第19話 勇者黒髪

 エローエ市議会は勇者黒髪提案による魔王討伐遠征に賛意を示し、その実施を全面的に了承した。そしてその責任者に、勇者黒髪を全会一致で任命した。黒髪は都市に帰還して二週間足らずで、公式な地位と実権を持つに至ったのである。未来を見通したその手並みはまさしく勇者のものであったと言える。さらに議会は、同時に、グロッソ洞窟への対処を、勇者黒髪に「依頼」するに至った。「決議」ではなく「依頼」としたのは釣り目の僧侶のせめてもの反撃で、まずは勇者のお手並みを拝見するということでどうだろう、と対案を出したのだ。これなら仮に勇者黒髪がしくじった場合、その名声に傷がつくのは勇者だけですむからだ。


 勇者黒髪自身は、武者修行を通して格段に戦闘の腕を上げたからどんな防衛体制があったとて勝利する自信があった。だが、黒髪は勇者として政治の舞台に上がっている。敵対しているとはいえ、おいそれとグロッソ洞窟を滅ぼしてしまえば良いというものでもない。


 勇者黒髪はまず、グロッソ洞窟に対して服従を命じる。彼の洞窟に対する真の狙いが金にあったからだ。軍資金として洞窟の金が喉から手が出るほど、勇者は欲しかったのである。黒髪は夜陰に紛れて単身、グロッソ洞窟へ乗り込んだ。そして、とんがりと手を結んでいたというリモスと直接交渉をするつもりでいた。この辺りの行動力は、さすが勇者と言うべきか。


「権力の舞台に身を置けば行動が制限されるなんて、当然のこと。そんな不自由を甘受してこそ、得られるものもある。隠密活動は大切だな」


 グロッソ洞窟の怪物衆は、いきなり単身乗り込んできた黒髪におどろきとまどい、眺めているだけであった。さらにこの人間は武力を行使するでもなく、ゴールデンの家を案内せよ、と怪物に依頼する始末。騒動に気が付いた猿が、まずその相手をする。この時はまだリモスは家に引きこもっているため、いずれにせよ猿が対応せざるをえない。以下はそのやり取りである。


「人間が令名高きゴールデン氏になんの用事かね」

「とんがりと盟友関係にあった氏に、都市エローエでの政変を伝えに来た」


 怪物衆が情報収集に熱心でなかったこともあるが、とんがり死亡について彼らにとってはなんとこれが初報になる。困惑した様子の猿へ、黒髪はとんがり及び翼軍人の死を伝えると同時に、盟約も含めた今後の対応を協議したい、と伝えた。猿の特質は、度胸と言って良い。故に、彼はインポスト氏にもリモスにも相談報告せず、独断で交渉を買って出る。黒髪も、リモスの代理人という猿と交渉する事を了承した。


「都市の新政権は洞窟に対し何が望みか」

「私、黒髪は新政権に地位を持つ一人である。そして、市では洞窟への再度の攻撃が決定された。その軍隊はまず間違いなく、この私に率いられる。私個人にとってはこの洞窟を攻撃する事、七度目になるが、この洞窟を知り尽くし、最も強力な戦士である私が出る以上、洞窟側の敗北は免れないだろう。多くの破壊と流血が決定づけられている。だが、この洞窟にはとんがりを支えたゴールデンという比類なき金の持ち主が居るはずだ。その者が引き続き私を支援し続けるというのであれば、洞窟への攻撃を差し控えても良い、ということだ」

「お前が強力な戦士だと、どうして言えるのかね」

「ここで力を示しても良いが私の本意ではない。ここの怪物たちは勇者黒髪という名前を知らないのか」

「この洞窟は魔王の都から見て辺境も辺境という地だ。全く知らない。だから、その話を俄かには信じることができない。こちらで事態を調査する時間が欲しい」


 猿は時間稼ぎをしたかったのだが、黒髪はそうはさせじと威圧する。


「本意でない、というのは無益な死について憐憫を持っているためだ。聞くところによると、とんがりと運命を共にした翼軍人は魔王の都の近衛出身だという。あのトカゲ軍人もきっとそうだろうが、ここがド辺境であるならば近衛出身者を二体も置いておくはずがない。トカゲ軍人も今はこの地にはいないのだろう。思い出せ。見ていなかったのなら聞けばよい。四回目の攻撃の時ですら、私の前で立っていられる怪物は居なかったということを」


 あくまでも落ち着きを崩さない黒髪に、苛立つ猿曰く、


「お前がとんがりを知っているのなら、彼が独自の開錠術を持っていたことを知っているだろう。それを活用しての資金提供であった。お前にそれができるのかね」


 猿は支援継続の資格を問うたのだが、それにまるで怯まず黒髪は言い放つ。


「そのような手続き上の些事は知った事ではない。同じことを二度言わせるな。私に金による支援を行うのか、行わないのか、それだけだ」


 黒髪が僅かに怒気を出したため、猿の性格が出る。すなわち腹を決めたのだ。


「手続きの流れを変えれば、お前に金による支援を行う事は容易い事だ。ところで、それを行った場合、我々洞窟の衆の安全は保障されるのかね」

「我ら人間を誘拐して使役する等という馬鹿げたことをしなければ、その存在は認めてやっても良い。ただ、都市エローエに降伏を表明する事が条件だ」


 黒髪はここで鉄人形の所業について述べている。怪物専科であった黒髪は、この手の情報にも通じていたのである。


「降伏の表明など不可能だ。それこそ全怪物玉砕をする方を選ぶだろう」


 無理を承知で条件を言い渡している黒髪は冷たく退ける。


「そんな事は私の知った事ではない。降伏の表明が無ければ、前回を超える戦力と強さを持って、前回より劣る洞窟に攻め込み、全てを滅ぼすのみだ」


 しばらく沈黙が場を支配する。猿とすれば、黒髪に歩み寄らせねばならない。変化を期待して、猿は黒髪に場所を変えないか、と提案する。自身の腕に絶対の自信を持つ黒髪は、これに応じ立ち上がった。猿が先頭を進み黒髪とともに洞窟を歩む。黒髪は怪物の町を眺めながら曰く、


「本質では人間の町と大きな差は無いようだが、前回来た時と比べだいぶ変わった印象だ」


 この意見が率直に嬉しかった猿は胸を張った。


「怪物も人間も日々やる事に大差無い。住まい、商店、カジノ、売春宿……」

「怪物は人間を喰らうという点で、違いは大きいように思える。人間は怪物を食べないのだから」


 この意見、この時代容易に反論できたのだが、猿は黒髪の一言に返事をしなかった。リモスの水源地に至る。ここで協議を続ける、と猿は言い、先ほどの続きを話す。


「トカゲ軍人、翼軍人と強力な戦士であった。翼軍人が討たれた以上、魔王の都は新しい軍人をこの洞窟に送り込んでくるだろう。洞窟の長は魔王の都に強いコネクションを持ち、お前が指摘の通りゴールデンは強い経済力を持つのだから。人間が攻めてくるのが先か、魔王の近衛が来るのが先かは、博打になるのではないかね。都市で高い地位を持つお前にとって、勝負に出る価値のあるものだろうか」


 水源地に至るまで考え抜いた猿の反論であったが、黒髪はまたも相手にしない。


「私の占める地位や将来などどうでもよい事だが、それが私にとって博打だとしたら、お前たちにとっても同様だろう。博打は勝つべくして勝つのであって、運任せではいけない。そして、私は成功への道筋を既につけているのだから、勝負は明らかと言って良い」


 また、沈黙が流れる。話の平行線を崩せない猿は、論点を変える。


「とんがりは都市に独裁者として君臨し続けるため、洞窟の金を欲した。我らも、それが洞窟の為になるから、それを認めた。洞窟の為、とは積極的な意味でである。その結果、今の洞窟の繁栄がある。お前は、膝を折らねば破滅が待っているという。とんがりとは真逆のやりかたで我々を恫喝するが、前向きな意味は見いだせないものだろうか。例えば、都市の軍隊がまた洞窟を攻めれば、多くの怪物が死ぬだろうが、この洞窟に集結している怪物たちも、集う場所を失い、人間に恨みを抱いたまま各地に散っていく。幾らかの衝突も起こるだろう。そうなっては、不都合ではないかね。もっともお前が勇者、と名乗るのなら、人間たちはお前に助けを求めるだろうから、逆に好都合、ということかもしれないが」

「その可能性も否定はできないが、所詮は技術的な問題だ。洞窟攻めの時に、一体でも多く逃がさずに殺すようにすれば、そのような事態は防げるだろう」


 その時、坑内が揺れだし、湧水地から水が噴出しはじめた。黒髪は何事かと猿を見ると、この怪物はなにやら波打つ湧水地を注視している。その後、巨体のシャチが凄まじい勢いで飛びだし、周囲をずぶ濡れにすると、轟音を立てて水中に消えていった。黒髪はシャチという生物を知らなかったからびっくりして声も出なかった。猿は心中の恐怖を隠し、平然を装って曰く、


「あれは、洞窟を守る我らの同胞の一体だ。洞窟には水脈があり、不当な侵入者を見つけると喰らうのだ」


 弱体な洞窟側にとって、それは悲しい嘘だったが、黒髪に警戒心を植え付け、一定の譲歩の余地を与えるという目的ならば果たした。黒髪は降伏に示す条件を緩和して伝えてきたからだ。


「書面や記念品を持って、友好の標しとし、それをすなわち降伏と見做しても良い」


 その条件で、内部の意見を取りまとめる事を猿が黒髪に約束すると、七日後に又来る、と言って黒髪は帰っていった。


 洞窟を退去する黒髪に幾人かの怪物たちが声をかけ、からかい脅したのだが、連中は見事に返り討ちにされた。それも殺さずに倒したというのだから、相当な腕前と言って良かった。


 猿は、洞窟を戦火から遠ざけるためには、黒髪との友好を取り付けねばならないと考えたため、通常であれば洞窟側が断固拒否するだろうこの交渉をまとめ上げるという、この極めて損な役回りから逃げなかったのだが、役目を買って出たことを良かったと思っていた。やはり、断言や誘言を用いて独断で決することができるというのは良いものだ。答えは決まっているものの、黒髪の言動を思い出して、つい感想が漏れた。


「あれは確かに、並みの出来ではないな。勇者が人々に勇気を与え目的へ導く存在だというのなら、奴はきっとそういう性質を持っている。青春の輝きに満ちていやがって眩しいぜ」

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