第76話 故洞の風景

 戦士ハゲがモストリアで討ち死にした頃、

神官がグロッソ洞窟に向かいつつあった頃、

魔王と魔少女が、グロッソ洞窟へ急ぎ引き返していた頃、リモス一行は目的地のグロッソ洞窟に到着した。


「入り口に警備の連中なんて本当にいないんだな、なんて不用心な」

 ニワトリとワシの怪物が洞窟の入り口をみて本当に驚いたように言う。


「門番立てる意味も意義も少ないのがグロッソ洞窟なんだよ。いいか、洞窟の中に入るのは俺とリモスとニワトリ。ワシは緊急脱出時のため、入り口付近に隠れて待機していろ。何があっても絶対に持ち場を離れるなよ」



 洞窟を進み行く三体。猿曰く、


「かつてより、なんだか雰囲気が少し変わったな」

「そうなのかね、だいぶピリピリしている洞窟だと思うが、リモスの旦那どうだい」


 猿の纏う布地に隠れたリモスのは声だけ出す。


「……トカゲ軍人は怪物達の勝手気ままを多少は躾けているからかな……」


 秩序も力も無かった洞窟が変わりつつある。洞窟をよく知るリモスも猿もそれを肌で感じているが、


「しかしこの感じ、俺が理想とするところでもある」


と猿は感心したように語った。リモスはそれを無視して案内を行う。


「……色黒伝道師は荒廃した第一区に拠点を構えている。このまま進んで右へ……」


 三体は水源の辺りまで進む。ここには鉄人形の死骸とゴブリン軍人の記念碑が置かれており、水を求める怪物達が行き交う回廊になっている。かつてリモスは、この場所で、鉄人形の肩に乗って、道行く住民たちに演説をぶったものだ。その演説を耳にして、都市を攻める部隊に参加したのが、リモスとの最初の関わりだった猿がそんな昔を思い出していると、からみやすそうな怪物衆が話しかけてきた。


「なんだ新参者がまたやってきたのか」

「まあ洞窟は広い。たくさんの新入りがきても住む場所には困らないだろう」

「なんていったって、今や魔王の洞窟だからな」


 彼らはかつての実力者である猿を見ても反応を示さなかったから、リモスや猿から見ればそれこそ新参者たちでもあった。それ故に、一行は安心して情報を収集できる。特に、連中の発言に訝しげな反応を示したリモスは、目立たないよう猿に耳打ちして状況を確認させる。


「前回あった人間の攻撃で住民はだいぶ殺されたって聞いたけど、新しい怪民が多いのかな、空き家が欲しいぜ」


 からみで実は新参の怪物衆曰く、


「それもあるが、新しい金鉱発掘作業がついに始められているんだ。景気がいいのよ」


 猿、勘を聞かして曰く、

「ああ、噂のゴールデン氏という怪物がやっているやつか、スゴイ話だねまったく」


 怪物、それを否定して曰く、


「いやいや違うんだ。粘液体のリモスが金鉱を掘り進んでいたのは昔の話。今はそれを、人間どもがやっているんだ」


 刹那、絶句するリモス。それを察して猿が怪物たちから話を聞きだした。それによると、ゴールデン氏すなわちリモスが戦争捕虜になった後、金欠の兆しが見えてきた洞窟は、帝国は山岳地帯に住む人間たちを連れてきて金鉱発掘と金の精錬の任務を与えていた。


 自分の存在意義を他者に、それも人間に奪われてしまった事を知り、すっかり落ち込んでしまったリモスの拙い案内でさらに洞窟の先へ進む三体。見かねた猿が慰める。


「リモスよ、そんなに落ち込むなよ。人間達がお前ほど巧みに金を掘り出したり精錬できるとは、俺には思えんぜ。当座の処置なんだろうよ」

「……色黒伝道師の住まいはココだ……」


 ふてくされた声で布地の下から指差すリモスに、猿もニワトリもやれやれ、という表情で顔を見合わせた



 荒廃した第一区の管理を任せられていた色黒伝道師は、さらに魔少女に代わってがいこつ作業員の製造、メンテナンスを一手に掌握していたが、その使命をほとんど完璧にこなしていた。ふと気がつけば、この辺りは行き交うがいこつたちばかりである。みな、なにがしかの作業命令を受けてかくかくと、それでいて正確に活動をしていた。


 三体が色黒伝道師の屋敷を覗くと、まさしくがいこつの製造中である。人間の死体に施術を行い、起動確認を行っている。無言であり、特に集中しているためか、主人は来客に気がつかない。猿とニワトリは中に入ると、戸を閉め、出口を塞いだ。


「忙しいところすまないが、話を聞いてもらおうか」


 話しかけられ振り返った色黒伝道師は、猿と面識は無い。が、リモスが顔を出すと、その帰還を喜んでくれた。その様子にリモスは嬉しがったが、猿が話し始めた内容に、色黒伝道師は顔を青くした。


「そんなこと、陛下が許すはずがないぞ」

「今は将来の出世より自分の身の安全について心配した方が良い。とんがりのがいこつ、勇者黒髪のがいこつが何処にあるのか、とっとと教えろよ」

「おいリモス、助けてくれ。それともお前、仲間を裏切ったのか」


 裏切り、と耳にしてリモスが表情を曇らせたのを見た猿は、自身が全面に立ち凄味を演出して色黒が怯えるように語りかける。


「お前、誰と会話しているんだよ。勘違いするようなら殺す。無駄口を叩くな。俺はお前の仲間じゃないから平気で殺すこともできる。リモスの知り合いだから暴力を控えているだけだ。後ろのニワトリを見ろ。こいつは酢を吐くんだ。お前の大切な作品群を台無しにすることも、いつだってできるんだぜ」


 ニワトリの怪物は酢など吐けない。だが、猿の知恵と咄嗟の啖呵に感心して、酢を今にも吐きそうなそぶりをとった。骨の大敵である酢、と聞いてうんざりした色黒伝道師はとりあえず従う事にした。


「だが、勇者黒髪のがいこつは洞窟にはないぞ。あれは魔女が設えたものだが、生前の記憶からも戦いの腕が良かろうと、陛下が前線に連れて行っている。実験というわけだ。だが、とんがりのがいこつなら、自宅にいるはずだ」

「自宅?」

「とんがりの霊廟だよ。リモスが建てたんだろう?そう聞いているよ」


 リモスは生前のとんがりの働きに敬意を示して霊廟を建てている。人間の墓を建てるなど、と住民たちの反発もあったが、強行したのだ。


「そうだったな」


 とんがりのがいこつは霊廟内で静かに座っていた。何をするでもないように見えるが、どうやら何かに祈っているようだった。


「あれはなにやってるんだ」

「たぶん、彼の死んだ子供の平安を祈ってるんだと思う。洞窟にいる時も、いつもそうしてた」


 リモスからそれを聞いた猿は気の毒そうに、


「がいこつになってまでそれをされると、さすがに胸が痛むな。まあこれも縁か、奴の亡き愛児に俺も祈りを捧げてやろう」


 猿が手を胸に当てて黙祷すると、リモスとニワトリもそれに続く。思わず色黒伝道師も同様に。


 すると、とんがりがいこつが一堂を向き、ぎこちなく動き出し、物言わず手を差し出してきた。一同理解に苦しむが、色黒伝道師曰く、


「これは今の黙祷に感謝しているんじゃないかね」

「そのようだな。よし、幸先良いぞ」


 猿、とんがりがいこつの手を取り友好を深めながら曰く、


「おい伝道師、入口の戸に鍵をかけろ。その既設の錠前に、もう一つこの錠前をかませるんだ。これを開けさせる」

「これは鉄人形の錠前、懐かしいな。変わらずマスターキーは僕しか持っていない」


 準備ができると、とんがりがいこつの耳元で色黒伝道師はなにやら呟く。頷いて動き出したとんがりがいこつは踊るように鍵に取り付き、あっという間に錠を解いてしまった。


「おお!素晴らしい」

「これは本物の才能だな。どうだろう、これならモストリアの金庫も開くんじゃないか。リモス、どうだ」

「これ以上良い考えはないからね」


 不思議な顔をした色黒伝道師が質問をする。


「いったいモストリアの金庫とはなんだね」

「つまり前の魔王、いやいや歴代の魔王たちか。連中の金庫の鍵をこいつに開けてもらおうと考えているのさ」


 この話に、色黒伝道師は強い関心を示す。


「これまでの魔王か……私がそれに協力したら、何か報酬をいただけるのかな」


 待ってましたと言わんばかりに、猿はもちろんだとも、と肯定する。


「それならば、その話しに協力しよう。私もモストリアへ付いて行こう」

「勝手に洞窟を留守にして、あんたの恐ろしいお陛下に殺されたりしないのかね」

「依頼された指示はもう終わってる。完了報告は誰か別の輩に頼んでおけば、実家の家族に会いに行くから、とでも言えるさ」

「魔王からもたいそうな金を貰っているんだろ。フイにしていいのか」

「私のような人間は金はもちろんだが、知的好奇心のために働くのだ」


 その言葉を聞いて、一同一様にびっくりする。


「お前、人間なのか」

「そうだよ、知らなかったのか。生まれは平原の部、人間にも怪物にも蛮族と蔑まれている部だ。まあ、人間か怪物かなんて、どうだってよいことさ」

「人間のくせに、怪物の依頼を受けて仕事をしていたのか、大したモンだな」

「しかし人間にしては耳が広すぎる気がする。唇がこんなに厚い人間を、見たことがない」

「リモスよ、それはお前が不勉強なだけさ……」

「まあまあ、快く協力してくれるというなら大歓迎だ。報酬も期待していいだろうし、ここでの地位をモストリアで受けることもできる。俺が約束する」

「では決まりだ。よろしく。あんたが出した手形が、空にならないように、励むとしよう」


 こうして一行は色黒伝道師ととんがりがいこつを回収し、目的を達成した。容易に済んだのはまさしく幸運だった。


「では長居は無用だな……リモス、魔女に会っていくかい」


リモス、首を振って曰く、


「もう歳だから、あまり無理はさせたくない。それに、魔王にはラが付いているんだ。魔女はあの子を実の娘のように可愛がっているのに、無理に誘う事はできないよ」

「わかったよ、人間が掘っている金鉱は確認して行くか」

「いや、余計な事は控えよう。目的は済んだのだから、このままトラブルが起きないうちに帰還したい。それに、人間の金の掘り方は知っている」

「旦那、友人に会って行ったりくらいはしてったらいいよ」


 そう助言したニワトリに対し、リモスは踵を返し、背中で語る。友はいない、と。ニワトリと色黒伝道師には通じなかったが、猿には十分に通じたのだ。


 金鉱を見つけ、金を取り出し、磨く。ただその行為がグロッソ洞窟に革命をもたらし、様々な異才鬼才が洞窟に関わりを持って行った。中には命を落とした輩もいる。猿の考えでは、この無情についてリモスは自覚をしている。それなのに、この粘液体の眼に映る故郷の風景はなんと色彩が無いのだろう。友もなく、数少ない仲間にも会わず、真の立役者は去って行こうとしている。


 孤愁が似合う。しかし、いつまでもそれでは駄目だろう。


 猿には都市エローエを占拠した時に神がかっていたリモスの姿が今でも忘れられない。見ているだけで爽快なあの瞬間にまた遭遇したいもの。あの時のリモスは孤愁とは無縁だった。今と同じく友人など少なかったのに。鉄人形だって真の友人ではなかった。ではなぜだろう。それは、栄光と尊敬に包まれていたからだ。


「それがあれば、お前は立ち直れる」


 猿はそんな事を思いながら、一行を率いて自然に洞窟を出た。緊急逃走役として待機していたワシの怪物と無事に合流して安全をよろこびあい、一行はそのままモストリアへ向かっていった。

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