43話  好きだよ

夏目なつめ 唯花ゆいか



「わたしって、言ってよ。お願いだから」



白の好きな人は私。


今までの言動を見たらそうとしか思えない。白はとにかく真面目で不器用だから、私以外の女に私と同じ感情を向けるはずもないから。


頬に両手を添えて放たれた言葉に、白の目が大きく開かれていく。お酒で少し痛む頭の中でもはっきり認識できるほど、白は驚いていた。



「………………唯花」

「なに?」

「……………………ど、どうしたんだよ、お前」

「なにが?」

「こんな、こんなにグイグイ来るやつじゃないだろ、お前……」



お互い、ただでさえ赤かった顔がもっと真っ赤に染め上がって。


その顔を見せたくなくて、私はわざと白の胸元に顔を埋めてから言う。



「……分かんない」

「…………唯花」

「分かんないもん。お酒のせいでなんか……………言葉が、勝手に出ちゃうんだもん」

「……唯花、離れろ」

「……ウソつき」



浴衣の布越しでも分かるくらい、心臓をバクバク鳴らしてるくせに。


本当に、ウソつき……。



「……白」

「……うん?」

「たまにはヘタレてないで、格好いいところ見せてよ……わたしだって、恥ずかしいんだから……」

「………………………………」

「ゲームしても真実なんてなにも言わないし、今も私がこうしてるのに、抱きしめてもくれないし……わたしだって、傷つくんだから……」

「……………」



白は今度も何も言わずに、ただ体を後ろに傾けて、ほぼ突っ伏している私の姿勢をもっと楽にしてくれた。そのまま、両手で私の頬を包んで、そっと視線を合わせてくる。


同じ感情を抱いた目線が混じり合って息が詰まる。本当にこの人のことが好きなんだと、分からされる。



「……………答えたようなもんだろ?挑戦を選んだってことは」

「……言葉にしてくれなきゃ、分かんないもん」

「ウソつけ。20年も幼馴染やってたお前が分からないわけないだろ、その行動の意味を」

「……言葉にしてくれた方が、嬉しいもん」



演技をしていたあの時、白が私にキスをしてくれた理由。私の大学生活に興味を持った理由。離れている間に、私を忘れようとした理由。


もちろん、すべて察しはついていた。そもそも白はちょっと分かりやすいところがあるから、言葉で理由を述べなくても雰囲気だけで分かってしまう。一緒に過ごしているうちに、それが段々と見えてきた。


でも、私は確かな言葉を受け取りたくて……確かな形が欲しくて、こんな風に我がままを言っているわけで。


そして白は、昔から私の我がままなら大体なんでも聞いてくれる人だった。



「……………好き、だから」

「…………………」

「……好きだからに、決まってるだろ。キスなんて、好きな人にしかしないだろ?」

「…………ふふふっ、そうね」



私も、好きな人の頬に両手を添えてから言う。



「………いくらお酒を飲んだからって、キスは好きな人としかしないもんね」

「……お前、やっぱり最初にキスした時も―――」

「当たり前じゃん。キスは特別だし」



私は、白の顔を目に映して脳裏に焼き付けようとする。今までは決して近く見ることができなかった顔を、目を……私の中に吸い込もうとする。


白は、震える唇で言葉を紡いでいく。



「………じゃ、もう知ってるだろ。俺が、あの時キスした理由を」

「……うん、知ってる」

「なら、なんでわざわざ確かめるんだよ」

「……これ以上、後悔するのは嫌だもん」

「は?後悔って――――」



出かけていたその言葉は最後まで紡がれない。


私は襲い掛かるように、白の唇を奪った。唇の温もりは微かなアルコールの匂いと好きな人の香りが混ざって、私の中で確かな形になっていく。


触れ合った唇が私のものであるみたいに、体温が私の中でこだまする。


白は自然と後ろに体を倒して、私をぎゅっと抱きしめてきた。


でも、その優しさに満足ができなくて、私はもっと暴力的に白を求めていく。首に腕を回して、触れ合っただけの唇を噛んでしゃぶって、吸って。白も体をビクンとさせていたけど、いつの間にか男の力で私を抱きしめ、唇を貪っていた。


意識が溶けるような時間が過ぎて唇を離したら、私たちの間に細くて透明な柱が繋がる。



「……もう一度言って?」

「………………なにを?」

「好きって、言って」

「…………お前が先に言ったら、言う」

「……やだ。私にだって埋め合わせは必要なの」

「なんの埋め合わせなんだよ、一体」

「……好きな人と4年間も離れ離れになってた、埋め合わせ」



それだけ言って、私はまた目をつぶって白の唇を塞ぐ。


閉ざされた視界とぼんやりとした頭の中で、いやらしい水音と舌の触感だけが響き渡って、頭が狂いそうになる。私は何度も、肩をびくっと跳ねさせた。


そして、今回は白も遠慮がない。いつもの優しさじゃなくてありありとした欲望を私に向けてきて、かろうじて保っていた意識も徹底的に壊された。


いつの間にか体勢は逆になって、下にいる私の体を抱きしめながら、白は何度もキスをしてくる。


………幸せで、嬉しくて、涙が滲み出た。



「……ふぁ、はぁ、はぁ………し、白、やりすぎ……」

「それをお前が言うか……ふぅ……」

「………白」

「うん?」

「……………………好き」



私は、高校の時とは違う涙を流しながら、白に言った。



「好き…………好き、大好き。ずっと、ずっと前から好きだったの」

「………唯花」

「好き、好き、好き好き、本当に大好き……………っ、そ、そっちはどうなのよ。そっちは、どうなの……?」



涙声で尋ねた質問に、白はやんわりと笑いながら答えた。



「こっちも、ずっと前からお前のこと好きだった」

「っ………………だ、だったら、もっと早く言ってよぉ……早く、言ってくれればいいじゃん……!」

「ちょっ、ガチで泣くなよ………俺は大体、お前に全然男として見られてないと思ってたから」

「バカ、バカぁああ!!ずっと、ずっと……昔からずっと男だったのに……バカぁあ……」



ようやく何かが通じ合った気がして、私は白の腰回りに足を絡める。今度こそ逃がさないように好きな人を縛り付けたけど、泣き顔を見せるのは恥ずかしくて目をつぶりながら言った。



「こっちは、あんたのせいで20年も悩まされたんだからぁ……」

「……うん」

「ちゃんと、ちゃんと責任取ってよ。苦しかった分、ちゃんと幸せにしてよ……」

「……………………ああ」



白は最後に私の前髪をかきあげてから、伝えてくる。



「ちゃんと、責任取る」

「…………うん」

「そしてちゃんと、幸せにする」

「…………うん」

「好きだよ、唯花」



言葉を証明するかのようにキスが降り注ぐ。これ以上、涙が出ることはなかった。


大好きな人の懐の中で、私はいつまでもその温もりを感じたまま、優しく溶かされ続けた。

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