第64話 魔王名乗り上げ

 グロッソ洞窟側からすれば人間による八度目の侵攻となった今回の戦いは、物怪両面にこれまでで最大の被害をもたらしていた。多くの怪物達が殺されるだけでなく生き残った輩も虐待され、怪物なりに設えた街並が多数破壊されていた。


「復旧させるには、たくさんの労力が必要になる」


 魔少女の強い要望によって魔女は休養をしているため、魔少女ががいこつ作業員を統率して復興作業に当たるが、防衛作戦の結果、彼らがいこつ作業員も数も減らしていた。


「魔少女が、洞窟で死んだ人間の死者をがいこつ作業員に造り替えているというが」

「あの小童一体で?時間がいくらあっても足らんのでは。魔女の代わりが見つかるといいが」

「今回の勝利でトカゲの閣下は魔王を名乗られるそうだ。令名に導かれて代わりが務められる奴でも来るんじゃないか」


 難民の攻撃を撃退は出来たものの、グロッソ洞窟を拠点にしようと考えているトカゲ軍人は、


「軽々に洞窟を留守にするのも考え物だな」


と、怪物衆への好感度向上作戦を開始していた。その一環で、今回の戦いで奮闘して評判を高めていた休養中の魔女を見舞いに行った。そこで老嬢よりかねてより依頼していた件の報告を受けた。


「閣下。勇者黒髪の死体について、そのがいこつ化はすでに成功しています。幸いに、前の戦いの被害も無く、です。生前の記憶となると、やはり他のがいこつらと大きな差はなく、今のところ、価値のある情報を得る事はできていません。ですが、動きは良く、強いがいこつにはなると思います。」

「記憶までは難しいか、それは残念だな。しかし、記憶が不意に復活する事もあるのだろう。強くても勇者のがいこつは戦場には出さず、粘液体かそなたの家で賓客として扱ってほしい」

「承知しました。そう言えば、先の戦いで部隊を率いていた人間についても、がいこつ化するという話をあの子より伺いました」

「我輩が安心して洞窟を留守にできるよう、強靭な番兵を揃えたい。あの斧使いは中々の実力だったからな」


 トカゲ軍人、ここで椅子に腰をかけて曰く、


「先ほどラの仕事ぶりを見てきた。まだ小さいのによく働いてくれる」

「やはり若さの有る無しは大きい。もう私の代わりをバッチリ務められるようになりました。それにしても、閣下はあの子の働きぶりが気に入っているようですね」

「そなたもあの子が自慢だろう。なにせ後継者だからな。そこでだが、人間の死体のがいこつ化についてだが、あの子一人ではあまりに大変のようにも思う。指示を出した側としては少々気になっている。その技術、誰か他の輩もできないかね」

「これは才能が重要ですから何とも言えません。そう言えば閣下、蛮族の国から来たという怪しげな伝道師が最近、新道区に入り込んでいます。彼の輩は数体のがいこつを従えていますから、その技術を持っているのかもしれません」

「そんなやつがいるのか。わかった、やらせてみよう」


 その伝道師の怪物は、色黒な男で、蛮風なアクセサリーで身を固めた不気味な輩であった。曰く、魔術を極めるために世界を旅しており、人間に対して景気の良い勝利を治めた噂でもちきりのこの洞窟にやって来たのだという。トカゲ軍人が訪ねていくと、


「あなたが勝利者ですね。素晴らしいキャリアの持ち主とお見受けします。ご用命いただければ、魔力の許す限りお力添えします」


と好印象であったため、整頓された邸宅とともに、がいこつ作業員の製造の仕事を与えた。また、人間の死体をがいこつ化するその手法は、魔女や魔少女のやり方とほとんど同じであった。



 トカゲ軍人は、グロッソ洞窟を魔王の都モストリアに劣らない怪物の都市にする志望を、この頃には温めていたようだ。八度目の防衛戦で怪物の数が減っていることもあり、来るもの拒まずの精神は維持するつもりでいた。そうすれば、有意な怪材が集まってくるはずだ、とも。


 統治者としての振る舞いが板についてきたトカゲ軍人だが、この時期から『魔王』の称号を用いるようになる。人間の群れを壊滅させたのだから、その名を名乗る名分は大いに立つ。


「我輩が仕えていたモストリアの魔王とその近衛の行方は未だに掴めない。死んだことが明らかにならない段階で、魔王を名乗るのはいかがなものか、という意見もあるようだが、それではいつまでたっても先に進めない。ここは強気に行こうと思う。ラ、どう思うか」


 問われた魔少女曰く、


「現在、怪物世界は人間世界に押されつつあると考えられています。魔王の所在が確かなものになれば、その魔王が古かろうが新しかろうが、怪物達はグロッソ洞窟に結集するでしょう。一方で、我こそが、と考える輩もいるでしょうから、魔王が乱立する可能性もあります。その場合、怪物達を統べる唯一無二の存在としての魔王の地位を守る為には、他方の魔王と戦う事が必須となりましょう。また、閣下は難民の群れを粉砕する事で魔王を名乗る事が出来るだけの名声を備えましたが、魔王を名乗った後、それを強烈に印象付けるためには、さらなる勝利が必要になります。その対象が都市エローエか、河向こうの王国かはともかくも」


 にやりと笑ったトカゲ軍人不適に曰く、


「これは早い者勝ちか。よろしい、これより我輩は魔王を名乗ろう。その為の実績作りの生贄に都市を選ぶか、王国を選ぶかはしばらく熟慮することにしよう」


 公式にトカゲ軍人が魔王を名乗り始めたのは、都市城外で難民の群れを全滅させた後からである。これは、人間世界にとって怪物の群れを退ける人物が勇者であるのと同様の仕組みだ。つまり、人間も怪物も、戦果を挙げたものが称えられるのである。彼らが望む戦果の先に平和がある。それを考えると、人間世界と怪物世界の融和を目指した勇者黒髪の思想が如何に革命的であったかがわかる。それが多分に理想主義的であったとしても。


 人間世界の勇者から、すなわち怪物世界にとっての仇敵からそのような思想が生まれたのは奇跡と言って良いだろう。新たなる魔王を目指すトカゲ軍人は、人間世界と怪物世界の融和など薬にもしたくなかった。


「勇者黒髪がモストリアで何を行ったかは我輩も仄聞している。はっきり言えばクズだな。怪物をせん滅せず、人間を優遇せず。何がしたいのかさっぱりわからん」

「恐らく、対立する二つの種族の生活融合を強制して、恒久的な平和を創り出そうとしたのではないかと」

「馬鹿馬鹿しい。なぜ我輩ら高等生物が、下等生物である人間に合わせなければならないのか。もっとも、先方もそう思っているだろうが」


 トカゲ軍人はこの会話を側近の一人である異形が居る時にしている。この怪物の発言に、いちいちもっともだと思う異形でも、ふと困ってしまう事がある。なぜなら、同じ側近グループの一人であり、仲間である魔少女は魔王の言う下等生物、人間なのだから。だが、トカゲ軍人第一の側近は魔少女である事は疑いが無い。トカゲ軍人が魔少女へ示す様々な配慮は、父親が娘に行う類の物であった。この陣営に魔少女が居るということ自体が、怪物と人間の融合である、と異形の怪物は考え、それを魔女に告げると、老嬢は複雑な心持を表しがたいようでもあった。


「何があの子の幸せか、考えないではない。人間の手に返すということも含めて。だが、あの子の関係者はみな死んでいる。今、人間の下にあの子を返したとて、良い展望があるとは思えないんだよ。人間の世界は我ら怪物以上に金銭や社会的地位が重視されるから、手ぶらで戻せるわけがないんだ。それを考えるとどうだろう。あんたの言う融合なのか、それとも怪物化なのか。話に聞く限り、あの勇者黒髪は融合を目指していたような気がするよ。あれが惚れた女も、怪物だった。あの娘は何をしているのやら。黒髪が死んだ今、戻ってきてもいいように思うのだがね」


 かつてトカゲ軍人の愛人でもあった妖精女が勇者に思いを寄せられていたことは、猿の怪物が居ない今、知っているのは魔女だけである。異形の怪物も関心が無いのだろう、そこまでの事情を詮索しない。


 魔女の言う通り勇者黒髪が二つの世界の融合を目指しているのであれば、黒髪の愛を受け入れた妖精女もそのように動くはずである。その事情を知っていれば、勇者の残党がトカゲ軍人の敵となる事は明白であったが、神々ならぬ身で、それを察知できる輩はいない。



 洞窟の復旧も進むある日、トカゲ軍人を訪問する人間があった。都市の実力者であると名乗るその男は極めて自己保身的で、世界のあるべき姿などには一切の関心を持たない人物である。男の佇まいから、


「単身乗り込んでくるとは、勇者黒髪のようなことをするが、性質は大分異なりそうだ」


と怪物衆の面々は感想を持った。

平和裏に現れた東洋人に対して、トカゲ軍人も礼を持って遇する。

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