洞窟防衛 ー宝箱には鍵を忘れずにー

蓑火子

第1話 略奪と防衛

「人間だ、人間が侵入したぞ!」

「もう、たくさんの同胞が討ち死にした。持てる物だけ抱えて逃げるんだ!」


 人間たちは恐ろしい。切れ味の良い剣、火を放ち氷を飛ばす杖を持ってモンスターを駆逐する。彼らに傷を負わせても、すぐに聖なる力で回復させてしまう。たまに返り討ちにしても、しばらくすると変わらず攻め込んできて、それ毎に強くなっていく。多様な装備、多様な道具を駆使する彼ら人間に、モンスターが善戦するのは戦端の最初のみだ。


 ここグロッソの洞窟は精鋭たるモンスターは住んでいない。世界の辺境であるためで、血統や出来が良い怪物らはモンスター世界の首都を目指して出て行ってしまう。過疎化が進んでいるのだ。よって豊かな拠点では全くなく、怪物らは細々と生活をしていた。



 ある時、この洞窟で金が掘り当てられた。地元の一怪物、リモスによって。


 リモスの体は粘液で構成されており、弱体である。だが疲れ知らずの採掘工として勤労に精励した結果、掘り当て精錬した金を洞窟の長に収める事で一定の社会的成功を勝ち得ていた。勤労精神を持つ怪物の小さな幸せがそこにはあったのだが、ある時洞窟に侵入してきた人間達により金のほとんどを奪われる事態が起こる。彼は弱体故に、前線には出張らないため、命だけは助かった。これが、人間勢によるグロッソ洞窟への一度目の侵入である。


 しかし、リモスはあきらめなかった。経済規模の微弱な洞窟内の生活では、金を奪われたとて、それが経済的破綻、すなわち破産にはつながらないため再起する気持ちが重要になったのだが、洞窟の深い階層までさらに採掘を進めて金を発見し、再度一財産を築く。洞窟の長に金を納めて行動の自由を買い、新たに掘り進めた空間を居住区として設え、暇こいている怪物衆に金を与えて軽作業に従事させるため定住を強制し、輩たちを警備員として揃えて防衛体制を構築する。組織力には富んでいたらしいリモスに、洞窟の輩衆は尋ねて曰く、


「お前は何のためにこんな七面倒な事をするのかね」


 リモス、軽蔑の眼でそれに応えて曰く、


「今度こそ安心して日々の勤労生活を送るためだ。これがボクの生活なのだ。深くに居住区を造ったのも、あの何もしない上司に賄賂を贈るのも、お前たちのようなどうしようもない怠惰なクズどもに暇つぶしさせてやるのも、全てその生活を守る為だ。文句あるか」


 首をすくめて去っていく輩を無視して、金の採掘を続けるリモスの考えでは、これで人間対策は万全のはずであった、その矢先の人間の侵入である。


 数多くの同胞が討たれ、頼みの警備員も逃げ出したため、かなりの金を奪われてしまった。だが、勇気ある怪物衆のささやかな抵抗により、侵入者たちに僅かな打撃を与える事には成功したのだ。それにより人間を討ち取ることは出来なかったが、彼らを撤退させる事には成功した。それに今回、幸運にも全財産を奪われたわけではなかったため、引き続き防衛体制の強化をリモスは決意できた。このグロッソ洞窟は、弱体な粘液体怪物である彼が成功できる、数少ない貴重な土地だ。ザコであったとしても、生きとし生けるものの誇りにかけて、侵入者達に財産を奪われる続けるわけにはいかないのだ。


 しかしなぜ、人間は金を奪うのか。聞けば、


「人間たちも我々と同様、金で物事の決裁をしているそうだ」

「連中は銀が大好きだとばかり思っていたが」

「我らには信じがたいように銀も求めているが、金はそれよりも価値が高い。奴らの世界でも、貴重な物らしいのだ」


 であれば、金の採掘を続けることで、彼らの侵入も継続される可能性があるという事だ。地元の弱々しい怪物たちは採掘を見合わせるよう、何度もリモスを泣き落したり脅したりした。このような時のためにリモスは洞窟長への献金を続けてきたのだが、この時それが活きた。洞窟長インポスト氏曰く、


「もう献金できないだと、何故?住民達が辞めろと言うから?よろしい、凡夫共へは私から良く言って聞かせよう。だからお前もこれまで以上に良く精励するように。また、この件では別に一包み私の家の蔵へ納めるように。嫌とは言うまいね」


 この有力怪物の支持を背景に、採掘中止を求める哀願と脅しを敢然と拒絶したリモスは、さらに洞窟の奥深くへと掘り進んでいく。それに従い、リモスの居住区は、一般の怪物たちの居住区から離れた場所に作られていく。ここで一人孤独に、彼は財産防衛策に考えを巡らせる。


 まず、前回の反省からだ。リモスは警備員について考える。多少の壁にはなるものの、いざという時に逃げ出してしまったその実績からも洞窟の怪物衆から編成しては役に立たない連中、と判断するのが妥当となる。よく考えてみれば当然で、閑なおっちゃんモンスターたちが、何のために命がけで働いたりするだろうか。命惜しさに任務を投げ出すのが情というもの。では、警備の「兵」でなくてはならないだろう。しかし、洞窟長は「兵」の配置となると難色を示す。些かでも彼の公的な地位を脅かす恐れのあるものは容認できないのである。氏は相談に来たリモスに背を向けて曰く、


「凡夫よ、良く聞くが良いが、人間たちはもう攻めてこないかもしれない。一度目こそ冒険で、二度目は忘れ物でも取りにでもきたのではないかな。きっと三度目は無い。であれば敢えてやらずとも良いのではないかな」


 魔王からこの洞窟の統治を受け持つこの鬼の怪物の事なかれ主義は、この地へ左遷されて長い悔しさから発しているのだと、洞窟に住む怪物は誰もが知っている。そしていかなる行政的改革にも無関心な相手に対して有効なのは、いつの世も賄賂であることも、この洞窟では誰もが知っていた。リモスは意を決して前に進み出る。


「閣下、私は近いうちにまた新しい金鉱の採掘を開始するつもりです。つきましては、その収益の半分をあなたに納めることを誓います」


 すると洞窟長は笑顔で振り返り、今回は特別に、として怪物十体を上限に募兵を許可してくれたのだ。その場で許可書類も交付してくれた。ただし、


「凡夫め」


の捨て台詞とともに。


 許可書類には、『募兵する怪物は洞窟外部の者に限り、期限が来たら解雇する事』、という条件が付いていたが、これでも一歩前進であった。リモスは書類を得ると急ぎ洞窟を出て募兵の段取りの為に動き出す。洞窟から七里の距離にある魔女の住む森へ向かい、屈強な兵の召喚を依頼する。惨めな粘液体であるリモスを一瞥した老嬢は、けんもほろろに依頼を断る。


「今はどこでも怪手不足。はした金では誰だって来てくれないよ。まして、あんたみたいな粘液小僧のしけた金ではどうにもなるまいて」


 だが、リモスは勤労精神による経済的成功者でもあった。老人のせせら笑いを無視し、誇り高く袋の中身を机にぶちまける。溢れる多量の金の塊を見て卑しく鼻を鳴らした魔女は、すぐさま召喚対象の一覧表を見せてくれたが、依頼者はそれを退け、魔女の老いた瞳を見つめたまま、堂々たる気概を胸に宣言した。


「人間たちから洞窟の治安を守るために適した才能を持つ者十体を、七日以内にグロッソ洞窟へ送り込んでほしい。怪選は貴女に一任する。金の不足が発生するようであれば、おっしゃっていただいて結構だ。見合った差額を支払うだろう」


 すっかり上機嫌の良い魔女より、よござんす約束の日を待ちなさい、と言われたリモスは、胸を張ったまま魔女の森を出た。道中、周囲を見ながら考える。そして観察を試みたのだ。


 新緑の中、洞窟に近い道のあちこちで人間たちの姿を見かける。彼らは集団で行動し、仲間内で会話を絶やさない。そして武具の携帯も。この体制構築で侵略者を撃退したとて、侵攻はいつまで続くのだろうか。人間と怪物の能力の違いに、抗えるのだろうか。思えばグロッソ洞窟の近くにも人間たちの都市がある。変化を望まぬ洞窟長インポスト氏の手腕で、あの小さな集落を守り切れるだろうか。


 魔女との新規取引によりリモスの帳簿に、前払金の項目が追加された。洞窟の輩たちは言う。


「いっちゃあなんだが、きっと高い買い物になるぜ。あの婆さん信用できるかね」


 しかし、この辺境では他に兵を集める手段が無いのだ。三度、労働に汗するリモスはその間、勤労の先にある己の未来を夢見て、幸福だった。


 リモスは小食であるし酒も飲まない、今は女遊びをする心の余裕もないから、金はどんどん溜っていく。洞窟に住む他の連中は、これを間抜けな顔で眺めているが、リモスはある事を確信していた。どのような世界、社会でも勤労こそが成功の糧であると。この洞窟で労働に勤しむのは己のみ、これに気付いている自身は特別な存在なのだ、と。他の怪物は、たまに人間の襲撃に成功し奪った食料や酒に舌鼓を打つだけ。そんな日々は、いつまでも続くはずがないのに。



 そして約束の日、魔女が召喚したという兵隊がやってきた。が、その質の悪さと言えばリモスを絶望させるに十分だった。隊長は、傲慢に威張り散らすだけで、腕細く青白い若輩で、警備に関する知識もなく、リモスをがっかりさせた。聞けば、魔女の甥っ子だという。他の九体について種族も装備もバラバラ、強盗強奪の経験ならあっても本格的な実戦経験は持たない怪物であった。


「こんなガキどもではまだ、警備『員』の方が、その仲の良さから連携できたかもしれんね」


 リモスにクビを言い渡されていた元警備『員』たちが言いふらした陰口を聞きながらも、雇用してしまった以上この警備兵を用いるしかない、とリモスは意を決する。森の魔女に依頼したことをちょっぴり後悔しながら、帳簿の前払金を警備費へ振り替える。警備兵のリーダーを気取る魔女の甥っ子に防衛指揮を任せて、リモス自身は倉庫整理に取り掛かった。警備兵らがリモスの金庫を見て、不敵な笑みを浮かべたからだ。それが終わらぬ間、ある日突然、人間による三度目の侵攻が始まった。


「三度目の侵攻だぞ。これはもう間違いなく、奴らリモスの金を狙いに来ているな」


 人間の今回のパーティは、「黒髪」、「ハゲ」、「釣り目」、「三つ編み」の四人である。戦いが始まる。彼ら人間の徒党は強く、武器を振って当たるを幸い、怪物たちをなぎ倒していく。弱体なリモスは決して戦わない。逃走を繰り広げながら観察するのだ。それで分かったことがあり、人間たちには役割と言うものがある。黒髪は不動のリーダーで堂々とし、指示を出している。身なりの良いハゲた戦士は切り込み役で、恐らく一番腕が立つ。これまた身なりの整った釣り目の僧侶は退路を確保し支援に専念。そして薄汚れた三つ編みの武闘家が遊撃的に行動する。黒髪とハゲの武器は長剣、釣り目はこん棒を持ち、三つ編みは徒手空拳で戦う。傍から見ても連携が良く、洞窟の怪物たちとは士気の差もあり、怪物衆はたちまちのうちに追い散らされた。


 怪物たちの居住区をひとしきり荒らしまわった人間たちは、リモスの新たな坑道へ立ち寄らんとする。


「こんな場所、前に来たときは無かったはずだがなあ」

「そう言えば、前回も、前々回とは間取りが異なっていた気がしたぜ」

「不思議な洞窟だな」


とか言いながら侵入。四体は最奥に広がるリモスの金庫、つまり彼らにとっての宝箱を前に喜色満面、全ての箱を陽気にこじ開けていった。一番純度の高い金は鍵をかけた箱に収納していたが、ハゲた戦士が力任せに剣を振って破ってしまった。金碧輝煌たる輝きを前に大喜びの人間達の様を物陰から見ながら、稚拙な鍵を付けたことで満足した自身を、リモスは嘆くほかない。


 さて、この期に及んで、リモスの警備兵らがやってくる。が、人間たちが奪った金を取り戻すより、それをむしろ我が物にしようと襲い掛かる十体の怪物たちだ。人間四体の連携の前に、彼らは全く良い所が無く敗退する。魔女の甥は命からがら逃走に成功した。警備兵はなんの役にも立つことが無かった。


 人間たちは満足げに、金を積んだ袋を担いで、引き上げていった。略奪の跡地で呆然と立ち尽くすリモスに、生き残った怪物たちは声をかけるのも躊躇った。焦燥しきったその目に映るのは、人間がうっかり見落とした金庫一つだけ。我が家に帰ったリモスは奇跡の金庫を抱きしめて、眠った。心底打ちひしがれてしまったのだ。


 怪物たちはみな彼を気の毒がった。彼の蓄財のせいで人間が攻めてきた、という心中の感情も強かったが、その事を咎めるものすらいない。むしろ、怪物衆を守るになんの役にも立たない洞窟長への隠然たる批判が高まっていった。これほどの被害があっても、インポスト氏は全く知らないふりをしているだけであったから。


 唖然愁全呆然自失たるリモスは、洞窟から三里の場所にある谷底の川辺へ向かう。そこは昼もなお暗く湿った寂れ谷だが、ここは地元の妖精たちの住処であり、怪物であっても彼女らは金次第でいくらでも話を聞いてくれる。なじみの妖精女を見つけると、耐えきれなくなったリモスはその胸の中に泣き崩れた。彼女は、リモスの持つ金が詰まった袋の中身を横目で確認してから、泣きじゃくる彼の粘液を撫でて慰めてやった。

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