第4話 軍教官

 洞窟長への政治工作のため、半分近くの財産を供出したリモスだが、一日の内、ほとんどの時間を金鉱採掘に費やすリモスの財産はそれでも増加の一方であった。金鉱を掘り進むのが基本的にリモス一体である以上、加速度的に裕福になるわけではないが、粘液体のくせに石部金吉たる怪物は妖精女の下へしけ込む以外、金をあまり浪費しない。純金は貯まり続けた。


 彼がなぜこの事業で成功するに至ったか。その理由として、硬い岩盤を掘るのに、粘液体である彼の体は好都合であったという事がある。力は小さいがいくらつるはしを振っても、手に豆はできない。また精錬も岩石の中に彼自身が浸透する事で取り出すという独自の手法により、他者の協力を不要としている。


 孤独な彼も、専属の錠前業者となっている鉄人形とは事業上の必要から付き合いが密である。鉄人形の食事は岩石で、中に含まれる鉄を栄養とし、その他は排泄している。だからリモスが金を取り出した後の鉱石は質の良い食事でもあったから、彼はリモスの金鉱に入り浸るようになった。需要と供給が一致して二人は親友と呼んでよい間柄になった。この鉄人形も洞窟の他の怪物と同じような事を聞いてくるが、それに対しては適当に答え、ありがたくない忠告を聞き流しながらもリモスは思う。自分を理解できる者は現れないのかもしれないし、金をバラまいて一時の友人を囲う事で憂さを晴らしても、この真の孤独は癒えないのだろう。それでいて周囲とつるみ続ける者たちは何を考えているのだろう。何も考えずにただ生きているだけなのか。労働にのめり込むリモスは必要な事以外は口にしないし、唯一の友と言ってよい鉄人形ですら、


「働いてばかりの偏屈で理屈っぽい嫌な野郎。しかし、金への嗅覚と幸運が凄い。気前と金離れが良いから、クソみたいな性格にも我慢できる。まあ金ヅルだな」


と他の輩に対してリモスを評す事があったというから、外から見たときの性格の歪さは推して知るべしか。



 ある日、魔王軍所属という怪物がたった一体で洞窟にやってきた。硬と柔が組み合わさったトカゲの化け物で、話によると実力だけでのしあがった現場の叩き上げであるという。この軍人にとってはこれが、魔王が直接知り得る人事上初の仕事になり、ここでの任務が成功すれば、さらなる出世の道が開けるのであった。


 このトカゲ軍人の見立てによるとグロッソ洞窟は、


「少数の未熟な人間たちにとってすら、その気になれば制圧可也」


という極めて貧弱な物であった。彼は小さな金色の目をギョロつかせながら、洞窟の構造を次々に改造すると宣言。それはあっという間の出来事で、洞窟内に住む怪物衆、リモスに言わせれば志が低い連中が新手の暴力によって服従を強いられ、工事に駆り出された。


 まず洞窟入口付近に兵隊の詰め所を設けるという。この空間は、リモスが一番最初に手掛けた採掘場跡で、既に金は掘りつくし通路としての機能しかない。トカゲ軍人の指揮下、恐るべき突貫工事で空間が広げられた。司令部をここに置いた事からも、トカゲ軍人は先陣を切って戦うタイプの怪物であるようにリモスには見えた。インポスト氏とは異なり、これなら期待が持てそうだとリモスならずとも考えたため、皆その暴力に怯えながら従うのだ。


 さらに、トカゲ軍人はモンスター界にとって過疎とはいかに不利であるかを洞窟にいる誰よりも熟知していたので、地域振興のためと称していきなりカジノ設営を計画する。といっても彼は書類の束を拵えたりはせず、口頭で宣言するだけだ。目的は、洞窟への怪物が持つ僅かな金流入ではない。見込んだものは、賭博の射幸心を煽ることで軽薄で未熟な若い怪物を引き付けようとしたのだ。なんのためか。この連中を借金で固めて軍隊を作り上げるためだ。


 建設予定地は、やはりこれまたリモスの採掘場跡地になり、この『リザード・カジノ』は入り口からは深く遠い場所に突貫工事で設置された。この案は半ば成功したと言える。まず、寂れ谷に住む妖精女たちが、カジノの噂を聞いてこぞってグロッソの洞窟に引っ越してきた。無論、リモスが馴染みにしている妖精女も刺激を求めてやってきて、リザード・カジノに入り浸るようになった。怪物の女衆が転入してくれば、雄たちも群がってくるのは自明の理だ。


 もう半分成功しなかった理由は、この手の快楽を好む怪物は、まずは戦闘では使い物にならないほど堕落した連中が多かったためだ。これは次なる改善事項とされたが、改善事項、この言葉も洞窟の田舎者には聞きなれぬ名で、怪物たちは魔王様足下の怪物はやはり一味違うわい、と感心しあっていた。


 それでも自発的に洞窟に住まう若い怪物は増えたのだ。この連中を借金で固めた後、トカゲの軍教官は実力で叩きのめし服従させ、ちょっとした軍隊が出来上がった。この怪物の性格は、速攻、に尽きる。怠惰なグロッソ洞窟ではこの性質は誰にとっても新鮮味が溢れる物であった。


 ある時、トカゲ軍人がリモスの下を訪れる。金色の両目を落ち着きなくギョロギョロ動かしながらも、軍人らしく要点のみを通達してくる。

一つ、軍隊の維持費に出資する事。

一つ、怪物用の武具を製造する事。

一つ、代わりにカジノの運営権を委ねる事。

要は金を出せ、という事だ。トカゲ軍人は、自分を招聘するべく運動を起こしたのがリモスである事を知らない。暴力使いのトカゲ軍人に好き好んで近寄る怪物がいなかったためだろうが、彼が唯一暴力を手控えたインポスト氏からの情報で、この粘液体こそが洞窟一の富豪だとは知らされていたのだ。


 一方、リモス自身が招聘した協力者でもあるので、トカゲに睨まれた粘液としては、抗議しても無意味だろうし、戦って勝てる相手ではなさそうだ。故に、リモスは詳細を聞かず、要求の全て受け入れた。速攻を旨とするトカゲ軍人にとって、リモスのこの態度は良い印象であったらしい。以後、リモスとトカゲ軍人は良好な関係を維持する。だが、そのためにリモスはプライドを犠牲にする羽目にはなったのだが。


 トカゲ軍人が新たに従えた配下の兵らは、給与支払をリモスの事務所で受ける事となった。この事務職にリモスは例の妖精女を宛がうが、彼女は勤務態度が悪く、しばしば必要な時にカジノへ遊びに行ってしまったり、資金を着服するなどの不祥事が続いたため、この年来の愛人を解雇し、事務仕事も自分で行うほかなくなってしまった。が、解雇は愛人契約の終了にもなることに、リモスは鈍感であった。彼女はリモスに当てつけるように、他の怪物らといちゃつき始めたから、多忙と失恋の痛手でリモスの心は大きく傷ついた。


 この手の事務仕事を鉄人形に任せてもよかったが、彼は彼でトカゲ軍人から命じられた武具製造で手いっぱいだった。巨大な鉄板を造りながらリモスにべそかいて曰く、


「今は忙しいから錠前の製造は待ってくれ。先に注文を出したのはお前だが、あのトカゲの軍人がどうしてもこっちを優先させろとね。嫌だと言ったんだが、さんざん殴られて我の頭が割れそうになってね……」


 この友は幾つかの大きさ毎で鉄の塊を産み出し、それをハンドアックスとしてトカゲ軍人へ納品していた。原始的な武具だが、頭の悪い怪物らが用いる分にはこれで十分、と発注者は判断したようだった。


 そして、最も金のかかるカジノ運営であるが、トカゲ軍人はこれも金銭に強いだろうリモスへ丸投げしたから、生きがいとしての労働はリモスから寝る時間すら奪った。胴元である運営側は是が非でも稼がねばならないが、リモスはこれもまた当初馴染みの妖精女を用いようとする。よりを戻そうとした、という事もあろうが、彼女は運営なんかよりも賭けるほうがシビれるに決まっている、と年来の愛客からのせっかくの好意を蹴とばしてしまった。結局、仕事に生きるリモスがやるしかないのであった。


 このように大きな変革が洞窟を襲う中、混乱これぞ好機を得たり、と洞窟長インポスト氏は指揮権を振おうと画策する。金ヅルのリモスと軍教官構築中の部隊を持てば、上手く行けばこの辺りで覇を唱える事ができるではないか、と。角をいきり立たせ、拳を振い演説をぶつ。


「機は熟した!今こそ、グロッソ洞窟一同一丸となりて、人間の都市を襲うべし!もともとこの地に生きる我らの誇りにかけて!」


 言わば愛郷心に訴えたのだが、この手法だと実戦部隊の長の許可がなければ何もできない事となる。洞窟長の主張に異存こそ無い聴衆だが、視線を恐るべきトカゲ軍人へ移す。それまで不遜に演説を聞いていた軍人は、細長い舌をしならせるとせせら笑い、詰め所へ帰ってしまった。


 これで全てを悟った聴衆は解散した。場には拳を振り上げたままの洞窟長だけが残される。この軍教官はインポスト氏には何らの実績も名望も無い事を既に悟っていた。


 トカゲ軍人は面子を保護するという点では、洞窟長だけでなく、リモスにも冷淡だった。所詮、リモスは粘液体でしかなく、叩き上げ軍人の目からは、金を稼ぐしか能が無い、と見えていたからだ。事実そうなのだが、その為に敬意を示さない。故に残酷な行動も平気でとれる。リモスが馴染みの妖精女と寄りを戻そうと画策し、彼女がカジノで拵えた借金を肩代わりしてやるなど、陰に陽に生活の面倒を見ていたのだが、トカゲ軍人はそれを知ったうえで、彼女を口説いて情婦にしてしまった。それでいて、リモスはトカゲ軍人の言われるがまま、彼が命じた支出を我慢しなければならない。


「見ろよあいつを。女を取られた上に、金まで……」

「だらしねえな。意地ってものがない。あんな奴をちょっとでも立派だと思ったのは間違いだったな」

「それにトカゲを呼んだのはあいつ自身だろ。笑えるな」


 リモスにとっては気も狂わんばかりの屈辱であったが、なによりも、かつてその身へ向けられたグロッソ洞窟の一部住民たちの敬意が消え軽蔑だけ残った事に、リモスは気が付かなかった。特に、鉄人形は、


「リモスの見苦しい様を見ているのは辛い。あれは漢の取るべき態度ではない」


との言い訳を持って、この友人まで彼に背を向けた。しかし、怪物衆はその鉄人形だって、トカゲ軍人には怖くて逆らえない事を知っていたのだ。また次に述べる理由により、洞窟の怪物たちはそれでもリモスを大切にする理由があった。


 心中の軽蔑と日々の実務はまた別である例証と言うべきか、グロッソ洞窟に住む少なくない怪物たちが、戦争を予期して財産の保管をリモスへ託したのである。貧乏人の田舎者の集まりであるグロッソ洞窟にて、それらは大して価値のある財産では無かったが、鉄人形謹製の倉庫に入れる事で彼らの期待に完璧に応える事はできたのである。誇りを傷つけられたリモスだが、自分に課せられた仕事を日々果たす事で、精神の均衡を保つ事はできた。噂を聞いて来た森の魔女にリモス曰く、


「居場所があれば、どんな屈辱にも耐えていける。日々を生き抜くには仕事が一番だね」

「リモスよ、いずれ忍耐の報酬がある。それまで頑張りなされ。なんなら女を世話してもよいのだが」

「ボクは粘液体でしかないから、誰が相手でも変わらないさ」

「あたしも女だから言うのだが、雌雄の習いは見栄えだけではない。ともかくせいぜい精進することだ」



 そして、ある日突然であるのが当然だが、人間による五度目の侵攻が始まった。ここに至る経過はどうあれ、提案者リモス、許可者インポスト氏、実戦者トカゲ軍人という三つ巴の事業の成否が問われる時が来たのであった。多忙の身で寝不足のリモスだが、前線視察には必ず赴く。そして彼自身、出来うる限り手を尽くしたその結果を見る事となる。

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