6話  ヤバい作家

桑上くわかみ 奈白なしろ



「そういえば、奈白。もう引っ越しは終わったんだよな?」

「うん?ああ」



お昼休み、俺は会社の休憩スペースで弁当を食べながら目の前にいる秀斗しゅうとに頷いた。


黒髪に黒目に端正な見た目をしているあいつは、眼鏡をかけなおしながらずっとにやにやしている。



「ふふん~~幸せだろ?そうだろ?」

「なんだよ、その絡み方……言っとくけど、なんもねーからな?」

「ウソつくなよ~男と女が一つ屋根の下で暮らしてるのに。イベントの一つや二つくらいあるだろう」

「まだ引っ越しして三日しか経ってないからな!?というか、なんだよそのにやけ面。気色悪い」

「いや、互いに好きって気持ちがなきゃ一緒に住むなんて普通に無理だから。僕は時間の問題だと思うね」

「うっ……す、好きって」

「その相手がまさか、例の幼馴染なんてな~~あははっ、本当によくできた小説みたいだ」



こいつ、好き勝手に言いやがって……はあ。


……好き、か。まあ、俺は確かにあいつのこと好きだけど、あいつはどうなんだろう。


一応、一緒に住むかと切り出したのはあいつの方だし、もしかしてけっこう脈ありなんじゃないかと思いたいけど……話をしている時のノリは昔のままだったから、やみくもに決めつけるのもどうかと思う。



「まあ、頑張れよ。家出したくなったら一晩くらいは寝かせてあげるから」

「そりゃどうも。ていうか、お前の方はどうなんだよ」

「うん?何が」

「ほら、その……別れてからもう2年も経っただろ?そろそろ彼女作らないのかよ」



キープしておいた唐揚げを最後に平らげて聞くと、秀斗は露骨にいやな顔で俺を睨みつけてくる。



「……もしかして仕返し?」

「そんなわけねーだろ?普通に気になっただけだから」

「はあ……恋愛なんかもううんざりだよ。8年も付き合ったんだから飽きるのも分かるだろ?そんな辛気臭い恋愛話より、ほら。おすすめしたい作品があるけどさ」

「うん?」



ヤツが差し出してきたスマホの画面を見ると、いかにもラノベの表紙らしいイラストが映っていた。


そして、そのイラストを確認した瞬間、俺は思わず苦笑を零してしまった。



「へぇ、お前もこれ読んでるのか。<僕を捨てた幼馴染に復讐する話>」

「おっ、なんだよ。まさかもう読んだの?」

「当たり前だろ?確かに小説はあんま読まないけど、この作家さんは割と好きだからな。ハツルプの時からずっと好きだった」

「ああ、ハツルプか~~それは納得だね」



<初恋を成就させるために、私は今日もループする>。略してハツルプは、去年の秋にアニメ化して放送された人気のラノベタイトルだった。


ヒロインの視点から物語を語られるのが特徴的で、幼馴染主人公に対するヒロインの切実な思いと丁寧な描写が話題になっていたのだ。笑いあり涙ありの素敵な作品だから、俺もハツルプだけは何度も読み直していた。



「でも、奈白よ。この夏白唯なつしろゆいって作家さん、ちょっとヤバい人だぞ?」

「え?なんで?」

「なんでって、この作家さん幼馴染ものしか書かないことで有名だろ?作家デビューする前はピOシブとかで幼馴染もののR-18小説何作も書いてたくらいだし、作品のメインヒロインも結局はみんな幼馴染だからさ。裏では幼馴染に恨みでもあるんじゃないかとネタ扱いされてるくらいだぞ」

「あはははっ!!ありだな、その解釈。確かにちょっとした狂気を感じられるんだよな~でも、R-18は知らなかったわ。見ておこうか」

「いやいや、やめといた方がいい!あれ全部ヒロイン側の視点だから、やられるの男だし」

「ええっ!?男がやられるって……この作家さん女だったの!?」

「さぁ?個人情報はまだ何も知られてないけど、女だと見るのが妥当でしょ。やけに心理描写とか上手だし、ちょっと女性作家らしい雰囲気もあるからな」

「へぇ……そうなのか」



知らなかった……ハツルプ以外は普通に男視点から描写されていたし、すっかり男だと思い込んでいたけど。


でも、R-18か~~うん……一体幼馴染にどんな方法でやられたらあんな風になるんだろう。なんかパンドラの箱を開いたような気分……。



「さて、そろそろ仕事に戻りますか」

「ああ、そうだな」



そういえば、唯花のヤツ。さすがに今頃は起きてたんだろうな……椅子から立ち上がって仕事に戻ろうとすると、ちょうどポケットの中のスマホが鳴った。


確認すると、唯花からのメッセージが入っていることに気付く。さっそくトーク画面を開いたら、俺は思わず気持ち悪い笑みをこぼすしかなかった。



『夕飯のメニュー何がいい?手料理以外で』

「ぷふっ、手料理以外……な」



これで正解だと思う。あの破天荒女が料理するなんて、想像するだけでも背筋がゾッとするから。



『シェフのおまかせで』

『よろしい、いつ帰ってくるの?』

『6時半くらいだと思う。家までそんな時間かからないから』

『オッケー。デザートにドーナツ買っておくね』



……なんか、めちゃくちゃ同棲してるっぽいよな。全身がむずがゆくて、もう大きな声で叫びたくなってきた。



「あはっ、ふぅ………頑張りますか」



そっか、家だ。あいつがいるところが、俺の家になったのだ。


心を落ち着かせるためにもう一度深く息をついて、俺は自分の席に戻った。

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