3話 変わっていない幼馴染
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「さぁ、書いて」
「は?なにを?」
ダイニングテーブルを囲んで座り、何も書かれてないA4用紙とボールペンを差し出すと、
「なにって、さっきも言ったでしょ?生活していく上でのルールを決めると」
「ああ、なるほど。書くとは思わなかったわ。条件とかはねーの?」
「そういうものはなしで!ブレインストーミングで行こうよ、その方が気楽じゃん」
「おう」
……よかった。思ってたよりは親しく接してくれていて、安心する。
目の前の男は昔よりだいぶかっこよくなったけど、根は相変わらず優しいままだった。嬉しくて笑いそうになるのを必死にこらえてから、私は素早くペンを走らせる。
最初に書いたのは、互いの部屋にはむやみに入ってはいけないという内容だった。
そう。私には決して気づかれてはいけない、大きな秘密があるから!
「っ…………」
「………………うん?」
こいつをモチーフにしたエロ小説を書いてたなんて、バレたら普通に人生終わりじゃん……!下手したらもう顔も見れなくなるじゃん!
いやいや、そもそも恥ずかしすぎるし!自分が書いた小説を誰かが読んでいると思うだけでも背筋がゾッとするのに、もしその小説がエロいヤツだったら?
それもけっこうガチで無理やり相手を縛って犯して心の底から屈服させる内容だったら?その犯されるキャラのモチーフが自分だと気づかれたら?そうなったらもう………もう死んだ方がマシじゃん!死ぬしかないじゃん!
「………ど、どうしたんだよ、お前。なんか変だぞ?」
「うっ………うぅぅう……」
「ちょっ、えっ?唯花?なんで顔赤くなってんだ」
避けなければ……!何があってもそんな事態だけは避けなければ!!せっかくこいつと一緒に暮らし始めたのにそんなことで引かれてしまったら、本当に生きていく自信なくなっちゃう……。
「はぁ……はぁ………はぁ……ふぅうう……」
「…………………………………………唯花さん?」
そ、そう。これも追加しとこう。何があっても相手のパソコンを使わない。互いの職業や仕事を詮索するのもNG。趣味を聞いてもダメ。部屋に入るときには必ずノックを……いや、そもそも部屋に入っちゃダメなんですけど!?
「ひゃうっ!?」
「しっかりしろ、どうしたんだよ」
その時、壮烈に飛んできたデコピンで意識が現実に戻された。私は両手でおでこを抑えたままぷくっと頬を膨らませる。
白は、呆れたように苦笑をしながら頬杖をついた。
「マジでどうしたんだよ。さっきから調子変だぞ?」
「ぼ、暴力反対!なんでデコピンしてくるの、話しかけてくれればいいじゃん!」
「その話をお前が全く聞かなかったからだろ?俺はもう大体書き終えたが、そっちは?」
「えっ、もう書いたの?」
「ああ、昨日ここに来る前にいくつか考えておいてたからな。そっちはどうなんだよ」
「あ…………………えっと」
どうしよう、まだプライバシーに関する内容しか書いてないのに。これ以上待たせるのもなんだし、もうちょっとスピード出して書くしか……。
「ごめん、あと5分くらい待っててくれる?」
「えっ」
「……なに?その顔」
「いや、謝れるとは思わなくて。お、お前、そんなキャラじゃないだろ……?」
「え?そんなキャラじゃないって……ちょっと待って。あんたね、私のこと今までどんな目で見てたの?」
「そりゃまあ、自分勝手で我がままで自己中で、一緒にいたらめちゃくちゃ疲れる―――」
「喧嘩売ってる?喧嘩売ってるよね!?よし、その喧嘩買ってやるじゃないの!!」
「あ、そうだ!短気で喧嘩っ早いところもあったわ!!あははっ、ていうか早く書けよ。もう1分経っちゃいそうだぞ?」
「あんたのせいでしょ、あんたの!!もう………後で覚えてろ!!」
「あっ、一分経ったわ。残り4分な~~」
……やっぱり、こいつ変わった!!めちゃくちゃ変わったじゃん!からかうのはいつも私の方だったのに、いつの間にか余裕ぶるようになって……ぬぬぬ。
はあ……でも、これ以上待たせるのも本当にあれだから、私は思い当たることをすべて書き出すことにした。項目が10個くらいになったところでペンを置いて、顔を上げる。
「書けた。じゃ、互いに決めたルールを公開しましょう」
「おう。せーの」
そして、あいつが見せてくれた内容を見て、私は目を丸くしてしまった。思ってた以上にしっかりした内容が多かったから。
お互いのプライバシーを尊重するという項目から初めて、洗濯や料理などの家事の分担。友達を家に呼ぶときや遅くなりそうなときの注意事項まで、すべての項目がけっこう細かに書かれていて……本当に色々と考えてたってことがよく伝わってくる。
その反面、私が書いたものは………。
「…………………お前さ」
「な、なによ……」
「やっぱなんも変わってねーな。内容がめっちゃくちゃ雑だけど」
「雑って言うな!!い、いいでしょ?大まかなことは全部書いてあるし!」
「まあ、そうだけどよ……そういえば料理に関する内容がないけど、もしかして料理できねーのか?」
「………………………」
「えっ、本当に?」
「………あ、あんたも昔に私が作ったカレー食べたことあるでしょ?少しは察してよ……それに私、今までずっと実家暮らしだったから」
……まさか、ここで私の女子力のなさが浮き彫りにされるとは思わなかった。
そうですよ、私は所詮24歳になっても料理も家事もできないミジンコ女ですよ……しくしく。
「ぷはっ、あのカレーな。うん~~まあいいだろ。俺も大して料理はしないしな。栄養バランスだけちゃんと考えて食べればいいだろ」
「えっ……?」
「うん?なんだよ、その顔」
「い……いいの?料理しなくても」
「いいぞ?俺もお前と似たようなもんだし。さすがに基本的なものは作れるけど、後片付けとかめんどくさいしな。まあ、このままでいいだろう」
「…………………」
正直、引かれると思った。白は女だから当たり前に料理すべきだと思うタイプじゃ全然ないけど、困った表情くらいはすると思ってたから。
……でも、そうだよね。こいつ、昔から私にこうしろとかああしろとかほとんど言ってこなかったし。ありのままの私を受け入れて、いつも尊重してくれたから……。
………………………っ。
「どうした?急に黙り込んで」
「あ……ううん。なんでもない」
…………なんなの、本当に。
大学時代にはあんなに忘れようと必死だったのに、結局またこうなってしまう。
本当に、質の悪い魔法かなにかにかけられているようで、すっきりしない。心が完全にこいつに縛られて、離れなくなっている。
……料理、習うべきだよね。最低でも2年間は一緒に住むわけだし、ずっと弁当や冷凍ばかり食べさせるわけにもいかないし。
「変なヤツめ。さてと、これからは細かいところを決めて行こうか」
「……は~い」
私の初恋相手は変わらなかった。いや、見た目的にはもっとかっこよくなったけど、中身は全然変わっていなかった。
それが、その小さな事実がここまで私の心を暖かくするなんて。
本当に、こいつは昔から一々ずるいと思う。
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