10話 変わってないように見えるけど
<桑上 奈白>
唯花と同居を始めてから迎える初めての週末。
俺は、部屋のベッドでゴロゴロしながらスマホをいじっていた。ソシャゲのデイリーは10分で終わったし、その他にやり込んでいるゲームもないし、読んでいる漫画のシリーズは全冊読んで……要するに、めちゃくちゃ暇だった。
まあ、腹も減ってきたしとりあえずお昼ご飯にするか……。
体を起こして、たぶん寝ているはずの唯花を起こそうとしたら、急にその部屋のドアが開かれてびっくりしてしまった。
「うわっ!?な、なに、あんた!?」
「うわあっ!?ふぁ……びっくりした。いや、もうお昼だろ?飯はどうするか聞きに来たんだよ」
「ああ、それね………えっと」
白と黒を基調にしたジャージを着ていたヤツは、何故だか視線をそらしてもじもじと人差し指を合わせている。
……なんだ、この中学生みたいな反応は。ていうか、ちゃんと起きてたんだ。髪もちゃんと洗ったみたいだし。
後ろ髪を掻いていたところで、唯花はようやく決心したように俺を見上げて言ってくる。
「あのさ!」
「うん」
「い………一緒にランチ食べに行かない?私、ハンバーグ食べたいけど」
「うん……?もちろんいいけど、なんでそんなに緊張してんだよ」
「き、緊張なんかしてない!!」
「ええ……?まあ、分かったわ。顔洗ってくるから、15分後にここに集合な」
「は~~~い!」
後ろ髪を掻きながら言ったら、唯花は急に上機嫌になって笑ってみせた。どうしたんだろう、こいつ。
とりあえず、俺は顔を洗ってから自分の部屋に戻る。さて、何を着るべきかとハンガーラックにかけられている服をジッと見たけど、特にピンと来ない服がなかった。いや、単純に服の数が少ないからかもしれないが。
……高校の時はもうちょっと服があった気がするけどな。あの時はとにかく、唯花が色んなところに連れ回してくれたから。スイーツカフェに行きたいとか、急に海を見に行きたいとか、声優さんのサイン会に参加したいから一緒に来てとか、本当に様々な理由で連れ出されて……なんか、その度に服もよく選んでもらえた気がする。
でも、あいつと会っていなかった4年間はほとんど服なんか買わなかった。外出する理由もあまりなかったし、自分一人で服を買う気にもならなかったから。
「……手懐けられてんな、俺」
苦笑しながら、俺は半袖の白いTシャツにカーキ色のジャケットを羽織って、シンプルな黒のチノパンに着替えてからダイニングに出た。
テーブルの椅子に座って10分ほど待っていると、バタバタという音とともにあいつが部屋から出て来る。
「ふぅ、ふぅ……お待たせ」
「……お、おう」
思わず目が行ってしまう。薄めではあるけど、あいつは確かに化粧をしていた。いつもより少しだけ赤い唇に、綺麗な銀髪。両手で小さいハンドバッグを持ったまま、唯花は恥ずかしそうに俺を見てくる。
唯花は、白を基調としたワンピースの上にゆったりとしたベージュのカーディガンを羽織っている。春を連想させるスタイルで、普段の雰囲気とはちょっと違う落ち着いている雰囲気まで醸し出していた。
「………………っ」
「…………………」
ドクン、ドクンと心臓が強く鳴る。唯花は唇を結んだまま俺をジッと見ていたけど、やがて恥ずかしさに耐えられなかったのか、目をそむけてから言った。
「ど、どう………?」
「………あ、いや。その、なんか変わったな、お前」
「え、どういうこと?」
「いや、服のセンスがちょっと……ほ、ほら。高校の時は割と動きやすい服装してた方が多かっただろ?」
「………………可愛くない?」
「いや、そういうわけじゃなくて……えっと」
一気にしょんぼりするんだから、俺は慌てて両手を振りながら否定した。
それでもずっと悲しそうな顔をしているから、俺は結局、生唾を飲みながらほぼ宣言するみたいに言うしかなかった。
「……綺麗だよ」
「えっ?」
「似合ってるし、可愛いし、綺麗だ……って、な、なに言わせてんだよ、お前は!」
「………………………えっ」
「ご、ご飯食べに行くだけだろ!?ハンドバッグまで持って、そんなにしゃれた格好しなくてもいいじゃねーか……!ああ、もう!!」
目が合わせられなかった。絶対に顔が赤くなっているという自覚がある。
恥ずかしがっていることをバレないためにそそくさと立ち上がって背を向けると、後ろからくすくすと笑い声が聞こえてきた。
………本当に、うざい。
「ぷふふっ、ふふふふっ」
「なに笑ってんだ!早く来い!」
「あんた、語彙力なさすぎ。ふふふっ」
「うっせぇわ!早く来ないと置いて行くぞ?」
「それはや~だ。ひひっ」
上機嫌になったヤツが隣まで来るのを待った後、俺はため息をつきながら家を出た。
「ご注文はいかがなさいますか~?」
「プレミアムハンバーグのサラダバーセット二つ、お願いします~」
「かしこまりました、お飲み物は―――」
ウキウキしながら注文している唯花の姿を見ると、さっき言った言葉が蘇ってテーブルに突っ伏しそうになる。
本当になんなんだ、似合ってるし、可愛いし、綺麗だとか……俺は一体なんてことを言ったんだ!!!
いや、事実だけど!めっちゃくちゃ可愛いしワンピースもめっちゃくちゃ似合ってるけど!でも、こいつの言う通り語彙力というものがあるだろ……!くそ、変に口走るんじゃなかった……!
「え~~どうしたんでちゅか、奈白君~?可愛くてきれいな幼馴染が相談に乗ってあげますよ~?」
「うるせえ!!ああ、くそぉ……お前がそんな顔さえしなかったら!」
「うん?そんな顔ってどんな顔?」
両手で頬杖をついたまま、ヤツは可愛らしく首を傾げてくる。こいつ、マジで知らなくて聞いてんのか……?
「……どんな顔って。お前、最初はめっちゃ落ち込んでたじゃねーか」
「……落ち込んでないし」
「いや、確実に落ち込んでたからな?すぐにでも泣き出しそうな顔してたんだぞ?」
「……そんなことないし」
「ああ……はいはい。でも、本当にちょっと気合入れすぎなんじゃないか?これ食べてからはさっそく家に帰るんだろ?」
「あ、えっと………帰るのはいいけどさ」
「うん?」
「…………えっと」
……………なんだ、この空気。こいつおかしいぞ。なんでそんなに小動物みたいにもぞもぞしてるんだ?
「ひ、暇なら、この後一緒にどこか行かない?」
「うん?どこかって?」
「そりゃ……普通にあるでしょ?ここ商店街だし、カフェも遊べるところもいっぱいあるじゃん。なんだったら映画とか見に行ってもいいし」
「ああ、そういうことか……。まあ、俺もちょうど暇だからどっちでもいいけど、お前は大丈夫なのかよ。昨日の夜に原稿書かなきゃとか言ってただろ?」
「ふふん、大丈夫!深夜に今日の分の原稿まで全部書き終えたから!」
「へぇ、それはえらいな……うん?」
待って。今日の分の原稿まで全部書いたんだと?おかしいだろ。
それじゃまるで、今日俺を誘うために仕事を予め済ませたってことじゃないか。
……こいつ、まさかわざと?い、いや。あの唯花がそんないじらしいことするわけがない。うん、絶対に俺の勘違いだ。
「なによ、その怪しむような目は」
「いや……まあ、いいだろう。久々に一緒に遊ぶか。高校卒業した以来は全然遊んでなかったしな」
「そうね。一緒に部屋探ししたのは遊びの範疇には入らないし」
「あははっ、正にそれな。こうして一緒に外食するのもなんか懐かしいわ」
「なに言ってるの、最近はよく外で色々食べたでしょ?」
「気持ちの問題だっつーの。なんか……昔と変わってない感じがして」
そう、5年も会ってなかったのに、俺たちの関係はあまり大きく変わらなかった。相変わらず気軽で、話してると楽しくて、めんどくさい時もあるけどドキドキすることもあって。
そのたびに、思わされてしまうのだ。こいつはちゃんと、俺が昔から好きだった夏目唯花で合ってると。俺が唯一、心から好きになれた女だと。
だから、余計に困る。高校生の時、俺がこいつに告白しなかった理由はクラスでのカースト問題もあったけど、この心地よい時間を失いたくないからという思いの方が強かった。
「……………………」
おかしな話だ。こいつとの関係を変えたくて同居を始めたというのに、また昔に戻ろうとするなんて。
ぼうっとしていると、心地よい沼に引きずり込まれてしまう。好きになればなるほど、失いたくない気持ちがどんどん大きくなっていく。
俺の初恋は、やっぱり俺を苦しませる呪いでしかなかった。
でも、唯花は間を置いた後に首を振ってきた。
「……変わってる」
「うん?」
「見えないだけで、色々変わってるから。あんたも、私も」
「…………………そうだな。それは、そうだろうな」
「でも、私は変わるのが悪いとは思わないよ」
「……どういうことだ?」
抽象的な話に眉根をひそめると、あいつはにっこりと笑いながら答えて来た。
「……昔に誰かさんから教わったの。滞った状態で終わるくらいなら、リスクを背負ってでも何かを変えた方がいいって」
「………へぇ、成長したな、唯花」
「当たり前じゃん。もう24歳だから」
その発言は、俺にはいささか眩しすぎて上手く答えられそうになかった。
何が変わっても、こいつとはずっと一緒にいたいという気持ちしか湧かないから。
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