第5話 五度目の侵攻

 五度目の攻撃となる今回の人間のパーティは、リーダーの「黒髪」、常連の「ハゲ」、「釣り目」、そして新顔が居た。とんがり帽子をかぶって怪しげな杖を持つ男で魔法を使いそうないでたちだ。全員でまた四体、人数は相変わらず同じである。


 彼らの侵入とともに、トカゲ軍人は部隊を率いて迎撃に当たる。狭い洞窟とはいえ、トカゲ軍人主導による改築工事のため、入り口より先は比較的にも空間が生じていた。早速、四対四の激戦が繰り広げられるが、怪物部隊はあっという間に退却に追い込まれた。次いで、トカゲ軍人が前線に出てくると形勢は逆転する。黒髪とハゲの長剣は、トカゲの堅い皮膚を貫く事が出来ない。さらにこのトカゲは怪物のくせに、サーベル状の剣を振って戦うのだ。


「これは見事だ。あの残虐な人間どもが防戦一方ではないかね」

「さすがは魔王様が派遣してくれた戦士である」

「これで我らも救われるか」


と、見物に回った怪物衆から歓声が上がる。黒髪もハゲも、こんな初心者用ダンジョンになぜこんな強敵が、理不尽なり、としきりに訝るばかり。攻撃パターンでも、トカゲ軍人には斬りがあり突きがありと人間達の手数を上回った。


 今回も、侵入者の最終目標は、洞窟に蓄えられた金を奪う事だ。だからまた、彼らは二手に分かれた。すなわち、トカゲ軍人を受け持つ黒髪とハゲ、宝の回収を狙う釣り目と新顔の「とんがり」にである。


 既に人間の行く手を遮るのは、トカゲ軍人のみであるから、黒髪とハゲで積極的な攻勢に出る事でトカゲ軍人を釘付けにして、釣り目ととんがりは洞窟の奥へ侵入を果たした。彼らはトカゲ軍人が鍛えた、とは言えまだ使い物にならない怪物兵を容易に蹴散らしながら、坑道を進む。目指すはリモスの金庫、彼らにとって夢の宝箱だ。


 さて、早速見つけた宝箱。やはり今回も施錠はされている。彼らは開かぬ事を確認すると、とんがりが金庫前でなにやら作業をし、その間、釣り目が周囲を警戒する。リモスは今後のためにも、彼らの作業を陰から観察していた。


 しばらくの沈黙の後、とんがりの作業で呆気なくも金庫は開いてしまった。零れる金塊の音と、二人の人間の下卑たる笑い声がげらげら響く。仰天するリモスだが、マスターキーは今、間違いなく自分が持っているのだ。見ると、とんがりの手には特別な物は何も持たれていない。この未知なる技術に絶句しつつ息を飲むリモスだが、観察は続けねばならない。彼らはさらに作業に取り掛かる。


 次の宝箱が開くと、とんがりは悲鳴を上げた。中には、幽鬼のように弱り切った怪物が入っていて、人間たちに助けを求めたからだ。驚かされた事に激怒した釣り目は、この怪物を思い切り殴り飛ばした。次いで、警戒しながら彼らが開けた宝箱には、もう少し元気な怪物が入っており、こちらは箱の中で眠っていたところをおこされたため、怒り狂い二人に襲い掛かった。その凄まじい剣幕にさすがに仰天した二人の人間は、持てる分のみの金を抱えて逃走していった。さらに、この怪物は物陰に隠れているリモスを見つけると、よくも閉じ込めてくれたものよと歯を剥き拳を振って襲い掛かってきたため、観察していた彼も逃走を余儀なくされた。


 だが、リモスの心にはほとんどの財産の防衛に成功した喜びが溢れていた。二度目の防衛成功である。黒髪とハゲも強靭なトカゲ軍人を突破する事叶わず、回収できた僅かな金との合流を果たした後は、それ以上の対決を避け、多少の収穫で満足して共に洞窟を退去するしかなかった。こうしてグロッソ洞窟は、住民の命の防衛にも成功したのだ。洞窟は喜びにあふれた。辺境の洞窟にあって、これはさらなる快挙であった。魔王派遣のトカゲ軍人の名声もさることながら、事実上の立案者たるリモスの金口木舌ぶりも認められたのである。


「用心棒と金庫を駆使して、あの粘液体やったな」

「奴が金を掘り進めれば、洞窟はどんどん広がっていくから我ら怪物衆の数も増えてきた気がする。これは良い事だ」

「人間たちを寄せ付けないのであれば、ここはねぐらとしては最も安全だ」


 世界の辺境においては、人間の連携力の前に為す術が無い怪物たちは、実は安全を求め続けて彷徨い続けているとも言える。この戦いを機に、洞窟の富と武力でそれが保障されていると考え始めた周辺の怪物たちは、次々に洞窟内へ転入していった。洞窟も怪口増加の時代を迎えつつあった。


 この勝利に、インポスト氏は全く喜ぶことができなかった。リモスの家は、坑道側にあり、転入する新参者たちも、空いている間が多い坑道側へねぐらを持つ。これはインポスト氏の権威を必要としない怪物たちの増加でもある。氏はその独自の嗅覚を持って、これまで停滞的平穏無事であった洞窟内にて乱の臭いを感じ取り始めていた。


「嫌な予感だ。このまま洞窟の体制が刷新されては、私の威厳が損なわれてしまう」

「衆は改革が為されている、と喜んでいるようですが」

「愚か者。その改革が私の職権を侵すようなら、叩き潰さねばならん」


 一方のリモスは、十分な喜びを噛みしめていたが、新顔とんがりが宝箱に施した開錠の術が気がかりであった。相談を受けた鉄人形も、首を捻るばかりであったから、この段階では全く打つ手を思い浮かばなかった。この話を耳に入れたトカゲ軍人はリモスに忠告をしてあげた。


「我輩思うに本人を縛り上げて事情を聴くのが最も手っ取り早いのでは」


 彼があげた小さな勝利によって予想を超えた名声を得る事になり、上機嫌でもあったためだろう。さらに続けて曰く、


「この勝利に酔った近隣の怪物らが洞窟にどんどん転入してきている。我輩編成の軍隊の完成もそう遠くはないぞ。貴様らも嬉しかろう」 


 洞窟が安全であること、それは確かにリモスにとっては願ってもない、最良の結果ではあった。その立役者は、眼前のトカゲ男であり、この勝利によって彼はリモスに対して多少の馴れ馴れしさを示すようになり、リモスは愛人を寝取られた哀しさを脇に追いやることができるようになった。これを男同士の友情とでもいうのだろうか。


 しかし、グロッソ洞窟が間違いなく安全であるという広範なる解釈は大間違いであることがすぐに判明する。これより僅か一月後、人間たちの侵攻が直ちに行われたからであった。

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