8話  執着じゃん、そんなの

桑上くわかみ 奈白なしろ



………何やってんだ、こいつ?


ピンク色のジャージ姿で部屋の前で生唾を垂らしている唯花を見て、俺は舌を巻くしかなかった。


いや、ジャージ着ていても可愛いけどさ。顔もいいし銀髪もきれいだし、普通にかわいいと思うけどさ……これはないだろ、これは。



「ど、ど、どうして……」

「そんなの俺が聞きてーわ。何があったんだよ」



とりあえず俺は靴を脱いで家に上がった。腰でも抜けたのかドアの前でとんび座りなっていた唯花は、死神でも見たようにぶるぶる震えながら俺を見上げている。


……うん~~状況は大体分かる気がするな。



「あらら、まさか俺の部屋に入ろうとしたわけじゃないんだよな~?」

「ぎくっ!」

「まさか、相手の部屋に入っちゃダメってあれだけ言ってた張本人が、先にルールを破るわけないよな?いや、いくらなんでも図々しすぎるだろ~~人間の皮を被ってたらそんなのできないだろ」

「くっ……!」

「さて、唯花さんよ。懇切丁寧にこの状況を説明してもらいたいんだけど」

「ううぅ………くぅぅっ………!」

「うう~~ん?どうしましたかぁ~?顔が赤いですよ~?なんでそんなに震えてるんですか~?」



………ぷはっ、ああ~~しんどっ!少しでも油断したらすぐにでも爆笑しそうだわ。耐えるのしんどっ……!


ていうか、なんだこの顔は。耳まで真っ赤にさせて泣きそうな顔して……!



「うぅう……うううう……」

「……ぷふっ、ぷはっ、ぷふふふふっ」

「殺せぇええ!!今すぐ私を殺せぇ!!!」

「あはははっ!!!なんだよその反応は!!マジでおかしすぎるだろ!!」

「くそぉ……!あんたなんか本当に大っ嫌いだからぁああ!!」

「ぱははははっ!!あっ、ちょっ、お腹いたい……!あはははっ!!」

「死ねぇえええ!!!!」



もう目尻に涙まで浮かべて叫ぶから、俺はお腹を抱えながら笑いだすしかなかった。


しばらく経っても本当に泣きそうにしてるから、俺はとりあえずヤツの肩をトントン叩いて慰めることにする。



「ぷふっ……いやいや、落ち着け。別に誰も責めたりしてないだろ?」

「あんた悪質よ……!いっそのこと私を罵れ!!」

「あああ~なに言ってんだかよく分かんねーな。ほら、ハンカチ。これで涙拭け。ていうか、泣くくらいに恥ずかしかったらやらなければいいだろ?ほら、手」



手を差し伸べると、唯花はまだまだぷくっと頬を膨らませながらも俺の手を取って立ち上がった。ようやく落ち着いたのか、ヤツは両手で頭を抱えながら悶え始める。



「ていうか、入りたければ俺にそう言えばいいだろ?昔は遠慮なしに押しかけて来たヤツが」

「さすがに昔のようにはいかないじゃん、ルールも作ったし……」



へぇ………どうやら、ルールを破りかけたことについてはちゃんと反省しているようだ。でも、昔のようにはできないって。本当に変わったな、こいつ。


昔は俺がゲームをしていようが勉強をしていようが、勝手に押しかけて俺のゲーム機勝手に使ってたのにな……懐かしい。



「ていうか、俺お腹空いたわ。何か買ってきたんだろ?一緒に夕飯食べようぜ」

「……うん」



非常に納得していない顔ではあったが、唯花はしぶしぶ頷いて冷蔵庫に向かう。


それからスーパーで買ったように見える総菜をいくつか取り出して、レンジを回しながらサラダを皿の上に乗せ、ソースをかけた。



「俺は着替えてくるからな~」

「…………は~い」



ラフな服装に着替えてダイニングに出たら、もうテーブルの上には色々な食べ物が置かれていた。ニヤニヤしながら椅子に座ると、唯花はまた恨みがましい視線を送ってくる。



「ぷふっ、いただきます」

「……いただきます」



それから、いつものように始まる食事。こいつと俺は生活サイクルがけっこう違うから、こうして食卓を囲んでいられるのも夕方くらいだ。だからか、こうして一緒に何かを食べるという時間がすごく大切だった。


唯花もそう感じているのか、恥ずかしさで逃げることもできたのに大人しく箸を進めていた。



「後でレシート見せてくれよな?半分出すから」

「……は~~い」

「まだ拗ねてるのかよ。俺が悪かったから」

「知らない、ふん」

「あははっ……ああ、ごめんって。でも真面目な話、なんで先に入りたいと言わなかったんだよ。いや、そもそも前に入ったことあったよな?ルール決める前に」

「………そうだけど、あの時はよく見れなかったから」

「なんでそこまで俺の部屋にこだわるんだ」

「気になるじゃん。幼馴染の部屋って普通に気になるでしょ?」



…………確かにその通りだ。俺もこいつの部屋がめちゃくちゃ気になるから。



「じゃ、俺がお前の部屋に行くのは………」

「……………………」

「ああ、分かった。分かったから、そんな困った顔するなよ。行かないから」

「…………………」



まあ、薄々感じてはいたけど、どうやらこいつの部屋には俺が知っちゃいけない大きな秘密が隠されているらしい。別にそれでもいいとは思うけど、やっぱり少しは寂しくなった。


でも、俺もこいつも5年くらい会っていなかったのだ。秘密の一つや二つくらいできるのも、当たり前かもしれない。



「あんたは……」

「うん?」

「嫌じゃないの?私が我がまま言ってるだけじゃない。私の部屋はダメなのに、あんたの部屋には入りたがってるから」

「へぇ……本当大人になったな、お前」

「……どういう意味だ。質問に答えろ」

「いや、昔はそんなの全然気にしてなかっただろ?まあ、お前が我がままなのは今に始まったことじゃないし、別に構わないけどな」

「……本当に?」

「ああ、そもそも見つかって危ないものもねーから」



まあ、ラノベや漫画は何冊も並んでるけど、俺よりオタクなこいつがそれをいじってくるとは思えないし。



「……変わってないよね、あんたは」

「は?」



ぽつりとつぶやいた後、唯花は俯いてから黙々と食事を続ける。変わってないって……?どんなところが変わってないのかを聞きたいところだけど、さすがにそれは野暮な気がした。


適当に話を流した後、俺たちは主に会社のことや今期のアニメのことで話を盛り上げながら食事を続けた。そして容器を片付けた後に、二人して俺の部屋に入った。


あいつが真っ先につぶやいた感想は、なんともムカつく言葉だった。



「はっ、やっぱり全然変わってないじゃん。このキモオタ」

「っ……お前が言うなよ!!ラノベまで書いてるヤツがよくもそんなこと言えるよな!」

「ううん~?なに言ってるのかよく分かんないな~というか、あんたの服の数ちょっと少なくない?せっかく置いてあるハンガーラックがもったいない……」

「人の部屋をそんなにじろじろと見るな!」



注意をしたはずなのに、ヤツは本棚をジッと見ながらニヤリと笑って見せた。



「ええ~なになに?私に見つかったらいけないものでもあるの!?」

「あるわけねーだろ?何を期待してんだよ」

「はっ、どうせそのパソコンの中にあるんでしょ。あんた昔からゲームも同人誌も全部ダウンロード版で買ってたし」



……………なんだ、こいつ。まさか俺のパソコン覗いてないだろうな!?念のためにパスワード変えておくか……。



「ふう~ん。昔から趣味は変わってないわね、ラブコメに青春ものに……えっ」

「うん?」



さて、どんなパスワードを設定しようかと悩んでいたところ、ふと唯花の動きが止まったのが分かった。


首を傾げながら近づくと、ヤツの目が一つのラノベに集中されているのが見える。



「ああ~~これか。お前もこの作品知ってるだろ?ハツルプ」

「………………………………あ、うん………そ、そうだね」

「マジで面白いんだよな~これ。俺、アニメ見た後に書籍版も電子版も全巻買っちゃったんだよ。イラストも可愛いしヒロインもめっちゃ魅力的で―――うん?どうしたんだ?」

「あ…………い、いえ。うん……そうね。私もこの作品、読んだことあるから………」



……なんでこんなに固まってるんだ?なんか、めちゃくちゃ気まずい顔してるけど。


うう~ん。この雰囲気を打開するためには………そうだ。昼間に秀斗に聞いたやつ!



「そういえば、今日のお昼に同期のヤツから聞いたんだけどさ。この作家さん、めっちゃくちゃ幼馴染に執着しているらしいぞ?なにせメインヒロインも全員幼馴染だし、ピOシブとかでも幼馴染の一次創作やっていたっぽいしな……エッチなヤツまで書いたと聞いた時には正直めっちゃ引いてたわ」

「くっ…………!!」

「内容がなんだっけ、男の幼馴染を拉致って監禁するって話だったっけ?それはもう愛の域を超えてるだろ~~執着じゃん、そんなの。普通に怖い」

「くはっ……!?」

「あ、もしかして知り合いなのか?そういえばお前もラノベ作家なんだから、交流があってもおかしくな―――ゆ、唯花さん………?」

「…………………………………はっ、ははっ、はははははっ」

「ど、どうしたんだよ……?ちょっ、唯花?」

「はははははっ、あはははははっ、あはははははははは………」

「…………」



……こわっ。えっ?なんで……?なんで壊れた?えっ、全く意味が分かんないんだけど?


もしかして本当に知り合い?こんなに冷や汗かきながら笑ってるくらいだし、もうそれしか思い当たらないけど。


さすがに本人なわけ……いや、そんなわけないよな。幼馴染に執着する作家なんて、ありえない。こいつの幼馴染は俺しかいないのに。こいつは、昔から俺のことなんてただの友達としか見てなかったしな……。



「ひひっ、ひひひっ……いひひひひっ……」

「ちょっ……マジでどうした。そろそろ本気で怖いんだが?お~~い、唯花?」

「へへっ、えへっ、えへへへへっ……」

「………………??」

「ふふっ、うふふっ……あははははっ!!!」



結局、正確な原因も分からないまま、唯花の失笑は一時間以上も続いたのだった。

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