第66話 作戦会議

 都市を支配する東洋人と合意を結んだことによって、ホームベースたるグロッソ洞窟の安全を確保したトカゲ軍人は上機嫌である。次にこの怪物が望むものは確固たる名声である。そのための照準を河向こうの王国に定めるのは必然であっただろう。辺境にある洞窟から比較的に近く、名声の大きい国であるからだ。集団のリーダーであるトカゲ軍人は、魔少女、異形、モグラ、リモスへ王国への進撃を厳かに伝えるとともに、基本戦略を語る。なお、今並べたメンバーの順番は、トカゲ軍人の中での仲間への重要度に比例する。


「我輩がこの洞窟を本拠地に定める以上、この王国とはその内に渡り合う事になる。位置的にも、その存在的にも避けられないはず。嫗の情報によると、この王国は最近内乱を収拾したばかりだという。これは間違いなく狙い目だ。新しい女王の下に結束しているといえ、内乱を通過した以上、戦力は減退しているのだから」


 戦いに乗り気の様子の異形が、主君に質問を投げかける。


「先の人間の侵略を撃退した事で、閣下の名声が高まっています。怪物の群れを集合させて、一挙に攻め立てる事になりますか」

「もちろんだ。だが、戦争も戦闘も、意外な策を準備してこそ、必勝が近く成るというもの。あの国の都は複数の丘とその間に連ねた城壁から成り立っている。防衛力は都市エローエの比ではないだろう。しかしその分、都内部の面積が広い。ここまで言えば、我輩が何を考えているか、わかるな」


 その言葉を投げかけられたのは俺だ、と感じたモグラの怪物は頷いた。


「すでに当たりを付けてあります。そして、あのあたりに住む同胞どもはすでに閣下の威光にひれ伏しています。私が指揮をとって、開始から二、三日で閣下が通過できるだけの穴が完成します」


 トカゲ軍人の命令で穴掘りばかりさせられているモグラの怪物は、そのためかマッチョな肉体をもつ立派な怪物に変貌しつつある。


「出口の場所の選定は、どこにしたのだ」

「東洋人が伝えて来たデブの商人はあの王国出身者であったということです。彼の持ち物であった倉庫が、都中心に比較的近い場所に打ち捨てられたまま残っています。そこから宮殿まで、全力で走り抜ければ三十分程の距離です」


 トカゲ軍人笑いつつ曰く、


「我輩ならその半分で到達してくれよう。造作もないことだ」


 ドアをノックする音の後、乾燥人間が入って来た。普段は食料倉庫にいるこの人物が外に出ることは稀である。皮膚は咲け、仄かな流血が止まらない彼の入室とともに、部屋に血の匂いが立ち込めるが、それを気にもとめずトカゲ軍人は報告を求める。


「よく来た。例の件はどうだったかな」


 乾燥人間は、落屑を撒き散らしながら嬉しげに語る。


「千体程の怪物衆が一月程野営する分、十分に蓄えてあります。それを実施しても、洞窟内の食料維持に支障はでません」

「結構、荷出しの準備をお前が中心になって進めろ。ゴチャゴチャ抜かす奴には我輩の名を伝えればよい」


 乾燥人間は集団に貢献できる感動の余り、大げさにもみえる敬礼をして退出した。


「それにしても」


と、異形の怪物が口を開く。


「先の人間どもの侵入でコウモリ達が皆殺しにあったのは痛いですな。閣下の名声は轟いているとはいえ、それを素早く他の地域に伝える役がいない」

「たまにカラスどもを見かけるが、奴らはどうだろう。ほら人間の骨が大好きな」

「カラスの怪物たちは夜行性ではありません。また弱体です。昼に活動をすれば、人間に見つかり倒される可能性が。現状、適当な怪物はおりません」

「しかし情報は大切だぞ。それ一つで判断が狂うこともある。今はモグラに頼るしかあるまいが負担が大きくなるな」


 その言葉を聞いたモグラの怪物は筋肉を細かく動かしながら曰く、


「お任せください閣下。地下は昼夜を問いませんし、我らはどこにでも棲みつくものどもです」


 魔少女が対策が必要に成るだろう情報を述べ始める。


「盟約なった東洋人から様々な情報の提供を受けました。気になる情報として、この王国では勇者黒髪の右腕であった軍人が国軍の責任者となっているそうです。彼は黒髪の仲間になる前、モストリアで奴隷戦士であったという噂です」

「勇者黒髪の右腕か。であれば、勇者より強くはあるまい。そいつは我輩が撃破しよう。他にはどうかね」


 トカゲ軍人は、魔少女には相変わらず口調が柔らかく、娘に話しかける父親のようである。魔少女もその優しさを受けて明るい口調で話しを続ける。


「提供された情報も重要ですが、都市の東洋人という男、すれっからしの人物だという評判です。閣下が王国を攻めている間に、洞窟に押し寄せてくる可能性を考慮するべきでしょう」

「当然だな。我輩がいなければ人間どもの攻勢には対処できまい。ここは、奴らが城壁の外に出てこれないように、それでいて東洋人との約束を違えないようにしよう」


 異形の怪物が杖の石突きで床を叩いた。


「陽動ですな」

「その通り。段取りはお前に任せるが、いいかね」


 魔少女は頷いた。議題は続く。


「情報によると、王国の女王は勇者黒髪の正妻であるという事ですが、彼女は庶流の生まれであるという事です。これを覆そうと嫡流の王族がいろいろと画策しているようで、城壁に沿って立つ砦に幽閉されている前の王との接触がある。これを知らぬ王国の民はいないそうです。占拠なった後、王国の統治をどのように進めるか。その判断の材料になるかもしれません。かつての魔術師とんがりのような人物の人選を進めますか」

「我らの手にかかって統治者となっても長続きしないだろう。だが今の女王が勇者の正妻であった以上、我輩への恨みを強くしているはずだ。たぶん、その女王は勇者を殺した吾輩の存在を知っていると思う。ん?知っとるよね」

「はい。都市エローエで敢えて殺さなかった兵は、王国へ入りましたから、間違いなく」

「ならば、殺すしかない。が、我輩の手でそれをすれば、人間の民衆どもが黙ってはいないだろう。ここも策を練ろう。それには金が必要だな。粘液体よ、金鉱の様子は相変わらずか。急に枯渇したりはしないだろうな」


 ようやく話を振られたリモスは嬉し気に肯くのみである。


「よろしい。前にラが人間世界へ為し得た如く、金銀は人間を操り惑わす重要な小道具、エサとなる。お前がかつてとんがりに資金を提供していたように、我ら怪物が人間を扶持してやる必要があるのだ」


 そう言うと、トカゲ軍人は笑いを堪えられずに、破顔した。


「怪物が人間を養う、というのも不思議なものだ。不思議というよりも、不自然とするべきかな。我輩の記憶にある限り、怪物世界はずっと劣勢であったから、そう思えるのかもしれない。が、家畜を飼うようなものとはならない事には注意しなければ。連中が結束して歯向かってくれば、負けることもあり得るのだから」


 その話を聞いて思い出した異形曰く、


「人間の難民の多くは洞窟で死に、都市城壁前で死に、ほとんどが息たえましたが、生き残った者やあらたに残留する者が確認されています。我々が出資をすることで、この者たちを都市への備えにする、という案がありますが……金は掛かります」

「面白い。やってくれ」


 いつもの即断である。トカゲ軍人のこの判断の速さは、彼自身の性質に合致しているから良い成果を生んでいる、と魔少女は考えている。今回の事業も、それによって前進するのであれば、圧倒的トップダウンのリーダーであるトカゲ軍人の判断を助けるのが自分の役目でもある、とも。



 魔少女以外は誰も気が付いていないが、議題に入り込めないリモスが不服そうにしている。だがそれも無理はない。トカゲ軍人は戦士である。その彼が戦争を議題にする以上、金策以外でリモスに相談できることなどないのである。魔少女の見るところ、それがリモス自身には判っていないようである。洞窟に来て以来、魔少女にとってリモスはずっと居住をともにしてきた仲間である。精神の苦悩には気づいていたがどうすることもできないでいた。責任重大ね、などと言って慰めるしかない。


 リモスの苦悩は心中の葛藤にある。彼の至上命題は、自身の存在価値を維持してくれる金鉱の維持である。そしてそのための洞窟の秩序維持。そのためにトカゲ軍人を招聘したものの、存在が軽視されることに我慢ができない。そして、グロッソ洞窟は人間の国々へ戦争を仕掛けようとしている。洞窟を守るためにはトカゲ軍人が欠かせない、だが、トカゲ軍人の自身への軽視は耐え難い。


「今になって、インポスト氏が新道区や鉄人形へ敵意を燃やしていた心境がわかる」


 だが、インポスト氏が持っていたような怪脈を、リモスは持っていない。氏のように陰謀を張り巡らせることなどできはしない。


 また、魔少女に慰めの言葉をかけられても、自分は重宝されているくせに、という僻みも加わる。このような感情を制御する術をリモスは知らなかった。と同時にリモス一党の全てはリモスの金の採掘から始まっている、という自負はあった。しかし当面は、トカゲ軍人に従って精勤に汗するしかないリモスであった。

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