37話  愛が深まれば仕方ない

夏目なつめ 唯花ゆいか



お母さんという嵐が過ぎ去った後、私たちはようやく平穏な日常を取り戻していた。


私はプロットが通った後に原稿に集中しなければいけなかったし、白は白なりに会社の仕事があるから、平日にはそこまで一緒にいられなかった。顔を合わせる時間といってもせいぜい朝に私がお見送りする時とか、夕飯の時くらいだし。


でも、今日はちょっと違った。珍しく白から部屋のドアをノックされたから。



「唯花~~入っていいか?」

「あ、はい~~」



……私が夏白唯だとバレた後からは、白も平然と私の部屋に行き来するようになっている。今更だけど恥ずかしくなって、私はぎゅっと両目をつぶってからドアを開けた。



「ラノベや漫画貸してくれよ。この前のは全部読み終わったから」

「ええ……?私だってそんなに多く持ってるわけじゃないけど……まあ、とりあえず入って」

「おう、お邪魔します」



白は私の部屋に入るなり、ベッドの縁に腰かけて部屋中を見回す。


……なんか、自分の恥部を晒されているようで落ち着かない。



「でもお前、言う割にはけっこうラノベ持ってるんだよな……やっぱり作家は読書量も違うのか」

「生き残るためには仕方ないんでしょ?それで、何を借りたいわけ?」

「それを決めてないんだよな。まあ、ここはシェフのおまかせで」

「えええ~~それが一番困るんだけど。大体、私の部屋にあるラノベは大体あんたの部屋にもあるんだし……そうね、ゲームは?」

「ゲーム?」

「うん、ギャルケーとかいいじゃん。それやってみたら?」

「えっ、お前持ってんのか?」



……なんなのかな~この視線。めちゃくちゃムカつくけど。



「当たり前じゃん、大学の時に色々と買ったから……そうね。これとかどう?」

「っ……これ、ヤンデレ物だろ?ヒロインが野球バットで主人公の頭打つヤツ」

「ええ~~ちゃんと他のエンディングもあるし、ストーリーも面白い超傑作なのに。じゃ、これは?」

「…………………これ、アレだろ?ヒロインが他のヒロインの腹を切って中身を確かめる……」

「そのシーンのインパクトが強すぎるだけで、普通に面白いからね!?まあ、昔のものだし絵はちょっとアレだけど……ん、じゃこれ!同人で出たヤツだけど、絵も可愛いしストーリももう面白くて面白くて……!」

「……………ちょっと待って、唯花」

「うん?」



ゲームソフトを見た瞬間に、白は血の気が引いた顔で私の手首を掴んできた。なんで?普通に面白い作品おすすめしたのに……?



「……お前、なんでヤンデレ物しか持ってないんだよ!?どういうことだ!?」

「ええ……?さっきの二つはまあまあそうだとしても、これはヤンデレ物じゃないよ?」

「…………………失礼じゃなければ、そのソフトのタイトル読み上げてもらえませんか?」

「私だけいれば問題ないよね?~真の愛を求めるクラスメイトの都合~」

「………………………………………………………」

「うん?どうしたの?」



……うん?なんで冷や汗かいているのかな。肩もそんなにぶるぶる震わせて……もしかして部屋が寒いとか?


もしかして私が見せたタイトルにドン引きして?いや、でもおかしいじゃん。普通に描写も上手いしヒロインに感情移入もできる名作なのに……。


それにヤンデレヤンデレ言っても、愛が深まれば相手を独占したいという気持ちが湧くのは当たり前だよね?そんなに好きな相手が他の女にへらへらしてたら私でも……ふふふっ、ふふふふふふっ。



「……………胃が痛くなってきた」

「えっ、大丈夫?薬買ってこようか?」

「いえ、大丈夫です……げ、ゲームはいいかも………普通に新しい漫画探すわ」

「ううん……?わ、分かった……」

「ふぅ……ふぅ…………ふぅううう………」



体の震え具合が尋常じゃなかったので、とりあえずゲームの話は水に流すことに。白は何度か呼吸を整えた後に、俺を見上げてきた。



「そ、そういえば、GWの予定だけどさ」

「あ、うん!お母さんから連絡あった?」

「ああ、紗耶香さんに旅館の住所と電話番号もらって電話してみたら、ちょうど一部屋空いてるらしくてな」

「へぇ、再来週なのにまだ部屋があるんだ……えっ、ちょっと待って。部屋一つ!?」

「ああ、ちょうど和室一つ残っているらしくて……まあ、それも兼ねてお前の部屋に来たわけだが……どうする?」



白はさっきより緊張したような声色でそう聞いてくる。どうするもなにも、この流れじゃその部屋にするしかなくなるけど。


……そうだ、一番大事なものを聞かなきゃ。



「……ち、ちなみにダブルベッド……とかじゃないよね?」

「……なに考えてんだよ。和室だから個人のお布団で寝るに決まってるだろ」

「っ……!で、でもあんたが部屋一つだって言うから!」

「だからって思考がダブルベッドに飛ぶヤツがいるか!!ったく……別に、そんなんじゃないから」



……なに、この男!?なんでこんな反応なの?あんたは私と一緒に寝たくないわけ!?ああん!?



「とにかく、時間はあるんだよな?じゃ今のうちに予約しとくぞ?」

「……分かった。時間開けとく」

「おう」



思い返してみれば、こいつと二人きりで旅行に行くのは初めてかもしれない。


……やばっ、意識したらめちゃくちゃドキドキしてくるんだけど!?



「じゃ、俺はこれで」

「………うん、予約お願い」

「ああ、また明日な」



少しだけ顔が赤くなった白を見送った後に、私は白がさっきまで座っていた位置にこしかけて、ふうと深呼吸をする。好きな人の匂いがまだ残っていて嬉しいのに、頭はどんどん複雑になって行く。


人の残り香を嗅いで嬉しがるなんて、これはもうただのヘンタイじゃん。キモい女じゃん。


ああ……でも、分かっている。うん、分かっている。私はヘンタイで、白のことになるととことんキモくなって、独占欲も強い女だってことを。


……我慢できるのかな、私。旅行に行ったらテンション高くなって、お酒飲んでまた白に色々しちゃいそうだけど。



「……大丈夫、だよね?」



そ、そう。私は日々成長するまっとうな大人。反省ができる女!だから、たぶん大丈夫なはず……だけど。



「……下着と、コンドームは……………買っておこう」



万が一に、万が一にあいつが私を襲う可能性もあるから。


その時のために下着もちゃんと可愛いヤツに揃えようと、そう心に決めたのだった。

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