41話  アルコール、夜

夏目なつめ 唯花ゆいか



「ちょっ、お前どこ行くんだよ」

「コンビニ」

「は?なに買いに?」

「……お酒」



支配人さんに先に確認したところ、お酒の持ち込みはOKだったから後片付けさえしっかりやれば問題はないはずだ。私はふうと息をついて、近くのコンビニに寄る。


白は唖然とした顔で、私の後ろをついてくるばかりだった。



「いらっしゃいませ~」

「こんにちは」



さっそくお酒が並んでいる陳列台に向かって、じっと度数を確認する。うん……4%はちょっと低いし、7%でちょうどいいんじゃないかな?


お酒は弱いけど、今日はどうしても飲みたい気分だし。



「あの、唯花?」

「なに?」

「………怒ってんの?」

「……怒ってない」

「いや、どう見ても怒って…………………………いや。お酒、あまり多くは買うなよ?」

「……ふん」



…………………バカ。チームに女の人が3人もいるんですって!?そりゃ、先に煽ったのは私の方だからなにも言えないけど!でも、でも………うっ。


ヤバい。全く表情管理とか、感情を抑えるのができていない。今の私、どう見てもめんどくさい女だ。こんなの、白のことが好きだとバレちゃうかもしれないし、下手したら重い女だと思われるかもしれないのに……でも。


あああ……私のバカ。今じゃもう引き返せないし……ふぅ。



「お会計786円になります~袋はご利用ですか?」

「お願いします……あと、レシートは大丈夫です」

「はい、かしこまりました」



気づいたら体はもうコンビニから出ていて、私の片手には酒の缶が入っている袋が持たれていた。ジッと袋の中身を見下ろしていた、その時。



「……別に、誰にでも送るもんだから」

「え?」



白はサラッと私が持っていた袋を横取りして、そんなことを言ってくる。



「そもそもうちのチームの女の人、みんな既婚者のおばさんだけだし。俺もそんなつもりはないから……その」

「…………………」

「とにかく、心配する必要はないから。安心しても、いい………ぞ」



………………え?


どういうこと?心配しなくてもいいって、安心してもいいって。それって、つまり……。



「は、早く行くぞ?そろそろチェックインする時間だろう?」

「あ、白。ちょっ……」

「っ……!」



喉元まで赤くしてから、白は私を置いて先を歩いていく。私は呆然と、その後姿を見守って、言葉の意味を噛みしめて……。



「~~~~~っ!?」



あいつが私のために、そんなことを言ってくれたのだと察して。


思わず片手で口元を隠して、声にならない叫びをあげてしまった。



「……な、なにしてんだよ、お前」

「…………………」



距離が離れすぎたせいか、白はため息をつきながらこちらにまた寄ってくる。さっきまでしらっとしていた顔は、いつの間に真っ赤に染めていた。


それを見たら、くすっと幸せな笑みが零れ出てくる。



「ぷふっ、ふふふっ」

「……笑うな」

「あははっ、無理……ぷふっ。ああ、本当に不器用なんだから……」

「……はあ、じゃあの場面でどうすればよかったんだよ!?」

「そんなの、私が知るわけないじゃない」



……本当にバカ。ちょっと拗ねたところ見せたからって、そんな風にド直球を投げてくるなんて。中学生じゃあるまいし……ああ、でも。


もう、私も耐えられないかも…。



「ほら、早く行こう?チェックインするんでしょ?ふふっ」



白の言葉はいつも不器用だけど、本当に魔法のような力を持っている。


曇っていた気持ちが、安心していいという言葉だけで簡単に晴れてしまうから。






くすぐったい雰囲気のまま、私たちは無事チェックインを済ませた。それからは浴衣に着替えてから再び街を出歩き、思い出になりそうな写真もいっぱい残した。


その後は身に染みるほど熱い温泉で体を温めてから普段は食べないちょっとおしゃれな定食も食べて、訪れた夜。



「はあ、幸せぇええ~~ストレスが吹っ飛んだ感じする」

「だよな、いいお湯だった~~ご飯もめっちゃ美味しかったもんな」

「そうそう、それ!なんか都会で食べた刺身と全然違ってたよね!」



雰囲気のいい和室の真ん中。テーブルに置かれていた温泉まんじゅうとおつまみを食べながら、私たちは今日の出来事を次々と思い返していた。



「ううん~~最初は半信半疑だったけど、お母さんを信じてよかったかも。ここ、料理もあんなに美味しいのになんで部屋が空いてたんだろう?」

「あ、さっき支配人さんとちょっと話したんだけど、前に予約した人がキャンセルしたらしくてな。GWだとさすがにどの旅館も空きが出ないらしいぞ」

「へぇ、そっか~だよね。街の風景もいいし、他の観光地と違ってだいぶ静かだし。あはっ、そのせいかな?私たちみたいな若者はあまりいなかったでしょ?」

「それもそうだな……って、もうこんな時間か」



急に窓の外を見るんだからつられて視線を移すと、外はもう暗くなっていた。びっくりして時間を確かめると、そろそろ午後の10時を回ろうとしている。


今から外に出るのはちょっと遅すぎるし、だからといって寝るにはまだ早い気がして……それを悟った瞬間、急に体がこわばって行く。



「あ、お酒飲むんだよな?冷蔵庫にあるヤツ、持ってこようか?」

「あ………………あ、うん!お願い……」



………ヤバい。前に白と一緒に寝てた時にはどうしたんだっけ。


あまり思い出せないんだけど。えっ、ちょっと待って。これってお酒が入ったら普通にヤバい状況なんじゃない?もう白も私もお互いに気があるのは確定だし、そんな状態で、こんないい雰囲気にお酒まで入ったら………っ。


ま、まさか~~ははっ、そう。そんなわけないよね!だって相手は白だし、私もこんなだし! 白と私の仲だから、これは単にキモい妄想……だと思うけど。



「前みたいに一気飲みはするなよ?吐いたりしたらマジで迷惑だから」

「それくらいは弁えてる!大体、あの時はやけ酒だったし」

「あ、そういえばなんで急にお酒飲でたんだ?俺、その辺りの事情はまだ知らないけど」

「……秘密に決まってるじゃない。あ、相手のプライバシーをむやみに聞かないこと。それ以上聞いたらルール違反だからね?」

「えええ~~まあ、どうでもいいけど」



……そういえば、あの時も同じだった。


白に罰ゲームで何かされると思って期待してたのに、結局なにも起こらなくてやけ酒して。そう、この男にそういうのは期待しない方がいいよね。


ちょっとしっくり来ない感情を持ったまま、私は缶を開ける。



「乾杯~」

「おう、乾杯」

「……ぷはぁ~~!最高……桃味好きぃ……」

「まあ、お前には確かにカクテルやチューハイ系が似合うもんな」

「なによその理屈。ていうか、これ度数低くない?3%だけど?」

「7%のヤツはあそこでゆっくり眠ってるぞ。度数の高いヤツには悪い思い出があってな」

「………………絶対に皮肉言ってるでしょ、あんた」

「いや、別に?」



親指で冷蔵庫を指しながら、白はしれっと笑って見せる。本当に、顔も好みだからなおさらムカつく……そう、ムカつく。


昔よりもっと格好良くなりやがって……そもそも、お酒にまつわる悪い思い出って最初にキスした時じゃない?ちょっと待って、キスが悪い思い出だったんですって!?!?



「そういえば、お前とこうやって一緒に飲むのは初めてだな」

「……そうね、あんたは私の前でたまに飲んでたけど」

「いや、お前が原稿あるからって飲まなかっただけだろ?まあ、その分しっかりしてるな~と思って素直に感心したけどさ」

「フリーの仕事だからね~~ていうか、悪い思い出ってなんだ」

「え?」

「度数の高いヤツに悪い思い出って、なに?」



目を細めてから言うと、白は一瞬目を丸くしてから何かを考え始めた。そして間もないうちに口をポカンと開いて、焦ったような顔になる。


私は意地悪な笑みを浮かべて、テーブルの上で頬杖をつく。



「あ、えっと……まあ、その、なんていうか」

「ふう~ん?」

「…………知ってて言ってるだろ、お前」

「なに言ってんのかよく分かりません~ひひっ」



お酒を飲んで、おつまみとしてまんじゅうを一度かじってから、私はふうと息をつく。確かに、白の言ったように初キスがあんな形だったから、ロマンチックとは距離があったかもしれない。私としても、もっといい雰囲気でキスしたかったしね……。


……薄めではあったけど、初キスがレモンサワーの味なんて最悪じゃん。私はもっと、生の白を感じたいのに。



「……ちょっと待って。お前、酔ってるだろ」

「酔ってません~一気に呷ったわけでもないし、こんなので酔うわけないじゃん」

「顔が赤くなってるけど?」

「あんたの顔だって赤くなってるからね?人のこと言うなぁ」

「いや、俺は元々こんな体質だからで……!」

「私も元々こんな体質なの、ひひっ」



……ああ、ヤバいな、これ。酔ってはいないけど、さっきより気持ちはよくなったかも。


私はもう一口チューハイを飲んでから前かがみになって、白をジッと見つめた。



「ねぇ、今日楽しかったよね」

「……うん?そうだな。俺も楽しかったわ」

「ひひっ、誰かとこんな風に旅行に来たのは久しぶりかも~~」

「は?前に来たことあるのかよ」

「あ、友達と来ただけだから。相手はちゃんと女の子だったから安心してもいいよ?」

「安心なんて……べ、別にそんなこと……!」

「ウソつけぇ~明らかに顔こわばってたからね?もうバレバレなんだから~~」



両手で頬杖をついていると、ヤバい。手先は冷たいのに顔はめちゃくちゃ熱くなって、どんどん体にアルコールが回る感じがする。そう、お酒のせいだから……。


……こんなに顔が熱いのは、お酒のせい。お酒のせいで……べつに、あんたのせいじゃないから。



「ねぇ、白」

「……なんだよ」

「……ホッとした?他の男と旅行したことないって知って」

「………なにをホッとしたって言うんだよ。ていうか、お前もう飲むな。飲むスピード早すぎるだろ」

「やだぁ~~質問に答えてよ。私が、あんた以外の男と旅行行ったことないって言われて、ホッとした?」

「………お前、もう一生お酒禁止だからな」

「えええ~~~なんでぇ~こんなに気持ちいいのに~」

「どんだけ弱いんだ、3%のヤツで酔うなんて……はあ」

「こ、た、え!ホッとしたかどうだったのか答えろ~!」

「…………………………」



頭は全然痛くないのに、視界がちょっとだけくらくらする。


そんな視界の中で白が急に私のチューハイに手を伸ばそうとするから、とっさに両手でぎゅっと捕まえてから言った。



「ねぇ、罰ゲームやろうよ」

「は?罰ゲームって?」

「前に私の大学時代のこと掘り返そうとしたでしょ~?その時の罰ゲーム」

「…………酔ってるくせによくもそんなこと覚えてるな」

「当たり前でしょ?ひひっ」

「………まあ、いいけど。どんなゲームする気だ?」



白は私に手を握られたまま、苦笑しながらも私をジッと見つめていた。私は、どういうゲームをするべきかとアルコールが回っている頭を必死に捻り始める。


正直、罰ゲームやろって言ったのは完全に成り行きだ。ゲームといってもあんま分からないし、こういう場面では特に………あ。


……そういえば、あったかもしれない。


大学のコンパで、互いに気がありそうな二人をくっつけるためにやってたゲーム。



「……真実ゲーム」

「は?」

「真実か挑戦か。それ、やろ?」



予想してなかったのか、白の顔が驚愕に滲んでいくのが見えた。

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