44話 気持ちよくて幸せだったから
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「………………」
「すぅ……すぅ……すぅ………」
「………………………ぁ」
…………やっちまった。
朝、なんか普段とは違うシャンプーの香りがすると思ったら、俺の懐の中で眠っている唯花が見えて、ようやくその理由を知る。
そして、素肌しか見えないその光景を見た途端に、昨晩にあったことが次々と思い出されて……体がぎちぎちに固まってしまった。
幸い、前のように腕枕をされているわけでもないから、俺は唯花が目覚めないようにおもむろに起き上がって、ふうと息をついた。
そして俯いた途端に、体のあちこちに刻まれているキスマークに気付く。
「………こいつ」
目を細めて睨んでも、犯人は呑気に寝ているだけだからどうしようもない。
昨日は本当に……なんていうか、すごかった。唯花は完全に蕩けていたし、動きやすいように体を離そうとしても何度も抱きついてきて、とにかく大変だったのだ。
そのくせに離れようとした罰と言ってあらゆるところにキスマークをつけてきて、最後は寝るまでずっとキスしてとせがんできたから……唇は地獄みたいに割れてカサカサだし、体も重い。
……でも、まあ。
「…………」
「すぅ………すぅ………」
「……………ったく」
……大好きな人との初体験だし。
成り行きではあったけど、無事に好きとも言えたから……うん、よかったと思う。お酒の勢いとはいえ、想いはちゃんと通じ合った。
俺は再び横になって、唯花の頭をゆっくりと撫で始める。そのうちにもぞもぞと体が動いて、唯花はついに目を覚めた。
「んん……?」
「…………おはよう」
「…………しろ?」
「ん、おはよう」
「………頭、ジンジンする」
「奇遇だな。俺は昨日、誰かさんにずっと吸われたせいで首元がジンジンしてたが」
「離れようとしたそっちが悪い………って!」
そして、徐々に目が見開かれると思いきや。
唯花はぱっと上半身を起こして、自分の胸元を隠しながら呻き始めた。
「な、な、なななななっ………!?」
「………ようやく正気に戻ったか」
「な、なっ…………わたし、はだ、はだか……!?」
「……言っとくけど、服が邪魔だと言ったのはお前だからな?」
「きゃあああああああああ!!」
「うわぁぁっ!?」
………なんでだ、なんでこんな風に叫ばれなきゃいけないんだ!!悪いのは誘ってきたこいつの方なのに!!
「あ、あぁ……わ、わたし……!」
「……ちょっと、唯花さん?」
「わ、わたし………あっ、っ、ううぅぅぅ…………」
……どうやら、ちゃんと現実に戻ってくれたらしい。俺は後ろ頭を掻きながら、先ずは一番聞きたかったことを口にした。
「体は大丈夫か?痛かったりしないよな?」
「あ、ぁ…………し、してない。ちょっと、お腹の下辺りがジンジンするだけで………」
「…………………」
や、やけに生々しいな……こいつ。
「し、しろ……その、わたしたち……」
「…………………そう」
「そ、そっか………本当かぁ……」
「……とりあえず俺、外でシャワー浴びてくるわ。ほら、お前はそのうちになんか……その、服でも着ておけ」
あまりにも空気が気まずいから、とりあえず頭を冷やすために軽くシャワーでも浴びたかった。周りに散らかっていた服の中で自分のパンツを穿いて浴衣を取って、さっそく立ち上がろうとしたところで―――。
「あの、し、白!」
急に唯花に呼び止められて振り向いたら、唯花は布団で自分の体を隠しながらも、必死な顔で伝えていた。
「い、嫌じゃなかったから……」
「…………………………………………………な、なっ」
「ちゃ、ちゃんと気持ちよかった!すっごく、気持ちよくて……ちゃんと、幸せだったから。あなたのこと好き、だから………その」
「………………………………」
「ま、また、して欲しいから………これからも、してよね……?その、えっと…………」
……この女、朝からなんということを…………くっ!
ダメだ、このままじゃまた変な気持ちになりそう。俺は、何も答えずにさっさと浴衣を着て部屋の外に出る。
門の前で何度も深呼吸を重ねて、さっきの言葉を反芻して……ようやく鼓動が落ち着いたところで、片手で頭を抑えながら、シャワー施設に向かった。
行く途中でものすごくチラチラと視線が感じられて疑問に思ってたけど、シャワーをしに入った瞬間。
「………………うわぁ」
服の襟じゃどうしても隠し切れないところに、真っ赤なキスマークが何箇所もつけられているのを見て。
俺は喉元を抱えながら、ため息をつくしかなかった。
そして、訪れたチェックアウトの時間。
「………………」
「………………その、唯花さん?」
「な、なに!?」
「いや、その……」
……俺たちは相変わらず気まずい空気のまま、チェックアウトをして街に出ている。
いや、ていうかこれはおかしいだろう。こんなに緊張するもんなのか……?そりゃ、俺だって少しは恥ずかしいし、キスマークも気になるんだけど!
でもこいつ、昨日はあんなに乗り気で俺のことほいほい誘惑して来たくせに、なんで今さら乙女チックになってるんだよ!!そんなんじゃこっちも調子狂うだろうが!!
「……いや、なんでもない。電車乗る前にお土産屋さんに寄っていこう。昨日は何も買わなかったもんな」
「は、はい!」
「…………」
大げさに反応している唯花と並んで、俺は再び手で首元を抑える。
ずっとこんなに緊張されてると、俺だっていやでも思い出されてしまう。昨日、俺が見た唯花の姿とか……肌とか。
抱き着かれたまま何度も好きって叫ばれたこととか、唯花がめちゃくちゃ泣きながら笑っていたところとか……ああ、くそ。また変な気持ちになるじゃねーか……!!
……でも、俺はもう知っているのだ。
俺の気持ちもちゃんとこいつに伝わっていて、こいつの気持ちだってちゃんと俺に伝わっている。これ以上はもう迷う必要はない。
だから、俺は首元にいた手を下ろして、さっきから触れかけていた唯花の手を握った。
「……………えっ」
「…………………」
「し、しろ……?」
…………ヤバい。
昨日キスもしてああいうことまでしたのに、なんでこんなに緊張するんだろう。心臓が風船のように膨らんで、どうしても目が合わせられない。
顔にはとっくに熱が上がっていて、とうてい見せられるような状態じゃなかった。
「………ふふっ」
でも、唯花はそんな俺の手をぎゅっと握り締めながら俺の前に回り込んできた。
「な、なんだよ」
「………意気地なし。ヘタレ」
「うるせぇな……なんで急に立ち止まったんだ」
「今日はまだ言われてないもん」
「……なにを?」
「…………好きって、言ってないじゃん。昨日はあんなに言ってくれたのに」
…………………………こいつ……!
「そ、それはお前だって!」
「あ、朝に言ったじゃん!その、起き抜けに……ちゃんと言ったじゃん。好きって……」
「………………………………………………お願いだから、勘弁してくれよ」
「……やだ、ぷふふっ。ほら、早く」
本当に、こいつの行動には見当がつかない。さっきまではあんなに恥ずかしがってたくせに、なんで今はこんな余裕満々な顔ができるのか。
昨日だってそうだ。普段はうぶで恥ずかしがり屋のくせに、お酒の勢いとはいえあんな風に色々言ってきて……なんか、こいつの掌に踊らされているようで、釈然としない。
………ああ。これがいわゆる惚れた弱みってやつか……くそ。
結局、俺は死にたくなるほどの羞恥心を感じながらも、口を割るしかなかった。
「………好きだ」
「………もう一回」
「う、うるせぇ、ここ外だからな!?いくらなんでも……!」
「もう一回言ってくれないと、お土産屋さんに行かせないから。そうなると電車も逃しちゃうし、色々と大変なことになるね?」
「……………あぁ」
本当に、なんなんだこいつ……。
「…………好きだ、唯花」
「……ぷふふっ、ぷふふふっ」
「笑うな!ほら、早く退け!もう行くから――――」
その次の言葉を紡ごうとした矢先に。
俺の唇はまた、昨日と同じ感触でふさがれてしまう。柔らかな感触が伝わった瞬間、俺は目を見開きながら、その場で固まるしかいなかった。
少しだけつま先立ちで俺にキスしてきた唯花は、自分からキスしておいて恥ずかしそうに頬を染める。
それから、ヤツは口元を手で隠して……俺を見上げながら、言ってきた。
「……………………み、見るな、バカ」
「……………………………………………」
「っ………も、もう知らない!!わたし先に行くから!!!」
…………………どうやら、俺は。
とんでもないやつを、彼女にしてしまったのかもしれない。
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