42話  好きな人いる?

桑上くわかみ 奈白なしろ



真実か挑戦か。


略して真実ゲームは、実際に俺も飲み会でたまにやっていたゲームだった。男女が一緒に飲みに行ったときにそれとなく相手にアピールしたり、この中で彼女としてするなら誰?と意地悪な質問をして場を盛り上げたりする、いわゆる飲みゲーに属するゲーム。


ルールもしごく単純だ。ジャンケンやトランプで勝った方が負けた方に質問をするけど、この際、負けた方はその質問に対して必ず真実を答なければならない。言えなかったら罰ゲームで、この場合はたぶんお酒を飲むことになるだろう。


それはいい。ゲーム自体に罪はないから。でも―――



「……………………お前、本気か?」



俺はやっぱり、驚くしかなかった。


男女が二人で真実ゲームなんて。それに、俺たちみたいな……こんな関係でアレをやるなんて、普通に危なっかしい。隠してきた秘密も、気持ちも、全部相手にバラされるかもしれないから。


なのに、唯花は蕩けた目つきでただただ頷いていた。



「うん、本気」

「…………っ」

「なに~~?いや?」

「……いや、やろう。命令権はお前にあるからな」

「さすがは白。ふふふっ」



ようやく俺の手を離した唯花は、再び姿勢を取り戻してニコッと笑って見せる。俺はその姿にドキドキしながらも、理性を保とうと必死に深呼吸を重ねた。



「勝負は、ジャンケンで決めよっか」

「ああ、その方が手っ取り早いしな」

「は~~い。それじゃ、ジャン、ケン……」



ポン、という音が聞こえて机に出される互いの手。


俺はグーで、唯花はチョキだった。



「ああ~~負けたぁ……はい、質問どうぞ」

「おう」



恥ずかしさをごまかすために、もう一度お酒を呷って。


俺は、今一番聞きたかったものを口にする。



「なんでこんなゲームやろうとしてんのか、教えな」

「ええ~~」



唯花はテンションを高めにしたまま、サラッと答えて来た。



「まあ、普通に面白そうだから?」

「……ウソついたら分かるよな?」

「ウソついてないもん。本当に、面白そうだから決めただけなの。あと、わたし大学では飲み会とかほとんど出なかったから、飲みゲーにはあんま詳しくないんだよね」

「ふうん……そっか」



まあ、釈然としないところはあるけど納得できない答えではない。あっさり引くと、唯花は怪しげな笑顔のまま頬杖をついて、手を出してくる。


白銀の髪と浴衣がはだけたところが鮮明に見えて、またドクンと心臓が鳴り出す。



「はい、ジャンケンポン!」

「……ああ、くそ」

「やった~~へへっ、勝った!」



こちらはグー、あっちはパー。完全な負けだった。


祝杯でも挙げているつもりなのか、唯花はごくごくと残りのお酒を全部飲み干す。



「ぷはぁ~~さて、なにを質問したらいいのかな~へへっ、楽しみだな~」

「お前、テンション高すぎだろ……もういい加減に飲めよ?」

「うん?ああ、いいっていいって!ちょうど気持ちよくなったところだから、へへっ」



なんでだろ……もう不安にしかならないんだけど。そう思いながら目を閉じて、深くため息をついていたところで―――



「あの時、なんで私にキスしたの?」



そんな、ド直球な質問が飛んできて。


俺は、ただちに目を見開きながら唯花を見てしまう。



「………………は?あの時って?」

「ほら、この前に。演技してた時、私にキスしたじゃない。私のこと、抱きしめて」

「……………………さ、さぁ、よく覚えてないんだが?」

「これ、真実ゲームだからね?真実しか言っちゃダメだよ?」

「……………………」



そんなこと言われても、真実を答えられるはずがない。


真実を言っても何事もなかったように振る舞えるほど、俺は器用な人間じゃない。



「……挑戦」

「………ふうん、逃げるんだ」

「うるさい。で、なにをやればいいんだ?」

「お酒飲んで。あ、その中身全部」

「…………分かった」



見え見えの意地だと分かっていながらも、俺は酒を呷るしかなかった。


というか、このまま行ったら確実にマズい。いつからか、唯花の目には茶目っ気というものがなくなっていた。いたって真剣に、俺に確かな答えを要求してくるのが分かる。


二人だけの空間と、お酒と、心地よい旅館の雰囲気と浴衣姿と……あらゆる要素が合わさって、なんだか、いけないような気がする。顔を合わせていたらきっと何か変なことが起こりそうな……そういう感覚に浸りながらも。


俺はお酒を全部飲んで、ジャンケンをするしかなかった。



「はいっ、ジャンケン……ポン」

「……………………………………」

「ふふっ。白、ジャンケン弱すぎ」



こっちはパー、唯花はチョキ。それを見た途端に、顔の血の気が引いていく。



「じゃ、私から質問ね」

「……おう」

「なんでそんなに、私の大学生活に興味持ってたの?」

「……………は?」

「私の前でもお母さんの前でも、けっこう執拗に何度も聞いてたでしょ?私が大学でどうだったかって」

「………ふ、普通だろ?幼馴染が、一緒にいない間になにをしてたのかくらいは、普通に気になるもんだし……」

「白」



渋々答えると、唯花はさっきより鋭い目つきになって俺を見つめてきた。



「真実を答えて」

「……………………」

「……これ、そういうゲームだから」



…………………ああ、くそ。



「…………挑戦」

「…………ケチ」

「うるせぇ。またお酒飲めばいいよな?」

「意気地なし、ヘタレ、くそ童貞」

「だからうるせぇって!お酒持ってくるから」

「ちょっと。私、お酒飲めとは言ってないけど」

「……………は?じゃ、どうすればいいんだよ」



首を傾げると、唯花は両手で頬杖をついて、身を乗り出してきた。



「……次のジャンケンで、チョキ出して」

「……………………………………………は?」

「聞こえなかったの?次のジャンケンで、チョキ」



…………こいつ。



「いやいや、それはさすがにルール違反だろ」

「……2回も逃げちゃうそっちが悪いじゃん」

「お前っ……どうしたんだよ、本当に」

「……チョキ、出して。分かった?」



まるでなにかに取りつかれているように、唯花は瞳を潤ませながら俺を見てくる。それが普段のからかうためのものではなく、心から湧き出ている目つきだと知って……


俺は、そんな唯花の言葉に従うしかなかった。



「はい。ジャンケン、ポン………………ふふっ、ふふふっ」

「………で、どんな質問する気なんだよ」

「そうね……今度は、なんで4年間わたしに一度も連絡しなかったのかが気になるかな」

「……………」

「これくらいは答えられるでしょ?それとも、また挑戦する?」



挑発的な笑みを浮かべて、唯花は聞いてくる。唇を噛んで必死に策を練ろうとしても、アルコールが回っている頭は思い通りに動いてくれなかった。


でも、挑戦を選べば俺は百パーセント、確実に、またジャンケンで負けることになる。俺は答えなければいけない。



「……忘れようとしたから」

「……誰を?」

「……お前を」

「なんで?」

「うるさい。質問権は一つしかないだろ。この質問に答える義務はない」

「……ケチ」



ケチでもいい。こんな情けない形で気持ちが晒されるよりは、ケチになる方が全然マシだ。


俺たちはもう会話もせずにジャンケンをやって、結果を確かめる。そして、俺はこの期に及んでようやくグーで勝利を収めた。



「質問。なんでお前こそ4年間、俺に一度も連絡なかったんだよ」

「…………」

「…………唯花?」

「…………」



唯花はうつむいたままふうと、アルコールが混じった吐息をついてから答える。



「……怖かったの」

「……何が、怖かったんだよ」

「……あんたに、彼女いるかもしれないって思ってたから。一度連絡したら、なんかそれまで以上にあんたと距離を感じちゃう気がして。そのまま、私たちの関係も終わる気がして……それがすごく、怖かったの」



…………よっぽど酔ってるな、こいつ。


質問に二度も答えた上にこんな、あけすけの言葉まで投げてくるんだから。



「……ねぇ、白」

「うん?」

「……お願いがあるんだけど」

「………ああ、なんだよ?」

「次のジャンケン、またチョキ出して」

「……………………」

「……お願い、白」

「…………………………………」



………………ああ、くそ。



「…………………………ジャン、ケン、ポン」

「………ふふっ。本当に優しい。じゃ、私が質問ね」

「ああ」

「……………………好きな人、いる?」



息が詰まりそうになって、熱が上がってきて、俺は顔を背けようとした。


でも、唯花は逃げることを許さない。いたって真面目な表情と視線が俺に向けられていて、結局俺はため息をついて、再び視線を交える。


何分も視線が絡まって、唯花の顔がもっと赤くなるのを見て。


俺は結局、真実を口にするしかなかった。



「…………いる」

「…………誰?」

「……お、教えるわけないだろ、そんなの」

「……もう一度ジャンケンしたら、教えてくれる?」

「っ……次は絶対に、チョキとか出さな――――」



チョキとか出さないからな、と言い終えるも前に。



唯花は急に立ち上がって、そのはだけた浴衣姿のまま俺に抱きついてきた。


思いっきり体重を預けてくるんだから完全に体勢が崩れて、シャンプーの香りがして、思考のすべてがフリーズする。



「なっ………!」



唯花が俺の懐で顔を埋めて、十秒。ようやく俺は息を呑んで、こいつに何かを言いかけようとしたけど―――



「ねぇ、白。お願い」

「…………………」

「……お願いだから」



頬に両手を添えられたまま、そんなことを言ってきた。



「わたしって言って」

「………………………………………ゆい、か」

「……わたしって、言ってよ。お願いだから」

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