第102話 超枢密会議

 魔王による召集がかかるのはそう頻繁な事ではない。それは指示を出したのち、結果が出るまでは任命者の裁量に委ねる事の多い魔王の性格によるのだが、魔王が意見を聴取したい、というよりも意見の合意を取っておきたい場合は、自らが任命者の任地まで赴いたりすることが多い。故に、


「異形、神官の幹部たちが戻ってきているぞ。最近、珍しいな。陛下の命令で交易都市に飛んだ鎌使いも来ているそうだ」

「あいつ、もう怪物衆の一員になったつもりなのか、強いからかな」

「そうなのだろうよ。だが、色黒伝道師は今回来ていないぜ。さすがに平原を平らげるには時間がかかるんだろうな」


 領域リザーディアはトカゲの魔王を筆頭とした君主制国家である、と言える。すなわち全ての決定は魔王の意志判断の下に行われるが、魔王曰く、


「そもそも我輩はあの子によってこの洞窟の防衛を依頼され、ここに縁を持つに至った。その事実の前には、リモスの前魔王への工作で洞窟と関係を持っていたことなど、大した意味を持たない。よって、この洞窟に関してあの子が独自に考える意志があれば、それを優先させるべきだと思っている」

「それはつまり、陛下の王国と、この洞窟は別の取り扱いになる、ということですか」

「場合によってはな。拡大した領域全てを統治するのは骨が折れる事もある。その場合、我輩がこの洞窟に居続ける事が良い結果とならぬ想定も可能だ。しかし、次期魔王の地位にあの子が就任するというのであれば、話はまた別だ」


 列席する重臣たち、神官、異形、鎌使いは一同驚きを隠せない。魔王が人間の娘を後継指名するなど、前例にない。魔少女可愛さに、目が曇っているのではないか。だが、今や最強を持って鳴らす魔王に反論できる輩はいやしない。


 重臣の中でも新参者の鎌使いは常識的な性質を持っているため、つまり魔王の処遇に恩義を感じてもいたので、直言を避けない。口を噤む神官と異形を尻目に、付き合いが長ければ言いにくい事を続ける。


「陛下。魔王の地位は人間の王の地位よりも実力が問われるはず。それは絶大なる武力であるはず。恐れながら、陛下指名の者に、それだけの武力があるとは考えにくい。ともなれば、次代は乱世となるでしょう」


「それは当然の懸念だな。だが、そなたは前魔王を良く知らぬだろう。我輩も簾中の詳細についてまではっきり言ってよく知らないが、決して前線に出る存在ではなかった前魔王は、彼あるいは彼女を支える近衛衆によって補佐され、少なくとも勇者黒髪の遠征があるまでは、ある程度の支配力は保持していた。これは間違いない。最も我輩も付き合いがあった近衛衆は、家柄や血筋を特に重視する、実力を欠いた輩どもであった。近衛衆を置くという考え自体は悪くないと我輩は思う。要は、どのような体制で固めるか、が肝要なのだ。鎌使いよ、そなたは東洋人配下の幕僚の中で、どれほどの実力者であったかね?実戦の事を聞いているのだが」


「左様……最も腕が立ったのはやはり東洋人殿、次いで陛下が処断を下された鉄仮面、そしてやはり陛下が戦場で討った斧使いときて、私となるでしょう」


 質問の狙いを図りかねた鎌使いに対し、魔王は曰く、


「まあそなたでも我輩は良いと思うが、ちと年を取りすぎていると思っている。そこでだ、実力年齢からして東洋人が相応しいのでは、と」


 みな頭を捻った事にやや気脅された魔王は恥じらいつつ語気を強めて曰く、


「ラの婿取りの話をしている」


 神官、異形、鎌使いは仰天した。声を震わせつつ提案した異形の言を入れて、しばしの休憩がとられた。



 会の休憩中、神官は魔王に翻意を迫った。


「魔王の地位に人間が手を掛けるなど、前例がない事です」

「だがそなたは、勇者黒髪へ魔王就任をしきりに薦めていたと聞いているぞ。それはいいのかね」

神官悪びれずに曰く、

「あのお方は特別です」

「であれば、我輩にとってもラは特別だ。智謀、責任感、世界を見る目、どれをとっても一流である。そもそも我輩をここに招請したのも、あの子なのだ」


 神官に加勢した鎌使い曰く、


「私も立場上の責任を除いても賛成いたしかねますが、あの子がそれを辞退することも考えられるのではありますまいか」

だが魔王は断言する。


「それはあるまい。それでは我輩が死んだ後、この洞窟は立ち行かんだろうからな。その方ら覚えておくように、あの子は洞窟を外敵の侵略から守るために、我輩を招請したのだ。我輩が魔王の地位に就いたことなどは、おまけでしかない……」

「陛下」


 そこに魔女がやってきた。老骨に鞭を打って洞窟防衛の戦いで担いだ無理がたたって寝込む日々が多くなっていたが、異形からこの会議の議題を聞かされるや、足腰に活が入った。魔女は魔王を諭す。


「陛下。今のお言葉はあまりに情が無いというものです。あの子は猿が去ったあと、リモスや私たちの負担を見て、陛下を招いたのは事実としても、陛下のご即位を喜んでいないはずがないではありませんか」

魔王、魔女へ体をいたわる言葉を掛けてから曰く、

「それも判っているとも。判った上での話だ……我輩も明快な説明を欠いた事を詫びておこう。所存を述べる。つまりだ、我輩は領域リザーディアをあの子へ譲る事は決めていて、魔の王国を共に治めていけるパートナーを今のうちに選んでおきたいと考えている。そしてあの子は人間だ。相手はやはり人間がよかろう。となると、人選だが限られてくる。我輩が見たところ、都市エローエの独裁者しかおらん、という結論だ。仕切り直しだ。意見を述べよ……」


 今回は、魔王も明快に諮問したこともあって、活発な意見が飛び交った。神官は今回も反対する。その理由は、


「東洋人は大した人間ではない。魔王の共同統治者が必要であり人間からそれを選ばねばならないとするならば、勇者黒髪ほどの運地人に恵まれた者でなければ話にならぬ」


 同じく反対の立場である鎌使いは若干異なる理由である。曰く、


「東洋人殿は名うてのプレイボーイです。将来はともかく、今の幼いあの子を相手にするか、大いに疑問です。人間として共同統治者にするということはつまり、夫婦になるという事。不誠実な夫では、あの子もかわいそうではありませんか」

「そなた、前の主人を悪くいうのかね」


 嗤った異形へ反論して曰く、


「いや、誉めているつもりです。夫婦として家庭を築くには向いていませんが、愛人関係を楽しむ素材としては一流だと」


 慇懃な面がないでもない鎌使いの発言に、笑う輩あり。その異形は賛成する。驚く一同だが、


「あの東洋人なら洞窟の立ち位置への理解もあるだろうと思う。それに、怪物世界が人間世界を統べるに際し、都市エローエのようなある意味で対等な関係を持つ存在は貴重だ。賛成する。それに男ぶりも良いのだろう。意外とあの子は面食いだと思うがね」


 また下卑た調子で嗤う異形。ここで魔女が異形の腹を蹴飛ばして曰く、


「あの子を娘とも思って育ててきた私は反対だ。あの子は不幸な経緯でこの洞窟にやってきた。とても良い子だ。怪物の中、一人人間の身でも配慮や思いやりを忘れずに生きてきたのだ。私や猿やリモスを、幾度助けてくれたか。戦争、政略、謀略の彼方にあの子を追いやったのは私たちだ。さらに政略結婚を強いる事など、絶対にできないし認めない」


 腹を摩りながら異形曰く、


「だがね、婆さん。あの子もその内に本能の目覚めを経て男を欲しがるようになる。その時、下らぬ馬の骨を連れてきては、あんたも面白くないだろうが。洞窟も面白くない」


 魔女はもう一度異形の腹を蹴飛ばして曰く、


「うるさい、ボケ、カス。あの子が招来誰を喰おうがそれは女の側の自由だ。それがクズのような男でもよいではないか」

「あの子は純真だからな。逆に食い物にされる恐れだってある。それでも良いのかね。婆や」


 今度は渾身の力で異形を蹴り上げた魔女を、鎌使いが制して曰く、


「魔女殿には、あの子の婿候補の所存について、心得がおありのご様子だが」


 魔女は咳払いをして曰く、


「そうですとも。ええそうですとも。まず身持ちの良さが重要です。そして相手への誠実さ。女はそれだけで幸せになれるというものですが、その誠実さは日頃の態度と生業、そして財産高によってバロメータ化が可能です」

「……つまり評判に……職業。そして預金残高。これの総合評価が誠実さである、と」


 鼻血を垂らしながら、異形が書記を取り始める


「ということは、どれだけ評判が良く、恵まれた地位にあっても、貧乏であれば不誠実である、ということか。あるいはどれだけ評判が良く、金があっても、良い仕事をしていなければ、不誠実である、ということ?」

「その通りだよ、このクソったれ」


 すっかり魔女に嫌われた異形は恐縮して曰く、


「だがね。陛下がおっしゃってるのは、領域リザーディアの共同統治者としての婿だろう。ここに戦闘の実力が入ってくるのではないかね。腕の良い人間など、もうそうは残ってはいないぜ」

「左様、近年の動乱で、多くの戦士勇士が死体になりましたからな」


 壁に、東洋人、と朱書きした異形は次いで、ニヤケ面と書き加える。これには一同全てが大反対する。


「なぜあのクズの名前を書き入れるんだ」

「河向こうの王国を腐敗させただけではない。グロッソ洞窟にも攻め込んできたのだぞ」

「陛下が免責しなければ、とっくに死体になり果てている男だ。現状、この洞窟でも借財を大いにこさえて居る、ひどい遊び人だ」


 これになんとなく思い浮かんだだけだ、と弁解しながらも異形曰く、


「だが、女関係では不祥事を起こしていない」


 それだけで魔女は黙ってしまう。そんな魔女を見て、不敵に微笑んだ異形はさらに、従兄介と書き込んだ。魔女は少し嬉しそうにしたが、首を振って否定する。


「だめだ。甥の悪口は言いたくないが、あいつは全くダメな輩だ」

「しかしアイテム交換所をちゃんと運営している」

「たまに売り上げと仕入れの数字が合わない事がある。きっと商品や金を横流ししているに違いない」

「だいたい、従兄介という名前も、あの子の従兄だ、とハッタリをかますための嘘偽りではないか。信用できん」

「それに人間世界では、従兄妹間の結婚はタブーであったはずだ。そもそも、あいつは人間ではあるまい」


 大ブーイングを受けても書き込んだ名前を消さない異形は次いで、色黒伝道師、と書き込む。またしても一同不満げな声を上げる。


「そうか、あやつは人間だったな。しかし何を考えているか、今一つ理解できない」

「だが、今も蛮族平原で戦争を指揮しているが、堅実な戦い方をしている。奴自身、がいこつを駆使することで、戦闘では中々活躍をしているらしい」

「しかし、生まれ故郷に平然と刃を向けている。信用できん」

「あれの趣味はがいこつ研究だろう。あの子を幸せにできるだろうか」


 ここまで、東洋人、ニヤケ面、従兄の介、色黒伝道師と名が挙がってきて、いつのまにか書記兼司会を始めた異形曰く、


「ほら、まともな社会人は、東洋人しかおらぬ。きまりじゃろ」


と宣う。反論は出ず、納得するのも難しいとばかりの唸り声しか聞こえない。ここに名案を思い付いたとばかりに神官が魔王へ曰く、


「陛下がラを娶る、という選択肢もありはしませんか」


 おお、とばかり異形は手を叩く。その選択もありや、と。鎌使いは何も言わなかったが、魔女は明るい顔はしなかった。そして、侃々議論を目を瞑って聞いていた魔王はそのまま静かに曰く、


「我輩はあの子の父で居たいからその選択は無いな」


 魔王の言葉を受け、ラにはまだ親が必要だと確信している魔女は大いに顔を綻ばせて曰く、


「それであれば陛下、なにも今決めずとも好いではありませんか。いずれあの子が成長した時、格好の相手が現れるかもしれませんし」


 目を開いた魔王はそれでも後継候補を定める大切さを改めて述べた。


「シクロクロスでの戦いを終えて、中途の死は何よりも有害だと感じたものだ。勇者黒髪の死を見てほしい。我輩が手を下したとはいえ、その後の彼の残党の変貌を、我輩は忘れていない。率いていた妖精女の狂気にも原因があるとはいえ、何もかもが狂ってしまっていた。あのヘルメットの戦士、素晴らしい腕前の戦士だったが、あのようなつまらぬ戦いで、我が剣の犠牲となり果てた。仮にこの未来、我輩が死んでも、領域リザーディアをそのようにしてはならないのだ」


 渋い顔をして腕を組む神官、筆を持って立ち尽くす異形、身を乗り出して話を聞く鎌使い、そして俯いた魔女を見渡した魔王は続ける。


「どのような秘術を尽くしても、魔王とて不死身ではいられない。ここに居る幹部たちも同様だろう。次の世代に繋ぐ準備は、我輩らの責任なのだ。我輩個人について言えば、家庭を持ってそれに汲々とするなど真平である。また、後宮を設けて酒池肉林に耽る趣味も持たなかった。我輩にも生まれ故郷はあるが、そこの連中にこの領域リザーディアを担わせようとも思わない。実力才能ともに我輩の敬愛するラにこそ、その責任を担ってもらいたいのだ」


 魔王の覚悟の程を聞き、乱痴気議論を恥じ入ってしまう一同。


「そうだ。先ほど異形より預かった書簡、色黒伝道師からの提案も伝えよう。曰く、奴は勇者黒髪をラの婿候補に挙げている。そうだな。我輩もそなたらと同じ表情をしただろうよ。こ奴の研究成果によると、死の後に異なる世界へ生まれ変わる者がいるという。それを追跡することができれば、現世にそのものの魂を引き寄せる事ができるらしい、というものだ」

「陛下、恐れながら、あの者は少し気が違っているのでは……」

「まあ研究に従事する輩など、そのようなもんだ。ともかく、我輩も含め皆の意見は出そろったな。我輩は今一度、ラの共同統治者として、すなわちラの婿としてだ、都市エローエの東洋人を推す。これは政略結婚だから、愛情が介在しなくても成立する、という利点がある。また、ラが拒否する事もできる計画だ。異存はないか」


 今回は、神官も、異形も、鎌使いも、そして魔女も反対はしなかった。だが積極的に賛成したわけではなかった。特に魔女はポロポロ涙を零しながら、


「親の言う事に、子は反対などできぬものです……」


と言い、退室した。老嬢が少女のように声もなく涙を零す様を見てしまったさすがの魔王も、胸の痛みを感じた。


「我輩は間違っているかな?歴代魔王と同じく、やはり敵がいなくなると、頭がおかしくなるものなのかな」


 重臣たちはもはやなにも言わなかった。しばしの無言の時が過ぎると、何かを認めていた異形が紙を魔王へ差し出して曰く、


「陛下、書記が終わりましたぞ。儂は媼を慰めに行ってきます」


 その紙には会議の全てが落とされてはいた。


◎ 東洋人

〇 ニヤケ面

× 従兄介

△ 色黒伝道師

  勇者黒髪

▲ 魔王


 これを見て呆れた魔王だが、紙を覗き込んだ神官はもう一度魔王へ曰く、


「陛下がラを娶れば、万事解決します。陛下はある意味で統治者の責務として、ラに結婚を強いているようにも見えます。であるならば、まず陛下がこそそれを率先しなければならないはず。勇者黒髪は、自分の発した言葉を自ら責任を持って為す性格で成功を掴んでいました。恐れながら、陛下にもその必要が出てきたというべきでしょうな」

「我輩はあの子の父親でありたいのだがね」

「そのような我儘は、お捨てになりなさい。保護者が被保護者を娶るなど、自然の摂理にあって珍しい話ではありません」


 温厚な魔王もさすがに怒って、このわからずやめが、と怒鳴って曰く、


「貴様、我輩は総てを統べる魔王だぞ。黒髪でなくとも、我が意によってこの世を安寧に導いてみせる。それにな、貴様は大切な事を忘れているぞ。次代の明日は子供がいなければやってはこない。乱世を切り開いた我輩の後継者はラだとしても、平和の世を過ごすラの後継者は、その子でなければならんだろう。我輩が東洋を推薦しているのも、子の誕生を見越しての事だ。そうなると相手は人間でなくちゃいかんだろうが。そしてラは怪物の世で育っているから、怪物の具合を良く知っている。我らと交渉を持つ東洋人は只者ではない。今一度よく考えてみろ、怪物世界にとって、これ以上の組み合わせがあるか?」


 もはや神官は喉まで出かかった、陛下とラが番う事でも子は為せるのではありませんか、の言葉を飲み込んで発しなかった。確かに異種族よりも同種族の方が自然に適っており、出生の率も高い事は自明であった。だが、権力の在り方として、東洋人を迎え入れることに怪物世界は耐えられるだろうか、との疑念を捨てきれずにもいたのだ。



 この会議の話は秘されたわけではなかった。だが、魔少女にその話をする者もいなかった。全ては魔王の手に委ねられたのである。魔少女も涙に暮れて日を過ごすことが多くなった魔女を心配したが、媼から話を打ち明けられる事もなかった。


 しばしの休息を得た、異形、神官、鎌使いが任地に発つのと同時に、魔王は東洋人へ会談を希望する使者を発した。指定した会談の場所はグロッソ洞窟である。

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