45話  付き合ってくださいという言葉が欲しい

夏目なつめ 唯花ゆいか



「んで、やっちゃったと」

「そ、そんなこと大声で言わないでよ!」

「予め勝負下着とコンドームまで用意して、お酒の勢いとはいえ露骨に誘惑したあげくに首筋が真っ赤になるくらいにキスマークもたくさんつけましたと……うわぁ~~普通にえぐい」

「~~~~~!?!?ゆ、ゆきぃ!!」

「あははっ!!ごめん、ごめんって!いやぁ、いきなり呼び出されたと思ったらこんな面白い……じゃなかった、めでたい話を聞いて私もついウキウキしちゃって!」

「うぅっ……うぅうぅ……」



私は涙目になりながら、向かい側に座っている雪を睨む。そう、旅行から帰って来た日の二日後、私は相談があるからといって雪をこのカフェに呼び出したのだ。


話す内容があまりにも生々しいから、奥のボックス席に座って声も抑えながら話したのに……!この女!



「ふふふっ。とにかくおめでとう、唯花」

「……なにが?」

「なにがって、無事に恋人になったじゃない……えっ、なにその顔。もしかして違った?ワンナイトとか?」

「そんなわけないじゃない!お互い普通に好きな気持ちがあったからそうなったんだし!でも……でも」

「でも?」



……私は、ちょっとだけ目を転ばせながらぼそぼそとつぶやく。



「……まだ、恋人になってくださいとは言われてないもん」

「……………………………………………は?」

「好きってちゃんと言ってくれたけど、なんか昨日から妙に雰囲気が気まずいし、私のこと見た途端に顔そむけちゃうし、それでちょっと心配になって……」

「は?」

「ちょっ、ど、どうしたのよ。その反応」

「……………………………もしかして、相談したいことって」

「そう、それ……付き合ってくださいとか、恋人になってくださいとか、そんな確かな言葉が欲しいの」

「……………………へぇえ~~そっか~~~そういうことなんだ~~あははっ」

「えっ!?!?」



急に立ち上がろうとするから、私は雪の手首を掴んで必死にしがみついてしまった。ていうか、なんで?私は本気で悩んでるのに!?本当になんで!?!?



「こら、離して、離しなさい!深刻な声で電話してくるからせっかく心配してここまで来てあげたのに、こんな………!死ねぇえええ!!イチャコラカップルなんか爆発しちゃえ!!」

「なんで~!!私はガチで悩んでるのに!だっておかしいじゃん、怖いじゃん!このまま水に流されたら辛いじゃん!!」

「はあ!?水に流されるわけないでしょ!?あんたバカ!?本当にバカなの!?ああ、もう……!」



さすがにお店に迷惑だと思ったからか、雪は大人しく席に座り直した。


でも、すぐにまた噛みつきそうな目でこちらを睨んでくるから、私も少しだけ頬を膨らませて見せる。



「はあ……なんでそんなに相手のこと信じられないのよ。私はその方がよっぽど疑問だけど。聞いた感じ、桑上さんめちゃくちゃ真面目な人なんでしょ?」

「いや、信じてないわけじゃなくて!私はもちろん白のこと信じてるけど、なんか初キスも初エッチも、みんなお酒の勢いでやった感じじゃない?だから、ちゃんと告白だけは素面でして欲しいのよ。昔から白に告白されるのが夢だったというか、エッチも素面でしてみたいというか………えへへっ」

「……………………………」

「あ、分かった!分かった!!もう言わない!!もう言わないから!!」



急にまた立ち上がろうとするから、私は必死に引き留めてふうとため息をつく。本当に悩んでいるのに……。


いや、でも私もちょっとは悪いのかな?うん、思い返したらめっちゃ無自覚で惚気ちゃった気がする……。



「はあ……で、桑上さんに直接また告白して欲しいと?そんなの、本人に言えばいいじゃない」

「それが言えないから雪を呼んだじゃん……なんか、旅行から帰ってきた後から雰囲気がちょっと気まずいの。私も白になにか話そうとしたら急に恥ずかしくなって何も言えないし、白だって同じで……あまり話もしていないもん」

「ああ………それはまあ、お互いがお互いを意識しすぎると起こりえることじゃない?その他にはまあ、旅行先で言った言葉が蒸し返されて、今更恥ずかしくなったとか」

「た、確かに……恥ずかしいこと、いっぱい言っちゃったかも……」

「……………帰っていい?」

「と、とにかく!私はちゃんとした言葉が欲しいの!私たちが一度離れ離れになったことも、結局は言葉が足りなかったから起きたことだし………」

「……ふうん」



大学の時の話題が出て真剣さが伝わったのか、雪は目を落として何かをじっくり考え始めた。


私は、羞恥心にさいなまれながらもじっとそんな雪の姿を見守る。



「つまり、あなたはちゃんと桑上さんの恋人だという確証が欲しいわけね。それも、確かな形で」

「……うん、そう」

「本当イライラするけど……まあ、とりあえず恋人らしいことしてみたら?デートとかしたら、上手く行ったら家に帰る時になんかこう……イベントが発生するかもしれないじゃん」

「だ、大丈夫かな?旅行に行ってきたばかりなのに」

「相手もちゃんと意識してるなら普通は来るでしょ。あ、そうだ。二人ともオタクだし、桑上さんさえよければ一緒に100人展とか来てみたらどうなの?」

「え?100人展?」



私が目を丸くすると、雪は含みのある笑みを浮かべて頷いてくる。



「そうそう、100人展。神絵師さんたちが参加する展示会だけど、イラストのクォリティーめちゃくちゃ高いからね。二人ともオタクだから、デートに誘うダシでもちょうどいいじゃん」

「デートに誘う……ダシ」

「オタクカップルの夢でしょ?一緒にああいった展示会行くとか、グッズショップ回るとか、アニメの聖地巡りするとかさ。あ、ちょうど明日に私も行くんだから、そのついでに私にも紹介してよ。桑上さんのこと」

「ええ~~?なんでそこで雪が出るの?」

「……こんの、せっかく人がいい案出してあげたのに………!!」

「あ、はいっ、そうですね……ごめんなさい」



おでこに怒りマークを浮かばせるんだから、さっそく頭を下げておく。


でも、まあ……いいよね?雪は私の大切なパートナーだし、私の正体ももう白にバレちゃってるから。



「分かった。ちなみに、最後まで私たちと一緒にいる………わけじゃないよね?」

「そんなわけあるか!大体、私も用事があっていくんだし……まあ、それはその時のお楽しみで」

「ううん……?」



わけが分からないまま首を傾げていると、雪はくふふっと笑いながら気持ちよさそうにコーヒーを一口飲んだ。

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