24話 男として見られているわけがない
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一連の騒ぎを経て、俺は唯花に殴られることなく無事に夕飯を食べてから食後のティータイムを過ごしていた。
秘密を打ち明けて少しは楽になったのか、唯花も幸せそうにドーナツを頬張っている。だけど、俺の心の中はそう平穏ではいられなかった。
『こいつが
夏白唯が今まで出した作品にはいくつか共通点がある。主人公と幼馴染ヒロインが昔から両想いなところとか、主人公が鈍感なそぶりを見せるところとか。後は、その幼馴染ヒロインが最後には必ず主人公と添い遂げるところとか。
よくよく思い返せば、確かにこいつが書いた主人公キャラと俺の性格がどこかしら似ている気がする。ぶっきらぼうだけどヒロインをけっこう一途に想っていて、ヒロインの前だとすぐにヘタレて関係が上手く進まない。それでも、心の底では自分自身よりもその幼馴染ヒロインを大切にしている……。
「……………………」
「……………な、なに……?」
「……………いや、なんでもない」
……そう、認めるのがちょっと悔しいけど、正しくその通りだった。
だって俺は今も、目の前で赤面しながらもじもじしているこの女のことがたまらなく好きなのた。自分自身よりも大切に思ってるし、こいつの前ではずっと優しく振る舞いたいとも思っている。
「………じっと見ないでよ、落ち着かないんだけど」
「あ………ご、ごめん」
「こほん、それで……?色々聞きたいこと、あるんじゃない?」
「あ…………そ、そう。まあ、確かにな」
「……じゃ、早く聞いて」
ドーナツのせいなのか場の緊張感のせいなのか、喉がカラカラになっていく気がする。
聞きたいことは本当に数えられないくらいあるけど、先ずは一番敏感な話題に触れることにした。
「……お前の作品はさ、主人公が全部ヒロインの幼馴染だよな」
「うぐっ……そ、そうだけど?」
「えっと……こういうこと聞くのちょっとあれだが……」
気恥ずかしさに耐えられず、俺は俯いてしまう。
片手で口元を隠して何度も息を整えてから、俺はようやく質問を口にした。
「そのキャラのモチーフって………俺なのか?」
「…………………………………………………………………………」
流し目で唯花の様子を確認してみたら、想像以上に反応がヤバかった。
真っ白な肌は耳まで真っ赤になって、白銀色の髪と瞳はぶるぶる震えていて口はパクパクと開かれているけど、言葉は出て来てない。
こいつ………この反応だってことは、まさかこいつも俺のことを―――
「そ、そうだけど!!」
「………は?」
「そうだけど、違うの。そうじゃないの!!」
想像もしてなかった答えに、つい目が丸くなってしまう。
「は、始めて書くときは仕方なかったのよ!確かに、処女作のおさ結婚もハツルプも主人公は全部あなたがモチーフだったけど、ぼくすては違うでしょ!?ほら、ぼくすての主人公はちょっと乱暴で身勝手なところもあるし、そういうところはあなたと全然違うじゃない!!」
「あ…………た、確かにそうだな」
「でしょ!?何故あなたをモチーフにしたかというと……えっと、他に親しい男がいなかったから!そ、そう。男性向け作品書かなきゃなのに男の心理とかよく分からないから、あんたを参考にしただけで!幼馴染という属性もそれが一番書きやすいからで……!べ、べつに、あんたに気があって主人公たちのモデルにしたわけじゃないから!!!!」
必死に両手まで振りながら否定してくるんだから、俺も慌てながらもその勢いに飲まされてしまった。
でも、言われてみれば確かに納得できそうな気もする。なにせ高校の時まではほとんど一緒だったから、その分俺の価値観や性格もよく知っているだろうし……ああ、なんだ。
なんだ、また俺の錯覚なのか……ふぅ。そうだよな。こいつが俺のこと男として好きなわけ……ない、よな?
「あ………じゃ、もしかしてエロいヤツも……?」
「そ、それも………!あ、当たり前じゃん!無理、無理だから!!あんたとそういうことするって普通に無理!!あんたはできるの!?いや~~私たちの仲でそんなことできるわけないじゃん!あはははっ!」
……そうだよな。
そう、あまりにもお互いに慣れてしまったから、もう恋愛感情なんて生まれないだろうな。俺がもし男として見られてたら、何かしら兆しがあっただろうし。
……よかったのかもしれない。さすがに俺もオタクでも、拘束されたまま女に何もかも管理される生活は望んでいない。それはちょっとハードルが高すぎる。
そう、これは喜ぶべきことだ。なのに……なのに、どうしてこんな寂しい気持ちになるんだか。
急に心が沈んでもそれを表に出すことはできなくて、俺は苦笑を浮かべながら頷いた。
「まあ、そうだよな。お互いのこと男と女に見てたら、たぶん何かしら起きてたんだろうし」
「…………え?」
「納得したよ、お前の説明に。いや、俺もちょっと困ってたくらいだぞ?もしかして本当にキャラのモチーフが俺だとしたら、これからお前にどう接すればいいか……ちょっと分からなかったから」
「………………………そう」
「でも、お前の説明を聞いて納得したわ。そんな理由なら仕方ないよな。俺もちょっとは困るっていうか………まあ。俺たち、幼馴染だしな」
心なしか、さっきまで上気していた唯花の顔がすっかり元気を失ったように見える。でも、俺だってそれが配慮できる状態じゃなかった。
とにかく、心が苦しかった。俺はこいつに男として全く認識されていないとダメ押しをされたみたいで、気持ちがまとまらない。心臓に杭でも刺さったみたいに苦しくて、一人でいたくなる。
こんなにもこいつのことが好きなのに、一緒に暮らすためにはこの気持ちを押し殺さなければいけない。
つくづく、自分は情けない男だと実感してしまう。とにかくこれ以上唯花の顔を見てたら、本当におかしくなりそうだった。
「ドーナツごちそうさま。洗い物は俺がしとくから、お前は部屋でゆっくり休め」
「………………………」
何故だか、さっきとは全然違って空気が重たいような感じがする。こいつは、俺を睨んでいると言ってもいいほど恨みがましい目つきをしていた。
……どうしてそんな顔してるんだ、こいつは。苦しさを少しでも紛らわすために溜めた息を吐いて、立ち上がろうとしたところ―――
「なにしてるの?」
「え?」
「私の話、終わってない。なに勝手にお開きにしようとしてるのよ」
その後、唯花の怒ったような声色が再び俺の耳に響いてきた。
「罰ゲーム、受けるべきでしょ?あんた」
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