9話  あいつの好感度を上げたい

夏目なつめ 唯花ゆいか



「お~~~い。唯花?」



………………死のう、死ぬしかない。あいつが私のペンネームまで知っている以上、バレるのは時間の問題だし。だったら知られる前にロープで首を絞めるしか……



「どうしましたか?夏白なつしろ先生?」

「きゃふっ!?!?……あ、あんたね!!」



顔を上げると、そこにはコーヒーグラスに入ったストローをかき混ぜながらにやけ面をしている私の友人がいた。


そう、藍坂雪あいざかゆき。金髪に染めた髪に碧眼、整った顔立ち、誰がどう見ても綺麗だという感想しか浮かばなくなる圧倒的な美女!私がデビューした時からずっと私のイラストを担当してくれた私の神様!でも……でも!!



「ぷふっ、ぷふふふっ。おめでとうございます、夏白先生!とうとう愛しの彼に気持ちが伝わりましたね!!」

「死ねぇええ!!!」



ちょっとイラストを可愛く描けるくらいで人をおもちゃにして!!いや、ちょっとじゃないけど!毎回毎回すっごく、めちゃくちゃ可愛く描いてくれるけど!!



「あの、お客様……?」

「うっ……すみません、すみません、すみません……うぅぅ………」



カフェの店員さんに土下座する勢いで誤ってから、ため息。


すると、雪はもう顔まで赤くしながら笑いだしていた。



「あはっ、あはははっ!」

「何が可笑しいのよ……何が!」

「ううん、思ってた以上に早くバレたなって。まあ、いずれはこうなると思ってたけどね」

「言っとくけど、まだ完全にバレたわけじゃないからね?あいつはただ私のペンネームとデビュー作とハツルプとピOシブで上げたR-18小説の存在を知っているだけで、まだ完全にバレたわけじゃないからね!?」

「それ言ってて恥ずかしくならないの?もういい加減現実を見なよ、唯花」

「認めない……こんなものが現実だなんて私は認めない!」

「それにしても、けっこうヤバいわね~あなたのエロは洒落にならないからね。普通の純愛ものからガチの監禁に束縛にレイプまで。人の愛はこうも恐ろしくなれるんだなと感心したくらいだよ~~男に見せたら絶対に引くだろうね」

「ははっ、ははははっ……」

「あっ………ご、ごめん。もうからかわないから灰にならないで。さすがに悪かったって思ってるから!」



そう、愛が20年近く煮えかえっていたらああなるのだ。お互い唇がふやけるほどにキスしながら愛を囁き合う純愛から嫉妬に狂って監禁して手首縛って私のモノに堕ちるまで徹底的にああいうことをする純愛まで。


全部純愛だから。監禁も束縛も全部愛があるからできる行為でしょ?



「だってぇ……あいつ、絶対に彼女いると思ってたんだもん。どうせ私なんか忘れて大学で顔も知らない女とイチャイチャしながらデートの最後にラブホに入って日付が変わるまでパンパンパンパンパンパン人間とは思えないケダモノみたいな腰ふりを――――」

「ごめん、ごめん、唯花!私が悪かった、私が悪かったからもう戻ってきて!!そこは行っちゃダメな世界なの!!」

「奪ってやるしかないじゃん、そんなの……はあ?たかが1年ちょっと知り合っただけでセックスすると?ふざけんなよ、こっちは20年近く好きだったんだぞ?手を繋いだ経験も片手で数えられるくらいなのに、たった1年で裸を見せ合ってあんあん喘ぎながらだいしゅきホールドとかふざけて……!!」

「唯花、あなた目が死んでる!!お願い……!お願いだから!もう二度とからかわないから戻ってきて……!お願い!唯花、唯花!!」



……そういえば、私は何を恥ずかしがってるのかな?いや、あいつがおかしいんだよね?あいつが鈍感だから、あいつが私の気持ちに気付いてくれないから私がこうなったんだよね?


じゃ、あいつが責任を持って私と添い遂げるべきじゃない。なに引いたって言ってんだ、てめぇ。一体誰のせいで私がこうなったと――――



「あっ、あそこに桑上くわかみさんが!」

「えっ、どこ!?」



ウソ!?あいつ、今は会社にいるはずなの………に?



「なによ、誰もいないじゃん」

「ようやく戻ってきた……!ううっ、私マジで怖かったからね!?」

「えっ、どういうこと?」

「ごめん……もう二度とからかわないから、私を許して……」

「えっ?あ……うん。どうしたの?」

「怖い……これがアニメ化作家の集中力……」

「なにわけのわからないこと言ってるの。それで、相談事なんだけど」

「ふう……うん、それで?」

「……ぶっちゃけ、ヤバい状況なのは私も分かってるんだよね」

「そうだね」



何故か雪は茶目っ気を蹴飛ばして、あくまでも真摯に私の話を聞いていた。



「だから、念のために……私がああいう作家だとバレてもあいつが逃げ出さないために、色々と好感度を上げておく必要があると思うの」

「へぇ……悪くないかも。いくら身の危険を感じたとしても、情に絆されたら結果が変わるかもしれないし」

「それで、そのことについてちょっと聞きたいことがあって……えっとね?傷をえぐるようで申し訳ないとは思ってるけど、雪はもう8年も恋愛してきたんでしょ?相手を喜ばせるコツとか、習っておいた方がいいこととか教えて欲しくて」



何故だか、ボックス席に座っている雪の顔が徐々に緩くなっていく。そう、まるで母親が子供を見守るような生温かな目線になって……。



「本当に好きなんだ、桑上さんのこと」

「……す、好きじゃないし」

「ふふっ。まあ、聞いた感じだと悪い人には見えなかったし、うんうん。桑上さんになら安心して唯花を任せられるかな~」

「だから、まだ早いって……!そもそも、まだ付き合ってすらいないし」

「一緒に住んでるのによくもそんな発言を……まあ、いいっか」



雪は腕を組みながら真剣に考え始める。呟くのを聞いてる限り、かなり本気で悩んでくれているのが分かる。


しばらくたって導き出された結論は、正に私が予想していた通りのものだった。



「う~~ん、料理とか?」

「……やっぱりそうだよね?」

「あはっ、なんで急に落ち込むの?いいじゃん、元気出しなよ」

「雪は私の料理食べたことないからそんなこと言えるんだよ……私、高校の時に自分が作ったもの食べてお腹壊したことあるくらいだからね?」

「えっ、もしかして毒でも入れた?」

「入れるわけないでしょ!?ううっ、料理は本当に自信ないのに……」

「まあ、出来が悪くてもいいじゃん。桑上さん、優しい人なんでしょ?あなたが自分のために頑張ったってことだけ伝われば、ちゃんと喜ぶんじゃない?」

「それは……そうかもだけど」



頭の中で想像してみる。私の作った料理を食べてくれる白。味付けが変だと文句を言いながらも、とにかく最後まで食べてから苦笑を浮かべていた……高校の時の白。


……ヤバい。顔が熱くなる。想像しただけでもドキドキした。そんな顔をされたらきっと、もっと好きになっちゃう。これ以上あいつにハマりそうで怖い。



「あらあら、乙女の顔しちゃって」

「……もう24歳のおかんに何言ってるんだ、あんたは」

「知らないの?あんたの顔、もう初恋真っ最中の中学生だったからね?」

「うるさい。とにかく、料理は……そうだよね。2年以上冷凍で済ませるわけにもいかないし……他には?」

「他か~~うん、先ずは記念日を大切にしなきゃだよね。相手の誕生日とか、バレンタインデーとかが特にそうかな。後は些細なことでいいから、日頃からちょいちょいプレゼントとかすれば喜ぶと思うよ?特にイベントがなくてもそんなものをもらえるとこう、心臓にグッとくる時があるからさ~そうなると益々相手のこと好きになっちゃうんだよ」

「ほうほう、日頃からのプレゼント……これは軽いやつでいいよね?」

「当たり前じゃん。むしろ、高いヤツを買ってあげたらそれこそ重いって引かれるから。コンビニのものよりちょっと高めのデザートもいいし、形に残るものを贈るとしたら相手の好みをちゃんと把握すること。まあ、その辺りは幼馴染だし、よくやれると思うけど」

「うん……それはそう」



あいつの好みが大学時代の間に変わっていなければの話だけど、少なくとも今の白は昔の私が知っていた白だった。


優しくて、頼りがいがあって、とにかく私をよく甘やかしてくれる白。だからこそ、白は見た目が派手なものをあまり好まないし、日常的にも使える実用性のあるものを好む傾向がある。



「後はまあ、状況次第ってことで。一緒に旅行とか行ってもいいし、デートはもう必須だし………あ、そうだ!思い出作り!」

「思い出作り?」

「そう、そう!とにかく唯花は桑上さんとこれからも一緒にいたいってことじゃない?じゃ、たくさん思い出作ればいいじゃん!万が一バレたとしても「まあ、なんだかんだいって一緒にいると楽しいからな……」となるかもしれないし?」

「思い出……えっ、思い出って、どうやって作ればいいの?」

「さっきも言ったでしょ~?もう」



何故か雪はウキウキとした表情で人差し指をぱっと上げながら、言ってきた。



「デートだよ!思い出作りにそれ以上のものなんてないじゃん!」

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