32話 好きなんでしょ?
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結局あざができちゃいそうなくらい太ももをつねられた後、俺たちは紗耶香さんと一緒にステーキ専門店に来ていた。唯花は相変わらずご機嫌斜めで目が合うなり顔を背けちゃうし、紗耶香さんはさっきからずっとニヤニヤしているから、もう頭が痛くなってくる。
いや、さすがにデリカシーが足りなかったのは認めるけど、好きな人のことだから仕方ないだろう……。そう言いたい気持ちは山々だけど、今の唯花にそんなことを言うわけにもいかないからとりあえず黙っておく。
「私も幸せ者になったわね~ありがとう、二人とも」
「いえ、お気になさらず。好きなメニューどんどん頼んでください」
「そっか、分かったわ。じゃ、先にメニューを確認しますか」
そうやって、紗耶香さんがメニュー表に目を向けている途中で、唯花は急に俺の太ももをとんとん叩いてくる。
目を向けると、唯花は手で口元を隠してから小声で俺に話しかけた。
『お金は私が出すから』
『えっ、いやいや。さすがに俺が出すべきだろ』
『そんな気遣いいらないから。そもそも私のお母さんでしょ?だから私が―――』
「あ、紗耶香さん。お金は俺が出しますから気軽に頼んでくださいね?」
「えっ、本当に!?無理しなくてもいいのよ?」
「大丈夫です。別に無理じゃありませんから」
「ええ~~すっかり頼もしくなっちゃって。じゃ、私はこのリブロースステーキでお願いしようかな」
「分かりました。唯花、お前は?」
「…………」
……これはまた、さっきよりも不機嫌な顔になってますな。まあ、自分の言葉を無視してごり押ししちゃったわけだから、こうなるのも無理はないと思う。
でも、今回くらいはさすがに奢らせて欲しかった。ただでさえ普段から奢られることが多いのに、こんな場面までお金を出させると格好が悪すぎる。
それに、紗耶香さんは唯花の母親なのだ。好きな人のお母さんには、ちょっとでもおもてなしがしたい。
「………バカ」
唯花もそんな気持ちを薄々察したのか、小声でそんなことを言いながらもちゃんとメニュー表に目を向けてくれた。
メニューが決まって店員さんにオーダーをした後、俺たちはさっきのように他愛のない話をしながら料理を待っていた。そんな途中で急に唯花が立ち上がり、人が並んでいるトイレの方を指さしてくる。
「私、トイレ行ってくるから」
「おう」
片手を振って見送った後に、俺と紗耶香さん二人きりという構図ができあがった。
さて、何を話そうかと考えていたところで、紗耶香さんがしれっと聞いてくる。
「奈白」
「あ、はい」
「大丈夫?あの子と一緒に住んで、色々と大変なんでしょ?」
心配する気持ちが伝わってきてして、俺は苦笑しながら答えた。
「大丈夫ですよ?幼馴染ですし、一緒にいると楽ですから」
「へぇ……そっか、よかったね。あなたたち、昔からなんだかんだ言って相性抜群だったし。正直に言うと、この前は本当びっくりしてたのよ~~あの子、彼氏とか絶対に作らないからって怒りながら家から飛び出たくせに、帰ってきたら急にあなたと一緒に住むことになったって言うんだから」
「うわっ……それは、さすがに壮絶すぎますね………」
「でしょ?まあ、でもよかったわ。いくら男とはいえ相手があなただと私も安心できるし、あの子も昔のように元気になったしね」
「えっ、元気なかったんですか?あいつ」
「そうそう、大学に入ってからはず~っと落ち込んでたのよ。なんか、なにしても楽しくなさそうに見えるというか、ご飯食べてるときにもちょくちょく言ってたわね。大学、あんまり面白くないって」
「………そうですか」
俺は唇を舌で濡らしてから、前にあいつに言われていた言葉を思い出す。
『いつも一人で、何も楽しいことはなくて、すごく寂しかったの……ずっと、後悔ばかりしてて、心は空っぽのままで……私、全然幸せじゃなかった』
罰ゲームで、あいつの演技に付き合わされた時に言われたあの言葉。その時は演技なのか本音なのか確信が立たなかったけど、なるほど。紗耶香さんの言う通りだと、本心だと見るのが妥当なのだろう。
……なんで、幸せじゃなかったのか。色々考えてると、甘ったるい勘違いをしてしまいそうになる。
俺がいなかったから。
俺が、あいつの隣にいなかったから。俺が大学生活に感じていた虚しさと同じく、あいつも俺の不在を感じていたからと……そう錯覚したくなってしまう。
でも、それはさすがに違うだろう。いくらなんでも都合がよすぎるから、俺は首をぶんぶん振ってから水を飲むことで思考を紛らわせようとする。
そんな中で突然、紗耶香さんぼそりと聞いてきた。
「好きなんでしょ?唯花のこと」
「ぷふっ!?けほっ、けほっ!」
吹き出しそうになるのを必死にこらえて、俺は紗耶香さんを見つめる。
「なっ……そ、それは!」
「ええ~~いいじゃない。今更のことでしょ?ふふふっ」
「っ……………」
紗耶香さんはさっきと同じく両手で頬杖をついて、実に微笑ましい眼差しで俺を見ていた。これ以上この気持ちを否定したくもなかったので、俺は頷くしかなかった。
「……そうですね」
「昔からずっと好きだったんでしょ?唯花のこと」
「……い、いつから気づいてたんですか?紗耶香さんは」
「う~~ん。けっこう前からかな。あら、もしかして?と思ったのはあなたたちが小学生だった時。確信を得たのは中学の頃ね」
「ああああ……そうですか」
「あははっ、急にこんなこと言ってごめんなさいね?でも、こうやってバラされるのも仕方ないと思うな~あなた、唯花を見る時の目が本当に違うんだもん、もう」
「えっ、そうなんですか?」
「そうそう、と~~~っても大切にしている人にしか送らない目つき。周りの人が若干引くくらいの目つきしてたのよ?昔からずっとそうだった」
「昔からっ……!?じ、じゃ、もしかしてあいつも……!」
「それは違うんじゃないかしら?あの子もああ見えてとにかく鈍いからね~普通の人なら気づくと思うけど」
「ああ……………見えてたのかぁ……」
「ふふふっ」
ウソだろ。俺、そういう目つきしてたのか。ていうか、紗耶香さんにこうやってバラされたからかもう羞恥心が半端ない……全身がむずがゆくて、今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちになる。
「あの……紗耶香さんはいいんですか?」
「うん?なにが?」
「なにがって……自分の娘が男と一緒に暮らしてるわけじゃないですか。そして、その男は娘のことが好きで……かなり過ちが起こりやすいというか、危険だと思うのが普通なのでは?」
「ええ~~私だって、一緒に住む相手があなたじゃなくて他の男だったら反対してたわよ?でも、あなたは私が昔からよく見て来た子でしょ?だからいいの」
「いや、でも……俺、紗耶香さんの信頼を得られるようなこと何もしてなかった気がしますが」
後ろ頭を掻きながら言うと紗耶香さんは何がそんなに楽しいのか、もう拍手まで打ちながら笑い始めた。
「あははっ!あはっ、ああ~~
「いや、お婿さんだなんて……!!それはさすがに飛びすぎですよ、紗耶香さん!」
「ああ~~もう二人ともうぶなんだから。仕方ない、ここはこのお母さんが一皮むきましょうか」
「ちょっ、なにするつもりですか!?」
「どうせあなたも唯花にまた会いたくてここに戻って来たんでしょ?せっかく県外の大学まで行ってたのに、もうバレバレだからね?」
「っ……………!?」
「ただいま……って、あれ?なに、この雰囲気」
「あ、お帰りなさい、唯花~」
言葉に詰まっていた俺と紗耶香さんを交互に見てから、唯花が席に座る。まだ状況を把握してないのか、唯花は目をくりくりしながら俺を見つめていた。
「そうだ、唯花」
「うん?」
「私、今日家に泊まって行ってもいい?明日この付近で急に友達と約束ができたのよ~~」
「「…………………………………………は!?!?」」
俺たちの声が重なったのと同時に、まるで図ったかのようにステーキがテーブルに運ばれてきた。
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