64話 ついに訪れた瞬間
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「…………ふぅ、行くか」
金曜日の夜から月曜日になるまで、ずっと一緒にいてと下された唯花の命令。
そして、めでたく金曜日の仕事が終わった後、俺は家のドアの前で呼吸を整えていた。
不安も少しあるけど、やっぱり期待の方が大きい。好きな人とエッチなことができるなんて、それはもう幸せでしかないから。
「ただいま~」
あえてしれっと、何事もない顔にドアを開けると、ちょうどエプロンをかけた唯花がダイニングテーブルに何かを運んでいる姿が見えた。
「あっ、おかえり!夕飯の準備もうできてるから、着替えて手洗ってきて」
「あ……うん」
……あれ?思ったより普通だな。さすがに裸エプロン…………とかを想像したわけじゃないけど、もうちょっと意識しているようなそぶりを見せてくれると思ったのに。
意外に感じながらも普段のラフな服装に着替えて、手と足を洗って食卓の前に座った瞬間。
俺は思わず片手で口を覆って、据わった目で唯花を見つめてしまった。
「………な、なに?」
「……………………なんだ、これ?」
俺は再び、テーブルの上に並べられた食べ物を一から確認し始める。
先ずは、外で買ってきたはずのうなぎ丼にお惣菜のカキフライ。家で作ったように見える、ニラがたくさん入っている豚バラ炒めにアボカドが添えられているキャベツサラダまで。
非常に豪華で手の込んだ献立だけど、なんていうか…………。
さすがに、露骨すぎるだろ……これは。
「……あ、あんたがあの日に、してくれなかったから……」
「だからって………!そ、そういえばそうだ。俺のワイシャツを返せ!」
「そ、外で干してるの!ちゃんと洗濯回したんだから!!」
「な、なるほど……」
……これは、うん。スタミナは確かにつけられるだろうな。まあ、ここまでやってくれるんだし、これはもう甘んじて受け入れるしかない。
「……いただきます」
「……いただきます」
どちらからともなく食事の挨拶をして、箸を進めていく。うなぎ丼もカキフライも普通に美味しいし、なにより唯花が直接作った豚バラ炒めが絶妙だった。
前に生姜焼きもいい具合に仕上げたのを考えると、少しは料理に自信がついたのかもしれない。
「あ、これ美味しいな。直接作ったんだろ?」
「うん、直接作ったんだけど……まあ、ありがとう」
「……いや、もっと喜べよ。本当に美味しいから」
「……………………………………」
「……ゆ、唯花さん?」
なのに、空気がヤバい。唯花はもうさっきから顔を背けているばかりで、まともな話題らしい話題を投げて来なかった。俺は俺で調子が狂って、何を言い出せばいいか分からなくなる。
明らかに、唯花はこれから俺たちがエッチすることを意識していた。それをどうにか隠して欲しいところだけど、俺の幼馴染がそんなに器用なはずもなく……結局、美味しいはずの料理がどんな味なのかもほとんど感じられずに、食事が終わってしまった。
「お、お風呂は、私が先に入る……いや、入らせてください……」
「お、おう……いいぞ」
……だからなんでこんな調子なんだ!?お前24歳だぞ!?どっかの中学生や高校生じゃあるまいし、なんでこんな露骨に意識してんだよ……くっ!
俺が洗い物をしている途中で、唯花は逃げるようにお風呂場に入って行く。俺は何度も深呼吸をしながら洗い物を終えて、ゴミを捨てるために玄関に向かった。
確か明日はミックスペーパーを捨てる日だから、紙や宅配便の箱だけまとめて出したら問題ないはず………うん?
「……あれ?なんだ、これ?」
糸で紙をまとめようとしていた際に、ふと通販サイトのロゴが目に入ってきた。唯花も俺も普段からあんまり物を買わない性格だから、一度視界に入ったらつい目が行ってしまう。
なんなんだろう……本でも買ったのか?
そうやって、箱の送り状を確認したその瞬間―――――――
「……………………………………………ぁ」
俺はそのまま、手に持っているハサミと紐を床に落としてしまった。
「…………ふわふわ手枷拘束具に、多目的アイマスク……?」
………………………………ヤバい。
これは、あれだろ……あれ。SMプレイに使用されるあの道具………はああ。
そうか、ついにこの日が来たか……仕方ない。受け入れよう。大好きな彼女の性癖だし、ちゃんと受け入れないと。そう、俺が我慢すればいいだけの話だから。
付き合う前から意識していたからか、いざ目の前に迫って来たというのに動揺しない自分が悲しい。そう、知っていたのだ……俺の彼女さんは人を拘束して快感を抱く、とてつもないヘンタイさんだってことを。
「ふぅ……やるか」
でも、きちんとその部分も受け入れていかなければ。俺はもう唯花以外の人と付き合うなんて想像もできないし、これからもずっと唯花と一緒にいたいと思っているのだ。
唯花には俺に対する尊重はして欲しいけど、我慢はして欲しくない。
やりたいことがあれば、ちゃんとやってほしい。手錠と目隠しならまだマシな方だから……うん、受け入れよう。
悲壮な覚悟を抱いてミックスペーパーをゴミ捨て場に捨ててしばらく待つと、唯花がお風呂場から出て来た。
濡れた髪をタオルで拭きながら、俺たちはジッとお互いを見つめ合う。
「……その、お風呂上がったら………私の部屋に、来て」
「……………………ああ」
……その言葉の意味を知らないほど、お互いもう子供じゃない。
できるだけ念入りに体を洗って、口臭がしないようにちゃんとケアをした後、俺は新しい服に着替えてから唯花の部屋に向かった。
「唯花、入ってもいいか?」
「あ、うん!!は、入って……………」
………ドアの向こうからでもあからさまに緊張しているのが見えて、余計に意識してしまう。
ドライヤーで紙を乾かし終えた唯花は、ベッドに座りながら俺をジッと見つめていた。普段のようにラフなシャツに半パンといったスタイルをしているけど、その下には間違いなく―――勝負下着やらを、着ているのだろう。
俺はドアを閉じてふう、と息を整えてから口火を切った。
「…………………………あの、唯花。一つだけ聞きたいことがあるけどさ」
「う、うん!なに……?」
「……わざとじゃないけど、俺、宅配のボックスを整理している際にうっかり見ちゃったんだ。その……か、買ったよな?手錠と、アイマスク……」
その言葉を聞いた途端、興奮で赤くなっていた唯花の顔が一気に青ざめていく。
俺の彼女は驚愕して両手で口元を隠してから、言葉にならない声を上げた。
「なっ………!そ、そ、それは………その………!」
「……ゆ、唯花?」
「ち、ち、違うの!!今すぐ使いたいわけじゃなくて!その、ちゃんとあなたの許可を得てから………ああ、いや!使いたくないわけじゃないけど!とにかく今日は……!えっと、えっと………!」
「……ぷはっ」
なんだ、こいつ。もしかして遠慮するつもりだったのか。じゃ、俺はわざと墓穴を掘ったような形になってしまうけれど……。
でも、別に大丈夫かもしれない。いずれは受け入れるつもりだったし、唯花がそれを買ったってことはちゃんとそういう欲望があるってことだから。
だから俺は、唯花の前に立って、軽く拳を握ってから………両手ごと、唯花の前に差し出した。
「えっ、し、しろ……!?」
「……ほら」
まさか、自分がこういうことを言う日が来るなんて想像もしてなかったけど――――
恥を忍びながら、俺は言葉をつづけた。
「手錠、つけたいんだろ?早くつけろよ」
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