第63話 軍事革命万歳!

 それはグロッソ洞窟で行われた以上の惨劇となった。追撃してきたのはトカゲ軍人率いる怪物の群れである。城壁外で救いを求めていた難民たちに凄まじいとしか言いようのない暴行の嵐が吹き荒れた。血しぶき、肉片、悲鳴が飛び交う。それを、都市エローエの市民たちは城壁から見守るしかなかった。都市の軍を預かる東洋人も、各城壁を固めさせるだけで、一切の手出しを禁じていた。兵士たちは恐怖に滲んだ手で、城門の内側で控え、眼前の殺戮から目を反らす事も耳を塞ぐこともできない。敵の攻撃がこちらを向いたなら、戦うしかないからだ。響く悲鳴は男のものだけではなく、女も子供も老人も容赦されなかった。非力な彼らとは言え、グロッソ洞窟内での殺戮の実行犯でもあったから、怪物達によってしっかりと仕返しの的にされた。復讐は復讐を呼ばずには済まないのである。怪物衆を指揮するトカゲ軍人は、今回直接の戦闘には参加せず、行為の行きすぎ、つまり都市攻撃へまで発展しないように目を光らせていた。



 トカゲ軍人は洞窟内の秩序をあらかた取り戻した後、治安回復のための全てを魔少女に委ねて、自らは怪物衆がため込んだ復讐の念を外に撃ち放った。怪物から絶対の支持を得ようと計算したためだ。トカゲ軍人は魔少女に語る。


「この勢いに乗って殺戮した人間達の血の量如何で、我輩が魔王になれるかどうかが定まる」


 すべからく魔王と言うものがそのような存在であるとするならば、残酷でも真理、現実であったと言えるだろう。如何に人間を殺したか、で決まる面もあるのだ。自身は人間である魔少女だが、異論はなかったようだ。



 戦いでは激動に身を委ねても、戦略では冷静慎重なトカゲ軍人らしく、彼はここで深入りをするつもりはなかった。目的は殺戮の誇示であるため、都市城壁外の難民をほぼ皆殺しにし、侵略の仇を討つと、勝鬨を上げてグロッソ洞窟へ去っていった。怪物達は人間を喰らうから、食料となりそうな死体もろともで、これが彼らの戦利品となる。全てが終わると、都市エローエの城門前は、血の池が出来ていた。城門の外に出た兵士たちは、遠くから聞こえる怪物どもの雄叫びや鳴き声を聞き、噂する。


「怪物どもの間でこの大勝利の噂が広まっているに違いない。これからは奴らが幅を利かせる時代がやってくるぞ」

「旅も容易ではなくなるのか」

「壁の内にいても外にいても、怪物からの襲撃が増えるということさ」


 この分析は一定の事実を捉えていた。勇者黒髪が魔王の都モストリアを陥落させたのち、未來都市と名を変えたモストリアに人間たちが姿を現し始めたように、人間の大量死によって、怪物達にとっても過ごしやすい環境になったのだ。この面では人間と怪物、やはり対立する存在であった。


 怪物の群れが去った後、エローエ市民たちはデブの商人をいけにえのように殺しても、気が静まらなかった。市民たちが心中望んでいた通りに貧乏で無様な難民の群れは死に絶えたが、却ってより凶悪な怪物の存在がピックアップされてしまったからだ。今度怪物衆が攻め寄せてきた時、今の都市の体制で平和を守ることができるだろうか。今、都市の軍事力は、東洋人の募兵官のみが掌握している。だが、彼は城壁外で怪物と難民が争っている間、一切の手出しをしなかった。たくさん愛人を作ったり、贅沢な生活を謳歌する東洋人だが、これほど市民たちの間に不満を巻き起こした行為もなかった。


「怪物と難民の争いから漁夫の利を拾えれば、最良の成果を上げる事ができたかもしれないのに」

「所詮、東洋人も外国人だ。愛国心が足りないから、好機を逃して平然としているのさ」

「奴から軍権を取り上げよう。そして都市出身者にそれを委ねるのだ」


 陰謀が形成されていく。こういう時その中心となるのは都市エローエではいつも釣り目の僧侶だ。どこからか不満の声を聞きつけて、彼らを組織していくのである。だがこの時も、完璧な陰謀づくりとはならない。まずなにより、中間派を買収したり傭兵を味方につけるための軍資金に不足していた。


「金が足りん」


 デブの商人の死と共に、グロッソ洞窟と都市エローエの間の金と銀のやり取りは完全に途絶えていた。元々、この流れはリモスととんがりが資金援助として開始し、とんがり亡き後は勇者黒髪へ引き継がれた。黒髪はその業務をデブの商人に預けていたが、黒髪の都市における影響力が減ずるにあたって、その利益をデブが独占するに至ったのだ。しかし、彼が急に殺されるに至って、このコネクションは消滅してしまう。


 援助、補助金、賄賂などの費目名目だが、エローエの議員たちはすっかり金漬けになっていた。そして、資金が足りないのであれば、協力は期待できないのである。その意味では、リモス・コネクションを奪取したものが、都市の実権を安定的に支配できるとも言えた。確かに都市エローエは富裕の度を増してはいたが、内実はこのように腐敗していたのである。


 となると、グロッソ洞窟と敵対関係に突入し、コネクションの後継者がいない今、物を言うのは軍事力である。釣り目の僧侶も、東洋人も同じように考えるに及んだが、なんと釣り目の僧侶はそれを東洋人との同盟によって得ようと考えたのだ。ある日、釣り目の僧侶の訪問を受けて協力を乞われた東洋人はそれを承知したが、釣り目が帰宅した後独り言ちた。


「あれは人が好いどころではなく、見当違いも度が過ぎているというべきだろう。この勝負もらったぞ!」


 釣り目の僧侶の計画としてはこうである。議会を招集すると同時に市議会を東洋人配下の兵によって包囲させ、釣り目の僧侶自身を「最高議長」とする投票を強制する。そして独裁権力を握る、というものだ。釣り目が「統領」を避けたのは、とんがりに対する嫌悪感や、彼と同一視されたくないという感情からだろう。また、東洋人には明かさなかったが、最高議長には募兵官の権限も与えられる、とする法律案を提出するつもりでもいた。その気配を感じ取っていた東洋人は考える。


「釣り目の僧侶殿は、俺が裏切るとは全く考えなかったのだろうかね。あれ程移民や外国人を嫌っているくせに」

「力ある閣下は別格と言うことなのでは?」

「吐き気がする」


 釣り目の僧侶はこれまでに、他国出身の仲間だった三つ編みの死体から金品を奪った後に亡骸を捨てたり、とんがり政権打倒に心血を注いだり、河向こうの王国と結んだ勇者黒髪の失脚を計ったりと、かなりの外国人嫌いの行動を取ってきている。デブの商人への協力が今一つであったのも、その辺りに理由があるかもしれない。それなのに、東洋人は信頼し続けている。


「思うに、俺がこの都市で成功し始めたきっかけが、釣り目が主導したとんがり排除の内戦からだからなのだろうな。奴は自分のお陰で出世できた俺が、大それたマネをしないと考えている。都合の良い道具なのだと。だが……」


 東洋人の考えでは、釣り目の僧侶は幾つかの重要な点を見落としている。それは、東洋人が未だに無敗の軍人である事、市民権は持っていないが都市の公職についている事、市民権を持つ数多くの女達と愛人関係にある事、最後に、都市で唯一の軍事力である傭兵軍団の統率者である事。


「いくら移民であっても、これだけの条件が揃っていれば、大抵のことは何でもできる。釣り目はその事に考えが至らないのか、見落としているだけなのか……」



 果たして、釣り目の僧侶が計画したクーデターは実行に移され、結論から言えば東洋人が都市の支配者として君臨する事が正式に決まったのである。釣り目の僧侶の求めによって招集された議員たちの集まりは、自然に集まったように偽装された傭兵の集団によっていつの間にか包囲され、颯爽と現れた釣り目の僧侶が都市の危機を訴える演説をする。連行されていく議員たちを前に、彼らの腐敗堕落した生活を非難する釣り目の僧侶だが、演説途中で今度は自分自身が傭兵によって剣を向けられ、連行されていく、という無様な醜態を晒す。市民たちも、演説をしていた釣り目が連れ去られていくに及んで、この度のクーデターが誰の手によるものかを完全に理解した。


「東洋人だ、今回の政変の首班は東洋人だ!」

「あの東洋人!他国からの移民風情が我らの上に立つのか!」

「ああ、こんなにも惨めな結果になった原因は、傭兵に頼っていたせいだ」


 しかし、釣り目の僧侶の活動もあって、都市にかなりの外国人嫌悪の空気が蔓延しているのも事実であった。東洋人の目下の目標は、グロッソ洞窟とのリモス・コネクションを再興し、都市の市民たちを金銭で買収することであった。それ故に、彼は声明を発する。


 ところで東洋人の特徴だが、彼は演説をする行為を嫌った。勇者黒髪も、デブの商人も、釣り目の僧侶も演説をすることで市民を扇動するのが得意であり、あのとんがりですら、必要であれば行ったものだが。東洋人は声明を発し、それを文書にして市内にバラまく方法を好んだ。それによると、


「まず今回の政変は釣り目の僧侶によって計画され実行直前の段階まで計画されたこと。しかし東洋人こと私は、その計画が怪物などの脅威に強く晒されている都市をより危険にするものと判断し、陰謀者たちを逮捕するに及んだ。彼らの罪状は市民に対する裏切り行為である。しばらくは収監するものとする」


 この処置により、議員を開催しても出席できる議員の数が半分となった。東洋人はその上で、自分たち傭兵に市民権を与える事と、東洋人に都市を救済する臨時政府の組閣を乞わせた。無論、その残りの議員たちを包囲したままだ。


「私は議員たちからの組閣の求めを一度は断った。身分が違う、として。だが、議員たちは私とその幕僚たちに市民権を与える、とまで依頼してきた。これを受けねば男では無い」


 市民達も、傭兵による無言の圧力によってこの処置が為されたことを承知していた。だが、怪物の脅威は差し迫っている。物価も不安定だ。この危機を打破し都市生活を守る為、エローエ市民たちは外国出身の独裁者を戴く事を飲み込んだのである。


 また、都市エローエの軍事組織は唯一なる傭兵隊である。反クーデターの思いを抱く人々でも、対抗手段の無い以上、涙を呑んで現実を受け入れるしかないのであった。


 東洋人は自分が行った事が軍事革命である事を隠さない。部下の兵たちには


「この都市で軍事革命は達成された!軍事革命万歳!」


と斉唱させたし、市民の中にいる勇気ある人たちが東洋人を悪辣な独裁者め、と非難してもそれを否定しなかった。ただ、彼は反論して見せた。


「今の状況を打破するための、他の手法がなにかあるとでも?あるなら教えてもらいたいね。そして、実際戦場で働くのは我々であるという事を忘れないように」


 横取りによって政権を握った東洋人への評価は極めて低いものであったが、都市に住む女達はその栄達を祝福していた。他国人かつ移民でありながら傭兵稼業という生き方、戦場における名声、端整な容姿、豊富な資金力、そしてなによりその社交性によって数多くの女達から好意を寄せられていた。美貌で若い女たちしか相手にしなかった割には、女がらみの刃傷沙汰等のトラブルも起きていなかった。だが、彼女らは自分の父兄親族に東洋人への好意を隠さなかったため、その話を聞く男家族たちは東洋人への不信と軽蔑は隠さなかった。都市における最高権力を握った後も、東洋人はどの愛人たちへも特別待遇を与えていない。従来通りの付き合いを変えていないのだが、彼女らの父兄らにはこれが不満であったのだ。


 東洋人は都市内に放っているスパイたちからこのような情報を得ていたため、いずれどこかで暗殺騒動や反乱として火を噴くだろう、と考えていたらしい。彼の幕僚たちがその事に注意を向けると、東洋人は決まって曰く、


「俺は統領とんがりではない。だから、そのようなことが起こった時に軍事力を行使する事に、一片のためらいもない。諸君らは安心してよい」


 彼の幕僚たちは東洋人のこの考えを吹聴して回るから、その風聞もまた、反乱抑制につながると考えていたらしい。しかし、とんがり政権時と同様、東洋人政権下でも潜在的な政治不安は残った。そして東洋人は、それを自分から処理しようとは全く考えていなかった。


 彼が考えていた事はただ一つ、迅速にリモスコネクションを再興する事、これ以外には無かった。デブの商人が死んでしまった今、その詳細情報を知る者は居ない。だが、デブがグロッソ洞窟と何らかの取引を行っていたことは闇の噂で知れ渡っていたため、東洋人もグロッソ洞窟への調査をしないわけにはいかないのであった。



 ところで、すっかり面目を失ってしまった釣り目の僧侶は出し抜かれたことにすっかり弱ってしまい、しばらく寝込んでしまう。彼が何よりショックを受けた事は、移民によって始末が付けられてしまった事であり、


「無知蒙昧な外国人どもに不可侵なる国政を壟断されてしまった。あの邪知野郎め……私が生きている間に二度目だぞ。」


と日夜枕を涙で濡らしたという。とんがりの支持者たち曰く、


「しかし台下は前の独裁者を見事討ち果たしています。今回も機会を見て、前回と同じように処理してしまえばよろしいではありませんか」


といって陰謀屋の心を慰め続けた。持ち上げられると弱い釣り目の僧侶は、怪物との繋がりを指摘する事でとんがりを葬った事を思い出していた。都市エローエを独裁的に統治するには金が欠かせず、その金はグロッソ洞窟にしかないだろう。いずれ、東洋人も洞窟に手を触れる、チャンスはそこにしかない、と確信していた釣り目の僧侶であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る