5話  人の愛はこうも恐ろしくなれる

夏目なつめ 唯花ゆいか



「んん………うう~ん……うるさい」



アラームが鳴るスマホを無理やり黙らせて体を起こす。午前の11時……ううん……。



「ふぁあん~~あ……あ」



再びあくびをしたところで、ふと今日が平日だということを思い出した。えっ、そういえば白は?さすがにもう会社行ったのかな……?


パジャマ姿のまま共同スペースに出ると、テーブルの上にパンと牛乳が置いてあるのが見える。そして、一枚の付箋も。



『朝はちゃんと食べろよ』

「……ふふっ、バ~~カ」



朝から人を喜ばせちゃって。というか、11時って朝なの?いや、朝だよね?夜型人間にとっては朝じゃん。うん、だからこれは朝ごはん。



「いただきます~~」



たぶんコンビニで買ってきたはずのメロンパンを一口頬張ると、ふと頭の中で昨日の白の姿が思い浮かぶ。


あいつ、私より寝る時間ずっと早かったよね。一応同居しているわけだし、生活サイクルも合わせるべきかも。会社に行く前にいってらっしゃいの一言くらいはかけてあげるべき……だよね?


……うん、そうしよう。べ、別に新婚さんみたいな雰囲気を出したいからじゃなくて!一緒に住んでるのにずっと朝に一人だと寂しいし……。



「……美味しい」



……不思議。普段は見向きもしないメロンパンがなんでこんなに美味しく感じられるのかな。


実家にいた時のように料理が出てくるわけではないけど、これでも十分満足して食べられる。大体、あいつも忙しい中でわざわざ合間を縫って準備してくれたんだから、文句を言えるわけがない。



「ごちそうさまでした……うん、準備しよっと」



さてと、今日は何を書きましょうか。そう思いながらシャワーを終えて部屋の椅子に着くと、スマホの通知が入ってるのに気づいた。


差出人は、私の相棒の藍坂雪あいさか雪



『はい~~もしもし、起きてる?』

「起きてる~どうしたの?」

『いや、気になってさ~あんなに恋焦がれた人との初夜でしょ?』

「…………………は?」



……………………な、な、ななななっ!?!??!?!?!?!



「な、な、なに言ってるのよ!!こ、恋焦がれてなんて……!あと、初夜ってどういうこと!?」

『そんなに恥ずかしがらないでよ~私たちの仲じゃん!腹を割って会話をしようじゃないか!!』

「あんた絶対に面白がってるよね?そうだよね!?」

『あははっ、でも気になるじゃん~~幼馴染ものばっか書いてるあんたが実際に幼馴染と暮らし始めたんだから。しかも、一緒に住むその人が初恋の相手?20年以上も好きだった?これはもう食いつかない方がおかしいでしょ!』

「それは………!ううっ……!!」

「あはははっ!!」



うぅ……顔を上げれない。今すぐにでも穴に潜りたい……恥ずかしすぎるぅ……。


……でも、雪には色々と相談に乗ってもらったし愚痴も聞いてもらったんだから。うん、近況報告くらいはするべきだよね……。



「……今までは特に異常なし」

『それ、どういう意味?』

「異常なしは異常なしでしょ。一体どんな話を聞きたいわけ?」

『う~~ん、そうだね。いつ行動に出るのかを聞きたいかな~』

「行動に出るって?」

『あれよ、あれ。昔に書いたものあるじゃん?ずっと片思いしていた幼馴染をベッドで縛り付けて目隠しさせて、あらゆるところにキスマークつけて果てにはズボンを脱がしてあそこにも――――』

「きゃあああああああああ!!!!きゃあああぁ!!きゃぁああああああああ!!」

『うるさっ……!さ、叫ばないで!耳痛いじゃん!!』

「あんたのぉおおお!!あんたのせいでしょ、あんたの!!真っ昼間からなんてこと言ってんのよ!!」

『ええ~~でもアレを書いたのは唯花だよね?まあ、R-18だから本には出せなかったけど』

「ううっ………殺して……早く私を殺してよ、もう……」

『唯花、そんな調子でよくもその人と暮らす気になったのね……?』

「ううっ……だってぇ……」



……だって、あの時を見逃したらもうすべてが終わりそうだったんだもん。


永遠に機会が訪れない感じがしてたから。白と離れてからの私の中には、ずっと何かしらの穴が空いていて………だから白と鉢合わせたあの時の私は、そう。手段を選べるような立場じゃなかった。


とにかく、必死だった。あいつと一緒にいたかった。だから一緒に住んでみるとうっかり口走っただけで……まさか、あいつも頷いてくれるとは思わなかったけど。



『まあ、初々しくていいじゃん~~いっそのこと、今まで書いた小説全部並べて「ほら、私はこんなにもあなたのことを思ってたのよ?」と一発決めれば……』

「へぇ~~雪はそんなに私に一発決められたいんだ~」

『っ……は、ははっ。怖い、声が怖いですよ~唯花ちゃん。まあ、でもおめでとう。よかったじゃん、同棲始まって』

「同棲じゃないしぃ……でも、ありがとう」

『幸せ?』

「……………………………うん」

『へぇ~~~~~』



……うざっ。どう聞いても面白がってるようにしか聞こえないんだけど、この声。



『そういえば、大丈夫なの?今出しているラノベとか、昔Webで書いた作品とかバレるかもしれないじゃん。もし私があなたの幼馴染だったら普通に引くけど』

「うっ……で、でも白はそこまで深堀しないタイプだし、昔から私のことちゃんと尊重してくれたから……しばらくは大丈夫なんじゃないかな、と思う」

『へぇ~~~~』

「………な、なによ。なにが言いたいの」

『ううん、いいと思うよ?ああ~~初々しい…!初々しすぎる!これはもう推すしかないでしょ!』

「……用事ないなら切る!じゃね!」

『あっ、ちょっと待ってよ~ちゃんと仕事の話があって電話したんだから』

「それにしては前置きが長すぎない!?」

『いいでしょ?友達の愛を応援するくらい。えっと、キャラデザの件なんだけど―――』



さっきまでからかっていた雪の口調が急に真面目になる。私は目を細めつつも、雪から投げられる質問に誠実に答えて行った。


そう、雪は私のラノベの挿絵を担当しているイラストレーターなのだ。お互いプロデビューしたのもほとんど同時期だったしウマもあって、家もそんなに遠くなかったから、気づけばめちゃくちゃ仲良くなっていた。


もちろん、そのせいで私の黒歴史まで全部知られるようになったけど……!



『ふんふん、赤茶色がいいと……分かった。細かなことは私が勝手に決めればいいよね?完成したら鈴木すずきさんにも送っておくね』

「うん、よろしく」

『さて、それじゃ話を戻しますか~~』



……………………うん?話を戻すって?



『真面目な話、本当に大丈夫なの?なるべくエッチなヤツはバレたくないんでしょ?』

「あ、そのこと……そんなの、当たり前じゃん」

『ちなみに、相手はどこまで知ってるの?ラノベ書いてるのはもう知ってる感じ?』

「……うん、正しくそんな感じ」

『ええ~~ヤバいじゃん……。あなた、そこそこ売れてるからネットで夏白唯なつしろゆいって検索しただけでももう数えきれないくらい作品が出るんだよ?今まであなたが書いてきた幼馴染もののラノベとかエロ小説とか。特に後者がめっちゃヤバいよね』

「……や、やっぱりそう思う?ヤバいって……」

『当たり前じゃん、そんなの!私、それ見て人の愛はこうも恐ろしくなるんだなとびっくりしたんだからね!?純愛ものから初めて逆NTR、レイプ、ヤンデレに調教にSMものまで……それはもう執着でしょ?執着』

「………………………切っていい?」

『特にあのシーン!わざと睡眠剤飲ませてから夜這いして全身にキスマークつけようとするあのシーンが……!』

「切っていい!?!?!?」

『あははっ!!頑張れ~唯花。私、応援してるからね?』

「全然応援してるように聞こえないじゃん……!もう切る!!」

『……大事にしてよね、その心』



ふと、雪の声が急に沈んで、私は電話を切ろうとしたのをやめて再びスマホを耳にあてがう。



「うん?なにを?」

『うん~~私は正直、唯花のことがめちゃくちゃうらやましいからさ』

「うらやましいって……またからかってるでしょ」

『違う、違う。なんか、すっごくピュアな恋してるじゃん。私は、ほら……8年も付き合ったのに結局なにも残らなかったからさ。あなただけは幸せになればいいなって、本当に思ってる』

「……………うん、ありがとう」

『あははっ!じゃね、また!』



雪は明るい声を残しつつ、先に電話を切った。私はスマホを片手でぎゅっと握り締めたまま、椅子にもたれかかって考え込む。


8年、8年も恋愛したのか……本人曰く、どうして恋愛しているのか分からないから別れたって言ってたけど、私たちはどうなんだろう。


……知らない。今はとにかく私の正体を隠すのにも精いっぱいだもん、うん。


何があっても、この秘密だけは守り抜かなければ。

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