2話 一緒に住まない?
<桑上 奈白>
…………………どうしてこうなった?
既に家具と家電製品が届いているリビングに入りながら、俺は舌を巻いた。本当にどうしてこうなった。何もかも急すぎて頭が追いつかないけど。
「……どうしたの?そんなぼうっとして」
「あ、いや」
「ふうん……」
…………気まずっ。
いや、本当に大丈夫か、この空気で?今日から同じ家で暮らすんだぞ?もちろん部屋は別々だし再会してまだそんなに経ってないから、当たり前かもしれないが。
くそ……本当にどうしてこうなった。俺は自分の部屋でキャリーバッグを開けてからぼうっとこの間のことを思い返す。
そう、ちょうど今から2週間くらい前のことだった。早く彼女作りなさいとうるさい母親から逃げようと家を出た時に、マンションの廊下で唯花とばったり鉢合わせてしまったのだ。
『……………えっ、もしかして白?』
『……………おう、久しぶりだな』
その後はまあ、久しぶりに会ったということで簡単に食事をして喫茶店に入り、お互いの近況報告をして。
『でさ~~ママがとにかくうるさいんだよ~~いい加減あんたも彼氏作りなさいってもう耳にタコができるくらいに言ってきてさ~』
『へぇ……お前もか。俺もちょうどそれで逃げたしたんだが』
『えっ、あんた彼女いないの!?』
『っ……い、いねーよ。てか、なんだよその顔は』
誰のせいだと思ってんだ!お前のせいで作る気にもならなかったんだぞ!
……とはさすがに言えずに答えたら、あいつはなんだか安心したような顔つきになっていた。
『へぇ……そっか。ふうん~~いないのか~~ははっ、残念だね』
『うざっ……そっちこそいないのかよ、彼氏』
『いないよ?彼氏なんかいたことないし。というより、今さら彼氏できてもちょっとめんどくさくなるというか……まあ、色々な事情があるんだよ』
『へぇ……ふうん。そうなのか』
……我ながら、未練がましいヤツだと思う。彼氏がいないと聞いただけなのに、なんであんなにホッとしていたんだろう。俺が彼氏になれるわけでもないのに。
『……あのさ』
『うん?』
『あんたも、家でおばさんに色々と言われてるわけじゃん?』
『そうだな、めちゃくちゃ言われてんな~~まあ、最近は歳も歳だからそろそろ独立しようと思ってるくらいだしな』
『……………………じゃさ』
でも、俺のその機嫌のよさも次に出てくる発言によって、すべてかき消されてしまった。
『い……一緒に住まない?ちょうど私も独立しようと思ってるんだよね』
その瞬間、俺は口に含んでいたコーヒーを派手に噴射してしまった。
『ぷはっ!!!けほっ……けほっ!!けほっ!は、はあ!?』
『きゃあぁああ!?ちょっと!なにすんのよ!』
『いや、お前が変なこと言うからだろ!!い、一緒に住もうって!!』
『なによ、なにがそんなにおかしいわけ!?い、一緒に住んだら親からぐちぐち言われることもなくなるし、家賃も節約できるし、もうお得なことしかないじゃん!!』
『いや、そうだけどよ……そうだけど………』
…………正直に言おう。驚いてはいたけど、あいつからその提案をされた瞬間、俺の中にはもう拒絶という選択肢がなくなっていた。
現実的なことを考慮しなくても、だ。確かに母親にうるさく言われるのは好きじゃないし、お金を節約できるのもいいことではあるが、それよりも………それよりも。
こいつと同じ家で住むことへの期待感が圧倒的過ぎて、もう何も耳に入らなかったのだ。
『………お、お前は大丈夫なのかよ。いくら幼馴染だからって、高校卒業した後はもうほとんど会ってなかっただろ?俺のこと、そこまで信用できるのかよ』
『うん?信用って?』
『だから……………ほ、ほら。俺も一応男だろ?万が一のことが起きたら――――』
『あ、それについては全く心配してないから。度胸もへったくれもないくそ童貞が今更なにかできるとは思えないし』
『よ~~~~し。この話はなかったことで』
『拗ねないでよ!!と、とにかくプライバシーだけちゃんと守ってくれれば、私はいいから………』
言えない。高校の時とは違って、恥ずかしがるように頬を赤らめていたあいつに惚れ直したとは、とても言えない。そもそも最初から、俺の中では結論が出ていたのだ。
そこからはすべてがスムーズだった。一緒によさそうな物件を探して母親に唯花とルームシェアをすると報告して、週末には家具店や家電売り場を巡ってリビングや部屋の配置を決めて。
そして今日、いよいよ俺たちの同居がスタートしたのである。
「……怒涛の勢いだったな」
キャリーバッグの中にあった服を全部片づけた後、俺はふうと深い息を零す。この家の契約期間は2年だ。つまり、この見慣れない部屋がこれからの俺の家になるんだろう。
……変な感覚だな。あいつがいる家が、俺の家だなんて。
「まあ、ちょうどいいかもな」
キャリーバッグをクローゼットに置いてからそうつぶやく。実際、あいつから離れて何かを変えようとしても全部失敗してしまったのだ。このくすぶった初恋を晴らすためにも、あいつと一緒に暮らすのは必要だと思う。
そう自分に言い聞かせていると、ふとノックの音が聞こえてくる。
「は~~い」
吞気に答えると、かなり気まずそうな顔で唯花が中に入ってくる。ヤツは俺の部屋を何度か見渡した後にコホンと咳ばらいをした。
「荷物、全部片づけたよね?」
「ああ、どうした?」
「いや、一緒に住むにあたって色々とルールを決めて行こうかなと思って」
「ルールか……そういえば必要になるな、確かに」
……あの無頓着だったヤツがこんな真面目なことを思うようになるなんてな。ちょっとショックかもしれない。
「分かった。じゃ、一緒に決めようか」
「……うん」
………………こいつ、まだ居心地悪そうにしてんな。昔はもっとずけずけしてたのに、どうしたんだろう。
変わってしまった幼馴染の雰囲気に若干寂しさを感じながらも、俺はダイニングキッチンに出た。
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