7話  今度こそ変えなきゃ

夏目なつめ 唯花ゆいか



「やばっ、めっちゃ同棲してるっぽいじゃん……ひひっ」



どうしよう。今の私、きっとすごくキモい顔になっている。笑うのを堪えられなくて、口の端がもう耳にまで届くくらいに上がっている。


ああ……ウソだ。本当に、なんでこんな些細なことで幸せになるの。ちょっとチョロすぎない?わたし。



「ふぅ~買ってきますか」



笑いを止めるためにわざわざ深呼吸をして、私は椅子から立ち上がった。夕飯の買い出しくらいは私がするべきだよね。あいつ、仕事した後だと何気に疲れるだろうし。


でも、服はどうしよう。正直このジャージ姿のまま外に出たいけど、コンビニにいくわけじゃあるまいし……さすがにジャージはないような気がする。


私は、クローゼットから取り出した白いシャツとラフなフレアパンツに着替えてから家を出た。


少し、不思議だ。あいつと一緒に暮らしていると実感するだけでも、目に見えるものが前より鮮やかに見える。本当に、不思議。


……やっぱり、まだ好きなんだ。あいつのこと。



「……バカ」



早く気づけよ、この鈍感男。幼稚園の頃からずっと好きだったんだぞ?いや、向こうにそんな気がないなら気づかれない方が絶対にいいけど。


でも、あいつもちょっとおかしくない?普通、好きでもない人と一緒に暮らそうだなんて思わないだろうし、5年も会ってなかったのにすっかり昔のノリで相手してくるし……少なくとも嫌われてはいないと信じたい。


ううん~~むしゃくしゃする~~。昔はこうじゃなかったのに。昔はもうちょっとずけずけと行動するタイプだったのに……いや。



「違うよね……ははっ」



そう、あいつに関しては何もかもが違っていた。高校の頃に一緒につるんだ男子たちとはあんなにも気軽に喋れたのに、あいつの前だとちょっと緊張してしまってたから。


顔を合わせるたびにドキドキして、自分の仕草一つ一つが気になって仕方がなくて……なのに、何も変えられなかった。変えられる時間が20年もあったのに、私は最後まで好きですと言えなかった。


……だから、今度こそ変えなきゃ。あいつがいなかった大学時代は、正直もう思い出したくないくらい灰色の思い出しかない。二度とそんな気持ちに浸りたくなかった。



「よし」



意気込みながらスーパーの中に入る。とりあえず、あいつが好きそうなものだけ買っちゃおう。昔から脂っこいのあんま好きじゃなかったから、あっさりしたものにして、デザートのアイスも……あ、あいつまだバニラアイス好きなのかな?


そうやって陳列台の前で何十分も呻きながら買い出しを終えて、私はさっそくドーナツ店に寄った。実家にいた頃より少し重くなったレジ袋を手に提げて、家に戻る。


家に到着して冷蔵庫に買ってきたものを全部入れた後は、両手で頬を叩いてふうと深い息を零した。そう、今からは小説を書かなきゃだから。



「……やりますか」



なるべく、あいつとは長く暮らしていきたい。そのために必要なのはとにかく生活費だ。家賃も生活費もすべて半々に分けてるから、お金はどうしても必要になる。


……あいつと、もっと一緒にいるために頑張らないと。


デスクの上にあるマグカップにカフェオレを注ぎながら、私は本格的に執筆を開始した。






それから、ちょうど5時間くらい後。



「………………暇だぁ~~」



部屋の椅子にもたれかかりながら、私はそんなのんきなことを呟く。やっているソシャゲのデイリーは全部終えたし、今日の分の小説も全部書けたし、あいつが家に帰ってくるまで時間もけっこうあいている。要するに、今はめっちゃくちゃ暇だった。


なにか面白いことはないかな~と思ってたその瞬間。


頭の中で、ある邪悪な案が思い浮かぶ。



『……あれ、今ならあいつの部屋に入ってもいいんじゃない?』



そう、あいつは今会社にいるから!部屋にあるものさえ触らなければバレる可能性もないし、何が置かれているのかも普通に気になるし!で、でも……。



「これ、ルール違反だよね……確実に」



そう、互いのプライバシーに侵害しないことは私が一番大事に思っていたルールだ。なのに、私がそのルールを先に破るなんて、普通に最悪じゃん……。


………で、でも。でも?20年も好きだった男の部屋に入ってみたくなるのも当たり前じゃん!昔はなんの気兼ねなくノックもせずに入ってたくらいだし?優しいあいつならきっと分かってくれるはず…………だよね?


うん、きっとそうだよね……?



「っ…………ふぅうう」



……結局、私はドアが閉まっているあいつの部屋の前に立つ。このノブを少し捻って押すだけで、私はあいつの秘密を知ることができる。そう、好きな人の秘密を!!


意を決して、私はノブに手をかけた。目をぐっと閉じてノブを捻ったその瞬間―――



「ただいま~~って、あれ……?唯花?」

「ひゃあああああああああっ!?」



後ろから聞かれた声にびっくりして、思わず私はぱたんと床に座り込んでしまった。



「しっ、し、ししししし白!?」

「……なにやってんだ、お前」



スーツを着ているせいか、昔よりずっと大人に見える私の幼馴染は。


ただただ、呆れたように苦笑しているだけだった。

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