第55話 嵐に舞う二体

 時に稲光が轟く強風と豪雨の中、黒髪とヘルメット魔人の部隊を囲んだのは荒布を纏ったがいこつの群れであった。この二人は、グロッソ洞窟のがいこつの群れと対峙するのは初めてである。洞窟で基本は軽作業に従事するがいこつは、兵士としての戦力はさほどのものではないが、見た目のインパクトと言うものはある。また、バラバラに砕かなければ動きを止めない、というのも強みだ。だから、黒髪らの包囲を狙うトカゲ軍人としては、狭い都市の街並において、要所にがいこつを配置していく。嵐はますます強くなっているが、トカゲ軍人には全く苦にならない。むしろ、水流交じりの空気の中、その感覚は冴えわたっていた。がいこつの群れの外で黒髪たちの動きを見ているトカゲ軍人の傍らには魔少女が控えていた。魔女から教わった方法で、兵としてのがいこつを操作している。都市の地下には、モグラの怪物が控えており、勇者たちの足音を聞き分けて、その侵攻方向をバケツリレー的連絡方法で魔少女に伝えると、がいこつ兵たちは黒髪らの退路を先回りする事ができる、という流れであった。


 捕虜とした王を抱える以上、戦闘はできるかぎり避けたい黒髪である。だが、逃げる先々で先回りされてしまう。都市脱出にあまり時間をかけていると、東洋人の追撃もあるだろう。黒髪は自分が残り、ヘルメット魔人には王を連れて先に脱出をさせると決意する。反対するヘルメット魔人に対して、黒髪は毅然と言う。すなわち、


「戦闘に関しては、この部隊で私の右に出る者はいない。私に次いで腕の立つ君は、王を傷一つ付けずに、河向こうの王国へ連行するように」


 戦場で押し問答しても始まらないので、ヘルメット魔人は黒髪の指示に従い、がいこつ兵の包囲網を蹴散らして突破にかかった。この動きを感じ取ったトカゲ軍人は、ヘルメット魔人らを包囲網からあえて脱出させる。この歴戦の怪物にとっての目標は、『勇者』黒髪だけであるのだ。


 こうして、がいこつ兵による黒髪包囲が完成する。黒髪に従うのは、残留した三名の魔人たちだけだ。みな、黒髪に忠実だが、腕ではヘルメット魔人には及ばない。


「魔王の都を攻め落とした勇者を討った輩には、大いなる栄光がもたらされるに違いない」


 そう宣言して、トカゲ軍人は黒髪の前に踏み出た。その手には銀のサーベルが握られている。勇者黒髪、大胆に間合いを取りつつ曰く、


「トカゲの怪物よ、これで剣を合わせるのは四度目かな。もはやこの因縁否定するべくもないが、知っているか。もはや私は、勇者ではなくなったという事を」


 トカゲ軍人、剣を振って飛びかかる事で答えを返す。


「人間世界の事情などどうでもよい。我らの世界では、紛れもなく貴様は勇者であり、勇者を討った者こそ、次代を担う王者として台頭することができる!」


 トカゲ軍人は、失敗を反省することのできる怪物だ。そのため、前の戦い……戦いと言うより奇襲で不覚を取った事を忘れていない。黒髪の繰り出す強烈な剣の一撃をこらえる為、怪物なのにチェインメイルを着込んでいる程だ。太刀筋で時にトカゲ軍人に勝る攻撃を黒髪が放っても、防御準備が完璧なトカゲ軍人の体を切り裂く事が出来ない。また、嵐の風雨が、黒髪の視界を妨害したため、防御と行動パターンに勝るトカゲ軍人が、黒髪を追い詰め始めた。黒髪を支える三人の魔人たちも、がいこつ兵の包囲前進から黒髪の背後を守るので精いっぱいでとても加勢する余裕がない。


 濡れた石畳に足を取られた黒髪が転倒した。好機、とトカゲ軍人が一気に間合いを詰めてサーベルを突き出した。この一撃は黒髪の危機を見かねて思い切って飛び込んできたコンドルの怪物が盾となり、黒髪は窮地を脱したが、身代わりとなったコンドルの怪物は首にサーベルが貫通し、卒倒する。


 この有様を見たトカゲ軍人は呟きを止められなかった。


「勇者ともあろう者が、怪物に守られるとは驚きだ。だがお前が怪物世界の長になるには、この我輩を乗り越えねばならない。そして我輩が怪物世界の長になる為には……」


 コンドル捨て身の献身によって致命傷を受ける事は避ける事が出来た黒髪だが、体勢が拙い。トカゲ軍人の凄まじい攻撃をかわし続けるのが精いっぱいで、その内、配下の魔人らもがいこつ兵に組み伏せられて、挽回の対策もないまま、ついに追い詰められた。


「誰かが助けに来てくれなければ、僕はここで死ぬかもしれない」


 そう思った黒髪は、危機を脱出するための策を必死に探し始める。恐るべき敵はトカゲ軍人だけ、相変わらず風雨が続いている、袋小路に追い詰められた、脱出する方法はないか、逃げ出す道はないか、考えればなにかあるはずだ、肉を切らせてカウンターに打って出るか……


 だが、黒髪が探し求めた打開策は、トカゲ軍人のサーベルの前に打ち砕かれた。トカゲ軍人の鋭い剣の突きが、ついに黒髪の心臓を正確に突いた。背中まで突き抜けたサーベルを、トカゲ軍人は強く握りしめ捻り上げた。怪物の力によって、黒髪の体が串刺しのまま持ち上がる。黒髪の胸と口から血が溢れ始めた。耐え難い程の激痛の中、黒髪は悲鳴を上げない。相打ちを狙ってトカゲ軍人の顔面に剣を押し付けるが、敵は鬼の形相でさらにサーベルを捻り上げる。黒髪の胸から骨が砕け、肉が千切れていく音が響く。もうここまでないという所まで突き刺さったサーベルを持ち替えたトカゲ軍人は飛翔して、持ち上げた黒髪の体を地面にたたきつけると、敷石が壊れひび割れが広がる程の衝撃が走った。苛烈な動きを伴う激闘が止まる。ただ一人立ち続けていた戦士は、横たわった戦士の首を片手で持ち上げると、古来より戦士たちに共通する仕来たりに従った。



 戦いの結末を見ていた者たちは一様に息を呑んだ。圧倒的な戦闘能力と人間世界の支持によって、既存の怪物世界を破壊した恐るべき実力者が、今、首を撥ねられて、その頭部が怪物の手によって握られているのだから。


 目的を全て終えたと判断したトカゲ軍人は配下一同に撤収を命じる。軍事目標は、勇者黒髪の殺害のみである。その他の事は、一切が不要であった。組みひしがれていた魔人たちを解放したのは、勇者黒髪の死の目撃者がどうしても必要であったためである。嵐の中の戦いだ。都市の人間たちの中にその目撃者を期待する事はできないだろう、との判断に拠る。


 遂に勇者を討ったトカゲ軍人だが、控えていた魔少女のこれまでにない強い意見を受ける。


「勇者の胴体を確保するべきです。人間世界に死体を渡したとて何の利益もない!必要なのは、閣下が黒髪を討ったという事実を、怪物世界に示す全材料を手中に収める事です」


 魔少女の目に宿る力強い光をみたトカゲ軍人は、助言を容れる事を即断する。がいこつ兵らが黒髪の首が無くなった死体を確保すると、暗殺部隊は都市エローエから離れていった。



 雷雨激しい都市。後には三人の魔人とコンドルの怪物の死骸が残された。騒ぎをかぎつけた東洋人配下の兵士たちが近づいてくるようだ。黒髪の私物が一つ残されている。それは、彼の愛用していた銀の剣である。魔人たちはその形見を確保すると、弾かれた様に行動を開始した。すなわち、ヘルメット魔人に追いつき、勇者黒髪の戦死を伝える事であった。残された彼らにできることは他にはなかった。


 東洋人配下の戦士、鉄仮面が戦いの跡に付いた時にはコンドルの怪物の死骸のみが残されていた。黒髪が流したおびただしい血も、雨と共に流れ行く。都市エローエの嵐は朝になっても続いていた。

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