34話  同じ部屋で寝ればいいじゃない

<桑上 奈白>



「本当に美味しかったわ!!ありがとうね、奈白」

「いえいえ、お口に合ってよかったです。けっこう心配してましたからね~すき焼きとか作ったことありませんし」

「あら、初めて作ったの!?すごいね!」



夕飯を食べて3人ともお風呂にまで入ってきた夜。俺は相変わらず紗耶香さんとダイニングテーブルに座りながら、和気あいあいに話を繰り広げていた。


ちょうど髪を乾かし終えた唯花は、何故かむすっとした顔でこちらを見ている。えっ、なんで……?



「そういえば、そろそろ寝る時間でしょ?お母さんはどうするの?」

「うう~~ん。そうね、あなたのベッド貸してもらえないかしら」

「…………………えっ、じゃ私は?」

「あら、奈白の部屋で寝ればいいじゃない」

「ええっ!?!?」



俺の口がポカンとなったのと同時に唯花が声を上げていた。さすがに、あいつも予想してなかったらしい。


いや……でも、考えてみれば当たり前のことだよな?紗耶香さんを床で寝かせるわけにはいかないしどちらのベッドもしシングルベッドだから、自然と唯花はベッドを使えないし!


もしかして紗耶香さん、元からこのつもりだったのか……!



「あっ、いや……えっと、その」

「ふふ~ん?なにか問題あるのかしら。あなたたち、昔はよく同じベッドで寝てたでしょ?」

「それは小学時代の話じゃないですか!」

「ええ~~そうかしら。ふふふっ」

「紗耶香さん……!」



必死になにかを言いかけても、紗耶香さんはあくまで知らんぷり。その時、唯花がぼそっと呟いてきた。



「……分かった」

「…………………………え?唯花?」

「ふふふふっ」

「な、なに。仕方ないじゃん。お母さんを床に寝かせるわけにもいかないし……布団はあんたの部屋のクローゼットにあるし」

「いや、そうだけど……だけど……」



……こいつ、本当に気づいてないのか?いくら布団があると言っても、普通に布団を持って自分の部屋で寝ればいいだけだろ?


でも、わざわざ俺の部屋に寝るってことは……!ああ、くそ。嬉しいから反論もできないけど、本当に大丈夫なのか、これ……?



「うん、それじゃ決まりね~ふぁあん……さすがに今日はいっぱい喋って疲れたわ~早く寝よっと」

「えっ、ちょっ!?」

「……おやすみ」

「うんうん、唯花もおやすみ。奈白も、また明日ね!」

「いやっ、紗耶香さん!?ちょっ……!」



腕を差し伸べてみても、すべては後の祭り。紗耶香さんは信じられないくらいの速さで唯花の部屋に入り、かちゃっとドアのロックまでかけた。


残されたのは俺と、何故か赤面している唯花だけ。



「……ほら、行こうよ。あんたも今日は疲れたでしょ?」

「いや………はあ、そうだな。行こうか」



……まあ、いいか。なんか急に状況が変わってしまったけど、こいつと一緒に寝られるのは素直に嬉しいし。同じ布団を使うわけでもないし、俺が床で寝れば丸く収まるだろう。


でも、そんな俺の思惑は唯花の一言によって簡単に砕かれてしまった。



「は?俺にベッドを使えと?」

「そうよ、その方が妥当でしょ?この部屋の主はあんただから」

「いやいやいや!!お前は女だろ!?いくらなんでもそれはちょっと……!」

「……ふうん、昔はそんな気遣い全然してなかったくせに」

「くっ……お、お前こそ!お前こそ昔はそんなこと言ってなかっただろ!?今更なに健気なこと言ってんだよ。とにかくお前がベッド使え!」

「使いません~~私はどんなことがあっても絶対に床で寝ま~~す」

「お前な……!」



おかしいだろ!?昔は遠慮なしに俺のベッドバンバン使ってたくせに、なんで急にしおらしくなるんだよ!?いくら時間が経ったとしてもこれは変わりすぎだろ!


はあ……本当にどうしたらいいんだか。好きな人を床に寝かせて自分だけベッドを使うなんて、さすがに最悪だ。かといって、このままだと本当に自分だけベッドを使いそうだから、八方ふさがりだ。


どうやって言いくるめるか悩んでいた俺に、ふと唯花が小声で言ってきた。



「……………じゃ、一緒に寝ればいいじゃん」

「……は?」

「一緒に、ベッドで寝ればいいじゃん。そんなに私のこと気になるなら」



一瞬、頭の中のすべてがフリーズする。唯花はあくまでも平然とした顔で、しかし耳元を真っ赤にしながら、俺をじっと見つめていた。


は?なんて言った、こいつ。一緒に寝る?一緒に寝ると……?シングルベッドなのに?狭くて体が密着するしかなくなるのに!?



「な、なっ……」

「……嫌なら私が床で寝るから。そこ退いてよ。布団出すのに邪魔」

「いや、お前……!」



同じ部屋で寝ると言われただけでも頭がくらくらするのに、同じベッドまで使いたいと告げられたせいで俺はもうパニック状態だった。こいつは本当に今にでも布団を出すつもりらしく、クローゼットの扉を開こうとしている。


それでも、好きな人を床に寝かせたくはないから。


だから、俺は唯花の肩を掴んで、もうなるようになれという心持で言った。



「分かった、分かったから!!一緒のベッド使えばいいだろ?」

「……………え?」

「……なにポカンとしてんだよ、お前が言いだしたんだろ?いくら腐れ縁でも床に寝かせるわけにはいかないから……ほら、こっち来い」

「えっ……えっ」



こんな状況になるのは予想してなかったか、唯花は口をパクパクしながら大人しく手首を掴まれていた。そのまま唯花を引っ張って、無理やりベッドに座らせる。



「……ほら、早く」

「……本当にいいの?」

「いいもなにも……仕方ないだろ、紗耶香さんをベッドから連れ出すわけにもいかないし」

「……………………………」



お互いしばらく目を合わせてから、唯花は観念したように横たわって、ベッドの内側に体を寄せる。俺はドクンドクンと鳴る心臓を無理やり落ち着かせながら、ゆっくりとベッドに入った。



「……電気、消すからな?」

「………うん」



リモコンを使って電気を消すと、文字通り部屋が真っ暗になる。俺は体の向きを外側にして、唯花と背中が当たるような形で横たわっていた。


当たり前だけど、狭い。そりゃシングルベッドで大の大人が二人も寝ているのだから当然だ。それに枕だって俺が使っているもの一つしかいないから、自然と距離が近くなってしまう。



「……………………………」

「……………………………」



息遣いの音でも聞こえそうなほどの距離で、俺たちは背中を合わせる。だというのに、唯花のシャンプーの匂いとボディーソープの香りがほんのりと伝わってきて、頭が狂いそうになる。


布越しなのに当たっている背中は小さくて、変に手汗が滲み出て、恥ずかしさと欲望のせいで顔にも熱が上がっていく。心臓の音がうるさすぎて、唯花に聞こえないか心配になってきた。



「…………っ」



このままじゃ、本当にまずい。それに枕も二人で使ってるんだから、こいつもいささか不便なのだろう。


だから、俺は体を外側に動かして腕枕をし、唯花が一人で枕を使わせるようにした。


でも、次の瞬間。



「……なんで離れるの?」



だいぶ不安が混じっている声が、横から飛んでくる。



「いや、枕は一つしかないだろ?だからと言ってこのベッドで枕を二つおくわけにもいかないし。お前が使った方が……」

「誰もそんなこと望んでない。早くこっちに寄ってよ。このベッド、あんたのものでしょ?」

「変に意固地になるなよ……俺は大丈夫だから、早く寝ろ」

「……………バカ」



小さな悪態を吐かれて、思わず苦笑いを零してしまった。これでなんとか今夜はしのげると思ってたけれど………その期待は、一瞬で消え失せた。


初めては、ただの温もりだった。体が何かに包まれるように柔らかくて、足にも何かがからめとられて、でも暖かいから……気づかなかったけど。


でも、すぐに違和感が湧いた。感触が明らかに違う。首元と胴体に回される腕と、背中に感じられる二つの、熱くて柔らかい感触……。


それが何かを悟った瞬間、俺は大声で叫んでしまっていた。



「なっ……!?ゆ、ゆいか!?」

「………………」



一つのベッドで、密着している状態で。


唯花が背中から、俺をぎゅっと抱きしめて来たのだ。

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