15話  なんでもしてあげるつもりだった…のに?

夏目なつめ 唯花ゆいか



人生2番目の料理を失敗した、その次の日。



「いひひっ、ひひっ、えへへへへっ」



料理に失敗したというのに、私はベッドでぬいぐるみを抱きしめてゴロゴロしながらそんな気色悪い笑い声を上げていた。


いや、でもね?抱きしめてもらったんだよ?ハグしてもらったんだよ!?あの白が!あの鈍感男が私を!高校の時以来に初めて、私を抱きしめてくれたんだよ!?!?これはもうフラグじゃん……絶対にフラグ立ってんじゃん!



『今度はちゃんと、お前の料理食べさせてくれよ?あ、指が治るまでは料理禁止だからな』

「きゃあああああああああ!!バカ、バカバカバカバカ~~!!!」



本当になんてこと言うの……!?どこまで私を惚れさせれば気が済むのよ!


私の手料理が食べたいなんてそんなのもう告白じゃん、プロポーズじゃん!!これからもずっと一緒にいたいってことじゃん……!



「ひひっ、えへへっ……ああ、もうバカ。責任取れぇ……変な女になったじゃんか、あんたのせいで……」



ヤバい……今の私、絶対にキモい顔してる。昨日の夜からずっとにやけてたからもう口の端が耳まで届いてるかも。ハグ……ハグされたぁ~~好きな人にハグされた~えへへっ。


ああ……よかったぁ。料理が失敗した時には本当にどうなるかと思ってたけど、まさかあんなに優しく寄り添ってくれるなんて。


おかげで悩みも全部吹っ飛んで、今の私はまさに幸せの絶好調に達している。それに、今日の夜は……ふふっ。



『……罰ゲームって、なにさせるつもりなの?』

『うん?そうだな。一応、会社で考えておくわ』



そう、罰ゲームがあるから。昨日、洗濯機を回さなかったおかげで今日もまた合法的に白とイチャイチャできるんだから!



「なにされるのかな、私……」



……不思議。白に何かをやられるかもしれないと思うだけでもドキドキしてしまう。


白に命令されること自体が悔しいはずなのに、少し考えただけでも胸がキュンキュンして手足がぎゅっと縮まってしまう。


本当になにされるのかな。い……一応、私たちももう大人だし?お互い恋人もないし昨日あんなに抱き合ったばかりだし?もう立派な社会人だからそんなことがあっても……おかしくないよね?


あいつにもそういう欲求くらいはあるだろうし。それに普通、男女の間での罰ゲームといえば……やっぱり、そうなるよね?



「やばっ、パンツなに穿いてんだっけ……」



備えあれば患いなし。私は、自分の下着をチェックしながらクローゼットに向かった。


さすがに、あんな雰囲気にジャージはないからもうちょっとマシなものを着ないと。あっ、シャワーも浴びなきゃ……臭いと思われたらもう最悪だし。



「ふふふん~~ふふふふん~~」



そうやって、私はバタバタと身支度を整え始めた。正直、白がいきなりそういうエッチな命令をしてくるとは思えないけど、万が一の可能性があるから。そう、キスくらいは成り行きでできちゃうかもしれないし。


そして、もし白が本当にエッチなことを要求してきたとしたら?私としては非常に不本意だけど、命令は絶対だから従うしかないというか……うん、そう。だからきちんと準備しておかなきゃ。


そうやって、満を持してから迎えた夜。



「さてと、罰ゲームの時間だな」

「……は、はい」



夕飯を食べてお風呂まで入ってきた白は、実にいやらしい目つきで私を見つめていた。


そう、まるで私の体を舐めまわすような目つきで……悔しい。昔より変にかっこよくなったからテーブルに頬杖をついているだけでも絵になるのが悔しいすぎる……!



「ふふ~ん。会社でいっぱい悩んでたからな?何をさせれば一番恥ずかしがるのか、何をするのが一番愉快なのか、もう頭がパンパンになるくらいだったんだぞ?」

「っ………」



そ、そんなに……?そんなに私のこと思ってたわけ?い、一体なにさせるつもりなのよ!そんなにエッチな妄想を膨らませて!どれだけ私をめちゃくちゃにするつもりなの、この男!!


くっ……で、でも仕方ない。たとえ料理に集中したいからという理由はあるけど、先にルールを破ったのは私だし。ここは大人しく命令に従うしか……!



「さてと、今日の罰ゲームは―――」



さぁ、来い!もうなんでもしてあげるから!!私のなにもかもあなたにあげちゃうんだから!



「顔芸の写真を撮らせろ」

「……………………………………は、は?」

「聞こえなかったか?顔芸だよ、顔芸。アニメによく出るだろ?主に銀Oとかで」



………………………………………………こいつ、まさかインポ?


勃起不全とか性機能障害とか、そういうやつ?は?なんで?なんで顔芸?せっかく手に入れた大事な命令権を、あんなことに!?!?



「な、なんだよ……?視線に殺気を感じるのだが?」

「……………顔芸?」

「ああ、顔芸。O魂でやってるような」



………ああ、あああ~~。


そうでした……そうだよね。こいつがどんな男だったのかすっかり忘れてた。


こいつは桑上奈白。20年近く私が目から好き好きビームを打ってても一向に私の気持ちに気付かなかった世界最強の鈍感男。ラノベのヘタレ系主人公以上に見るだけでもイライラするうざったいバカ。女の敵……!



「…………………………お酒」

「は?」

「お酒飲みたい。取ってきて」

「えっ、罰ゲームは?」

「取ってきて」

「………………………は、はい」



ええ~~ヤバいな……めっちゃくちゃムカつくのにもう言葉では言い表せないくらい虚しいよ。あははっ、私なにやってたのかな。


そうよ、こいつに期待した私がバカなんだよね~そうだよねぇ……ははっ。



「……おつまみは?」

「大丈夫」

「はいっ……」



……お酒を飲むのも久しぶりだな。こいつはちょくちょく食事中に飲んでたけど、私はすっごくお酒弱いから……そう、私は酒が弱いのだ。


でも、酒が弱いってことはその分早く酔えるってことだよね?辛いことももっと早く忘れられるってことじゃん。コスパ最強じゃん。最高じゃん。


だから、私は呷る。チューハイ缶を片手に持ったまま、マラソン選手が水を飲むような勢いで500mlのレモンサワーを全部お腹に流し込んでいく。


視界の端で、ヘタレくそ童貞一匹が口をポカンとして驚愕するのが見えてきた。



「ぱはっ~~ふうう……ふぅ………」

「おまっ……な………なっ………」

「…………………くわかみなしろぉおおお!!!」

「ひいいいいいっ!?」



この時の私は、まだ知らなかった。


そう、このやけ酒がこの後どんな事態を呼び起こすのか、この時の私は想像もしていなかったのだ……。

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