第45話 好悪の嚆矢

 この頃、政治力や謙虚な姿勢の欠如により都市エローエで嫌われていた戦士ハゲが、自身の費用で編成した独立部隊を率いて、山を越えた先の帝国を進軍中であった。目的は、人類世界の危機を救うための怪物討伐だ。大きな農場の所有者でもある戦士ハゲは名うての富豪で、それを行えるだけの個人的な資力があった。と言っても、数十人の部隊であり、内半分は、彼の家で働いている召使たちだが、兵力には違いない。


 その他、戦士ハゲも釣り目の僧侶と同じく、東洋人から腕利きの傭兵を借りている。斧使いと二刀流の傭兵二人で、大いに活躍を期待された。


「今回の討伐行は人間社会を救済する目的で行う。それに伴って、私にも諸君らにも、富と名声が付いてくるはずだ。今よりももっとリッチに、有名になれるぞ!」

「旦那様万歳!」


というわけで、かつて、黒髪が怪物の討伐行をして「勇者」の名を得た歴史的事象を、そっくりまねたのであるが、同じ独断専行型であっても周囲を巻き込む魅力に不足しない黒髪と、敬遠されがちな戦士ハゲではやはり違った。大きな違いは、勇者黒髪の軍は進軍中に参加する義勇兵は後を絶たなかったが、戦士ハゲの部隊はそれが皆無だった。だが自身かなりの凄腕であった戦士ハゲは、部隊の指揮でも優れており、当たるを幸い、怪物達をなぎ倒して進軍していくと、帝国の一角を占める狭い領域において、戦士ハゲも「勇者」と呼ばれるようになっていた。危機の頃が、「勇者」を求めていたのだろう。


 彼は富豪であったのに、その財産を貧しい難民たちのためには使わなかった。それどころか、倒した怪物たちの肉を食料に加工して、それを帝国の民に売りさばいて収益を上げていたのである。彼の部隊には、養豚夫やコックもいたから、朝飯前であった。彼はこの行為を恥じたか世間に隠匿したが、秘すれば漏れる、の言葉通り知れ渡るようになる。だから、人々も「勇者(笑)」と嘲笑するのが常で、彼の品性の卑しさは軽蔑の対象であった。


 さらにはこのエピソードが著名だ。その町では、怪物と富裕層の人間が奇妙な融合を果たしており、町を占拠した怪物達は人間よりも鉱物を栄養源としている、グロッソ洞窟にいた鉄人形のような種族であった。当初発生したいくらかの殺戮後、町に腰を下した怪物たちは、近隣にある小さな鉱山で人間を働かせて食料を得る共存路線を取った。この路線が継続するには、人間を使役する立場の人間も必要になる。これを引き受けたのは、教育を受け指揮系統の実績を持つ町の支配層たちだ。結果、隷属する層の人間の一層の困窮と、支配する側に付いた人間のさらなる富裕化が発生し、後者は怪物の到来を禍福と受け止めたものだ。そこに、怪物討伐で有名になりつつあった戦士ハゲが町に近づくと、体制の変化を嫌った町の支配層はわざわざ出向いていき、事情を話してどうか町の事は放っておいてほしい、と伝える。対するハゲは、金と引き換えになら進路を変えても良いと回答。彼は首尾良く金の袋を得るや、その町を通らないルートで進軍していった。金貨をじゃらじゃら鳴らしながら。


 このように相変わらず大衆に好かれる人物では全くなかったのだが、それでも彼が怪物達から集落を解放していった事実は事実。名声の高まりはやはりあったのだ。だから、勇者の手によってバンシー軍人の拠点から助け出された生存者の内幾人かが、「勇者」ハゲの名声を聞いて逃げ込んでいったことも、不思議ではない。生存者たちは、何よりも保護を求めたが、彼らから得た情報により、勇者が怪物に対して融和的である事実を把握したハゲは、


「勝機あり」


と、黒髪の討伐を決めた。


 しかし、東洋人が付けた二人の戦士は、勇者殺害のための軍事行動に従軍する事を拒否する。彼ら曰く、


「どのような事情にせよ、バンシー軍人の拠点を解放したのであれば、勇者黒髪を討伐するなどもってのほかではないだろうか。あの拠点は怪物軍最大であったはずだ。生き残りは解放されているんだし、ここは協力しなければいけないのでは」


 特に、義侠心の強かった斧使いははっきりと、


「よくもまあ、かつての仲間の討伐作戦を平気で立案できるよ。酷い野郎だな。あんたの勇者黒髪への嫉視が人間同士の争いになってはたまらん。そんな不名誉な事、一人でやってほしいね」


と明言してしまう。指摘が図星でありかつ、上手く反論することが出来なかった戦士ハゲは、それでも方針を変えなかったため、彼らの離脱を許してしまう。金で釣る事もできなかった。また、東洋人配下の傭兵はみな都市エローエの外に母国を持つため、市民権を武器に強制する事も出来なかった。襲撃は戦士ハゲの部隊のみで試みる、ということになる。


 東洋人配下の二人は、斧使いが勇者の動向を調査し、二刀流がボスである東洋人に情報を伝える役目に行動を分けた。実力主義で伸し上がってきた東洋人は部下にも優秀な人材を集めていたのであるが、戦士ハゲの陣営には、残念ながら目立った人材はいなかった。彼自身、人を引き付けるタイプではなかったためだろう。だから同じ人間をヤるといっても戦士ハゲ自身が手を下さねばならなかった。



 バンシー軍人の拠点に、戦士ハゲとその一党が到着する。黒髪が移動する前に、と言う事で全速力をもって移動してきたため、道中、怪物達に虐待されている人間たちの集落をスキップしての到着だ。ハゲは黒髪を討伐した武勇伝を後日出版するつもりでいたため、その時の様子を極めて散文的な文に乗せて記している。曰く、


「この拠点では、圧倒的に人間の数が少ないが、それでもちらほらと目にする事ができる。連中に話を聞くと、黒髪は 暴虐に耽る怪物どもを『帰宅』させるために同じ怪物たちを率いてやってきたのだという。その真偽は黒髪と直接話してみなければわからないだろう。それこそ、遠慮のない、胸襟を開いた、歯に衣着せない、ざっくばらんな、腹を見せた……」


 嫉妬と名声欲に心乱されている割には、という記述であるが、彼もバンシー軍人を打倒した黒髪に、戦術を学ぶ。すなわち、従順に首を垂れたのちに隙を突いて殺す、という作戦だ。


 勇者黒髪は戦士ハゲからの面会の申し入れがあった時にかつての仲間の心理を考える。今、何のために会いに来たのか。この頃、人間世界相手には慎重を期する事にしていた黒髪は、相談役のヴィクトリアと、勇者の右腕として魔人部隊を統括していた戦士それぞれに相談する。彼は何のために来たと思うか、と。勇者と戦士の間柄を聞いて、二人は口を揃えて曰く、


「あなたを殺して名声を高めるために来たに決まっている」


 と述べた。さらに魔人の戦士は自身のヘルメットを磨きながら、


「相手が少人数かつ非武装できたのなら、間違いなく暗殺するつもりだな。あなたがバンシー軍人を倒したのと同じ手法を用いるつもりだろう」

「どうしようか。できれば関わり合いを持ちたくない。会わない、という選択肢もありかな」

「私もそれが良いと思いますが、その場合、急な襲撃の恐れも増します。この場で始末してしまうのも一つの手ではないですか。なにせ、先方はわざわざ会いに来ているのですから」

「だが、相手はかなりの手練れなんだ。闘いになれば、どちらもただではすまない」


 その腕を知っている黒髪は苦々しい表情を浮かべる。心配したヴィクトリアは勇者黒髪を力づけるため言葉を紡ぐが、辛辣な言葉がそれを押しのける。


「戦士ハゲに弱点はありませんか。金で買収するとか、いいくるめるとか……それにしても、人間世界における勇者黒髪の名は、懸賞金のような存在にまで落ちているんですな。これから大丈夫ですか」


 不謹慎にもにやりとしたヘルメット魔人の言葉に、黒髪は苦り切った表情をさらに歪めるしかない。勇者らがこのように頭を捻って善後策を検討している間に、強襲をしかけた戦士ハゲは優秀であった。



 会談を申し込み、その回答が届かない内に、自身を先頭に勇者のオフィスに殴り込みをかけたのである。戦士ハゲの一撃で打ち破られた扉から次々に兵士が侵入を開始する。指揮官は自信に満ち溢れたセリフをはいてみせる。


「お前ら、ここにいるのは怪物ばかりだ。一切の手加減は不要、動くものは悉く皆殺しにせよ!」


 これに勇者側は完全に虚を突かれた。やはり戦士ハゲは滅法強く、飛び交う刃によって少なくない数の怪物達が血に染まっていった。だが、幸運に恵まれていたのは勇者の側。彼らはたまたま、自室でも謁見の間でも無く、地下の備品庫で会話をしていたから、戦士ハゲは彼らを発見することができなかった。騒動を知った黒髪は、止むを得ず武器を持って飛び出していったが、指揮官同士が出会う前に、戦士ハゲは運命的とも言える出会いを迎えた。それは、彼にとっては人生最大の悲劇であった。


 ぶち破った部屋に、治療中のバンシー軍人がベッドに横たわっていたのである。勇者黒髪の一撃で、身体の自由の多くを奪われた彼女だが、部屋に乱入してきた人間を見て狙ったのか、自然発生したものなのか、それは美しい涙を流したのである。か細く弱々しい呻き声とともに。首は動かす事が出来なくとも、輝く瞳の動きが戦士ハゲを捕らえた。その息を呑む美しさに、戦士は混乱した。


「神よ、我が恋の炎を嘉したもう」


 悩殺されたといってよい。ハゲは何の確認もとることなく、自分本位にバンシー軍人を保護すると撤退命令を出した。この時点で、人間世界にどのような弁解をするつもりであったかは謎である。黒髪の陣営でも、戦士ハゲがバンシー軍人を連れだした理由は不明なままであり、暗殺が目的ではなかったのか、と混乱が広がった。


 バンシー軍人を救出してからというもの、腑抜けたように彼女に付きっきりになった主人を心配したハゲの部下たちが、勇者黒髪の拠点における騒乱の発生と、勇者の怪物陣営への肩入れを事実と伝える使者を人間諸国に発した。場合によっては戦士すらも黒髪と同じような立場に追い込まれるのを防ぐためであったが、主人思いの部下たちの行動により、ハゲは人間世界から異端とされる危機を脱したと言える。この時の報告こそ、人間諸国の連合軍が勇者黒髪の拠点へ進撃を開始する止めの一押しになったのだから。


 人間諸国の連合軍が動き出したという情報を得た勇者黒髪は、拠点を放棄して次なる怪物の群れを目指して、やや足早に出発をしていった。黒髪は人間世界との対立を極力避けたいという志望がある。彼らが本格的な軍事活動に入る前に、人類に危害を加える怪物集団をできる限り処理しておきたかったのだ。


 勇者は出発に際して拠点に火を放ってこれを焼き払った。まるで怪物の如き所業であったが、帰宅を命じた怪物達が戻ってこないために、さらにバンシー軍人を逃がした事による怪物蜂起の心配もあったため、やむを得ない処置だ、と決断したのである。無用な犠牲は避けられた。


 燃え盛る街並の炎が勇者黒髪の表情を照らす。侍るヴィクトリアの目には、黒髪が人間世界からどんどん遠ざかっていくように見える。だが、後ろを振り返ってみると、その勇者を見つめる魔人や怪物たちの希望と期待に満ちた眼差しが溢れている。


 ヴィクトリアの不安そうな表情を見たヘルメット魔人は彼女に語りかける。


「我々がだ。指揮官である黒髪に期待する事をハッキリと言うと、魔王の誕生を期待しているのだ。それも、退嬰と停滞に安住する腐敗した存在ではなく、新しい活力に満ちた力ある指導者としての、魔王。怪物世界に入り込んだ俺はモストリアの剣闘士として生きる事を強いられ、勝ち続ける事で生きながらえてきたが、それだけでは心の飢えは癒されなかった。魔の国にあっても所詮、人間であるからだが、人間である黒髪が魔王になれば、我らの生きる道もさらに拓けるのだ。それはまた、下層の怪物達とて同じだろう。だからあんたも、この革命的闘争に期待をするといい」


 どうやら気を遣ってくれたらしい仲間に礼を言ったヴィクトリアは、グロッソ洞窟の事を思い出していた。怪物世界の辺境にあったあの場所こそ、下層の怪物達の吹き溜まりであったのだ。今や遠い、懐かしい住処だ。


 勇者の軍が次の拠点を目指して出発した翌日、町の焼け跡に、猿の怪物が到着した。勇者黒髪が来ている、という事を伝え聞き、急ぎ引き返してきたのである。猿は怪物も人間も去った焼け跡を一瞥するや、勇者の後を急ぎ追う。それは淡い友情の追憶を胸に抱いたものであった。


「勝手な友誼は迷惑だろうがね、モストリアを制した奴の輝きを見なくちゃあな」

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