35話 エッチな小説を書いた理由
<
「ゆ、ゆいか!?」
大胆なことをしている自覚はあった。白に拒絶されるかもしれないという怖さも、当然あった。
でも、こうでもしなきゃ耐えられなかった。私をずっと気遣って枕まで譲ろうとするこいつのことが好きすぎて。そんな人の匂いがする布団と枕を使っているんだから、こうなるのも仕方ないと思う。
体は大人でも、心は子供のまま。私は、好きな人の匂いを少し嗅いだだけでも体が火照るような、いやらしい子供のままだ。
「なにしてんだ、お前……は、離れろ」
「………やだ」
「なんで急に抱きつくんだよ……っ、は、早く……」
「……あんたが変なことするからじゃん。勝手に腕枕して、私ばっかり気遣うから」
「それは……仕方ないだろう。ただでさえベッドも狭いし」
「……だったら、いいじゃん。ベッド狭いし、こうでもしなきゃ私も窮屈だからね?」
「よくない!お前………っ」
暗闇の中だから、白がどんな反応をしているのか分からない。でも、明らかに慌てているようには見えた。それに言葉ではあれこれ言ってるくせに、私の腕を全然解かそうとしない。
やっぱり、この男はズルい。昔からずっとズルかった。私のこと大切にしてくれるくせに決して自分からは線を越えて来ないし、私が近寄ろうとしたらすぐ体を縮こませて私を拒む。そのくせにまた、逃げたりはしない。
何から何までうざったくて、優しくて、息が詰まりそうなほど悪質な男。
おかしいでしょ。なんで責任取らないの?私の目を眩ませたのが誰だと思ってるの……?
……だから、これはお仕置き。あなたはもっと、私で困るべきよ。
「……唯花」
「……解かないからね?」
「いやっ……ど、どうしたんだよ、お前。今日なんか変だぞ?」
「ぜ~んぜん変じゃないけど?普通だけど?」
「普通のお前ならこんなことして来ないだろ!はあ……分かった、分かったから!枕一緒に使えばいいだろ!?」
結局、白は私が使っている枕を少しだけ引っ張って、自分の頭を乗せた。でも、相変わらず私に背を向けている。
……その方がいいかもしれないと思ってしまうあたり、やっぱり私も臆病者だと思う。
怖がりだ。そう、私は白を失うのが怖い。大切すぎるからこそ、むやみに距離を詰められない。私の好きがもっと軽かったら、もっと一時的なものだったら……当たって砕けるみたいな感じで、告白することができたかもしれないのに。
でも、私にとって白が大きすぎるから。失ったらもう何もかも終わりだから、どうしても勇気が出ない。だから告白を20年も先延ばしにしていたんだし、今もこうして乙女みたいに心臓をどくどく鳴らしているのだ。
もう、白のものじゃない自分を想像できないから。
「………白」
「……なんだ?」
「……ごめん。今日、お母さんのせいで疲れてたでしょ?急に泊って行くとか言い出されて」
「ああ……いや、それは別にいいぞ。紗耶香さんといるの嫌じゃないし、昔はかなりお世話になってたからな」
「そう……よかった」
「……紗耶香さん、なにも変わってなくてホッとしたよ。お元気そうでよかったと、マジで思ってる」
「あんたはお母さんの息子じゃないからそんなこと言えるのよ?私はもう大変だからね?」
「ははっ、そっか……まあ、確かに四六時中あんなテンションだとちょっと大変かも」
「そうだよ、まったく」
話はうまく逸らした気がするけど、私の心臓は一向に落ち着いてくれない。眠気はとっくに飛んでいて、どうやら今日は夜更かし確定になるらしい。
だから。せっかく眠気も飛んで行ったことだから、私はもうちょっと大胆になることにした。
「……白」
「……うん、なんだ?」
「一緒に、旅行行かない?」
「旅行って……ああ、昼間に紗耶香さんに言ってたアレか」
「うん、温泉旅行。GWだと会社もおやすみなんでしょ?」
「まあ、確かにそうだけど………ちょっと分からないな。行くとしても、今から予約取れるかが心配だけど」
「取れるんじゃない?GWまではまだちょっと残ってるし、お母さん曰く客も少なかったらしいから」
「………………分かった。まあ、いいだろ」
白は、さっきより震えている声色で言う。
「……旅行、行くか。二人で」
「……………………………うん、行く」
「お前は大丈夫なのか?仕事あるだろ?」
「原稿はその日の分まで予め書いてれば問題ないし。そもそも、家じゃなくてもノートパソコン一つあればどこにでも作業できるし」
「それは羨ましいな……じゃ、明日もう一度紗耶香さんに聞いてみるわ」
「……うん」
……あなたが隣にいる状態で作業に集中できるはずがないじゃない、バカ。
でも、こんなことを言ったら本当に取り返しがつかなくなりそうで、とりあえず黙っておく。もう手遅れかもしれないけど、これ以上気持ちを伝えてしまったら本当に気持ちがバレちゃう。
……いや、もうだいぶバレているのかもしれないけど。
「……あのな、唯花」
「うん?」
今度は珍しく白から話が飛んできたので、私は食いつくように答えた。
「あ、いや。えっと……お前、大学時代には本当に引きこもってたのか?」
「…………私、お店で確かに言ったよね?人の黒歴史を掘り返すなと」
「いやいや、別に掘り返してないだろ?あくまで気になってただけで……一つ、質問していいか?」
「やだ、それ以上言ったら罰ゲーム」
「……お前、なんで引きこもってたんだよ。そんな質じゃないだろ?」
「……………なんで聞くの?罰ゲームって言ったでしょ?」
心臓が弾けそうになるこっちの気も知らないで、白は私の声が聞えないと言わんばかりに次々と言葉を並べていく。
「お前、普通に誰とも上手くやっていけるタイプだろ?他の人たちとつるんでたらそこそこ楽しいこといっぱいあったはずなのに、なんで引きこもっていたのか……それがやっぱり、気になるんだよ」
「……………ルール違反。罰ゲーム、確定だからね」
「……それはいいから、なんか答えてくれると嬉しいかな」
……………この男、私の顔が見えないことをいいとして、よくもそんな質問を……。
どう考えても私に答える義理はなかった。勝手にルールを破ったのは白の方で、私は答えようが答えまいがなんの関係もないし、咎められる筋合いもない。
……でも、私は生唾を呑み込んで、瞳をぎゅっと閉じって、答えてしまう。
「お母さんに聞いたでしょ?あの頃はとにかく、なにしても面白くなかったの。他の人ともあんまり絡みたくなかった。それだけ」
「……本当に、それだけなのか?」
「……なに?他の理由が欲しい?」
たとえば、あなたが傍にいなかったせいでずっと落ち込んでたから………とか?そんな答えが聞きたいわけ?
でも、白は分かりやすくハッと息を呑んで即座に否定してきた。
「い、いや、ルールを破ってまでした質問だから、もうちょっと別の答えが欲しかったというか…………なんか、そう!なんか、想像が上手くできなくてさ。高校の時はあんなにも元気だったヤツが………」
「…………………」
……もう、本当のこと言っちゃっていいんじゃないかな?
正直に言うと、もう何もかも伝えたいのに。この胸の中にくすぶっている気持ちも、私が今感じている好きも、愛おしさも、何もかも丸めてこいつに投げ飛ばしたいのに。
……この匂いが、いけない。昔よりずっと大きくなったこの背中から漂う好きな人の匂いが、どんどん私の理性を削っていく。私をダメにする。
すぐにでも白の上に跨って、理由を全部説明して首筋に飛び掛かって、私のものだと知らせるようなキスマークを何度もつけて。
この膨らんだ心が萎むまで抱きしめて、キスして、好きだと愛していると何度も叫びながら…………白を、貪りたい。
………そう、これは性欲だ。私が20年近く溜めて来た、ドロドロな欲望。
「…………唯花?どうした?」
「……………………」
……いい、白?すべての小説にはね、必ず作家の欲望が入ってしまうのよ。欲望を注ぐつもりがなくても、気づいたら小説の中に自分の欠片が残っているの。
私が何言ってるか、分かる?
伊達に、私があなたでエッチな小説書いたわけじゃないのよ?私があんな風にえぐい内容で書いたのは、その分あなたを独占したいという気持ちがあったから。隅々まであなたを貪って、自分のものにしたいという欲望があったからだよ?
なのに、なんなの?なんでわざわざそんなこと聞いてくるわけ?あなたは、あなたがいなかったから私が寂しかったという言葉を欲しがっているじゃない。もし、私が本気で答えてしまったら……あなたに、責任が取れるの?
この膨らみ切った気持ち、一度突いただけでもパンと弾けてしまうこの気持ち、本当にあなたはすべて受け止められるの?
「……………唯花?」
「……………………やっぱり、言わない」
「えっ?ゆい……」
「お願い……悪いと思うけど、今はダメ。ごめん」
「あ、いや。謝るようなことじゃ……えっ、唯花?」
……ああ、また暴走しそうになる。
本当に、ダメだ。物理的な距離が近いせいでどんどん我慢ができなくなる。もう一種の拷問に近い気がしてきた。甘くて暖かくてずっとこの時間に浸っていたいのに、心の底から私を苦しませる、悪い拷問。
だから、その気持ちの表せで、私は白をもっとぎゅって抱きしめた。もうこれしか、この膨らみを萎ませる行動が思いつかなかったから。
白は一瞬ビクンと体を跳ねてたけど、やがて観念したようにふうと息をついて、優しい声で告げてくる。
「……唯花?」
「早く、寝て。お願いだから」
「……」
「…………お願い、早く」
「わ、分かった。おやすみ……」
………おやすみ、じゃないわよ。
あなたのせいで私はもう、今日は何があっても、眠れそうにないんだから……。
ちゃんと分かってるの?この、鈍感男………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます