第28話 その頃、洞窟では…

 猿による妖精女を用いた遠隔操作は四か月間成功し続けていたと言えるが、それを実行するために払った怪物衆の犠牲も小さなものではなかった。モグラ部隊は遠隔地まで穴を掘って斥候として働かねばならなかったし、コウモリ部隊はどんどん遠くなる遠征軍の動向を知るために明け方にかかる頃までの強行軍を幾日も強いられたのだ。こちらも幸いにも犠牲者は出ていなかったが、それだけに猿の厳しい命令に、辟易していたのだ。


 リモスの理念や生き方、つまりリモス自身の価値に心酔する猿が、彼に代わって強力な指導力を発揮する事で横車を押してきたことはこれまでも述べてきた。洞窟内の秩序はそれにより守られてはいたが、やはり反発も生じるものだ。モグラ部隊及びコウモリ部隊の怪物達は、自分たちをこき使う猿を憎みはじめ、依頼をボイコットするよりも、猿の敵に自分たちの保護を願い出るという行動が、待遇改善には最適だという結論に至る。すなわち、保護者たる者とは洞窟長インポスト氏なのだが、この怪物は決断に欠くということは周知の事実でもあったので、彼らは同時にゴブリン軍人にも声をかけたのである。


「リモス一党を排除して、グロッソ洞窟の実権を握るべし」


と。勇者黒髪が交易都市を攻め始めた頃の事だ。モグラもコウモリも、新道区と第二区の間に居住を定めていたゴブリン軍人その恐るべき威容から、ほとんど全ての怪物衆から恐れられてはいたが権力闘争に関心が無く、美食と快適な生活をひたすら追求していたことを知らなかった。彼は猿に、この情報を売りに行ったのだ。配下の反逆に初めて直面した猿は、驚きを隠しつつ、ゴブリン軍人の真意を計った。強面の怪物曰く、


「お前たちが俺の求める物を用意し続ける限り、その権利を擁護してやろう」


 ゴブリン軍人の要望は、更なる住空間、住居増設、美食の追求と、誠に俗っぽい内容であったため、猿は自身に出来得る限りの協力を約束した。後に、このような低次元な希望で、とゴブリン軍人の振る舞いに嘆く輩もいたが、この怪物は平然と言い放った。


「それは嘆く方が間違っている。金と権力が無ければ、特に快適な生活を送る事は不可能なのだから。衣食住を極めるという事は、己の宮殿を拵えるという事なのだ。誰にでもできることではないだろうが」

 

 その日、猿は鉄人形の墓参りを行った。墓といっても、翼軍人のように霊廟があるわけではなく、インポスト氏によってその亡骸が投棄された場所に参って酒を撒く、というさして罪のない儀礼であったが、古くから洞窟に棲む今や少数派であること疑いのない怪物たちが、自分たちの勝利を冒涜する行為、と怒りはじめた。猿は平然と無視していたが、そこにコウモリとモグラの怪物が猿の一行に対して悪口を並べ立てる。曰く、


「何様のつもりか洞窟長様の権威を蔑ろにしている」

「洞窟の怪物衆に対してまるで王のように振る舞っている」

「洞窟の独裁権力を握るつもりか」


 第一区の水源辺りで起こった事で、周囲は騒然となった。そして、インポスト氏黙認の下で猿に対する攻撃に乗っかった第一区怪物衆が、一行を取り囲み始めたのだ。この場にゴブリン軍人も来ていたが、彼は土壇場でインポスト派を裏切る。つまり、いつの間にか自宅に帰ってしまったのだ。実はかなり強いインポスト氏も、見た目強そうなゴブリン軍人もいない以上、彼らだけで猿一行を襲う勇気は無かった。初めは派手に始まったこの騒動は、尻すぼみとなり自然解散してしまった。


 猿一行が新道区に戻ると、コウモリとモグラの怪物を処断しよう、という声が上がった。魔女もその方が良い、と助言したが、リモスの善良さに当てられて、一般的な友情に期待を持ち始めた猿は、彼らの行為を不問にした。つまり、なにもお咎めなし、という事にしたのだ。猿も、部下とは言え金だけで雇った彼らを酷使したことを反省してもいた。猿はコウモリとモグラの偵察部隊をしばし休止させた。これが良かったかどうかは、リモスにも魔女にもわからなかったが、勇者の遠征軍に対する微妙なコントロール力を失ってしまったことは間違いない。


 また、怪物達の心境にも影響を与える。猿の優しさに感動した怪物もいれば、猿相手なら何をやっても良い、と図に乗った連中が居た事も確かだった。ともかく、この騒動で密かにリモス一党側についてくれたゴブリン軍人への利益誘導が急がれた。これを遅らせては、それこそ身の危険が案じられたからだ。ゴブリン軍人が棲む新道区と第二区の間の空間が、がいこつ作業員たちによって急ピッチで拡張されていく。発注者たっての希望で、建て前として


「グロッソ洞窟の怪口増加に対応するため」


という理由がくちびるの怪物によって広められた。もっともその空間に何を建てるかは、ゴブリン軍人が魔王の都風に立案中であるのだが。


 この事件と前後して、リモスと猿は新道区の通路の拡張工事を開始した。勇者黒髪との銀鉱石の取引量増加や怪口増加に伴って、大通りが手狭になりつつあったため、必要に迫られた工事であったが、そもそもリモスの坑道後が自然発生的に発展したものであるため、既に住んでいる住民を退去させる必要があるなど説得は難航したものの、猿や魔女も邸宅退去を強いられる側であったため、一党も不便を甘受するという事実を盾に、工事を強行した。そこに、


「怪物衆は力ある者に従う。怪物としては弱体な粘液、猿、老婆にこれ以上好き放題させてよいのか」


 そう暴動を扇動する怪物が出た。魔術を使うという噂の異形の怪物で、新参者である。弁舌が優れていたのか、それともその魔術による影響なのか、杖を振って聴衆を煽り立てたことで、その煽動に乗った群衆が工事作業中のがいこつ作業員らに襲い掛かったのだ。この工事はゴブリン軍人の邸宅拡充にも効果があるものであったため、武骨一本のこの怪物の仁王立ちにより、恐れをなした群衆はみな正気に戻ったため大事には至らなかったが、危機に駆けつけたものの全く事態を収拾できなかったリモス一党は、信頼のおける勇武の怪物を探し求め始める事になる。


「事、闘いにおいて、リモスは最弱、猿は俊敏な動きだけ、あたしは補助専門、これでは有事には対処できない。誰か信義と腕っぷしを兼ね揃えた輩がいないものか」


 これは一党の課題として、差し当たりゴブリン軍人を金で釣り続ける、ということになったが、猿が心配したのは、モグラ、コウモリに続き、新参者からまたも反逆者が出現した事だ。


「この洞窟の中にあって、我々には権威も権力も足りない。せめて洞窟長の地位だけでも、欲しいものだ」

「今の洞窟長は着任からもう長い。長すぎるといっても良い。今、勇者が魔王の都を攻めているのだから、その防衛のためという事で呼び戻しがあっても良さそうなものなのだが」

「といって後任が僕らの望む者にはなり得ない。それでも工作をしてみる?」

「やり方次第では、挑戦する価値はありそうだ」


 しかし、猿のこの工作は、思わぬ結果を招く事になる。勇者の遠征軍が魔王の都を攻めあぐねている時期に、モストリアの指示で査問官が派遣されてきた。

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