36話  ちゃんと気持ちを伝えたい

桑上くわかみ 奈白なしろ



「うん………んん……」



まどろみの中で日差しと、腕がピリピリするような感覚が割り込んでくる。それとなんかいつもより熱くて柔らかくて、いい匂いもして……うん?



「……………………ぁ」



そうだった。俺、唯花と一緒に寝ちゃってたっけ。昨晩は、そんな状態でいながらも必死に理性を振り絞った自分を褒めてあげたいところだけど……。


なんなんだ、この状況は……!



「んん………しろぉ……」

「~~~~!?!?!?!?!?!?」



なんだ、こいつ。なんで俺に抱きついてるんだ!いや、昨日寝る前にも確かにくっついてきた気はするけど、あの時は確かに背を向けていたはずだが!?


今は違う。今の俺たちは、正しく抱きしめ合っている状態だった。唯花は俺の腕を枕にして懐の中で気持ちよさそうに眠っていて、俺のもう片方の腕は何故か唯花の背中を抱きしめているという……なんだ、これ。一体なにが起きたんだ……!



「っ………ゆ、ゆいか」

「すぅ、すぅ、すぅ………」



ダメだ、こいつ完全に熟睡してやがる……!不公平すぎるだろ、俺は昨日ほとんど寝れなかったのに……はあ。


でも、やはりというべきか嫌な気はしなかった。なにせ、好きな人が自分の懐のなかで寝ているんだから。日差しを浴びてもっと明るく見えるサラサラな銀色の髪と、あどけない顔。


どうしてこんな態勢になったのかは分からないけど、起き抜けに唯花を見られるというのは素直に嬉しい。



「……んん……しろぉ」



こいつもよく寝れなかったのか、少し動いたにも関わらず起きる気配は見せなかった。昨日の夜に感じた胸の感触がまたびしっと胸板の下あたりに伝わってきて、思わず変な声を上げそうになる。


刺激が強すぎる状況でいながらも、俺は久しぶりに見る唯花の寝顔をずっと堪能していた。



「………全く」



綺麗に閉ざされた両目と、白くてシミ一つない肌。高めの鼻と柔らかそうな唇。


……唇。既に触れ合ったことのある、唇。


……未だに実感が湧かない。いや、キスをしたという自覚はあっても、なにかしっくりくるものがいなかった。最初のキスはお酒の勢いで起きた事故みたいなもんだったし、その後はプロット作りに協力するための演技をしていた途中で……成り行きに、雰囲気に流されて、してしまったことだから。


俺は唯花のことが好きだ。だから、もちろんこいつともう一度キスがしたいし、今度はちゃんと素面でキスしたいとも思っている。


ちゃんと俺の告白をOKしてもらった後に、演技ではないキスがしたい。



「…………………」

「すぅ……すぅ……」



……お前は、どうなんだ?唯花。


心の中で情けなくそう聞いてみた。今の俺は、少なくとも唯花に嫌われてはいないと思う。一緒に暮らしてもいるし、演技とはいえキスもしたし、一緒に寝ようと先に言い出してきたのはこいつの方だから。異性的な好感がまるでないなら、こんな事態にも及ばなかったと思う。


普段の言動を見ても唯花はある程度、俺を意識しているはずだ。


正直に言うと、今すぐにでも告白して、正式な恋人になりたかった。今こうして抱きしめられている状況をいいことに、もっと唯花を強く抱きしめてあげたいし、貪りたいとも思っている。この衝動だけは仕方がない。これは、悲しい男のさがというものだから。



「………………」



そう、俺は昔に戻るつもりがなかった。もう高校生の時のような情けない真似をするのはごめんだ。俺はちゃんとこの気持ちを言葉にして、唯花に伝えたい。


その後にも、こうして一緒にいられるといいのだが……まあ。今はこれでいいだろう。



「……………うぅ……んん?」

「………起きたか?」

「ん……?しろぉ……?なんで…………えっ」



そこまで考えたところで、ちょうど唯花が目を覚めてこちらを見上げてきた。俺の顔を一度見て、前を見て、自分が頭を乗せているものがなんなのかを確認して……。


本当に信じられないくらいの速さで、唯花の顔が急速に赤くなっていった。



「なっ……………なっ!?」

「……おはよう。えっと、腕が痛いからそろそろ起きてくれないか……?」

「きゃああ!?!?!?あっ、あっ、あっ……!」



飛び跳ねるように唯花が起き上がる。さっきのような香りがなくなったことに惜しみつつも、俺は体を起こして何度か腕を回した。


何時間も腕枕をされていたせいか、かなりしびれて痛い。



「し、しろ……!?」

「…………おはよう」

「あっ、うん。おはよう………って、ご、ごめん!!その、腕……枕にしちゃって……」

「いや、それは別に……まあ」

「…………………」



唯花は相変わらず秋のリンゴみたいな真っ赤な顔で、俺を見上げていた。



「……変なこと、してないよね?」

「っ……な、なんだよ、変なことって」

「い、色々あるじゃない!キス…………………………とか」

「…………………す、するわけないだろう。寝ているヤツにそんなことするなんて、普通に最悪だし」

「……………………………ふうん、してないんだ」

「え?」

「……なんでもない」



……………………こいつ、マジでなんでこんな反応するんだ?あからさまにがっかりしたような顔をしやがって……!俺に忍耐心テストでもさせる気なのか!?



「………ほら、早く退いて」

「は?」

「ベッドから出られないじゃん……それとも、二度寝する気?」

「あ…………いや、ごめん」

「…………いい」



素早く脚を動かすと、唯花は少し俯いてからベッドから出て、ふうとため息をつく。日差しのせいか、普段より耳たぶがずっと赤くなっているのが見えた。


そのまま、唯花が部屋から出ようとしたところで――――



「…………………………は?」

「あ、あら~~~」



……いつからか、ドアの隙間でニヤニヤしながら、俺たちを覗き見していた紗耶香さんと目があってしまって。


ヤツはもう部屋中に轟くくらいの声量で、悲鳴を上げたのだ。



「きゃああああああああ!!!!!!!」

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