモスが興味津々であったため、トカゲ軍人に確保を依頼していたのである。トカゲ軍人は可能な限り仕事はきっちりとこなす性格の持ち主であったようで、とんがり帽子がトレードマークであったこともあり、この依頼もいとも簡単に成し遂げた。刃を突き付けられて、縛り上げられたとんがりは、リモスの家へ連行されていった。


 無論、このような小さな出来事にも大混乱に陥っていた人間軍は気が付かない。トカゲ軍人は殺戮を続けながら、あっという間に人間が築いた入り口の基地に突入する勢いなのだ。とんがりの事は忘れ去られた。ここでトカゲ軍人の前に、これ以上一方的な攻撃は許さないとばかり戦闘の好手である黒髪が立ちふさがった。


「俺があの化け物の相手をしている間に、引き揚げろ!」

「後続部隊が来るまで、なんとか持ちこたえれば……」

「それでは皆殺しにされる!」


 黒髪は蛮勇と言っても良い程の勇気を示して、圧倒的に実力差があるトカゲ軍人に挑みかかっていった。また、赫々たる武勲をあげたトカゲ軍人も、数多くの人間兵を蹴散らした後で疲労しており、彼の考えでは早く洞窟内部に残る人間兵を血祭りにあげるべきであったから、自然、力を温存した戦い方になった事も、黒髪に幸いしたと言えよう。


 何か事を起こす上でも、工夫を加えるのが好きだったらしいトカゲ軍人は、ここでも知恵を巡らす。黒髪と共に戦っている人間兵を殺さない程度に痛めつけ、黒髪が負傷兵の救出や避難に手間取っている間に、分断した他方の人間軍の攻撃に戻ろうとしたのであるが、果たして、この作戦は上手くいった。トカゲ軍人の繰り出す剣の突きや肉弾攻撃に負傷した兵の呻き声で辺りが満たされると、なんとか負傷する事無く闘い続けていた黒髪も、救出に回らざるを得ない。また、トカゲ軍人が特に意図した事ではなかったが、人間側の捕虜になっていた怪物たちはみな、この隙に助け出され、未だ洞窟が戦場になっている以上、リモスの家に匿われる事となった。


 黒髪の側が血戦と化している間、分断されてしまったハゲと釣り目が率いる側は大混乱に陥っていた。彼らがまず目指したのは道を塞ぐ鉄板の撤去だが、これに失敗し続ける。隙間から向こう側へ抜けようものなら、怪物たちが集中攻撃をしてきて陣地の確保にすら困難を来したからだが、攻めるハゲは勇気を示さねばならなかった。そして、時間はかかったが正しい行動を取ったといえよう。残る怪物の捕虜を全て釣り目に預け、洞窟内をさらに一周してトカゲ軍人がぶち破って出てきた側を攻める、と決断した。


「司令官、あまりに危険です!」

「大丈夫、あのトカゲの化け物以外は雑魚ばかりのはず」


 それでも特に腕の良い兵士たちを集めて決死隊を編成し、自らがその先頭に立って洞窟内部に進んでいった。すでに六回もこの洞窟に攻め込んでいるハゲには、ある程度の方向感覚というか、見当がついていたのであろう。すなわち、トカゲ軍人の奇襲路は、リモスの坑道側近くだと。


 司令官直々の勇敢な行動は配下の兵士たちの心に勇気を巻き起こしたが、不利な点もあったのだ。この大隊の司令官を務めるハゲは、同時に人間側で最も腕の立つ戦士でもあったから、鉄板前に残された兵たちは随分と心細くなった。とはいえ彼は、走り出したら速い、という持ち前の性格を活かして、立ちふさがる怪物たちを次々に切り倒し、行動開始僅か三十分後には敵の奇襲路を発見して鉄板の反対側に躍り出る事に成功した。今度は逆に挟撃される形となった怪物たちが浮足立った。だが形勢再逆転とはならなかった。


 ここに、人の返り血を浴びていかにも恐ろし気なトカゲ軍人が戻ってきたのである。司令官としての立場ではなく、一介の戦士としてトカゲ軍人の前に立ちふさがったハゲは、洞窟出口向こうに向かって中隊長黒髪の名を叫ぶ。しかし、こだまがかえってくるだけであった。


 実力は突出していたとはいえ、その実かなり疲労していたトカゲ軍人は、ハゲにカマをかける。高らかに良く響く声ですなわち、


「この先を進んだ部隊はみな、魔王足下の我輩を恐れて逃げ出したあと!」


と。その上で交渉を持ちかけたのだ。武装解除を条件に、洞窟内で生存している人間の退去を許す、と。


 戦士ハゲは都市において強い出世欲を持っていたため、大敗の上の降伏など絶対に認められない。生きて帰っても彼は全ての社会的信頼を失ってしまうだろう。またそれは、釣り目の僧侶も同様であったろう。故に、この条件での交渉は断固拒否。ハゲはとりあえず、これ以上問答無用とばかりトカゲ軍人に切りかかっていった。武装解除なしの撤退へこぎつけねばならない。釣り目もハゲの目指すところを理解したようだった。トカゲ軍人とハゲの激闘に注目が集まっている間に、釣り目の指揮で全ての兵に鉄板を越えさせる事に成功。その上で激闘中のトカゲ軍人に対して新しい条件を要点事に伝える。


 一つ、人間側は現状二百の兵があり、数では怪物側よりも断然に有利であること。

 一つ、怪物が人間の退去を望むのなら、それに応える用意はあること。ただし、武装解除は認められない。

 一つ、戦闘が止むのならば、捕虜の怪物はみな開放する事。

 撃剣を繰り広げながら、トカゲ軍人はこれに回答する。


「まず、そちらは二百の兵と言うが、地形の条件からそこもと等は全滅の危機にあること。またこの戦い、仕掛けてきたのは人間側であること。捕虜甘んじる恥知らずな怪物について、こちらから追放しても良いと考えるので、そちらで好きなように調理してかまわないこと」


 戦士ハゲも負けていない。


「我々の目標は二つ。金鉱の制圧とトカゲ男の抹殺である。退去を認めぬと言うのであれば、全兵力をトカゲ男抹殺に費やし、玉砕するのみである」


 無論、ハゲに玉砕するつもり等は無い。だが、ここは正直に軍事目標を明確に伝えた上で、この場違いに強い怪物に命を惜しむ事を思い起こさせようとしたのである。激闘の中でよくもこのような駆け引きができるものだが、軍人や戦士はその為の訓練を受けているのであろう。魔王の都での志望を持つトカゲ軍人も、こんな辺境で玉砕の標的にされては面白くないから、先の条件を受け容れる事にし、一旦剣を引く気配を見せた。


「希望を容れる」


 そう明言したトカゲ軍人は、強烈な一撃で戦士ハゲの剣を打ち落とし後、トカゲらしく天井に張り付き、舌をシュッルとしならせ曰く、


「貪欲にも洞窟に攻め込んできた人間たちを、我輩は皆殺しにする機会を得た。だが寛容な精神を持ってそれを捨て、生命と名誉を保った退去を認めるのは、我輩が人間よりも精神と武具の富強を誇る所である。下等生物に慈悲深く接するのも、我輩らの務めだ」


 実のところ、天井に張り付いた訳は、休息をとる為であった。それをそうと悟らせずに、タフな交渉を有利な形で進める。これこそが魔王の都風と言ってよい戦の作法である、とトカゲ軍人は後に妖精女の枕辺で語ったらしい。怪物世界は人間世界に対して文明でも進んでいると自負していたのだ。


 だがそれも、怪物の側からみて、の事であった。トカゲ軍人は生きている人間たちの退去は認めたが、人間が同胞の屍を棺桶に収容する事を妨害し、半分以上の屍が洞窟内に残った。その夜、人間の屍は戦勝パーティでバーベキューとして供され、悉く怪物たちの胃袋に収まったのだから、これもまた十分に野蛮なる振る舞いであったろう。だから人間も怪物も、双方ともに野蛮さを競い合う結果となったとも言える。


 生き残った人間たちにとっては野蛮極まる行為であったしこのような行為は更なる復讐を呼ぶものだ。戦士ハゲは、ここで得た屈辱を終生忘れぬと誓った。


 退去前に、リモスはトカゲ軍人へ洞窟側のもう一つの条件を急いで伝えさせる。洞窟退去の際、彼らが洞窟内で獲得した金を、必ず返還すること、がそれであった。一度結んだ約束に手を加える事を、この勝将は嫌がったが、金へのリモスの執念は強く、退去が本格化する前にそれをハゲ側へ伝えさせることに成功。奪われた金の九割は戻ってきたという。急場を凌ぐ形となったこの戦い、こうしてリモスにとっても成功に終わる。


 なんにせよ、六度目の攻防戦、またもや洞窟側の大勝利で終わったのだ。

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