第105話 境界の彼方で

「よしよし、収まるものが収まるところに嵌ったな。これで洞窟の守りはさらに進展した。それにしても人間どもの動きは不甲斐ないねえ」


 都市エローエが領域リザーディアの傘下に入る事で、本大陸の殆どの地域が魔王の影響下に収まった。揺るぎないこの事実について、人間世界の反応は拍子抜けするほど鈍かったと言える。その為か魔王は調査のため配下にインタビューさせる。曰く、


「無闇に人間が処刑されているわけではないし。むしろ、人間同士の争いが減ったわけだし」

「怪物たちの放縦もそれほど酷くは無い。完全になくなった訳では無いが、前よりはマシかな」

「こんな事を言っていいものか、生活が楽になったよ。妙なインフレが無くなったから、安心して買い物ができる」


 これが、魔王が達成した領域リザーディアの現実であった。



 政治の面でも魔王は穏健であったと言える。支配すべき人間に比して、頭脳が働く怪物衆は少ないのが現実であったから当然かもしれないが、旧河向こうの王国領では神官が、旧山を越えた先の帝国領では異形が、人間社会で言うところの三権の実務上の最高責任者として君臨する事で、人間社会の中間に位置する統治機構が維持されることを、魔王は望んだ。


「その方が楽だろうが」


 早い話が人間たちは、毎日怪物の幹部と顔を合わせる必要が無く、安心したのである。そして、魔王の代理人である神官も異形も、生贄としての人間を要求したりはしなかった。彼らは魔王の指示通り、特権階級である怪物は別とした公正な税制、怪物には決して適応されない明瞭な司法、なるべく人間社会の伝統を保持するが怪物には十分配慮された立法、大別するとこの三つの秩序維持にのみ拘った。


「くたばれ魔王!勇者黒髪万歳!」

「おいおい!聞かれたらまずいぜ……」

「……何も来ない。てっきり怪物どもが飛んでくるかと思ったが、ラッキー」


 幸運でもなんでもなく、公的な場所でなければ、魔王や怪物衆への誹謗中傷も無視されていたのだ。それが魔王の指示であったから。


「はは、我輩らの悪口を言う位の独立は認めてやろう……他愛もない」


 そして、法の執行に至るまで慣習が排除されると、中間層以下の民ほど喜ばしい結果になった。それは先例と伝統に胡座をかいて利を貪って来た貴族豪族から、特権を剥奪することになったためだ。穏健な魔王も、反逆に対しては断固たる武力を振るうことは自明であったから、損害を受けた階級も大人しくせざるを得なかったのである。何より、魔王の統治に抗った二つの王朝、河向こうの王国と山を越えた先の帝国は完全に滅び去ったのだから。人々は額を寄せ合う。


「大人しくするしかあるまいが、それほど悪い世でもないな。だが戦争では稼げなくなった。職を変えねばならん」

「結構なことじゃないか。いい加減、落ち着いたら?」

「しかしね、最後の戦があるらしいぜ。魔王の傘下に無い最後の国、モストリアだよ」


 怪物世界はもちろん、人間世界でもグロッソ洞窟の魔王によるモストリア征服の噂しきりであった。



 魔王は都市エローエを大人しく引き渡してくれた東洋人を客将としてもてなす事を決め、洞窟内に彼の邸宅を用意した。住所は新道区だ。魔女や魔少女の近くに住み始めた東洋人をからかう怪物たちは後を絶たなかったが、閨房から離れて健康を取り戻した東洋人はこの手の輩を容易に一蹴する。すると、怪物たちも東洋人へ悪戯をしかける事は無くなった。


「我輩はかねてより貴官の手腕を評価していた。現実的なところとか、脅迫してくるかと思えば誠実に約束を履行する点などを。あの勇者黒髪に似ているよ」

「皮肉でしょう、判ります」

「少しはね。だが、おかげで我輩の望みの多くは達成された。それがあの子のために一番良いのだ。ともあれ我輩は貴官の命の恩怪だ。義理は尽くしてもらおうか」


 東洋人は魔王より意見を求められる事が増え、この魔王の人間贔屓の一例とされるが、そんな陰口には耳を貸さない魔王は、ほぼ同じタイミングで、魔少女を後継者として正式かつ公式に指名する。そしてこれを公表した。怪物たちは噂する。


「魔女の娘が次の後継者か。戦場から生きて帰ってきているし、実績は十分だよなあ。正式にグロッソ洞窟の責任者となったらしいぜ」

「洞窟長か!この役職名、超懐かしいぜ」

「インポスト氏にゴブリン野郎……あの鬼の閣下は今、どこで何をしているんだろうなあ」


 魔少女に対して魔王の後継者に相応しい処理が為される、といってもこれまでと大きく変わるところはない。だが、権威付けは大切だ。


「陛下は私が後継者になることをお望みなのですか」

「ああ、前からそのつもりだったのだが、東洋人が後押ししてくれた。それは必要な事だとな。そなたには苦労をかけるが、この洞窟を防衛するには、立場も必要だ。受けてもらいたい」



 並行して魔王の指示で、グロッソ洞窟の入り口に新たなる城が築かれる事となった。愛娘の為の王国に、盾となる箱物を作ろうとした魔王の親心が偲ばれる。建築業務は人間世界の業者に発注された。員数、材料数全てを単価を定めた契約で行うと言う、人間世界の顔負けの発注方式だ。しかし、多少の利益を上乗せする事は容認するつもりでいたのだが、入札に参加し権利を落札した商人が、とんでもない金額を提示してきた。高すぎたのである。それでも魔王はその書類を元に自身の目の前でそろばんを弾かせたのだ。どうしても数字が合わない。高すぎる。そして高値の理由を問われた商人は発言してしまう。


「怪物どもにはこの金額で売らねばなりません。それが人間世界最後の誇りなのです」


 魔王はそうかね、と呟くが、この商人を生かして帰した。代わりに全領域にこの事実を公表させる。次いで、入札価格で次点に入っていた別の商人に金額を弾かせた。恥をかくことと、次は殺され喰われること大いに恐れた次点の商人は、かなりの安値で金額を提示したが、魔王はこれに対しては、


「我輩はかつての御代時分、辺境で算盤を弾いていたこともあるのだ。この数字はおかしかろうが。金が足りんと粗悪な事をされても困るのだがね」


と忖度を止めさせ、最低価格はこれくらいだろう、と示されるや魔王の仁義を信じた次点の商人はやや安価だがそれでも真っ当な金額を入れて来た。業務はこの商人に発注され、これも公表させた。


 ところが今度は人夫が集まらない。次点の商人曰く、


「陛下への恐れより、怪物への軽蔑が先行して手を挙げるものが少ないのです」

「そうか、まあそう言うものだろうが、次の手を試してみるか」


 魔王はさらに公告を続ける。曰く、城建設事業に参加した者について、税の未納分をチャラにする、としたのだ。これはさすがに効果があった。長く続く戦乱で、納税しようにも払えない者が多くいたからだ。さらに、住所不定の輩には、新城下への居住権を与え、それは譲渡を可とする、と布告。これは難民対策で打ち上げた。さらに、築城責任者に次点の商人を任命した事で、人の入りは心配なくなった。


「これでどうだ」


 魔王の手並みに感激した次点の商人は、


「さすがです、陛下。陛下が御納得いく建築をやり遂げる事を、私はここに誓います」


 だが、この商人は魔王に協力的な姿勢を憎まれて殺されてしまった。つまり暗殺なのだが、人間が人間を殺したのだ。殺人者たちは捕らえられ、それぞれ人間の法に則って人間の手で刑が執行された。殺人は処刑法こそ違っても、全て死刑である。この手続きで法執行の公正への姿勢を見せたのはともかく、


「弱ったな、我輩の代理人が殺されてしまうのでは成り手が出て来ない」


 これに東洋人返して曰く、


「暗殺は続く。といって怪物と人間の二頭責任体制は、勇者黒髪でも居なければ難しい。でも事業の先鞭はあの死んだ商人がつけたのだから、後は怪物でも問題は無いのでは」

「簡単に言ってくれるね。我輩の魔王国はそう怪材豊富なわけでもないのだぞ」

「適当だと思われる輩を任命して、任せれば勝手に育つでしょ」

「そういうものか。なら誰がいいかな……」


 ふと、猿やリモスを思い出した魔王だが、そのように自発的な輩はどうしても怪物にはいないのだった。なんとなくで、モグラの怪物に業務を命じる魔王であった。モグラマッチョの怪物が死んでからは、この集団の二代目ボスになっていたこのモグラだがしかし経験も知見も無いのだ。事業は遅々として進展しなかった。この件の解決にはまだ時間を要する。



「やあ」

「お客さん、ご機嫌いかがですか」

「おかげで健康を取り戻しつつあるよ。先程陛下の依頼で都市に行ってきたのだが、君の噂で持ちきりになっていた」

「私の?」

「そう、どこから出回ったのか、肖像画まで店に並んでいた。すっかり人間世界の売れっ子になったね」

「時が変われば直ちにお尋ね者、でしょう」

「君がギャグをかましているのは判る。しばらく陛下の天下は動くまいよ」


 魔王による後継者任命により、領域リザーディアの人間世界にも、広くその存在を知られ始めた魔少女は帰宅すると魔女にこぼした。


「私は人間世界では死んだ者として扱われているはず。その方が、色々とやり易かったのに……」

「まあ陛下の親心だね。ありがたく受けておく事だ。私も死んだら持ち物を全てをお前に譲るつもりだしね」

「あら、私たちの世界は人間達とは異なり、私有財産保護の概念は小さいはずだけど」

「凡百の輩共ならそうだろうね」


 多忙の中、魔少女も家族の存在を強く意識する事がある。父の如き魔王に、母のようで最近は祖母のようでもある魔女、叔父のような異形。お客さんの神官や東洋人。思えばこれはこれで幸せであった。



 ある日、グロッソ洞窟を勇敢にも人間の女が一人で訪ねてきた。


「若い女だ。何の用だ、あれは」

「なんでも陛下と魔少女にお会いしたいというが……アポ無しだよな」

「へっ、ぶっ殺される……事はないか。陛下が相手なら」


 物珍しさに、魔王は気前よく面会の場を用意した。そこで女は握りしめていた肖像画と魔少女の顔を見比べ驚いて曰く、私は魔少女の従姉である。そしてこの子の母親はまだ生きており、顔かたちがそっくりだから間違いないという。確かにその従姉と名乗る女も、血縁を感じさせるほどに魔少女に似ている。


 母、と聞いて僅かに動揺する魔少女。それを感じ取った母であり祖母なる魔女は、実母との面会に強く反対する。


「今更会ってどうするのか。この子を苦しめるだけではないか」


 しかし、父の如き魔王は魔少女へ言う。熟慮の末であったが、


「この女について、会いに行け」


 と。イマイチ反応を見せない魔少女に対して、魔王は重ねて曰く、


「後悔を残さぬ為にも、会いに行きなさい。その結果、たとえそなたが人間の世界へ帰ろうとも、恨み言を言う輩には我輩が反論してやる。如何にグロッソ洞窟の魔少女が、怪物世界に対して偉大なる功績を建てたかをな」



 魔少女はそれに従い、従姉と名乗る娘とともに、グロッソ洞窟を出立する。魔王は、場合によっては躊躇する魔少女を人間世界へ放つ事も考えはじめる。それを知った魔女は恐れも外聞も忘れ、魔王に食って掛かる。


「陛下、何故許可したのですか」

「まあまあ、我輩の望みはあの子が好きに振舞うことだよ、嫗」

「もしも帰ってこなかったら!」

「それもまた選択肢の一つ……かな。我輩らは寂しくなるだろうがね」

「……老いた体に孤独は堪えるものです。壮年の陛下には判らんでしょうが」

「おい嫗、機嫌を直してくれよ」


が、この話が狂言で魔少女の暗殺を狙っている者の可能性も捨ててはいない魔王は、すっかり回復した様子の東洋人を護衛に送り出していた。


「いざという時はあの子のために命を捨ててくれ」

「まあいいでしょう。お任せあれ」


 魔王の心配はまた別の助力があったため、直ちに払拭される。魔少女を通して魔王へ情報を提供する事で報酬と生甲斐を得ていた食人鬼達のネットワークが、身辺警護を買って出たからである。曰く、


「我々の存在を深く認めてくれた魔少女様に危機が迫れば、あらゆる情報に通じた我々が直ちに動きます」


 怪物の依頼で魔王の愛娘を護衛するのは、人間ばかりである。これは相変わらずの魔王配下の才能不足を証明していた。



 自称従姉に案内され、魔少女と東洋人はグロッソ洞窟を出て、南東へ進む。道中、都市エローエが見えてくる。外からも目立つ政庁の建物の屋上には、もう独裁者はいない。


「今、あの部屋は空席だ。魔王の間接統治下にある都市には行政と司法を処理する機関だけが残され、威容を備えたあのような塔はもう不要なのかもな」


 すこし寂しげにそう語る東洋人へ、魔少女は返す。


「戻りたくはないのですか、政庁へ。貴方の仕事は政治と戦争なのでしょう。洞窟ではどちらも満足にこなせないでしょうに」


 言葉を考えていた東洋人は苦く笑って曰く、


「自分探し、という言葉がある。分をわきまえない未熟者の言葉として著名だが、自身の欠点によって挫折した私には、以後を良く生きる為にも骨休めが必要なのだと考えることも不自然ではない。それに、都市に地歩を築いた頃の、あの時の私は良い同僚に囲まれていた。あれ程の好条件、そうは現れないだろう」


 魔少女は笑った。


「今の貴方は魔王の客将です。これだって、かなりの好条件だと思いますけれどね」


 確かにその通り、と頷く東洋人。二人の間では政治軍事経済人事と会話の種は尽きない。和気として語り合う彼らを、従姉は心配そうな目でチラチラと見る。


 背後にエローエの城壁の影も見えなくなると、田園地帯が続く。この一帯には、戦士ハゲの荘園もあった。主人を無くした荘園は分割され、人手に渡っていたようで、大荘園の気配は感じられない。東洋人が魔少女へ解説する。


「戦士ハゲの大きな荘園の隣の地は、かつての統領とんがりが、貧民向けに分配した口分田だ。生産性も高いし怪物の略奪侵入も少なく、豊かな地域になった。クーデターで世を追い出されはしたけれど、しがらみのない統領とんがり時代は、市民たちにとっても良い時代だったよ」


 自分自身の失政で都市が独立を失ったことを東洋人が恥じているようにも、魔少女には見えた。そしてそれは一部事実だ、と思う魔少女は何もいわず黙っていた。


 さらに南東へ進むと、もう都市エローエの直轄地ではなくなる。大小様々な市町村があり、エローエを盟主に仰いでいた地域だ。それも今や、領域リザーディアの一員である。ここに、魔少女の生まれ故郷があるのだという。


 小さな町の、それなりに立派で瀟洒な館へ案内された一行。ここで従姉は敢えて魔少女と東洋人の間に割って入るように話しかけた。この町の成り立ちについて、魔少女の父が町でそれなりの地位を得た交易商人であったこと、今よりもっと小さい頃の魔少女は本当に可愛く地域のアイドルであったこと、陸商隊が全滅した時の町の嘆きが大きいものであったこと、そして魔少女には弟がいること。だがそれらの言葉も、魔少女の耳には現実感遠く、風と共に離れていく。


 館の入り口に、まだ若さを残した女が立っていた。男女の道に通じた東洋人にはそれが魔少女の母親だと遠目から判った。何もかも、良く似ているためだ。


 

 魔少女、比較的冷静に母に会う。母は、略奪の結果とは言え娘を手放してしまったことを詫びる。父親は既に洞窟で討たれたという。魔少女にとって、グロッソ洞窟は父の仇でもあるのだった。


 しかし、魔少女は産みの母に会う前、洞窟の娼婦達がしきりに勧めたお洒落を断った時に、その心は決まっていたのだ。彼女は供を置いて、母と二人だけになる事を望み、そして母の手を取り話をした。


 そこで何が話されたか、東洋人は敢えて調べなかった。近くに控えていたこのエリアの食人鬼にも、水を差さないよう言い添えるとともに。


 十数分後、話を終え別れを伝えようとした娘の気配を気取った母は、我が子の体を衝動的にか強く抱きしめ目に涙を浮かべつつ何事かを伝えた。それに魔少女は、この会見で初めて笑みを見せて、元気に頷いてみせた。


 結局、魔少女は弟にも、他の親族にも会うどころか、館内に足を運ぶこともなく、短い時間で会見を終えて戻ってきた。危険な道中にも関わらず来てくれた従姉は引きとめようとして言葉を探っていたが、魔少女は彼女へ懇ろに礼を伝え、その言葉を防ぐ。一行は、町を出た。東洋人はふと振り返る。もう館の前に人影は見えなかった。



 晴れ晴れとした魔少女は常よりも姿勢良く、街道を進む。先頭を進むとんがり帽子の少女に、健気で孤独な責任感を見た東洋人はその傍らを護衛して離れない。途中で二人に頭を下げ別れを告げた食人鬼は、書類を認め始めた。魔王への報告書である。


 目の良いその食人鬼は、読唇によって彼女の母が最後に何を娘へ伝えたかを、知り得ていたのである。それによると、甚だ無粋ながら、と断りを入れた上で曰く、


「陛下にご報告いたします。その女は次の事を肝要に、と魔少女様へ伝えておりました。魔の王の側で働いているのであれば、母の事はもう忘れなさい。無理に母やこの町の事を思い出すこともない。あなたの人生は成功しているのだから。でも娘を手放してしまった母の願いとして、今の怪物の世にあって人間が生きていく事に不自由が無いよう、境界の向こう側で取り計らってほしい。それが、私の誇りであるあなたの役目よ、きっとね、と」


 書を読み感動を得た魔王は立ち上がり、壁を正面にしてしばし目を瞑った。



 ためか魔少女が帰って来て魔王は心中の喜びを隠さなかった。魔少女が頬を染めるほどに、少女の頭を撫でてやった。ずっと不機嫌であった魔女などは大いに喜び、大金を投じた歓待を催すほどだったし、その夜の宴には洞窟の娼婦達がこぞってやってきて、魔少女の帰還を皆で華やかに祝った。



 その夜、魔王は東洋人を呼び、問うた。


「これで本当に良かったと、貴官は思うかね」


 魔王から渡された食人鬼レポートを読みながら東洋人は曰く、


「誰も運命を選ぶことはできない。特に成長するまではなおのこと。あの子はこの洞窟に至り、様々な出会いと経験の末に今があるのだから、部外者があれこれ言うべきではないのでしょう。それにしても、立派な女性でしたよ、あの子のお母上は」

「我輩も同感だが、運命とは哀れだな。その女は母ではあるが親ではなくなった。せっかく会えたというのに、親になるために、我が子を引き止めることも……出来ない……のだから」

「はい陛下、どうぞ」

「ああ、ありがたい」


 東洋人の手からハンカチを受け取り目元を拭った魔王は話を変える。


「洞窟入口の城建設だが、どう思うかね」

「完成すれば、陛下が洞窟を留守にするには便利だろうね。でも、不落ではない事に留意するべきだ。それにしても、進捗が遅い。代わりの人材を入れても、すぐに殺されるだけとなれば、怪物をすえるしかないが……陛下、報復の殺戮をしなかったことは正しかったですよ」

「当然だ。報復すればせっかく征服した人間の庶民らと戦争になるし、その戦争は多分、全く面白くない」

「魔王なのに、穏健だ。歴代魔王とは一線を画するだろうね。あの子がいるから?」

「そうとも!あの子がいるからさ」


 笑い合う魔王と東洋人。


「城に関しては余り心配をしてもしょうがない。予算管理と築城の知識経験が豊富でいて殺されにくい奴が現れるのを待ったほうが良い。遅かれ、城も完成するのだから」

「だが我輩はモストリアの征服を考えている。洞窟の守りを固めねばならない」

「ほう、噂通りだ」

「貴官にも真剣に考えてもらいたいのだ。ラの婿としての次のキャリアについて」


 ほんの一拍、間が生じたが、東洋人は会話を遮らない。魔王が好むのは勘の良さだから。


「魔王の後継者が供に人間夫婦だと不都合があるのでは?」

「多少はな。だが、怪物の世界は人間の世界とは異なり、力が大いにモノを言うのだ。弱い者は軽蔑されるが、強ければ怪物達も首を垂れる。勇者黒髪の先例の通りだな」

「つまり、モストリアの攻略に、私が向かえばよろしいので?」


 核心をついてくれたその発言に、魔王はニヤリと笑った。


「我輩が行かない、となればそれが次善の策になるだろう。だが、貴官をあの子の婿にするためであるのなら、それが最良の計画である。我輩も洞窟でのんびり日々を楽しめるというわけだ」

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