第72話 怪物衆のための諸考察

 妖精女が勇者黒髪の遺産によって、黒髪死後の名声を擁護していた頃、リモスと猿のパーティは蛮族が跋扈する平原を抜け、人間たちの暗く澱んだ帝国が展開されている山地を進んでいた。行程の半分過ぎ辺りで、猿の案内で山深い地の温泉に立ち寄った。


 四体の怪物たちが湯に浸かる姿は人間たちからすれば異様であっただろう。温泉が湧くグロッソ洞窟では不思議な光景ではないが、モストリアではあまり一般的な風習ではないから、ニワトリとワシの怪物は驚きを隠さず、油が抜けてしまうと入浴への抵抗も口にした。


 それでも、傷の治療に特効があるかも、と語る猿の勧めに従って、体をいたわり訪れたのだ。猿は布をまとっているが、ほかの三体は身にまとうものがなく、裸体で問題がない種族だ。以下はその会話。


「この湯は白いんだな」

「シビれる匂いがする。人間を食った後の屁の匂いだ。猿の旦那が発見したのか」

「偶然な。昔ここで腕の傷を癒したんだ」

「ならさしずめ、猿の湯だな、ここは」

「切断面治癒の湯の方がありがたいと思うがね」

「片輪であることは、今となっては誇りだよ」


……


「グロッソ洞窟への道のりは半分は過ぎた。ここで英気を養うとしよう」

「ああ、実に快適だ。それで俺たちは何しにいくんだっけか」

「お目当てのがいこつ野郎を攫いに、だよ」

「そうだった。人間の骨なら軽かろう。ワシの背中に乗せて、飛んで逃げれば敵の追跡は免れるかもしれんぞ」

「できたら頼むぜ。そんでこれが上手くいけば、モストリア総督としてあの女は盤石になるのだな」

「しかし女に支配されるのか、釈然としなかないかね、あんたらは」

「女に、と言っても、あの勇者黒髪の参謀だった女だ。甘く見ると痛い目みるぜ」

「まあ良い女だし、俺は別に構わんけどな。誰が支配者になったって、俺たちの生活には大した変化はない」

「変化がないなんてことはない。僕らはいま岐路にいる。勇者黒髪の意志を継ぐ輩につくか、新たなる魔王を名乗る輩につくか。下手をうてば殺されたって文句は言えない」

「怪物世界の天下を誰が握るかってことかい。チビは魔王の下から未来都市に移ってきたんだろう。ということは、腹をくくったのか」

「おい、せっかく体が温まって気持ちがいいのに、小難しい話をするんじゃねえ。まあそう言う事だよ。だからさ、黙って湯につかろうぜ」


……


 日が暮れ、山の冷風が降りる。


「湯に浸かって位ない部分は冷たいね。首まで浸からないと寒いぜ」

「俺たちが未来都市に帰ったら神官殿が行政府で仕事をしていた、なんてことはないだろうな、それこそ身も縮まるほどに寒い」

「どうして?」

「あの方は貴種だぜ。ワシらとは生まれも育ちも違う。奥の手があってそれで総督を害する、何てことするんじゃないかね」

「大丈夫。貴種でも前の魔王の世での話だろ。案外怪望がないんだ、あの方は」

「戦場では前評判ほど強くはなかったしな、ワシも最前線で見たが、無様な指揮だった」

「お前、見て、そんで逃げ出したんだろう、どうせ」

「もちろん、戦って死んだってつまらない。せっかく風通しの良い面白い時代になったのに」

「僕たちはモストリア滞在は短いから肌でそれを感じることはないけど、そうなのか」

「有力怪物たちの独占支配は終わったな。勇者黒髪が連中をあらかた始末しちまったし、魔王の近衛たちも行方不明だし。生き残った最近伸び盛りの怪物たちは前よりは圧倒的に裕福になったよ。ワシだってモストリアに小さくても自分の集団を持つ身になった」

「それが全て勇者黒髪の登場の成果だとしたら、トカゲの魔王が勝利した暁にはそう言った新秩序は全て覆されるに決まってるぜ」

「なんでだ?やっぱり奴さん旧魔王の勢力の一派なのか」

「それ以前に、自分の部下たちに分け与えるのが先だからに決まってるだろうが」

「新しい魔王に対抗する勢力は妖精女か神官か。チビも猿の旦那も後に来るのは妖精女とお考えで」

「多分な。神官は相変わらずの旦那だよ。それに比べて、妖精女の陣営には従う人間がいる。これは大きい」

「ここにくる途中、独眼の怪物が集落を作っていたが、怪物だらけの集落だったな。人間はいなかったし、いたとしても奴隷だけだろう。未来都市とは明らかに異なる姿だ。やはり、相変わらずの怪物なのかな」

「いや、未来都市が異なっているんですよ。人間どもは商売が好きだからだろうが、いろいろなブツを持っている。だからモストリアも昔に比べていろいろ便利になったものだ。こんな場所は他にはない」

「確かに確かに。海を越えた世界でも、人間と怪物は断絶しているんだぜ」

「なんだ、お前は海の向こうから来たのか、あの先にもやっぱり土地があるのか」

「そりゃ、あるとも。人間と怪物がやはり住んでいる」

「そこにも魔王はいるのか」

「魔王では無いが強大な怪物はいたよ。でもかなり昔だ。人間の国に討伐されて、怪物の一大政権は滅んじまった。それでこっちに移ってきたんだ。どの世界でも人間が勝っているのは面白くないがな」

「この付近では、怪物優勢だよ」

「そうとも、それは純粋に嬉しいね」


……


「もう一時以上過ぎたか。気持ちが良いな、この温泉ってのは」

「グロッソ洞窟では入っている余裕はないからな、堪能しておいてくれ」

「なんでその洞窟はそんなに立派になったんだ。近年急速にだろう」

「そりゃここにいるリモス殿が洞窟を掘りに掘って金を当てたからさ」

「金はみんな大好きだからな」

「噂のゴールデン氏がこんなチビだと知って驚いたがね」

「グロッソ洞窟を造ったと聞くと、軽々しくチビとは言えねえじゃねえか」

「そうだぞ、お前ら口には気をつけろよ。勤労は尊い。金があれば、いくらでも人間たちを操ることができるし、上手くいけば怪物を買収して味方にしたりすることも可能なんだ」

「まあそうだが、リモスの旦那は用心棒を雇わねえのかい」

「雇ったよ。そいつは今、魔王として君臨し始めているけど」

「それは……気の毒に」

「ああ、もう手に負えないよ」

「じゃあ、魔王が勢力を拡大させているのは、とどのつまり用心棒としてグロッソ洞窟を守るためなのか。それで、あんなど辺境から侵略を開始しているのか」

「攻めは最大の守り、というつもりなのだろうなあ」

「情報では、外征に忙しい魔王がグロッソ洞窟に居る事は最近少ないらしい。我々にとってはそこが狙い目でもある。魔王が人間世界への征服活動を続けているこの隙に、がいこつのとんがりを奪ってしまおう」

「その件で、もう一つ僕に案があるんだ」

「案?まさかがいこつになった勇者黒髪も回収するなんて言わないよな」

「いや、言うよ。その通りだ。がいこつでも近くにあれば、彼女も心が慰められるのかもしれない」

「彼女?彼女って?正妻の女王か、愛人の妖精女か?やめておけ。未來都市が混乱するだけだ」

「しかし、魔女が率いるがいこつ部隊の中には生前腕が立つ戦士だったものは、洞窟の防衛戦でも活躍していた。体が覚えているからだ、と魔女は言っていた。勇者黒髪だって、我々の戦力になるかもしれない」

「あれは指令を出して動きを誘導する者が必要だろう。適当な輩が居なければ、がいこつ共はたんなる置物にすぎない」

「それは魔術師とんがりも同じじゃないか」

「生前の習性が残存しているかにかけるって話だろう」

「まあまあ。喧嘩するなよ」

「ふむ、魔女かラか、どちらかでもこっちの陣営に来てくれれば良いが、無理だと思うよ、俺は。居心地の良い洞窟からなんで出る必要がある」

「旦那たちはどうなんだ」

「俺たちは止む無く出ちまったんだよ、なあ」

「シッミアーノ聞いてくれ、一人新入りが洞窟に居る。色黒で怪しげな風貌の、伝道師と呼ばれて居る輩だ。出身は平原らしい。彼は同じことができる。がいこつの従者を連れているし」

「魔王への忠誠心はどうだった?」

「まあ当たり障りはないけど、ちょっと慇懃無礼な感じはしたかな。でも報酬としての金や身分は相当得ていたと思うんだ」

「そいつを攫う事ができたら一番だな。強そうか?」

「ここにいる四体の誰よりもは強そうだった」

「いやリモスよ、お前はそう言うが、魔王の泣き所は、腕の立つ部下に恵まれていないと言う事だ。魔女は内勤、魔少女は相談役とがいこつ部隊統率、異形は演説と陽動が主で、モグラにいたっては隠密活動がメインだ。その伝道師が本当に実力者であれば、戦線にでるはずだ。それが出ないで、グロッソ洞窟でがいこつ作りばかりやっている。大して強くないと、俺は見た」

「ラを手元に置いておきたくて、他のがいこつ製造業務担当として色黒伝道師を抜擢したんだ。内勤専門なんだよ」

「あるいは買収だ。報酬で動くかな。魔王の宮殿にある金庫の中身はすごいんだろう。それを約束すれば簡単に転ぶかもしれん」

「まあ隙を見て説得してみよう。上手くいかなければ、暴力で言うことを聞かせる」

「我々の暴力ほど頼りないものはないのでは」

「大丈夫、頭の使いどころだ」


……


「途中覗いて来たあの集落、独眼マッチョの怪物の。あそこは大きくなるのかな」

「なるさ、魔王が大金を投じているからな。ただし未来があるかは知らん」

「それそれ、その金。それはリモスの旦那が掘りあてた金なんだろ、旦那がここにいる以上、もう使い切って無くなっているんじゃないか。他に掘れるやつはいるのか」

「リモスほどに上手く速く掘って精錬できるやつはいないよ。リモスがいなければ新しい金鉱が掘れない。となると、金がなくなった時、魔王はどうするんだろうな」

「金がなければ、人間達を思いのままに操ることはできなくなるからな、魔王もやりづらくなるはずだ」

「でも、都市に送り込んだとんがりなんて、金があっても殺されたのだから、決定的要素にはならないのかもしれない。そう言えば、勇者黒髪はあの都市出身だったっけ」

「現在、魔王と都市エローエは戦争をしていない。おそらく、都市を支配する独裁者東洋人と魔王は手を結んでいる、さらにアルディラ王国、独眼の集落と、支えるには経済的負担が大きすぎるだろう。金のことは必ず考えているはずだ。逆の見方をすれば、金は奴らの弱点にもなり得る……」

「グロッソ洞窟には素敵なカジノと店があるんだろ?その収益が大きいのでは」

「あるにはあるが、支えきれないと思うぜ。カジノはともかく、アイテム交換所からは金が出ていく一方なのだから」

「それより魔王の金庫が開いたら、カジノ造ってくれよ、遊びに行くぜ」

「開いたらな。モストリアでならさらに繁盛するだろうよ」

「新しい金鉱がなければ、魔王の侵略も立ち行かなくなるかもしれない。よしんば掘れるヤツが見つかったとして、グロッソ洞窟にはまだ金鉱があるのかどうか、なあ、リモスの旦那?」

「まだあるよ」

「ほう、どうしてわかるんだね?」

「金が眠っている場所に行くと、独特の感覚を覚えるんだ。それでわかる。例えば、このお湯の中にも、いくらか金が含まれている」

「なんだと、本当か」

「湯に溶け込んでいるんだ。目にも見えないほど細かくなって。ここから金を取り出すには、大量の湯が必要になる。つまりは効率が悪いと言うことになるけどね。適当に掘れば見つかるというわけではないけれど、やっぱり洞窟ではひんぴんと金の波動を感じるよ」

「あんた結構すごい奴だな」


……


「ちょっと湯あたりしてきたかな」

「そこの縁にでも座っていれば楽になる。寒くなって来たらまた入れば良い」

「よせよ、ちらちら雪が降ってきた。ほら、脚だけ入れれば長湯できるぞ、いいね、最高。洞窟の温泉に入れない分は楽しもう」

「これから行く先のグロッソ洞窟ってところは、さしずめ楽園だな。温泉、カジノ、換金所があって人間がいない。食料の倉庫もある。道も広い。金もある。湧水もあって安全。そして今や魔王の本拠地だ。世の怪物どもが存在を知ったら殺到するんじゃないか」

「あと売春宿もあるぞ」

「本当か、桃源郷だ」

「魔王はそれも見越して、洞窟の外に怪物の街を造っているんだろうがな。怪物が増え過ぎれば、区画整理も大変だ。以前、それを洞窟でやった事があるが、二度とはごめんだ。労あって尊敬なしとは正にこのこと」

「だがなぜあの洞窟には大量の金があるのだろうかなあ」

「岩盤に埋まるくらいはるか昔の誰かの金庫だったんじゃないかね」

「金庫といえば、これは最終的に鍵を開けるための旅だったな。話のがいこつ野郎は見込みはあるのかね」

「生前はあったよ、間違いなく。凄腕だった。死んで骨となった今では、やってみなければというところだけれど」

「そういう出たとこ勝負、付き合わされる方はたまらんぜ」

「うるせえ、やってみねえとよ」

「洞窟には門番とかいるのか?鍵がついた入り口とか、秘密の入り口とか」

「ないよ、出入り自由だ。秘密の入り口は、人間との戦いの時にモグラが拓いた穴があったが、塞いでしまったはず。あとは、水路があるが、こちらは一方通行だ」

「ほう、あの水路の先は、外の陸地につながっていたのか、知らなかった」

「僕は一回通ったきりだけれど。そう言えば、その途中に墓があったな」

「へえ、誰の?」

「わからない、かなり前の造りだったように見えたけどね。見つけた時は急いでいたからよく見ていない。その後も行っていない。そういえばシッミアーノ、覚えているか。シャチの怪物がいる水路を進んでいった勇敢なる亀の怪物のことを」

「ああ、あいつついに帰って来たか」

「いや、そこにあいつの死体らしき甲羅があった」

「ああ、くたばっていたか、勇敢なやつだったのにな」

「それに弁もたった」

「弁がたつったって、猿の旦那には適うまい」

「そうともあんたが一番じゃねえか、旦那がいなくなって洞窟も大変だろう」

「今は異形の怪物が雄弁家になっているよ」

「あいつか、あいつは自分の演説に自分で酔う悪い癖があった、ちょっと危ないやつだったな」

「そいつが今の洞窟の実質的なナンバースリーなんだろ。こりゃ大変だ、ナンバーツーは誰だね」

「これがなんと人間の少女なんだよ。洞窟に拐われてきて、魔女の養子みたいになっていろいろ教えられて、老いた魔女に変わってがいこつを指揮している」

「へえ、人間の子供が、そりゃすごいな」

「トカゲの閣下がまたその子を溺愛しているんだよ、父親にでもなったつもりなのかな」

「魔王にも弱点があったな。その少女を生け捕りにして盾にすれば、魔王も武器を捨てるかもしれん」

「そこまで重宝しているのか」

「確かに気が効くし、金をばらまいて人間世界を乱すなんてお手の物だ。異種でも幼子はそれだけで愛らしいものだし」

「違いない。だがリモスよ、老嬢がラの母親がわりなら、お前は兄貴分だろう。言う事を聞かせられないのか」

「仮に兄貴だとしても、たぶん無理……」

「うるわしき愚兄賢妹ってやつだな」

「おい、言葉には気をつけろって言ったろうが」


……


「酒が飲みたいな、旦那いいかね」

「ああいいとも、爆睡したらたたき起こすぜ」

「あい、魔王の金庫の鍵が首尾良く開いたとして、その後何かいい事があるのかな」

「妖精女から報酬をたんまり貰えるぞ」

「それも大切だけどそうじゃなくてさ、世の中的にだよ。強くなった妖精女と魔王が激突して、両派で憎しみあい殺しあうような事になるんじゃないか」

「戦いが長引けばそうなることもあるだろうけどよ」

「怪物世界が二つに割れるなんて、知る限り初めてだ。まるで人間の所業だ」

「確かに。一騎打ちで決着をつけてくれれば良いなあ。そうすれば、騒動も早くに終わる、俺にも一口寄こしてくれ」

「あるいは暗殺だな。確か勇者黒髪は、魔王になる前の魔王に暗殺を仕掛けた事があったはずだ。最期はしくじって、逆に自分が暗殺に倒れたというわけだ。なかなかどうして、間抜けな話だ」

「勇者も魔王も、戦闘は自分でやろうとしていた。その結果、勇者が死んでも、後継者が現れた。ということは、魔王が死んでも後継者が現れるな」

「妖精女の場合はどうかね」

「あの女の後継者になれる奴なんていないよ」

「後継者の有無もあるだろうが、戦いに勝利したら相手の残党も含めて統治をしないわけにはいかない。行政は?紛争の決着は?財政は?勇者黒髪はあれでそれのできる人材を揃えていた。今、妖精女の力でそれをなんとか引き止めているがね。魔王はどうなんだ?モストリアにに対する展望を持っているのか?」

「異形もモグラもその手の仕事はさっぱりのはずだ。財政は……ラがなんとかしちゃうとおもうが。僕にも一杯回してくれ」

「その人間の子、マルチな才能があるんだな」

「そういう便利な奴は怪物世界でも便利に使われる運命にあるが、後ろ盾が魔王、というのは大きいな。バカにしたら殺されそうだ」

「上次第で輝いたり逆にくすんだりなんてことは、どこの世界にだってあることだよ」

「切ないなあ、しんみりしてきちゃったぜ」


……


 酒酔いとともに湯あたりしたリモスが縁に上がり、いびきをかいて眠った。


「最高に良い気分だぜ。猿の旦那の言い方だと、このチビの場合は鬼の怪物が上役でいる時が一番輝けていた、という事になるな。金鉱は見つける、洞窟は守る、人間の都市は攻める…大活躍だ」

「そんなことはねえさ。ハッキリ言って、その鬼の怪物、インポストってやつだが正真正銘のクズだよ。俺の片手を切断したからってだけじゃねえ。無責任、無気力、見返りが無ければ何もしない、自分以外の他人を全てバカにしている、強者に弱く、弱者には強い、っていう。俺がリモスを応援するのは、こいつが衆の上に立つところが見たいからなんだ。リモスが自分で上に立てば良いんだ。たまにリモスが指導力を発揮した時は大抵、物事は上手く進んでいた」

「こいつの名誉のためなら危ない橋でも渡ると。猿の旦那の期待は叶えられるかどうか。ワシからみれば、このおチビはさっきあんたが言ったインポストって野郎と大して変わらんように見える」

「左様、それに本人に立つ気概が無ければどうにもならないでしょう」

「まあその通りなんだけどよ。勇者黒髪はのような野心を持ってくれればなあ。幾らでも応援できるんだが」

「旦那はその人間を大層買ってますね。もう死んじまったっていうのに」

「なまじ会ってるからな。洞窟を脅しにきた時も、この周辺で苦境にあるときも、輝いていたよ」

「しかし、我らの敵だった男でしょう。よくも評価する気になれますな。勇者の野郎に身内や仲間を討たれた連中は大勢いる」

「そりゃそうだが、そんなのはお互い様だよ。住む世界が対立しているんだからな。そういう原理とか原則とかは別として、大した人物だったよ。魔王の都を攻めるなんて途方も無い事を計画し、実施して、とりあえず達成してしまった奴だぞ。果敢な事業家であると同時に良く鍛えられた戦士でもあって、単純な恋する若者でもあった。金の重要さも良く知っていたし、なにより野心家だった」

「それくらいの野心を旦那はこのおチビに持って欲しいと言いますが……」

「人間世界と怪物世界が交わる箇所に新世界の誕生を狙った、という意味では、リモスの都市エローエ運営と、勇者が創った未來都市は近い意義を持っていると思っているよ」

「二つの世界が交わる箇所に新世界の誕生を狙った、という事ですか。大それた事ですな」

「そうさ、だが、双方ともやりきっている。リモスの計画は短命に終わったが、未來都市はどうなるか。勇者黒髪が死んでも、未來都市は動き続けているからな。これこそ本当の奇跡じゃないかね」

「妖精女に野望があるからでしょう。あの女が倒れれば、それでおしまいですよ」

「そうだろうな」

「この旦那が言いたいことはだ、今の時点では誰よりも革命的だったのがおチビのリモスのと勇者黒髪だったってことさ」

「そうさ!比べて魔王は過去をなぞるだけの存在だ。このまま行けば、あのトカゲ野郎、本当にただの魔王になっちまうな。旧来通りの魔王。人間を隷属させることしか発想できない。たかが知れたとはまさにこのこと。妖精女が継承しようとしているのは、勇者黒髪との思い出だけではない、あの革命をこそだ。そして勇者黒髪を触発したものがあるとすれば、互いに意識はしていなくとも、リモスが掘った洞窟の金しかありえない」

「断言できますか」

「俺は会った事があるんだって、勘だけど絶対そうだとも」

「決めてかかるのも如何なものかって顔だな」

「金を手にしたリモスはそれを守るために、人間世界へ足を踏み入れ何をしたか。代理人を置いたのさ。同じ金を知りそれを脅迫によって手にした勇者黒髪は何を?魔王の都を攻め新秩序を打ち立てた。対してトカゲ野郎はなにを?魔王を名乗り、侵略して征服する、ただそれだけだ」

「今のところは、かもしれませんぜ。魔王の側近に人間の子がいるのでしょう。何か突飛な計画があるのかも」

「ふん、この話はこれで終わり」


……


 リモスが目を覚ました頃、二体の妖怪のような老いぼれた怪物が入って来た。長髭の怪物と太鼓腹の怪物だ。


「見知らぬ顔だがこれは珍しい。あんたらどこから来たのかね」

「モストリアからだよ、ジジイども」

「それは遠いところから。こんな秘湯を良く知っていたな」

「こちらの旦那の勧めだ」

「おや、懐かしいな。猿のにいちゃんは前にこの辺りで集落の長をやっていたろ。儂は良く覚えているよ、周囲に推されて長してたのはにいちゃんだけだったからな」

「そうかいそいつはどうも。最近ここいらどうだい」

「今ひとつだな。モストリアから輩どもが流れ込んできていた頃が、一番楽しかったよ。でもおたくらには悪いが、今のモストリアよりはマシかもな」

「魔王が去った後のモストリアは余り良い話も聞かない。怪物同士の争いはあるらしいし、なんでも人間が住み着き始めているとか。いやだねぇ。しかし、田舎の地に住む我々には関係ないかな」

「にいちゃんたちはどうせ独眼マッチョの集落へ移住のクチだろ。モストリアに比べると、新しい魔王が現れた方は景気が良いと噂だけはあるからな。それにしても湯がぬるいな。湯船では静かにするのが流儀だ。」

「俺たちはその集落を見て来た。確かになかなかの繁盛ぶりだ。魔王が健在でありつづければ、あの繁栄も続くだろうよ」

「新しい魔王は、まあ多少は長く続くだろうが、このあたりでは人間たちが覇権を巡って殺し合っている。だがよ、だから住みやすくなった、なんてことは全然ないんだ。血気盛んなで物騒な人間が増えたせいで、怪物たちが惨殺されることもある」

「だから新しい魔王の覇権が及んでいる地域に引っ越そうかと思っているよ、この温泉と離れるのは名残惜しいが」

「引っ越すって?放っておけば、このあたりも魔王の勢力圏に入るんじゃないか。温泉しかない山にまでわざわざ出向いてくるかは謎だがよ」

「いやいや、そこでは安全で食料も豊富だって話だ。グロッソ洞窟っていう場所なんだ」


 リモスと猿は大いに驚き、一党一同顔を見合わせる。そして大爆笑。


……


「ところで今の一連の話でわかったのだが、この中に裏切り者がいるぞ」

「裏切り者?」

「そうだ、神官の意図を汲んでここにいる輩だ。そいつは機会があれば俺たちを皆殺しにしようとしている」

「おいおいやめてくれよ」

「冗談なんかじゃ無い、お前ら全員動くな」


 こうして裏切り者が探しが始まる。その経緯は省略するが猿の冴えが存分に発揮された結果となった。その裏切り者の不自然な言動を指摘し、言い負かし、追い詰めた上で寛容にも許して、改めて自分たちに協力するよう脅したのだ。


「いいか、このままモストリアに帰ってみろ、お前の裏切りは皆が知ることになる。もうあの土地で生きていけんぞ、それよりもだ。真っ正直に生きて我々につけ、そうすれば以後も協力者として扱ってやる。当然、罰則は無し。この件も全て忘れてやる。無かった事にしてやるよ」


 裏切り者は猿のその言葉に従って、引き続き四体で旅を続けることになる。


 その一部始終を眺めていた地元の怪物二体曰く、


「あれだけ頭が切れるのに、腕っぷしはからっきしというのももったいない」

「なんにせよ、面白い土産話ができたな」


 結論から言えば、地元の怪物二体の噂話に端を発した情報が、魔王や魔少女の近くへ届くのに時間はあまりかからなかった、という事である。

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