第107話 十度目の侵攻

 その宣告通り、東洋人による未來都市占拠は穏やかに進んでいく。東洋人の統率力の高さ云々よりも、魔王の代理人としての権威の強さによる、と司令官本人は承知していた。静かなる制圧の中で、未來都市の怪物たちは日常生活を継続するが、不思議な静謐に紛れ、追撃を受けないように上空も地下も避けての逃走を図るリモス、猿、タコの三体は、行動の好機を探っていた。


「陸上や上空から洞窟へ向かえば、絶対に追跡を受ける。海路を進むべきだ。俺が安全を保障するよ」


 胸を張って言うタコの怪物だが、猿の方では心配もある。


「でも時間がかかりそうだ。決着は、東洋人らの軍勢がグロッソ洞窟に帰還するまでにつけないと」

「海から生まれた俺様がお前らを乗せて泳ぐのだ。地上を行くより早いし安全だよ」

「タコは泳ぎは苦手のはずじゃ?」

「そりゃ、普通のタコならイカよりは苦手だろうよ。俺を侮るなよ」

「まあまあ。それより今はこの都市からの脱出が先だよ。ほらあれ見てよ、あれが東洋人だ」


 怪物兵を先頭に騎馬でゆっくりと大通りを進む精悍な東洋人を、都市の怪物たちは息を呑んで見守っている。


「今のところ、略奪は無いが……今後は判らんぞ」

「しかし、あの魔王の代理人なんだろう。信用できるんじゃないかね」

「見ろ、行政府へ入っていったぜ。もう鬼も猿もタコも逃げ出して居ないはずだから、これで戦いは終わりだろう。あの連中も短い天下だったなあ」


 街行く怪物たちの噂の声から身を隠し、リモスらは街区を進む。城壁の無い未來都市とはいえ出入り口の要所というところはある。そしてそれらの箇所に、兵の配置を怠る東洋人ではなかった。戦時検問を突破しなければならないが、ここでリモスがその能力を発揮する。


「ボクとシッミアーノ、そしてインポスト氏は面が割れている。他の姿に化けてしまえばきっと楽に行けるよ。えい」


 唐突にリモスは猿の顔面に粘液を飛ばした。不快な顔をする猿だが、その顔にこれまでにない派手な模様が現れた。


「さらに尻尾を隠せば……ほら、他の怪物に見えるよ」

「なるほど。ナイスアイデアだが、その鬼の旦那の体はどうする?おっかないぜ」

「この目立つ角を落とそう。……可哀そうだけど、しかたない。フン!」


 角が折れた。リモスは遠くでインポスト氏の嘆きの声を聞いた気がした。


「後は、何か頭に被せよう。着せる物は何も無いな。おいリモス、服を着ているように粘液を伸ばして固定できないか」

「服は無理だよ。けど、羽や体毛ならできる。モストリア平定中に寄生したあの毛むくじゃらに似せよう」


 インポスト氏の皮膚の孔から絞り出たリモスの粘液に、白い毛のような物が見え始める。やはりインポスト氏の抗議の叫びを遠くに聞いたリモスである。


「毛をもっと全身に。よし、いいぞ。あと、ベロを出しっぱなしにして四白眼をしてみろ」

「確かに、どこかで見たことがあるような様相になったな……リモスよ、やはりお前の能力はズルいなあ。こんなことが出来たら、暗殺がやりやすくてしょうがないじゃないか。お前がいたら、帆船都市で魔王を討ち漏らす事もなかった」


 称賛の声に素直に照れるリモス。タコの体を見て曰く、


「あんたはそのままでいいのかい」

「体の色と模様を変えるから大丈夫だろ。そこまで変われば判るまい。よし、行くぞ!」


 三体は都市脱出のための最初の一歩を踏み出した。検問に近づいていく。


「よお、お兄さん方。どこへ行くんだね」

「やあ魔王の兵隊さん。お勤めご苦労さんだね。都市の体制も変わったから、蛮族平原で戦っている魔王軍に志願しようと思ってね。構わんだろ」

「そりゃ関心な事で、確かに構わん。だが、都市を出る連中の身辺を検めるように命令が来ている。確認をさせてもらうぞ」

「構わんよ、なあ、諸君」


 猿の声に頷くリモスとタコ。リモスがまず前に出て、タコ、猿の順に並ぶ。


「毛むくじゃらだなあ、あんた。ベロもそんなに出して、暑いんだろうなあ……よろしい。次は、むっ、お前はタコか……」

「いかにも軟体輩である。それがどうかしたかね」

「前に、戦場で陛下の命を狙った不届きなタコがいたのだ。無論、俺も目撃した。手配書に記載はないが、故に俺はタコを警戒をしているのだ」

「魔王様を追い詰めるとは、そいつは強かったかね」

「ああ、大層な。凄いバトルだった」


 それを聞いて胸を張って喜ぶタコ。


「しかしあんた、陛下が追い詰められた事を知っているのか。俺はそこまで言わなかったがね」


 ちょっと焦りながらもタコはごまかす。


「それらしい噂を聞いたのさ。ところで、その殺し屋はどんな色をしていたのかね」

「全身、赤いタコだったな。そういえば、お前は違うね、ヒョウ柄だ……タコは陸上でも生きていけるのかね」

「我々は塩水があれば問題ないよ」

「そうか……いいだろう。次はお前だな。うーん、この怪相書き……どうだね、似ているように思わないかね」

「似ていないな。顔の模様を見ろよ」

「模様が無ければ似ている」


 番人の指摘にドキリとしないでもない三体。すると、リモスは猿の尻と股間に向けて、粘液を飛ばした。下半身を襲う急な刺激に妙な声が出そうになる猿。


「いや、だが違うかな。お前の尻は青いし股間は赤い。くくっ……こんな笑える特徴を、怪相書きが記さないはずはないからな。ほら、行きなよ、達者でな」

「ああ、すまんね。ところで、このモストリアはこれからどうなるんだろうね」

「他の国々と同じじゃないのか。誰か陛下の代理人が統治をするんだろうさ。それがあの東洋人野郎かどうかは知らんがね」


 未來都市から離れつつ、安心してお喋りに興ずる三体。


「なかなか優秀な番人だったな。ひやひやしたぜ。だがようリモス、俺の股間に妙なものを飛ばしやがったな。股間やケツの色を変えてごまかすなんざ、よくもまあ考えたもんだぜ」

「咄嗟のごまかし。すごいじゃないか。改めて見直したよ」


 猿とタコからの称賛にやはり照れるリモス。インポスト氏の体を乗っ取ったままの体毛と舌による擬態は継続中で、その体を眺めながらリモス曰く、


「この擬態はしばらくこのままの方が良さそうだね」

「グロッソ洞窟に到着するまではそうだろうな。だが、俺たちはこのまま南下して最前線の国を通るわけには行かないぜ。海に出るにはどうする」

「未來都市を東に進み、高地を下るんだ。それほど時間を掛けずに岩礁に出るから、そうしたらお前らを乗っけて海を泳いでやるよ」

「他の連中も捕まらずに、捕まってもゲロせずに行ければいいがな」


 モストリアにてリモスらに従っていた幾体かの怪物たちも、すでに猿の指示によりグロッソ洞窟を目指して散っていった。


「どれだけたどり着けるかな」

「残酷なようだがよお前ら。連中は魔王を討つための盾にしかならない。実力的にな。だから、連中が誰一人到着しなくても通用するような戦い方を心掛けろ。でなければせっかく手中にしたモストリアを明け渡した意味も消えてしまうぞ」

「俺もリモスも戦闘的には数には加えられないほど弱かった。本質的には今でも変わらないだろう。だが、リモスは鬼の旦那の体を乗っ取り、俺はリモスの能力の一部を片手に宿している。それから魔王と実力が伯仲しているあんた。これで最高の化け物相手に勝つしかないだろうよ!」



 頭巾の怪物の木槌の音が響く建設現場で指揮を執る魔王。そこに、モグラの伝令が来た。魔少女からの手紙を携えている。それにはリモスらのモストリア脱出の可能性と、その目的が魔王暗殺にある危険性が記されていた。


「かつては我々とともにあった彼が、どのような理由によって陛下を狙うかはもはや想像しても詮無きことでしょう。現実は、リモス、シッミアーノ、インポスト氏の三体で主人無き未來都市を奪い取り、その後モストリア全域を平定した事実があるのみ。相変わらずですが、モストリアでも金鉱を探し当てたリモスの金が、平定の最大の武器になっていたようです。そして、平生惰弱なインポスト氏は前後不覚の時は恐るべし本性を発揮し得る事、加えてシッミアーノの度胸と智謀がここに加われば、陛下に太刀打ちできるかも、と考えたとて不思議はありません。どうぞ、御身にご注意下さいますよう」


 手紙を読み終え、あの心神耗弱たるリモスが自分の命を狙う、その意味を考える魔王である。ふり変えれば、自分は確かに魔少女に招聘されたが、それ以前には、リモスによる前魔王への働きかけによって、グロッソ洞窟にたどり着いたのだ。最も古い因縁であるとも言える。そして、思い出したのだ。


「我輩は、あれの愛人を無理やりに奪ったのだったな。そして、その後には捨てたのだった。あの女は我輩に捨てられ、勇者黒髪の参謀に収まるまでの間、リモスと寄りを戻していたのだろうか。もしそうだとすれば、あの女の運命に終止符を打った我輩を、さぞや恨んでいるのだろうな」


 魔王は後ろめたさを感じた。この場に魔少女がいれば、陛下は寂しい目をしている、と魔王を慰めてくれるだろう。その功績を称える事で。


 しかし同時に、近くに魔少女がいなくてよかった、とも思う。彼が妖精女を捨てた理由は、出世に有利な縁を由るために他の怪物幹部の女を娶るためである。前魔王の世が崩れた今となってはその全てが無駄であったという事になるが、こんな意義の薄い酷烈な過去を、大切な愛娘には知られたくはなかった。それならばむしろ、リモスの挑戦を正面から受けて立った方が、人間のそれを凌駕したとまで言われた公平さにも適うのではないだろうか。


「暗殺……挑戦を受ける、か」


 ふと、魔王は自分の周りを見渡した。頭巾の怪物たちが槌打つ音の響く中、強き怪物戦士は皆無である。本質的に狂戦士ではなく、持てる状況の配分を考えて戦う魔王は、背に寒いものを感じた。仮に魔王である自分がリモスに討たれるような事があれば、領域リザーディアは一朝の夢で消える。そうなれば、ラはどうなってしまうだろう。過去の醜き行いと決別をするにはリモスの挑戦を受けねばならない。だが、それは絶対に負けるわけにはいかない戦いになる。妖精女の末路に想いを致せば、相手は十分な殺意と復讐心を持って挑んでくるに違いないのだから。


 魔少女からの手紙には、東洋人が持たせてくれた二人の戦士とともに、急ぎ帰国するとある。魔王の心には、その到着を心待ちにする弱き部分と、リモスとの決着がつくまで離れていてほしいという見栄を意識した部分、二つの怯懦が生まれつつあった。



 その頃、モストリアの征服行動に入っていた東洋人の下に、旧帝国領を統治する異形から、モグラの伝令により文書が届けられた。それによると、


「前略、東洋人殿。未來都市の戦果誠に大慶にて候。蛮族平原をついに平らげた色黒伝道師が、統治上の実務を全て儂に丸投げして、姿をくらまし候。あの者が何を考えているかは、儂にはさっぱり理解不能にて候。陛下の御為に、儂は放置された蛮族平原の後詰に入り候わば、そなたも余裕が出来次第助太刀されて然るべきで候……」


 東洋人は考える。この期に及んで、色黒伝道師が魔王に逆らおうと考えるとはなかなか考え難い事だ。しかし、リモス一党とつながっていたとしたらどうだろうか。もちろん、証拠はなく可能性の問題であったが、


「魔王には恩義がある。だからこれもサービスだな」


と、色黒伝道師離反の可能性についても、急ぎ手紙を書き、モグラの伝令を通してグロッソ洞窟へ伝えて報告をした。この時、モグラ部隊は魔少女によって大規模活動に駆り出されていたため、以後、モストリアから洞窟その他への連絡速度は大いに低下する。だが軍監たる魔少女はモストリアから離れていた。東洋人は完全に、自分のやりかたで配下の怪物兵や人間兵を指揮して、一気にモストリア平定に動き出していた。



 最前線の国から、交易都市まで、主たる街道からマイナー獣道に至るまで、全てにモグラの兵を配置して、リモスらを探索する魔少女だが、一向に網にはかからない。鎌使いが魔少女に助言する。


「ここまで陸地を抑えて反応が無いという事は、目標が空路か海路で移動している可能性について、検討する段階に入った、という事です」

「でも、未來都市を空路で脱出する輩はいなかった。あとは海路のみ……」


 悩みながら思考を進める魔少女に、鎌使いは思考の助けとなるように話しかける。


「どちらがより可能性が高いか、また対応できるか、で検討しましょう。仮に空から移動していたとすれば、もはや我々にできる事はあまりないのが現実です。しかし、空路の可能性は極めて少ない。となると、海路です。モストリアの東側は海に通じていますから、目標がこちらを進む可能性は空路よりも大きいでしょう。しかし、海も広く追跡は困難。であれば、目標が陸上に上がるポイントを抑えるしかない。帆船都市から南東の海岸が警戒の対象になるなか、どこを目指しているか、心当たりになる場所は限られてきます。問題があるとすれば、時間的に余裕があまりない事です。引き続き陸路を警戒し続けるか、海路をとったと判断し方針を変えるか。今、決断をする必要があるでしょう」


 短く考えたのち、魔少女は顔を上げて断言した。


「海よ。海岸を洗いましょう。他に手は無い……そういえば彼がいないわ」

「はい、あの者はすでに帆船都市の方面へ送り出しています。貴女様の身辺警護は、より強い私が務める、という事で」

「貴方は私がそう判断すると判っていたのね?」

「他の決断をされた場合は、説得するつもりでしたが……貴女様にはそんな必要はありませんね、では行きましょう」



 魔少女からの手紙を読んで以来、妙に落ち着かない魔王は、建築現場で少々そわそわしつつ建設の指揮を取っている。するとまた、手紙が来た。東洋人からのそれを読み始めて曰く、


「全く、あの色黒野郎め、また裏切った可能性があるというのか。何が不満だというのか」


と、呆れ果てる。生粋の戦士である魔王は、やはり裏切りを好きになれないが、裏切りとはそれなりに能力のある輩が不満を糧にして為す行為であるとも考えている。だからこそ、かつて洞窟を大混乱に陥れたニヤケ面の行いは、無能者が運命に弄ばれただけと判断し、許したのであった。だが、彼が金を掘るしか能が無いと軽視していたリモスについては、金を駆使して成果をあげる魔少女を見て考えを改めざるを得ない程に、しまった、という後悔が大きい。その裏切りが心を打ったのであるが、色黒伝道師についても似たような感情があった。


「勇者黒髪のがいこつについて、あれに取り扱いを任せていたが、失敗だったかな。お前はどう思うかね」


 魔少女がいないため、不意に近くで木槌を振るっていた頭巾の怪物に話しかける魔王。上位者の気まぐれにビビりまくりの頭巾に対して肩を叩いて労いつつも、この不安を乗り越えれば、後は達成した一帯の統一を味わうだけだ、と自信を新たにしようと努める魔王であった。



 都市エローエに近い海岸で、海を進んでいたリモスらは上陸した。上機嫌に哄笑するタコの怪物の背中から、陸地に降りるリモスと猿。


「グロッソ洞窟の海岸にご到着だぜ、お客さん共」

「ようやく陸の上だな」

「どうだね、海上旅行は。俺の体の上だから快適だったのだ。船の上では波に揺られて吐くだけだったんだぜ」


 伸びをする猿は適当にそうだねと頷く。リモスが操るインポスト氏も同じく伸びをする。二体の鈍い反応に舌打ちをしたタコだが、自身陸地に上がるやすぐに喝を発する。


「いつまで伸びしている、敵だぞ!」


 やはり戦闘経験で勝るタコは、敵の気配を確実に悟り得る。それが出来ないリモスと猿は未熟な戦士でしかないのだ。いつの間にか、数十名の人間の兵が、海岸線上の三体を取り囲んでいた。指揮するのは槍使い。相変わらず傭兵業界に伝手を持つこの人物は、短時間で五十名程度の兵を持って探索に当たることに成功。全員に槍を持たせ、槍装が得意とする一丸となった集団戦で、リモス一党を討ち取るつもりでいた。よく透る声で、兵たちに命令を出す。


「一体一体、的確に仕留めろ!特にタコの怪物と鬼の怪物は、犠牲者無く倒せると思うな!」


 随分正直に本音を吐いたものだが、これで傭兵の士気は下がらなかったのだから面白い。傭兵という生き方が居場所を失いつつある中、頼りない臨時の兵としてではなく、戦士として表現したい美学があったのかもしれない。


 前に出て来たタコの怪物も、槍で固まった人間の陣形を崩す糸口を掴めずにいた。それを見たリモスは、インポスト氏の体を覆いに操って対抗する。鬼の瞬発力でハリネズミの第一撃を跳躍によって交わすと、そのまま敵中へ殴り込み、鋭い爪を駆使したダブルラリアットによって盛大な殺戮を繰り広げた。これだけで十名近い傭兵が首を離され手足を失った。敵集団の戦意も大いに衰え、こうなると、リーダーである槍使いが前面にでるしかない。瞬発力に自信のある槍使いは、リモスと対峙するや短槍を投げつけ、同時に飛び掛かっていった。この二段攻撃も、リモスの操作する鬼の肉体には及ばなかった。右腕の一振りで槍は叩き落され、左腕の払いの一撃を受けた槍使いは吹き飛ばされ、彼はそのまま起き上がれなかった。


 殺戮の興奮冷め治らぬリモスへ、猿が助言する。


「こいつらは俺たちを探していたようだが、俺たちの主目的はこいつらではない。敵の戦意が萎えた今がチャンスだ。このままグロッソ洞窟へ走るぞ!」


 槍使いが起き上がれない今、海岸を走り去っていく怪物たちを、傭兵たちは見送るしかなかった。何しろ、圧倒的な戦力差を見せつけられてしまったのだから。



 そのまま都市の田園地帯や平野部を一気に走り抜けたリモス、猿、タコが洞窟付近に姿を現すと、グロッソ洞窟を目指していた数体の怪物たちが姿を現した。


「よお、お前ら。よくもまあ無事に到達できたものだな」

「おお、猿の旦那……無事なものかよ、半分くらいしか集まってねえ」

「いやいや、これだけ集えば大したもんさ」


 笑顔で再開を喜び合う怪物たち。彼らを見て心が和んだ猿は腕を上げた。そんな猿に、タコは小さな声で曰く、


「勢い重視だ。今ここにいる頭数で、一気に魔王だけを目指して突入するんだ」


 頷いた猿はリモスを見た。毛むくじゃらな擬態のまま、気合ものって士気十分のリモスも力強く頷いた。猿は、怪物衆に号令をかける。


「再開早々だが、これよりグロッソ洞窟を攻めるぞ!目標はトカゲの魔王のみ!雑魚や住民にはかまうな!特に、がいこつ兵が現れたら、大した敵ではないから無視して進むんだ!俺たちに続け!」

「何故、魔王に挑むんだ!」

「決まってる!舐められないためだ!野郎をぶちのめすぞ!」


 こうして、グロッソ洞窟を襲った十度目の侵攻は、これまで防衛を企画し続けてきたリモス一党によって開始される皮肉な結果になった。そしてこれが、最後の攻防になるはずであった。



 その頃、役目を果たした東洋人は、先に受けた手紙の返事を異形にしたためていた。曰く、


「モストリアの平定は為った。元々怪物の国であるこの地は、魔王の支配について肯定的である。幸運にも、ほとんど血も流れなかった。ここに私はモストリア平定の任務は完了したものとみなし、その職と地位を辞する。そして陛下の宮廷から席を他に移す。先は未定である。辞する理由を述べる。一つに、魔王とその後継者の輝かしい将来を見定める事ができたから、安心を得たためだ。故に、去れるのである。さらに、後継者の伴侶にはより適切な相手が就くべきであるとの考えを固くしており、噂にあるような事は無い方が良い。自分のような浮雲が如きは魔少女に相応しくない。最後に、私は傭兵である。太平成った地域に、傭兵は不要である」

「そうか、陛下が残念に思うだろうな」


 手紙を受けた異形は、しかし、彼を評価しもしたのだ。となりの穏健都市を統治する神官に、書き送っている。


「東洋人がいたからこそ、陛下の御動座無く、モストリアの平定はなったのだ。彼がリザーディアを去ったとしても、我々は彼に感謝しなければならないはずだ」


 手紙を受けた神官も、異形の意見には同感であったという事だ。


 東洋人は己の存在を何一つ誇示する事無く、モストリアを去っていった。以後の彼の消息は杳として知れない。

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