4話  相手の言うことをなんでも聞く

桑上くわかみ 奈白なしろ



部屋に入る前には必ずノックを。


相手がいない時は何があっても部屋に入らないこと。相手のパソコン使うのも禁止。仕事や職種を詮索しない(ただし、向こうから言ってくるのであれば話は別)。何があってもお互いのプライバシーを尊重する……。


……なんか、全部基本中の基本だから別にいいけど、プライバシーに関する内容だけ細かくないか?


いや、分かるけどさ。幼馴染といっても一応男と女だし、俺だって見られたくないものの一つや二つくらいはあるから全然いいけど、なんか妙な必死さを感じられるんだよな。



「……な、なによ。なんでジッと見てんの?」

「いや、別に?」



まあ、色々あるのだろう。こいつのプライバシーに全く興味がないわけじゃないけど、深追いして喧嘩になるのよりは静かにした方がいい。


実際、俺たちにはあと2年も残っているのだ。互いを知る機会はいくらでもある。といっても幼馴染だから、こいつのことはもうほとんど知り尽くしているが。



「じゃ、今のところはこれでいいんだよな?」

「うん、追加したい内容があれば後で話し合えばいいし」

「よっし、じゃ決まりだ」



そうやって、俺たちの共同生活においての初めてのルールが決められた。さっき目を通したプライバシーに関する内容も含めて、割と平坦なものにできたと思う。


掃除は土曜日に一緒に。洗濯は唯花が担当するけど、俺は代わりにゴミ捨てを担当する。帰るのが遅くなりそうなときは必ず連絡を入れること。外泊だって右に同じ。その他の些細なことは話し合いを経て決めること。


うん、今のところはこれくらいでいいだろう。納得して何度か頷くと、唯花もようやく安心した面持ちでニヤリと笑って見せた。


……歯をむき出しにして笑う癖は変わってないな~こいつ。



「あ、そうだ。白」

「うん?」

「さっき気づいたんだけどさ。ルールを破った時の罰ゲームがなくない?」

「罰ゲームって……そういえばそうだな。ペナルティーがないとルールが存在する理由もないもんな」

「それだよ、それ!だから、今からそのペナルティーを決めようと思うんだけど―――」



……なんだろう。めちゃくちゃ嫌な予感がするけど。



「ルールを破ったら相手の言うことをなんでも一つ聞く。これでどうかな?」

「…………………なんで嫌な予感はいつも当たるんだか」

「うん?今なにか言った?」



本当になにも聞こえなかった、唯花はしれっとした顔でこちらを見てくる。俺は片手で頭を押さえながら答えた。



「言っとくけど、俺は反対だからな?相手の言うことをなんでも聞くなんて、それただの横暴だろ、横暴」

「えぇ~~なに、自信ないの?ルールを守ればいいだけでしょ?」

「大体ネタが古いんだよ!どっかのラノベじゃねーし、一体俺に何をさせる気なんだ!」

「ふ~~~~~~~ん。そんなに自身ないんだ?」



くっ、この顔……!高校の時のあの生意気顔……!



「どうしよう~?ああ、怖い、怖い。白は一体どんなルールを破るつもりなのかな~~」

「うっざ……!いや、先のことなんて誰にも分からないだろ!?やむを得ない事情があるかもしれないし!」

「やむを得ない事情~~?ううん~何かなぁ?どんな事情があればルールを破ってしまうのかな。私はよく分かんないな~~やぁん、いやらしいっ」

「こいつ………!」



こいつ………前よりちょっとはおしとやかになったと思ったら、全然昔通りだわ!!なんにも変わってねぇ……!



「ふふっ、どうしたんですか、奈白君?顔が赤いですよ?」

「くっ………!」



でも、腐っても20年もこいつの幼馴染をやってきた俺だ。それに、陰キャだった過去とは違って、今の俺はコミュニケーション能力を身につけた立派な社会人!


こういう時は……そうだ。開き直って意趣返し!



「……はっ、そうだな。もし俺がルール破ると言ったらどうするんだよ」

「…………え?」

「わざとルール破ったらどうするつもりなんだ、って聞いてんだ。だってそうだろ?お前に何かできるわけでもねーし。俺がお前のいない間に部屋に入って色々見回したりしてもお前には分からないだろ?」

「…………………………………」

「ていうか、部屋に何か隠されてるのか?妙な必死さを感じたんだよな、俺。お前は昔からスケベだったから、もしや俺に見せられないくらいのえっぐい同人誌でも――――」

「…………………………………5秒待って」

「うん?ああ……」



えっ、なんだ?急に空気がめっちゃ変わったけど。なんかヤバそうな目つきしてたけど………えっ?


……あれ?なんで部屋でガタガタする音が?まるで段ボールで何かを探しているような音が……………って!?


「ちょ、ちょちょちょちょっと待って!!なんだそれは!!」

「知らないの?野球バットじゃん」

「きゃあぁああああああああ!!ちょっ、やめろよ!早くそれを下ろせ!!」

「ええ……?だって、あんたわざとルール破るって言ったじゃん。てことは、私の部屋の本棚あさったり、パソコンつけて私の秘密を色々と見たりするってことだよね……?そうだよね?あはっ」

「笑うな!!ちょっ、マジでシャレにならねーからそれは一旦下ろせ!!というか、野球もやらないヤツがなんでそんなもん持ってんだよ!!」

「あ、大丈夫。死んだりはしないよ?これ、コスプレ用のプラスチックバットだし、実際のものよりずっと軽いし……でも、そうね」



目の光を失せたまま、唯花はニヤッと片方の口角を上げて見せる。



「精いっぱい振ったら、記憶くらいは飛ばせるかも?」

「きゃあああああああああ!!!」



なんてこと言うんだ、こいつは!!なんで!?マジで理由が分からないんだけど?なんでさっきから目が死んでんだよ!!



「いや、違う!!冗談言っただけだから!そもそも、まともな常識持ってるやつなら相手の部屋にむやみに入るわけねーだろ!」

「…………は?あんたがまともな常識を持っているとでも?」

「ちょっと待って、その発言は聞き捨てられないんだが?俺がなにしたって言うんだよ!」

「……………………………………………」

「…………あ、あれ。唯花?」

「……あんたはずっと変だった。昔から、ずっと………ず~~~~っと変だったのよ、この鈍感男」

「……………え?」



鈍感?どういうことだ、こいつ。頬膨らませて、恨みがましい目をして……。



「な……なに言ってんだか分からないけど、とにかく落ち着け。大体、俺が先にルール破るなんてありえないだろ?」



そ、そうだ。そもそも、ルールを破る確率なら俺よりこいつの方がよっぽど上なのだ。俺は会社に行かなきゃだから平日はずっと家を空けてるけど、こいつはフリーで働いているって言ってたから家を出ることもないだろうし!



「…………………本当に?」

「当たり前だろ!?相手の許可もなしに部屋に入るなんて、普通に最悪じゃねーか」

「…………ふうん」



必死な返答を聞いてようやく落ち着いてくれたのか、唯花は「散かしてごめん」と短く言って自分の部屋にバットを放り投げて席に戻ってきた。心なしかちょっと拗ねてるようにも見える。


……なんでだ、命の危機を感じたのは俺なのに。



「……だったら、いいじゃん。罰ゲーム」

「は?」

「相手の言うことをなんでも聞くってことで……いいじゃん」



……………なんでこいつはこんなにも命令したがるんだ?俺、こいつになにか恨みを買うようなことしたっけ?



「はあああ……もういいよそれで。ルール破るつもりはねーし」

「よっし、じゃ罰ゲームはOKってことで」

「………おう」



ため息をつきながらようやく納得しかけたところで、頭の中でまた一つの可能性が浮かび上がる。


もしかして、こいつがルールを破ったら?その時になったらどんな命令をすればいいんだ……?さすがに、その………俺の気持ちがバレそうな命令はできないけど……。



「ふふ~~ん」

「………はっ!」

「ねぇ、なにをそんなに考えてたの?さっきあんたの目、めちゃくちゃいやらしかったよ?」

「い、いやらしいって……!そんなわけねーだろ!ただ……ちょっと考え事があって」

「相変わらず読みやすいんだよね~あんた、私がルール破った時にどんな命令すればいいか考えてたでしょ?そうでしょ?」

「うくっ……ち、違うからな?勘違いすんなよ!」

「ええ~~じゃなに考えてたの?なに考えてたらそんなに顔が赤くなれるの~?ねぇ、ねぇ~~」



腐っても幼馴染だからか、こっちの思惑を全部読んできやがる……!でも、悔しくて恥ずかしくて素直に認めたくはなかった。とにかくここで何か言い返せなきゃいけないけど……。


どうするかと必死に頭をひねっていたところで、俺はふと名案を思い付く。



「そうだ、お前の仕事!」

「うん?仕事?」

「ほら、物件探している時に言っただろ?フリーで働いてるから住む場所は俺が選んでもいいって。それが一応気になってな」

「………私の仕事?」

「そうだよ。あ、詮索しているわけじゃないからな?無理に聞き出そうとも思わねーし。でも、普通気にはなるだろう?一緒に住んでいる人がどんな仕事してるのかくらいは」

「……………………………」



想像した以上に間があって、俺はなにか間違ったのかなと一瞬ひるんでしまった。でも、よくよく見たらけっこう悩んでいるそうで、少なくとも地雷か何かを踏んだ感じではない。


あれから1分くらいは経っただろうか。ようやくヤツは意を決したように深呼吸をして、俺を見据えて来た。



「……小説」

「は?」

「小説書いてるの、私」

「小説って……えっと、文芸作品?」

「ううん、ラノベ」

「ラノベ……えっ、女なのに?」

「なによ、悪い?最近は女性作家さんも多いんだから」



いや、こいつがオタクなのは昔から知ってたけど、まさかラノベを書くほど深くハマっていたとは……。昔はせいぜい俺と一緒に深夜アニメみるくらいだったのに。



「そうか……すごいな、お前」

「ありがとう。てなわけで、説明はこれで終了」

「あっ、ちょっと待ってよ。ペンネームとかは――――」

「は?」

「………………こ、ここからが詮索なんですよね~?あははっ、ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだ~~」



こわっ……!さっきの目はなんなんだ。こいつ、めっちゃ殺気立ってたけど!?



「こほん。とにかく、ペンネームを聞くのはNGだからね?あ、書いている小説の内容を聞くのもダメ。タイトルも教えない。イラストレーターさんについて聞くのも禁止」

「じゃ、キャラの名前とかは―――」

「………………」



唯花は何も答えずに、ただ親指を立てて後ろにある自分の部屋を指さした。


ヤツの向こうでベッドの上に置いてある銀色のバットを見た瞬間、俺はそのジェスチャーの真意を理解する。



「…………すみませんでした」

「よろしい」



腕を組んでニヤッと笑う唯花は、心底満足しているように見えた。

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