第2話 四度目の侵攻
労働の結果である財産の大半を失ったリモスは、脆弱かつ哀れな被害者として洞窟長の邸宅を訪れ、損害の報告と略奪防止策の実施を陳情するも、
「どけ!凡夫め」
と一蹴されてしまった。これが洞窟長の為す事か、と嘆くリモスであったが、賂がなければ、インポスト氏にとってリモスは相手にする価値はないというのが実際である。包みを持っていなければ会う必要はないと言わんばかり、翌日再びやってきたリモスへ門番曰く、
「かえれ!」
しかし、奪われ続けるわけにもいかないのだ。リモスは孤独に考え込む。一見すると、敗北によりリモスは全てを失ったかのように見えたのだが、ふと身の回りを見渡せば、三度に渡る敗北で得た物もあったのだ。それは洞窟に住む一部層からの怪望。身を守る手段を持たない輩、リモスから軽作業を請け負っていた輩、そもそもが弱体な輩、そして魔女派遣の敗残兵達。彼らの数は二十体を超える程度で、何かをするにはまだ少なすぎる。リモス自身、この連中の支持を自覚はしていても、当てにすることはできなかった。怪物の名折れの極みだが、みな訓練された人間よりは弱いのだから。また人間よりは強いともっぱらの洞窟長も、破産寸前のリモスとの面会を却下し続けていたため、このままでは打つ手が無かった。
困難を打開する策も思い浮かばず、気も乗らないので労働も止め、寂れ谷の妖精女の柔肌に慰めを見出していたリモス。ある時、妖精女曰く、
「人間がそんなに金を探しているのなら、据え付けの箱に金を入れて鍵をかけちゃえば?」
「もうやったがダメだった。こじ開けられてしまったよ」
「なら、罠をしかけたらどう?」
これは発想の転換だった。
「罠か。そう、そうとも、金は引き続き箱に保管しよう。そして、しっかりと頑丈な施錠と罠を施そう。そうすれば、敗北を重ねても、一定の財産だけは守り抜ける。そもそも、財産を守る事が主目的だった。思い出したが、侵略者に勝つ事ではなかったのだ。ボクのような弱体な存在が人間に打ち勝つ事を考えること自体が、答えの出ない迷走への入口だったのだ。弱ければ弱いなりに策を弄して、財産を保持するのだ。働く場所と住む場所。この二つがあれば、ボクは十分なのだ。それを君が気づかせてくれたとは。ありがとう、君のおかげで何もかもうまくいきそうだ」
妖精女はリモスの水面をなぞり微笑んだ。
洞窟に戻ったリモスは、再び精力的に金を掘り始める。その上で、改めて地面や壁を穿ち、金を収めてしっかりと蓋をして、当座の鍵を取り付けた。新たな鍵の取り付けは、同じ洞窟に住む鉄人形に特注する。体が鉄によってできているだけに硬さが自慢の怪物鉄人形は、全く硬さが無いリモスを心中で軽蔑していたが、何度敗北しても挫けずに防衛策を考えるこの粘液小僧に敬意を持ち始めていた怪民の一体でもあった。岩石を食べる事によって、岩に含まれる微小な鉄を体内で濃縮、精錬できるこの輩は、あっという間に特別な錠前を設えた。無論、少なくない金との交換だ。
「お前が前に使っていた錠前と比べ、硬度では圧倒的に上だ。剣で叩くぐらいでは壊れない。全部異なる鍵のパターンにしてある。マスターキーは一つだけしかないから、お前に渡しておく。これで取引は完了、健闘をいのる」
あとは罠だ。錠を壊され開けられた場合にしか効果を発揮できないが、試験的に金庫の一つに怪物を潜ませることにする。洞窟内で最も素行と性格が悪い嫌われ者の怪物で、ある意味、金庫内に監置されるようなものだ。これについては周りの怪物衆が積極的に協力してくれたため、費用はタダで済んだ。金庫から怨嗟の声が聞こえる。
「貴様らなんてことしやがる。ここが開いて最初に目を付けた奴はただではおかねえ、覚悟しろ」
さあ準備は整った。今回は特別な警備兵のいない防衛だ。ある時、森の魔女より格安で兵を送る旨、営業の手紙が来たが、リモスは無視する事にした。先の敗残兵たちは、卑屈な笑顔を浮かべて洞窟の住民として落ち着いていたが、彼らに出動せよと強いる気持ちは、リモスには無くなっていた。
そして、人間による四回目の侵入が始まった。面子は、「黒髪」、「ハゲ」、「釣り目」、「三つ編み」の四体、前回と同じだ。
人間たちは前回の経験からだろう、洞窟に侵入を果たして後、突き当りを左に進む。すなわち、いきなりリモスの坑道へ侵入したのだ。今回は、リモスの強奪対策は万全であったから、彼らは鍵のかかった宝箱を簡単にこじ開けることはできなかった。三つ編みが蹴とばしたり、ハゲが剣を振り下ろしたりするも、眼前の宝に手が届かず、あきらめざるを得ないようで、物陰から様子を見ていたリモスは無言の快哉を叫んだ。が、ここで思わぬ方向へ事態は向かう。
不機嫌になった彼らはその矛先を宝箱から洞窟内に住む怪物に変え、彼らを殺しその金品を奪う方針に定め直した。この洞窟に棲む怪物はそれほど強くないので、歴戦の人間らには歯が立たない。特に、長剣を振うハゲ頭の戦士が圧倒的に強い。洞窟内で遭遇すれば戦うしかないが、勝ち目がない以上、怪物たちは命からがら逃げだすしかない。追い立てられた避難民はリモスが掘った複雑に入り組んだ坑道へ逃げ込もうと必死だ。
「人間どもは二手に分かれたようだ」
この洞窟には行き止まらない道もある。明らかに挟み撃ちの戦術だ。
「黒髪とハゲ、釣り目と三つ編みの組み合わせだ。洞窟長様はどうした」
「もう避難されたらしい。我らも続こう」
逃げ遅れた怪物たちは、比較的弱い釣り目と三つ編みの組の攻撃を潜り抜けて行く。だがこれは罠で、さらに二手に分かれていたハゲが反転攻勢にでて、長剣を振って怪物たちの息の根を次々に止めて行った。死体が転がっていく。
「釣り目と三つ編みも戻ってきた、このままでは挟み撃ちだ!」
「おい、今回はまずいぞ。奴らめ、我らを皆殺しにするつもりか」
「奴らが満足して去るまで逃げ切るしかない。皆の衆、幸運を祈る」
各怪、洞窟内を散っていった。そして悲鳴と血しぶきの乱舞が続く。
半時後、ひとしきり懐と破壊欲を満足させた人間たちは撤退に入った。本来であれば追撃する機会でもあるが、傷ついた怪物たちにそのような力は無いように思われた。死屍累々、血しぶきに彩られた壁を背景に、最初に最も怪物を狩った黒髪とハゲが休息を求めて洞窟を出る。手拭いで汗をぬぐいつつ、笑顔で談笑しながら去っていくその姿に、やるせなさを感じる生き残りたち。釣り目と三つ編みは狩り残しが無いか、再び洞窟内に戻ってきていた。そこに、前に警備員を務め、見事逃げ出していた老いた怪物が一体、何を思ったのか、仕事を終えた気になっていた三つ編みの背中に向かって突進した。
人間も怪物たちも、誰も気づかぬ間に、老怪物の爪が武闘家の背中に深々と突き刺さった。当たり所も良くその心臓を貫いたようだった。異常に気付き駆けつけた釣り目がこん棒を振ったため、老怪物は追い払われたが、三つ編みは力なく崩れ落ちた。老いた怪物は思わぬ成功に嬉し恥かし笑いをへらへらかましながら逃げて行った。釣り目の僧侶は仲間の傍らに膝をついて、
「しっかりせよ」
と地に突っ伏した三つ編みを抱き抱え、なにやら回復の文言を唱える。だがどうやら甲斐なく、その腕の中で三つ編みは息を引き取った。重い沈黙が辺りを支配する。息をひそめていた怪物たちは、今ならもう一矢報いる事ができるか、とじりじり近づいていく。が、釣り目はそれを意に介さず、見る輩全員が驚くべき行為にでた。
まず死んだ三つ編みの持ち物を漁りはじめ、金、武具、使える物を自らの袋に入れて行き、遂には三つ編みのリボンまで奪っていった。怪物たちにはわかった。これは遺品回収ではなく、強奪だと。怪物たちだって行き倒れた人間相手に行う事が良くあるから、それと全く同じ行動は良く判るのだ。
しばらくして全ての回収を終えると、釣り目はなにやら神を讃える仕草で簡素な儀式をした後、三つ編みの死体をその場に捨て、そのまま洞窟を出て行った。先に洞窟を出た黒髪やハゲは戻らない。死体のほどけた三つ編みが外から吹く風を受け、悲しげに揺れているのを見て、リモスの胸はそのあまりの痛ましい情景に疼きを感じた。
「仁義亡き人間の世界もまた、厳しい」
無常感に浸っていたリモスに、怪物衆が近づいてくる。彼らは一様に笑顔を向け、口々に防衛成功を祝福してきた。その口調、表情から阿諛の感情が全く含まれていないわけではないが、弱き怪物達で人間の戦士たちに一矢報いた幸運を、素直に祝福してくれているようでもあった。思わぬ成功にリモスは胸のときめきを熱く感じるのであった。
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