第22話 魔王府による監察

 監察を行うためにやってきたというその怪物は恐るべし威圧感を備えていた。黒衣に包まれた背高く細い体からは顔しか見えず、それも死を想わす表情を常に浮かべている。一見すると実戦向きではないが、魔術の心得を持つ輩が見ると、その桁違いの実力が判るのだという。さらに監察官とともに居る輩はまた武断的な威圧感を醸し出していた。勇者黒髪をからかった怪物衆も、この二体と接触を避け、話しかける事すらなかった。


 監察官はまず洞窟長であるインポスト氏と面談。終始ゴマすりと弁明と責任回避に努めるこの洞窟長では話にならぬと早々に切り上げ、魔王の都でも評判の金鉱へ進む。グロッソ洞窟の新道区は停滞した第一区とはまるで異なる領域だ。怪物たちの住みかとして活気に溢れ、確かに弱体なれど多種に渡る輩が生活を送っていた。監察官の目にも、これは驚きであった。力と実力がほぼ全ての怪物の世界では、その共同体は武力によって維持されているが、この洞窟ではどこをみても武力は見当たらない。となると別のものでそれが為されていると考えねばならないが、それを解く鍵は、ゴールデンと渾名される粘液体リモスにあると監察官は判断した。だから、猿の怪物が解説に出てきた時もそれを却下し、リモスとの対面を求めた。


「それ以外の輩との問答を認めない」


 猿や魔女が心配するリモス一党の弱点は、とんがりを首領とした都市エローエと水面下で結んでいた事、その政権が潰えた時に翼軍人が戦死した事、そして洞窟の防衛のために魔王の都へ軍人の派遣を依頼したはずが人間の都市にて活動をしていた事、の通り。この三点を上手く説明し、批判を受ければ弁明しなければならなかった。猿は事前のアドバイスとして、偽らず正直に答えた方が良い、とした。リモスは笑って曰く、


「全て自分の居場所を守る為に行った事だ。つまりは洞窟を守る事だから、偽る事なんて何もないさ」


 攻撃とは相手の予想をかいて裏を狙う事で奇襲となり、意表を突く事になる。監察官は面と向かったリモスに対して、洞窟長インポスト氏への不服従について咎めた。


「怪物世界の住民とは言え組織の分を弁えない行為は越権であり不遜である」


 この怪物が監察「官」なだけに決まり事や職掌にはうるさかっただけではなく、確信犯的に洞窟長を軽視している新道区の輩の弱点を突いたのである。虚をつかれ刹那呆然としたリモスは、申し開きは無いか、との催促を受けて弁明を始める。


「魔王の都への手続きや警備隊の募集等、洞窟長閣下の決裁を仰いでいます。不服従などはありえません」


 黒衣の監察官は事前調査を抜かりなく行うタイプであったようで、すぐに反証を示す。


「そなたが独断で為した事で余が把握しているものは、人間の都市を急襲した事、その統治を一人の人間に委ねそれを支援する事、翼軍人の配置場所を決した事、新道区の拡張を推し進めた事だ。あえて不服従を貫いていたのか」


 驚いたリモスだが大義はあると信じ、澱みなく答えようとした。だが、監察官の威に押され、弱体な粘液体でしかないリモスは吃ってしまう。明快な回答ができない。リモスがおどろきとまどっている間、監察官はさらに続ける。パーテーションの裏にて控える猿と魔女は心配になった。


「翼軍人ヴォロ氏は都市の政変に伴う戦闘で戦死した、とあるが、都市を支援していたはずなのに、なぜ政変が起こるのか。政変の原因を突き止めているのか、コントロールはできていなかったのではないか」


 金の流入に伴う急激なインフレによる社会不安、とこの時期その要因を誰も正確には把握しておらず、していたとして死んだ統領とんがりくらいなものであろう。解答を持たないリモスは何も答えられない。動悸が速くなってきた。


「結果分析すらできていないのか。翼軍人ヴォロ氏は魔王の近衛の中でも血統優れた怪物だった。その死因を精査せよ、との声も大きい。余の見立てでは、そなたら洞窟側の支援が不十分だった、という所に決着するが、異論はないのかね」


 反論を試みるリモスだが、事態は最悪である。


「あ、あああああの、そのそそ、の、し、支援、しえんは金を、金ですね、精錬した金をあああの、よど、よどよどよどみ、あ、いやその、と、とどこおりなく、てい、提供、キョキョキョ……」


 監察官、汗をかき始めた粘液体に笑顔を示して曰く、


「落ち着いてリラックスしたまえ。ゆっくりしゃべるとよいのだ」


 この手の温情発言は専ら相手をより混乱させ陥れるためのテクニックとして持ちいられるものだ。リモスの口からはひゅーひゅーと息が漏れるだけで、もはや発音すらできない状態にあった。インポスト氏やトカゲ軍人とはまた違った威容を持つ監察官の前で、リモスは泡を吹いてぶっ倒れてしまった。猿と魔女が、すぐに助け起こしに駆け寄るが、監察官は何も語らない。宣言通り、リモスとのみ交渉を持つつもりなのだ。猿はここに至り、勇者黒髪との交渉にリモスを同席させなかった事を悔いた。対話の慣れとは所詮経験なのだから。観察再開は翌日と決まった。妖精女がリモスの看病に当たったが、明日も監察官の前に座って居られるか、微妙であった。


 黒衣の監察官は眠らぬ怪物である。魔王の王国を統治する有能な官僚としてのキャリアを積み、研ぎ澄まされたその感性が、彼を都市エローエに導いたと言って良い。黒衣をつけていれば人間と大して変わらぬ姿を活かし、洞窟を度々攻めている都市を観察しようと思い至ったのだ。供を洞窟に置いて、都市の門を超えた。


 その都市もまた、活気に溢れていた。市内には物売りの声、行き交う荷車の音、市場の喧騒がやかましく、新築を行う鎚の音も響いている。それでいて一定の堅実さが住民を包み、男も女も社会から後ろ指差されるような華美な装飾に耽溺していない。そして武具を持った戦士が数多く町に滞在している。この時期、都市エローエでは勇者黒髪による遠征旅団編成の準備が着々と進行しており、市内ではその噂でもちきりであった。よって監察官も、エローエ市民による魔王の都遠征計画を耳にする。そしてその提唱者は勇者と呼ばれる人物であることも。


 貧しい僧に化ける事など朝飯前の黒衣の監察官は、勇者黒髪の邸宅の門を叩いた。布施を乞い、黒髪の人相を得ようとしたのである。果たしてそれは上手く行った。黒髪は気前よくお布施をし、黒衣の監察官から祝福の言葉を貰うと、機を得たりと相談を持ち掛けてきた。相手を知るために来ているのだから、監察官は承知する。勇者の計画を知るつもりでいたが、その内容は全く予想外の物であった。曰く、恋の悩みで、


「旅の僧侶様。私はこの都市において、その大望を叶える事のできる地位を手にしつつあります。それは怪物退治で名を挙げた戦士としての私の実績によるものですが、今の私はそれらの全てを無価値にしてしまうほどの悩みに日々苦しんでいます。それは、ある女性への渇望です。新たに友人になった人物の宴会に参加していた折、酒に酔いつぶれ前後不覚のところを私はその女性をどう口説いたのか、褥を共にしました。私はそれまで女を知りませんでした。無論興味はありましたが、単に機会が無かっただけなのです。それ以来、政務を執っていても食事をとっていても、その女性の熱い肉体の事が忘れられません。しかし不可思議なことに、町の誰もその女の事を知らないのです。追跡する手掛かりが全く無い中、再会を諦めざるを得ないのですが、心の渇きは癒えません。僧侶様、私に安寧へ至る道をお示しください」


 とまあ、怪物の高級官僚にこのような告白をしたわけであるから、偽僧侶は唖然としてしまった。そのせいで、お悩み相談に対してうっかり誠実な回答を与えてしまったのである。それは、


「恋の悩みに答えるという神殿があるから、そちらへ詣でなさい」


というものだった。勇者黒髪は表情を明るくして、必ずそのようにするでしょう、と元気に答えて、旅の僧侶の聴聞には過分な報酬を与えて政務へ向かってしまった。しくじった、と思いつつ勇者黒髪について頭の中にある情報を整理しているうちに、監察官は洞窟へ戻ってきていた。


 監察二日目。革命は辺境の地にも生じる事に無知ではなかった監察官は、勇者と称している黒髪について、リモス一党を追及するつもりでいた。よって、相変わらずおどろきとまどっているリモスを前に、次々に質問が飛び出でる。


「都市エローエにいる黒髪という人間について。自称他称ともに勇者という事だが、勇者とは魔王の秩序に立て付く人間であることは古来より明白な事実である。ところでこの人物はこれまで数度に渡り洞窟に攻め入った事があると言うが、それを詳らかにせよ」


 攻撃を受けた当事者であったリモスは、これにはよどみなく答える事が出来た。


「そなたが都市を占拠した時には、いなかったのか」

「わわ我々の作戦が、首脳部を一挙に押さえる属性のものであったたたため、実実、しぇん、戦部隊が出てくる事はありませんでちた」

「その後、都市を離れた勇者になる前の黒髪は、周辺諸国で怪物狩りを一年近く行っている。これは王都でも把握している事項だ。腕に自信のある怪物が此奴を退治しに出かけたが、皆失敗しているから、一部ではちょっとした有名人でもある。この人物が今、都市エローエにて王都への遠征を期としている事はご存知かな」


 リモス、偽らずに答えようと努めて曰く、


「……!」


と泡を吹いて失神してしまった。ついに見かねた猿が代理に立つべく勇み出て監察官に話しかける。


「監察官閣下、俺はリモスの仲間で、幾分か事情に通じています。失神する事は無いので、俺を対象に監察を継続する事はできないもんでしょうか」


 相変わらずの態度の悪さに秩序を重んじる監察官は怒りを覚えたが、対象者が失神してばかりでは話が進まないので、これを受け入れる事にした。ここから、猿が問答対応をする。曰く、


「正確には洞窟に六度侵攻した経験がある黒髪が、王都へ遠征を企図しているという噂は聞いた事がない」


 監察官の顔の奥に沈んだ目が光る。


「洞窟の住民は、勇者黒髪もとんがりという人物と同様、リモス一党が買収した存在である、という噂がある。これは事実か」


 猿は自信を持って応える。


「事実ではない。とんがりが協力者であったのは間違いないが、彼の場合は我らの捕虜であったという特殊な事情がある。とんがりが殺された後、勇者黒髪がその後を襲ったという。彼を買収できるものならそうしたいが、彼には応じる気は無いのだろうと思う」


 再度、監察官の目が光る。


「とんがりの死はそうだとしても、黒髪とそなたらの関係が全くないとは言えない。勇者黒髪が最近この洞窟に二度訪れていることを、余は確認している。そしてそなたに会っていた事も。これはどのような事情か。何を話したのか」


 猿、威張って言い放つ。


「奴は都市への降伏を求めてきた。よってこれを拒絶した。これが一度目。二度目は、とんがりが生きていれば払うはずだった金を払え、という事だったのでそれを渡した。とんがりは死んだが、彼から購入した安全保障の費用は未払いのままであったから、適正に処理したのだ」

「それを余に対して証明できるか」


 力を込めて言い放った監察官に対して、猿は同じように言い放った。


「勇者黒髪に聞けばよい」


 あまりの不遜な態度に、沈黙が流れる。両者気づくと、監察が行われているリモス邸の窓という窓から、怪物達が覗いている。無論、洞窟とリモス一党の行方を心配してだ。


 すでに勇者黒髪に聞こうとして失敗していた監察官は、思い出し笑いをする。そして猿に向かって曰く、


「知っているかね。今、勇者黒髪の心を占めているのは遠征の計画ではなく、彼が初めて夜を共に過ごした女への恋慕なのだよ」


 怪訝な表情の猿を尻目にさらに笑うと、監察官は黒衣の裾からその魔力を解放し、猿に目掛けて打ち込んだ。瞬間、吹き飛ばされた猿は壁に全身を強打し、血を吐いて倒れた。


「余に対する無礼は、これで清算してやろう」


 気を失いそうになりながらも、猿は自身の虚実ないまぜにした受け答えに手ごたえを感じていた。


 こうして二日目の監査が終わった。三日目があるかは不透明であった。弁は立っても肉体的にはちっとも強くない猿は、監察官の攻撃により大ダメージを受け、絶対安静となったから、リモスが復活しなければ、魔女が監察対応をしなければならないのだ。魔女はリモスをぶっ叩いて、活を入れる。


 グロッソ洞窟を見て回りながら、監察官は改めて新道区とそれ以外の区の違いを感じていた。新道区は広大で、怪口も圧倒的に多い。その原動力はこの洞窟が人間に対して安全であるという治安にあるが、ここで小さな生業を担う怪物もまた存在する。つまり怪物たちの共同体が形成されている。監察官が危惧するとすれば、それが魔王の管理から離れてしまう事である。そうすれば、怪物達の世界は分裂してしまう。今は魔王の実力により統一が保たれているが、破られれば怪物同士で争いが発生する恐れもある。監察官はその任務の遂行を口にしつつも、魔王の王国のために為すべき事は決まりつつあった。それはすなわち、この地を完全に魔王の直轄地とすることだ。ここは豊富な金が余りあり、リモスやその一党は気づいていなくても、その産出量はこの時期世界有数と言えた。仮に、監察官がこの地を抑える事ができれば、その財力を武器に、王都でも幅を利かせる事ができるだろう。この日、監察官はインポスト邸を訪れ、誇り高いが左遷されて長いこの鬼を自分の盟友に誘った。同時期、猿の主導により、新道区と第二区を結ぶ新しい通路を開く採掘行が行われており、これが無事開通した。戦略的だがあまり外聞を気にしない猿が計画した事だから、第二区の住民を新道区へ吸収し、同時に新たな居住区として第二区を再編成するための工事であった。これもまたインポスト氏の逆鱗に触れる行為だが、この時から、猿はインポスト氏との避けられぬ対決を予想し始め、準備を進めていた。その動きを、証拠ではなく勘で把握していた氏は、怪物衆の不服従を監察官に訴え嘆いたのである。それを甘い言葉で慰め、優しく抱擁してやったというから、この監察官にとってハッタリを含む心理戦はお得意であったのだろう。監察官はここで共に洞窟へやってきた怪物を呼び、洞窟長へ紹介した。


「彼は翼軍人の後任として指名されたゴブリン軍人だ。もはや都市へ送り出す必要もないだろうから、洞窟長の采配で指示を与えたまえ。君、この地での上司は誰になるかね」


 ゴブリン軍人敬礼をして曰く、


「はい監察官閣下。グロッソ洞窟に着任した以上、洞窟長閣下の指揮下で活動をいたします」


 この回答を得て、インポスト氏は滂沱して喜んだ。


 監察三日目。事前予告なしに、続行となった。猿も絶対安静となったため、リモスが復帰しない以上、魔女が監察対応をする他なかった。だが、この老嬢は、猿ほどの度胸も無く、緊張状態にあって頭は回転するより言い逃れる方を選んでしまう傾向があった。故に、監察官の攻勢にやられっぱなしとなる。


「がいこつ作業員と称して人間の死体へ反魂法を施しているが、適正な手続きに則ったものか」


 怪物の慣習では、魔王を通して冥界へ申請を行うのが正しいとされていたが、無論、魔女はそんな手続きなどはとっておらず、配下のがいこつ作業員たちはある意味では皆もぐりであった。


「過日よりアイテム交換所なる施設を見ているが、人間の客もいるという事だ。これが時に利敵行為となる場合、対処する決まり事を示せ」


 こちらももぐりの取引所だから基本的に千客万来であり、指摘の決まり事などあるはずがない。


 この二点の指摘は事細かく行われ、魔王への不忠が疑われる結果となる。監察官は正論を述べてはいるが、魔王の影響力の大きいとは言えないこの辺境においては言いがかりであり、そもそもそのような事をせねばならないほど怪物を追い詰めている人間の勢いと魔王の都の怠惰をこそ、魔女は訴えたかった。が、圧倒的魔力の持ち主である監察官を前に委縮し、この老嬢には反論する事などできるはずもなかった。徹底的に論破され、尾羽打ち枯らしてとぼとぼと帰宅する魔女の哀れな姿を、新道区の怪物衆は憐憫の思いを持って見る事しかできなかった。三日間に渡る魔王の都の監察官の主張は、ずっと覗いていた住民達によって広く知れ渡っていた。


 監察官の言い分を簡潔に言えば規制強化政策であり、これらを全て認めればグロッソ洞窟は深刻な不景気に見舞われるだろう。このような事情は、怪物衆も肌で感じていた。複雑な理論等必要としない。黒衣の監察官がそこにいるだけで、げんなりする気分であった。魔王の代理人はインポスト氏で監察官がその上司になるのなら、普段、洞窟長はろくに洞窟のために何かをしてくれないのに何を言うか!という本音が、喉元まで飛び出しかかっていたのだ。それに比べれば、リモスや猿の方針は、混沌的活力に相応しいものであると言え、さらにリモスには洞窟の防衛に成功し続けているという確固たる実績があった。監察官の正論は、新道区の怪物衆を反インポストで固める役にしか立たなかったのだ。


 監察官はインポスト氏に監察の結果を伝える。要約すると、


「グロッソ洞窟には魔王の権威に従わない恐れのある一部集団が存在し、その集団は翼軍人の死に重い責任を負っているものの、人間の攻勢などもあり、目下のところ正当な罰は受けていない。これを定め執行するのが、魔王の意と権威に従うものである」


 この洞窟を影響下に置きたい監察官は、執行者候補にインポスト氏を指名したから、洞窟長は魔王の都へ名を届ける絶好の機会が到来したと喜色満面であった。そして、監察結果が魔王へ報告され決裁が下りた時、執行される事が確認された。結果報告は差し当たり、洞窟長にのみ行われ、リモス一党に一切の通知は為されなかった。


 監察結果に面目躍如一陽来復たるインポスト氏は、ぼたもちのように現れた幸運を無駄にしないよう、珍しく活発に動き出す。新道区と第二区の新道の中間地点の空間を占拠し、ゴブリン軍人の邸宅をあっという間に建設してしまった。ゴブリン軍人の趣味を良く聞いて作られたため、威圧的な城塞のような家となり、近隣住民たちは穏やかならぬ事、と眉をひそめる。せっかくの新道を通過する怪影はいきなり激減した。また暴力的だが有言実行のトカゲ軍人、寡黙で責任感の強い翼軍人に比べると、今のところゴブリン軍人は暴力的で騒がしさが目立つだけの素材であったため、インポスト派はさらに怪望を失っていった。


 監察官がインポストとの友誼を確認したのちに魔王の都へ帰還の途に就いた事が知れ渡ると、誰もがほっと胸をなでおろした。養生中のリモスの下へ、何とか歩けるまで復帰した猿と傷心の魔女が集まる。監察の結果は厳しいものである、とインポスト氏が吹聴していたから、すでに三体の耳にもその情報は入っていた。善後策をひねり出すため、自然と集ったのだが、彼らにとって、事態を心配している怪物衆の慰めの声だけが、救いであっただろう。だが、果敢な猿の腹は既に決まっていたのだ。彼はリモスと魔女に向かい、周囲に誰もいない事を確認すると、小さい声だがハッキリと明言した。


「我らがグロッソ洞窟を守る為、黒衣の監察官には消えてもらう。その策は、皮肉にも奴自身が俺に教えてくれたよ」


 リモスは猿の目の奥に、燃え盛る復讐の決意を見た気がした。それは、自分にはこの素質は備わっていないし以後も持ちえないだろうと痛感する程の炎だった。

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