第25話 宣戦演説

「議会議長、議員諸君、募兵官、そして集まった市民諸君。私、黒髪が今日、諸君をここに招集したのは、偉大な議場にいる伝統的議員らの前で演説を行うためだけではなく、この都市を巡る運命について全市民に率直に語りかけるためです。今聞いている多くのエローエ市民にとって、昨今の怪物の動き並びにそれに付随する経済状況は希望と不安を伴い懸念として直面しているものです。もし、各市民本人がこの混乱の影響を受けていないとしても、友人や隣人、家族の一員、あなたの周囲の誰かが影響を受けていることでしょう。わたしたちの生活が岐路にあることは、その動向を調べ聞かなくても既に分かっているはず。なぜなら、あなたがたが日々直面していることだからです。あなたが危険への恐れを胸に抱え、眠れぬ夜を過ごしている、その元凶だ。家族に囲まれて豊かな老後を過ごそうと思っていたのに、失ってしまった未来。夢に彩られた一生は今、かろうじて指一本で維持されている。あなたの子どもは、都市外の農作業や交易業務の後、棺桶に曳かれて帰宅せざるを得なかった。この死の衝撃は本物であり、あらゆる時と場所にあるのです。

 我々は都市の勢いが衰退したかもしれないと運命に対峙する自信が揺らぎ、極めて困難で不確かな時代の到来に歯を食いしばって生きている。だが今日、すべてのエローエ市民に理解して頂きたいことがあります。

 我々は祖国エローエの勢いと敵の存在を信じ、理解し、強力な都市として人類社会の模範として名乗りを上げねばならないということ。

 敵が目前に至った深刻さが、この都市の命数を直ちに決めるわけではない。都市の直面する問題への解答は、我ら市民の手の届くところにあるのです、それも明快な形で。我々の市場や城壁、軍隊、農場や工場、市民の創意や勤勉な精神の誇りの中にこそ、その答えは存在するのです。それは敵に向かい、勝利すること。エローエ市民が人類史上最も偉大で進歩的な仕事へと取り掛かりえる資質に我々は不足していないことは先の独立を取り戻した戦いに勝利したことからも明らかです。持てる力を合わせ、人類が直面する難題に大胆に立ち向かい、未来に対する責任を引き受け栄光と共に歩む事こそが、今、我々に求められているのです。

 先ほど、エローエ市に魔の輩からの攻撃が加えられました。その怪物は、市の要職にある人々の命を狙い、その強力な能力を持って襲い掛かってきました。悲しむべきことに、我らの決めた遠征に賛同して協力をするために他国から来た聖職者の尊い八つの命が失われました。しかし、先の戦いでも活躍した我が都市の精強なる軍隊の力によって、その怪物を打ち倒し、ここにごらんの如く顕す事ができたのです。魔王は常に人類に対して恐怖を持って服従を強いてきました。テロリズムは常に我々の結束を破り、栄光に泥を塗る事を目的に行われる。だが人類は常に恐怖に打ち勝ってきたことを、我々は思い起こすべきです。

 もし人類世界が、人類世界自身に対して正直であると仮定して、我々は人として責任ある指導者として、そして市民として、あまりにも長期間にわたり恐怖から目を背け、人類世界を守るという大いなる責任を果たしてこなかったことを認めるしかありません。私がこんなことを言うのは、誰かを非難したり、後ろを振り返るためではありません。現在の状況にどのように立ち至ったかを理解し、時に想像して、断固とした対処を行うことでのみ、現実を打破する道を開く事ができるのです。

 我々の世界は一夜にして危機に陥ったわけではありません。問題の全てが魔王の登場とともに始まったわけでもありません。人類は、日々の安全は新たな秩序を創り出す事ができるかどうかにかかっているということを何十年も前から知っていたはず。にも関わらず、我々は以前にも増して多量のいがみ合いを行っている。人間世界における国と国との争いは毎年経済と出資の機会を破壊する一方だ。我々の子孫らは拡大する経済の中で、成功を求めて競争することになるでしょうが、であればこそ、親たる現在の世代が断固とした責任を果たすべきなのです。それは、すなわち怪物を討つこと。他方、そのための備えができていない国々があまりにも多いのも事実です。これら問題が解決されていないからこそ、我々は相変わらず個人への保障、そして都市への保障のため出費を増やし、仮初の城塞に安住できるのです。

 言い換えれば、これまで私たちが生きてきた時代は、長期的な繁栄よりも目先の利益が称賛されてきたのです。我々は今の食事、今の取引、あるいは今の季節のことばかりを考え、その先の未来を無視していた。金は今日の事にのみ用いられ、それが今日の安寧への口実となり、将来に向けた備えはしなかった。手っ取り早く利益をむさぼるために、好機は見逃され、健全な挑戦精神は失われてきたのです。商店や交易業者は低質な金融を繰り返し、市民は買えるはずがないと諦め、昨日よりも安い物の購入に走り、景気は沈滞しました。本来欠かせない議論や困難な決断は、先延ばしにされてきたのです。

 しかし、市民諸君。この怪物の首を見てほしい。それだけでは、現在に安住するだけでは、我々の明日どころか今日ですら守れず、いや過去の栄光や我々の根源すら脅かされてしまうということを、この怪物の首から感じ取ってほしい。

 そう、諸君らの胸に去来した想いは同じだ。もはや決算の日は迫っている。過去からの嘆願によって現在ここに在った我らの未来への責任を引き受ける時に至ったのだと。

 人類社会を再生させるためだけではなく、継続する安全と平和の基礎を築くために、今こそ大胆かつ賢明に行動する時です。我々は、魔王の都直撃という厳しいが効果的な決定に至ったところです。それでも秩序を創出し、繁栄を現出させ、市民に富を与える原動力たる勝利についてさらに議論を重ねるべきでしょう。それを今、諸君にお話ししたいのです……」


 市庁舎にて黒衣の監察官の首を傍らに、三十分近く市民に語り続けた勇者の演説の、これは要点である。それは、勇者が市民に対して告げた魔王の都へ遠征する表向きの理由でもあった。彼は率直に世界の危機を訴え、エローエ市民こそ先頭に立って世界を指揮するべし、と人々を鼓舞する。経済的な利権を獲得する事にも全く触れていないわけではないから、彼自身の野心が述べられていなくとも、この演説は嘘の混じらぬ世界の現実であったと見做してよいだろう。


 演説の評判は上々であった。市民たちは勇者黒髪のその清廉かつ勇敢な人柄を改めて確認し、怪物のテロを許した事や、八名の僧侶が犠牲になった事について、勇者の責任を問うたりはしなかったのだ。演説の効果はあったというべきだろう。


 後日、今や盟友となっている東洋人から、世界の防衛を約束しなければならないとは勇者はなんとも辛い立場にある、と指摘された時に黒髪曰く、


「守る、というのは時に先制攻撃も含まれる奥の深い言葉だと私は思う」

「自分の財産と機会以外は守る対象が希薄な私のような傭兵には、とんだ偽善のようにしか聞こえませんが」

「君は、守る、という言葉や行動が好きではないようだね。私もこの言葉が口先だけのエセ奉仕に終わった結果を何度も見ているから君の意見には同意するが、攻撃的な守り、やられる前にやる、という含意であれば、今のエローエ市民の好戦性に適うとヤマを踏んでいる。だからこそのあの演説だと思ってくれ」


 テロの及ぼす危険を跳ねのけた勇者黒髪出発の時が近づいている。

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