第79話 周章滅火

 モグラマッチョが掘り進んだ穴に魔王が飛び込んだ時から、人間と怪物の暗闘が始まった。魔王が目指す箇所はアイテム交換所。今や管理人たる魔女の甥は金をもって遁走し、持ち切れぬものを人間たちが略奪して行ったため、がらんどうとなっている。そこから顔を出した魔王は背後のモグラマッチョに曰く、


「ここまで来ることが出来れば上出来である。お前は魔女の救援に回れ」


と命令を発してから一気剣閃に駆け出した。入り口付近の仕掛けを作動させて、天井が崩壊したのはそのタイミング、それはまさにあっという間の出来事であった。


 岩石の雨が降りしきり、直下の命を無慈悲に踏みにじっていく。この崩落で多数の人間兵が死傷した。それだけでなく外部に繋がる道は完全に遮断され、人間側は分断されてしまった。一方はそれにとどまらず、脱出路も見つからぬまま孤立したことになった。


「いきなり入り口が崩れたぞ」

「まずいぞ、部隊の主力はみな洞窟内部だ。入り口を塞ぐ土砂を除いて早く道を確保するんだ!」

「ダメです!土砂の量が多すぎです。それに、洞窟の外でも負傷者が多数出ている模様」


 これまで攻める人間と守る怪物であったのが、特に戦闘能力に優れた魔王が戦線に参加することで、逆転してしまう。入り口付近に陣取り様々な生活施設の設置を始めていた人々は、運よく洞窟外にいた釣り目の僧侶の指示を聞いてもショックでまともに動けずにいた。釣り目の僧侶はついに頭巾を地面にたたきつけ、天に向かって吠えた。


「ああ畜生!全くわけがわからん!」



 洞窟内の人間たちは千人近くに上る。だが風の噂より速く、出入り口が塞がれてしまった事は伝え広まった。するとどうなるか。みなまずは、元の出口に向かい、そこが全く通行不能と確認するや、無秩序に出口を探し始める。そして、それ以外の事を考えることが、全くできなくなってしまった。


「さあ、我輩らの番がやってきたぞ。迫り攻撃すればよい。今の侵略者どもはそれで死ぬ!」


 魔王のこの掛け声は、洞窟内で虐待されながらも生き延びていた怪物たちを大いに力づけた。まず第一区、第二区で怪物勢が優勢になる。混乱し、おどろきとまどっている人間たちは、有効な手立て一つ立てることもなく、無意味に屍と化していった。新道区の入り口にあってこの強襲をみて、河向こうの王国貴族衆は絶望に打ちひしがれた。全てが無になってしまう、と。そのうちの一人はしばし呆然としていたが、やがて意を決して仲間を振り返ってこう述べた。


「我々は大いなる栄誉の機会を得た。あれにいるは魔王その輩だからだ。もはや選択肢は一つ、人間世界の宿敵を討つのだ。命を惜しまず、名を惜しめ!」


 真に一騎当千の戦士である魔王に立ち向かっていった貴族衆は、土壇場で真に貴族にふさわしい勇気は取り戻した。が、全員討ち死にした。それもあっという間の戦闘であった。魔王は後にこの場面での感想を述べている。


「王国の有力な騎兵は勇者黒髪との戦いがあった帝国領でみな死んだという。あの時の騎士たちはみな、王国が乱れていなければ補欠の使い手でしかなかったよ。ああ、楽だったとも。本当に楽な戦いとはああいうのを言う」


 貴族達が乗ってきた騎兵用の馬は、全てがこの場面での戦いに参加した怪物たちに御馳走として振舞われることになった。それを見た人間陣営は、曲がりなりにも自分たちの中核であった部隊が滅びたことで、一層混乱に拍車がかかった。無論、魔王はその効果を狙って貴族衆を攻めたのであるが。


「どうするのだ、出口もない、貴族衆も皆殺しになった、どうするのだ!」

「降伏しよう、命乞いをするしかない」

「それこそ期待できない。おれたちは、この洞窟の怪物たちに何をした?復讐されるだけだ」


 人間側の戦意は喪失された。こうして、第一区と第二区は怪物たちの草刈り場となったが、新道区の奥ではもう一つ、異なる見せ場が展開されていた。



 骨の壁の地点で、壁を操作する魔女と、魔女を救援に来たモグラマッチョが、鎌使いの戦士相手に追い詰められていたのである。骨の壁の不気味な歌声を聞いた鎌使い曰く、


「陽動など相手にする必要はない」


と魔女の戦略を見抜き、がいこつ兵らを蹴散らし始めた。この戦士はがいこつ兵を実に的確に、効率よく叩き、瞬く間に人間側有利な陣営を生み出したのである。


「媼よ、間に合ってよかった。陛下もラも、こちらに向かっている。それまでの間、しばらく休息をとると良い。やつは俺が相手をしよう」


 かつて魔王を僭称したこともあるモグラの怪物は、真の魔王と見定めたトカゲ軍人の矢継ぎ早な指示命令を賢明かつ懸命にして誠実に取り組んだこともあって、相方件競争者だったコウモリの怪物が死んでしまったこととは対照的に、魔王の信頼を得て出世していた。さらに、魔王が求めた情報網を構築するために穴掘り業務が多かったのだが、それが彼に筋肉の鎧を与える結果となったのだ。スコップを振り回し、巧みに操る独特の格闘術で、並の戦士くらいなら簡単に撃退してきたのだが、この鎌使いの戦士は並の出来ではなかった。


 武具の使用や白兵戦もさることながら、配下の兵を巧みに配置して、モグラマッチョをあっという間に追い詰めていった。この辺りは、年季の差としか言いようがないだろう。鎌使いの使用する鎌に付いている錘が、モグラマッチョの眉間を打ち抜くと、さすがの筋肉も卒倒した。敵の鎌が死神のように迫る。だが、モグラマッチョは自分の血の匂いを嗅ぎながら思うのだ。


「俺はかつて魔王を名乗るほどのチャンスを得た。だが、今や真の魔王の下で働けて幸福である。大切な仲間たちを持つこともできたのだ。ここでお前に討ち滅ぼされても、何を後悔することがあるか。なにもない。それよりもなによりも、陛下が戻ってきてくれて本当によかった……媼、奥へ逃げろ!逃げろ逃げろ!誰も追ってこれない位奥に!」


 鎌使いのデスサイズが滑らかに弧を走り、モグラマッチョの首を切り落とした時、骨の壁は動きを止めた。この局地戦での敗戦は避けられないと悟った魔女が、モグラマッチョの遺言に従って洞窟のさらに奥へ逃げていったためである。鎌使いは持ち主を失った万能スコップを越え、そしてさらに骨の壁を越えた。



 この局地戦の勝利は洞窟封鎖後人間陣営に齎された珍しい良報であったから、兵たちはみな歓声をあげて鎌使いの戦いぶりを祝福した。魔女が死守していたラインを隈なく確認した鎌使いは、部下たちに反転迎撃の態勢を敷くように命じる。怪訝そうな部下たちに言って曰く、


「この奥にはおそらく倉庫や金鉱があって、類まれな財産があるのだろう。だが出口がない。出口は反対側、つまり、向こう側で人間たちを次々に殺戮していった迫りくる怪物の命を踏みにじった先にある。いいかね。これから来る怪物を倒して先に進まねば、出口は永遠に見つからない……!」


 兵の気を引き締めて防衛体制を引いた鎌使いを見据えた魔王は、その初老の戦士に話しかけた。


「前回か前々回か忘れたが、斧を巧みに扱う戦士がいたな。お前はなんとなくその戦士に空気が似ているようだ」

「なるほど、我が同輩を討ったのは貴様だったか」


 鎌使いの戦士は魔王に対峙して曰く、


「それならば当然これ以上逃げるわけにはいかない。向かってゆくぞ」

「ほう、都市エローエの統領は、我輩との約束を違えたのか。斧使いを同輩だという貴様がここにいるということはな」


 この指摘に対し鎌使い曰く、


「怪物の世界に傭兵の風習はないのか?傭兵にとっての主君は金を支払う雇用者であって、より高い金額が提示されればそこで契約を終わらせる事だって、我々にはできるのだぜ」


 この発言は、東洋人を守るためであっただろう。老体に似合わぬ口調にニヤリと笑った魔王曰く、


「では都市エローエの統領に対して恩義はともかく忠義立てする必要はもはや無い、というわけだな。安心して始末できる……!」


 魔王のこの質問に回答せず、無礼にも鎌使いは唐突に攻撃を仕掛けた。この戦士が取り扱う武器は農業用のスリングブレイドを洗練させたものであり、石突部に備えてある鎖と錘は、リーチの差でモグラマッチョを始末する決定打となった。それは錘を飛ばし、鎌で切り裂く二段攻撃だ。壮年期を過ぎ、老齢期に差し掛かりつつある鎌使いはこれまでの経験からか大変巧みな攻撃で、魔王に反撃を許さず、一歩一歩確実に追い詰めつつあった。戦士の鎌と魔王のサーベルが激しくぶつかり合い、音と火花が辺りの視線を独占支配した。


 対する魔王だが相手が巧みであるためだけに防戦していたのではない。殺害予告を述べたものの、今後の東洋人との関係性をどうするか思案しながら、戦っていたのである。


「なるほど、斧使いといいこの鎌使いといい、良い戦士、良い隊長クラスを揃えている。もしもここで鎌使いを生かして逃がせば、我輩と東洋人の関係を崩さぬためにも、鎌は二度と主の下へは戻るまい。だが、無事に戻すような事ができれば、グロッソ洞窟は都市エローエと事を構えずに済む。今、我輩の思い描く強力な王国を造り上げるためには、対人間世界とやり取りをする代理人が欠かせないだろう。その役目は、東洋人以外には見当たらぬ」


 この思考は、戦いの中でも強力になる一方であった。


 その時、側面からすさまじい速度で放たれた矢が鎌使いを襲った。異変に気がついた鎌使いは何とか防御をするが、当たった鎖を巻き込んで、鎌使いの側頭部を強打した。その衝撃で、鎌使いは意識を失って倒れた。


 矢が飛んできた側を振り向いた魔王は、魔少女の姿を認め、魔王と魔少女の関係にしては珍しく厳しい口調で叱責した。


「ラよ。これは魔王と挑戦者たる人間の一騎討ち。妨害は我輩の名誉すら損なうということ、わからぬそなたではあるまい。なにがあったか申せ」


 魔少女は三角帽子を深く被りなおし目元を隠しながら、静かに曰く、


「陛下、ここ骨の壁の救援に向かったモグラマッチョが戦死しました。残念です。しかし、そのため媼は命拾いしました」

「この者へ放った矢は弔いというわけだな……それで、そなたに託した果実の収穫はどんなもんだね」

「アルディラ貴族衆の主だった騎士たちはみな戦死。裏切り者のニヤケ面、人間諸国から援軍として参加していた各責任者達はほとんど捕らえました。その他関連する不埒者どもの炙り出しはお任せください」

「大丈夫かね。殺してしまっては情報が手に入らんぞ。怒りに身を委ねるのも時には良いが、目的だけは見失わぬようにな」

「はい、陛下。それより、アルディラ王国における陛下の新たな代理人の選考を進めねばなりませんが」

「洞窟に関連のある人間の伝手が無くなってしまった。我輩らの指示に従うのであれば、誰でも良いのだがな」

「今回、ほとんどの貴族たちは死に絶えました。軍事力も無く裸となり、もうしばらく前から気分が優れない老王が残るだけ。陛下が直接支配を行う良い機会かもしれません。想定されうる有効な手立てはすでに揃っています」

「そうかな。人間どもも貴族が滅びたとは言えあるいは民衆どもは健全かもしれん。もう一段落噛ませたいものだ。人間に似ているだけでなく、その言語にも通じ、警戒感を持たれないような輩は……いた。心当たりがあったよ。アイテム交換所勤務の媼の倅はどうかね」

「陛下、あれは媼の倅ではなく甥です。それに彼はギャンブル狂かつ無責任な生活破綻者であり、その悪徳は何から何までニヤケ面にそっくりです。彼が何かしでかすたびに、媼が頭を抱え恥じ入るのを長年見てまいりました。御再考されたがよろしいかと」

「我輩は相手を見る目はあるつもりだ。だからニヤケ面の選出が結果的にこうなってしまったことについて、忸怩たる思いである。だが、あやつは運命に翻弄されてしまった向きもあるのではないかと思うわけだ」

「陛下は、ニヤケ面に寛恕を下されたい、というわけですね」

「そなたは不服だろうが。無論、前と同じ待遇を与えるつもりはないがな」

「……いえ、そこまでおっしゃるのなら。では、ニヤケ面への拷問は控えます」


 倒れ気を失っている鎌使いの怪物に、魔王は近寄って曰く、


「すまんな、戦いの作法を汚してしまった。だが、それも致し方ないのだ。我々怪物は、そなたら人間とは相いれぬ……詫びに、命までは取らないと約束しよう」


 鎌使いの戦士が倒れたことで、グロッソ洞窟内で怪物に反抗する人間勢力は潰えた。壊走の後、数十名、降伏した生き残りが魔王の前に引き立てられた。怯え切った彼らを一瞥すると、魔王は天井を崩落させて道をふさいだ洞窟の開通を命じた。その近くに、簡単に道ができる仕掛けが施してあったのだが、魔王の外出は洞窟の外で怠惰に土砂を運んでいた人間たちを大いに驚かせた。


「なんだ、あの場所の土砂は少なかったのか。俺たちバカみたいだな」

「あのマントを羽織ったトカゲの化け物が魔王か。確かに強そうだぜ……」

「捕虜を連れている。返還してくれるのか」


 だが、魔王は彼らをデモンストレーションに使用するつもりでいたのだ。横一列にならばされた彼らは後ろ手に手を縛られているが、その状態でひざまづくことを強要された。怯えが抜けない彼らがそれに従い一列ひざまづいた男たちで並ぶと、魔王は何の合図も説明もなく、端から次々に捕虜たちの首を自ら切り落としていったのだ。目撃した釣り目の僧侶が、鎌使いの消息を伝える東洋人へ向けた手紙の中で、こう書いている。


「それは恐ろしい光景だった。なによりもなによりも恐ろしい。そう思ったギャラリーたちは、生存者がまだ残っているというのに、自分がそのような行為の代理人になることをとことん恐れて、一目散に逃げだしていったのだ」


 つまり、釣り目の僧侶も逃げ出した一人であったのだ。洞窟を包囲していた人間軍はこれで自然解散となった。グロッソ洞窟は、またも戦いに勝利したのである。



 こうして、九回目の侵略を見事に跳ね返した魔王は、自分が支配している広大な地域を総称して「リザーディア」と名付けた。その名の通り、トカゲの国、という程度の意味だ。モストリアを越えて新しい怪物の領域が名を与えられるのは誠に新しきことではあった。


 戦いが終わったのち、出入り口が再開通したグロッソ洞窟ではお祭り騒ぎとなった。洞窟で死んだ人間たちの死体が盛大にバーベキューに供されたからである。魔王の統治はまた日一日と着実に成長し、今や実績展望でもその政権を否定する輩はいない。これらは全て、魔少女よりグロッソ洞窟を委ねられた魔王が達成した成果であった。

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